
先週末は、打ち合わせに杭州に出張してきた。歴史、文化に恵まれた豊かな都市で、「上に天国あり、下に蘇州/杭州あり」と称するくらい、中国人憧れの街だ。5年ほど前にも行った事があるが、その時は仕事に忙しく、観光できたのは20分ほどだった。今回は、打ち合わせの翌日には飛行機まで時間があったので、クライアントの運転手に3時間程度の観光ツアーをしてもらった。

先週末は、打ち合わせに杭州に出張してきた。歴史、文化に恵まれた豊かな都市で、「上に天国あり、下に蘇州/杭州あり」と称するくらい、中国人憧れの街だ。5年ほど前にも行った事があるが、その時は仕事に忙しく、観光できたのは20分ほどだった。今回は、打ち合わせの翌日には飛行機まで時間があったので、クライアントの運転手に3時間程度の観光ツアーをしてもらった。

オープニングは大盛況でした。いらして下さった皆様、ありがとう御座いました。
また北京に来てしまった...。寒い。今回のフライトは先月就航したユナイテッド便を利用した。日曜日の成田は思いのほか混んでいて、ユナイテッド航空は顧客クラス毎にガッチリとグレード分けされているため、キャンペーン格安チケットの私は一番長い列に並ばなければならない。イライラしながら並んでいたら、後ろに並んでいた学生さんが荷物が限度を超過しそうなので一緒にチェックインしたいという。断る理由も無いのでOKし、その後並びながら雑談していた。
彼女は、北京の中央音楽学院に二胡奏者として留学中なのだという。へぇ!凄いねぇ!と感心しながら、以前から興味のあった二胡について色々聞いているうちに、チェックインの番になった。彼女と別れて飛行機に乗り、ユルユルと考えるうちに色んな疑問が湧いてきた。
二胡は、その名の通り2本の弦をもち、その2本の弦の間に弓が通り、知恵のワみたいな構造になっている。基本的に単音を出す楽器なんだから、ヴァイオリンみたいに弓と本体が別々になっていても良いような気がするのだが、どうして一体化しているのだろうか?とか、じゃあ持ち運ぶ時にはどうしているの?とか。チューニングはどうなっているの?、とか(確かDとAだと言っていた)、演奏時はどういう風にホールドしているの?、とか...
特に最後の質問には興味がある。楽器は、もちろん音色の問題もあるのだろうけれど、できるだけカラダにフィットし、固定できるように形が変化してきている。カラダに固定することで、楽器を支える手間が省け、演奏の自由度が上がる。歴史上有名なテクニシャン・ヴァイオリニスト、パガニーニが活躍していた時代は、ヴァイオリンをアゴに固定する「アゴあて」がまだ発明されていない時代だった。もちろん、今演奏できるのも十分凄い事だが、パガニーニがアゴあて無しにあの曲を弾いていた、というのが驚異なんだそうだ。一方、二胡はカラダから楽器が離れているように見える。思いっきりボウイングすると楽器がクルクル廻ってしまう気がするのだけれど、どうやってるんだろう...?
色々質問したかったが、到着後は二人とも急いでいたため、結局聞けずじまいだった。彼女は来年卒業し、帰国して演奏活動に力を入れると言っていた。演奏会の折にはぜひ呼んでもらえるようにお願いしたので、その時にでも尋ねる機会があればいいなぁ。

約1ヶ月ぶりに、東京へ戻って来た。
北京の気温はどんどん下がって行っている。そろそろ秋も終わり。屋外で食事をするのは、少々つらくなりつつある。ここ数年、人と会う度に、北京の秋はいいから、是非いらっしゃい!と誘っていたが、それが功を奏したのか、ここ1ヶ月はなんだかんだで5組くらいのお客さんの北京案内をすることになった。国慶節がらみで、ちょうど仕事がたて込んでいなかったのが幸いした。
フィナーレとなったのは恵比寿のバーのオーナーと、その常連さん御一行。建築関係でない人を案内するのは実は初めてで、初の北京市内観光を敢行した。最初は中央美術学院の美術館に始まって、798、会田さんへの差し入れの日本酒を持って草場地、その後、故宮の北門から入って天安門まで縦断、さらに国慶節で異様なにぎわいを見せている天安門広場を縦断。タクシーが拾える所まで移動して、南ルオ鼓郷、鼓楼、後海あたりで買い物、そして食事と酒。最後は疲れた足を癒しにマッサージへ。一人の方が万歩計を持っていたのだが、4万2000歩との事。足がパンパンになった。

賑わう天安門広場。パレードの山車が飾り付けられ、いつもの漠とした広さは感じない。出店が出ているわけでなく、これといったイベントが行われているわけでもないというのに、人民たちはとっても楽しそうに集っている。さすが中国、政治とレジャーが一体化している。
北京観光のベストシーズンは終わってしまったが、ここからは航空券が安くなり始める。今月の10月25日から、来年の3月27日までは、ユナイテッド航空が成田ー北京間を飛ぶ。しかも、ウェブで購入した場合は、キャンペーン価格で13500円〜と激安運賃になる。調べてみると、だいたい16500円くらいの設定になっているようだが、それでも激安には変わりない。
耳より情報でした。

秋の北京は良い季節。春は黄砂を含んだ風が吹くので、唯一良い季節と言ってもいい。この季節に合わせて日本からいらっしゃるお客さんが多く、週に一回は誰かしら北京のアートエリアを案内している。草場地のMizuma&One Galleryで会田誠さんが公開製作中、という話をすると、皆さん一様に行きたがる。そのかいもあって、製作の進捗を見る事ができている。
昨日は、北京の行きつけのバーのオーナーと共に、差し入れの焼酎と日本製の缶ビールを持って行って来た。4時過ぎだったのだが、会田さんは袋の中の缶ビールを見るなり、「一緒に飲もうって事だよね」と作業を切り上げ、飲み会モードに突入してしまった。2週間ほど前までは、見る度に絵が進化し、製作がガンガン進んでいる感じがあったのだが、今回は前回とあまり代わり映えがしなかった。あんまり変わってない気がするんですが...、と聞いたところ、「いやー、わかっちゃった?」と、ここのところ進捗が思わしくない事を教えてくれた。1月の日本での展覧会に出品予定だが、間に合わないかもしれない...ひょっとして日本に持ち帰って完成させることになるかもしれないとの事。でも、やっぱり、この絵の完成は北京で祝いたいなぁ...。



本気にする中国人のお客さんが居るらしい。

中国は国慶節の休み中。パレードのお陰で、主要道のみならず地下鉄までところどころ封鎖され、ここ数日の北京の交通は大混乱。パレードはテレビで見たが、ほんとに、この国の政治システムは日本とは違うんだなぁ、というあたりまえの事をあらためて考え直す機会になった。
写真はその数日前の練習時の風景。中国の各省の山車が工人体育場から出発する様子。人々は、自分の出身地の山車が出てくると歓声をあげ、車の上のダンサーたちはそれに応えていた。

イベント、僕のディージェーはグサグサでしたが、盛り上がりました!いらして下さった皆様、ありがとう御座いました!

本日から6日まで、日本で初めての写真専門のアートフェア、「東京フォト」が六本木で開催されています。昨日、プレビューに誘って頂いたので行って来ましたが、すいません、写真を撮ってくるのを忘れちゃいました。
第1回ということで小さな会場だったが、展示に適度な密度感があって、コンパクトに纏まった良い展示だった。特別展示も、参加ギャラリーも一流どころで見応えがある。中国のアートフェアにありがちな、大風呂敷広げ過ぎちゃいました!的な空虚さがない。「ブース」という考え方を敢えて廃した空間構成も面白い。中国で行われるような大規模なアートフェアや見本市を見過ぎた僕のような人間には、なかなか出て来ない発想だ。
東京フォト代表の原田さんは、昔、音楽絡みで何度か遊んだ事があって、その後連絡が途絶えていたが、先日Facebookで突然繋がり、会場にて約10年ぶりにお会いする事になった。10年前、建築の本を貸して、そのままになっていたのだが、それを見るたびに思い出してくれていたとの事。僕の方も、「あの本を見たいな」と思う度に、彼の事を思い出していたが、まさか、アートフェアをオーガナイズしているとは夢にも思わなかった。伺った所によると、数年前に写真の魅力に取り付かれ、写真専門のアートフェアの開設を思い立ったらしい。刺激的な再会だった。
日曜日まで。






1年ほど前から、出そう出そうと思いながらも、お蔵入りになっていた写真を引っ張り出してきた。
北京は、北側と西側を山に囲まれており、中心部からは、快晴の時には、その山並みを望む事ができる。仕事の関係で、その西北方向の山の中ほどにある大覚寺という古刹を訪れた。中国、特に北方の歴史的建造物は、故宮に代表されるような、大味、というか大雑把な配置をもつものが多いのだけれど、ついでにいうと都市構造からして大雑把だったりするのだけれど、この寺の伽藍は、山の斜面に張り付くように密度高く配置されている。小さな門をくぐりつつ、堂を巡りながら登ってゆくと、頂上の舎利塔に行き着く。そこからの眺めはなかなかのものだ。
面白いのは、そんな境内の中の堂の一つが、紹興料理のレストランになっている所だ。紹興は、この寺にも、北京にも、歴史的に何の繋がりもない。このレストランだって近年にできたものだろう。日本だったら、こういった場所には、ご当地の歴史ある料理を出す店が入るものだろうが...。とはいえ、料理はなかなか美味しく、また、内装も様式的にはやや混乱しているものの、オリジナルの建物を生かした雰囲気の良いものになっている。
現在の北京の中心部には、このような情緒ある場所は非常に限られてしまっている。やはり、文化大革命によって多くの歴史的遺産が打ち壊されてしまったのが大きいのだろう。特定のイデオロギーを社会に敷衍させるには、純粋で、パワーが漲る若者を感化し、組織化して社会に放つのが効果的らしい。ナチスではヒトラーユーゲント、ファシスト党ではバリッラ、そして文化大革命の時には紅衛兵。若く、毛沢東を狂信的に崇拝する紅衛兵たちは、片っ端から知識人を引っ張り出して弾圧し、建物や文物をぶち壊していった、という事になっている。恐れられた存在だが、さすがにガキであることには変らなかったか、市街から距離のある大覚寺は破壊を免れたようだ。
最近、文化大革命時代に北京に滞在していた著者による「中国料理の迷宮」という本を読んだ。王朝時代からの中国料理の変遷、特に北京料理にフォーカスして書かれた本なのだが、文化大革命時代の記述が面白い。街の食堂のみならず、現在繁盛しているような北京の有名店も、多くが閉鎖に追い込まれたらしい。運良く閉店を免れた店も、店名を変える事を強制され、質素な革命食を紅衛兵に供していたようだ。民営の食堂がようやく認められたのは改革開放後の84年。生き残った老人や、コックたちにレシピを教わりつつ、中国の「食」は再起動したのである。
現在、北京にはレストランが乱立してシノギを削っている。共働き夫婦も多いため、外食率も高い。でも、これらの味も、習慣も、せいぜいここ20年ちょっとの間に、断絶からよみがえったものに過ぎないということだ。中国は、支配者が変わるたびに、社会をリセットし続けてきた。その度毎に古い文化は新しい文化に吸収・同化されるなり、支配者のものに刷新されてきた。岡倉天心を始めとした日本の文化人たちが胸を張ったように、むしろ、中国文化を断続的に吸収してきた日本の方にこそ、中国文化が地層状に保存されている。だいたい日本語自体がそうだ。日本語の漢字の「音読み」が複数あるのだって、色々な時代の発音が日本語の中に蓄積されて行ったものなのだから。
次にいつ、中国の社会がリセットされるかは分からない。それを僕自身が乗り越えられるかも分からない。でも、その時、中国人たちはいたって平気であろうことは間違いない。
北京の古刹の中の紹興料理店。僕は違和感を感じたけれど、同行した中国人達はそうでもない様子だった。

現在、北京より移動中。明日のお祭りはよろしくお願い致します。
オリンピックからはや一年。お恥ずかしいことに、先週になって、やっと「鳥の巣」と「水立方」に行った。鳥の巣は50元、水立方は30元の入場料を払えば、見学する事ができる。週末だったのもあるけれど、凄い観光客の数だ。コンサートやスポーツイベントがあるわけでもないのにこの人出。未だかつて、これだけの観光資源になった現代建築があるのだろうか。合理的でない構造、資源の無駄遣い、いろいろ言われた建物だが、見学の入場料だけでモトが取れてしまってるのでないか。ムダなものこそが歴史に残る、というのは本当かもしれない。現代版万里の長城。
せっかくなので、工事中に撮った写真と今回撮った写真を並べてみる。これらの建物の完成前は、現場の中で撮影した写真を載せる事は控えていたけれど、もういいだろう、という勝手な判断です。

2009/08

2006/09

2009/08

2006/09

2009/08

2006/09
先週末、日本からのお客さんを案内して、「四合院改装系」(と勝手に呼んでいる)鼓楼周辺のバー/レストランを案内した。仕事は、ビジネス街などでする事が多いので、こういったエリアに来る機会は、あっても夜になってしまう。昼間から、四合院の屋根の上や中庭で飲むビールの味はなかなかいい。



THE DRUM & BELL (在北京鐘楼和鼓楼脚下的珈琲)
カフェバー。かなり前からある。


Dali Courtyard Restaurant(大里院子)
雲南料理。いつも満杯で要予約。100元のコース料理のみ。夜はガイジンだらけ。

Kemukujara"毛人"04 @ Club Nic / Tianjin
09/09/26[Sat.] 21:30-29:30
Venue: "Club Nic", Tianjin, China
天津市和平区睦南道143,画国人創意空間地下
Heping district, munan road No143, Tianjin, China
DJs:
LYDNB
DJ Jonny
GangGang
Daisuke Tofuku
MC Monky
*******************
1ヶ月先の話ですが、天津で行われるイベントに参加させてもらいます。天津は巨大な貿易港ですし、日本からはトヨタ、フランスからはエアバス、などなどが進出してきているので、多くのガイジンが跋扈しています。まあ、僕もそんなガイジンの一人なんですがね。かなりインターナショナルなパーティ、らしい。すっかりオッサンになり、音楽を流すより加齢臭を垂れ流す方が得意になりつつある昨今ですが、僕自身も久しぶりのDJを楽しみにしています。
音はいろいろ。ムンベーとかテックハウス、ファンクもかかります。僕がかけるような音圧の低い音楽は、かき消されてしまいそう。勝てるのはサンバくらいか。
9月末、北方中国はとっても良い季節ですので、これを機会に一度いらっしゃいませんか?お待ちしてます。
また日本へ戻っています。来週の月曜日には北京へ再び向かいます。
名古屋にて、ある経営者の方と話をしていた時に、建築設計業やデザイン業のつらさ、みたいな話になった。技術の進歩が著しい分野、たとえば生産システムの開発等では、頻繁にシステムをアップデートする必要がある。また、システムに不具合が出た場合は、生産ラインが止まってしまうので、納品後もメンテナンス契約を結ぶことになる。利益としては薄いかもしれないが、そういった仕事のお陰で、経営が安定するんだよな、それにひきかえデザインは仕事を取り続けなきゃならんもんなぁ、つらいよなぁ、そんな話だった。
もちろん、建物の設計にしたってアフターサービスはある。自分の設計した建物の近くに行く機会があれば、立ち寄る機会を作るし、施主から緊急連絡があれば飛んで行く。幸い、僕が設計した建物で深刻なクレームが出た事は無いが、クレームとは行かないまでもココはもうちょっと使いやすくしたい、そんな要望を受ける事は多い。まあ大抵の場合、無償での対応になるので、お金が入ってくる事はない。でも、そういう時は、完全に施主のモノになってしまった場所に入る、貴重な機会にもなる。
去年竣工したMizuma & One Galleryさんには、展覧会のたび、オープニングに呼んで頂いている。作家の方に直接お話を伺うのは非常に楽しい経験だし、なにより、自分が関わった空間が展覧会で活用されているのをみるのは嬉しい。
木村了子さんの 「Born to be Wild / 覚醒吧!野性」展は、通関でトラブっていた作品がようやく届き、完全な状態での展示になった。木村さん御自身は、模型まで作成して会場構成を考えたと仰っていたが、そのかいあって、ムリ/ムダ/ムラのない美しい会場構成になっている。会期は今週末までとの事なので、ぜひ足をお運び下さい。
その次の展覧会は、8月29日から。ミヅマアートギャラリーさんのスター作家の一人、会田誠さんの公開製作が予定されている。3m×7mの巨大な----日本のサラリーマンの死体とOA機器が累々と重なり合って灰色の山を成し、遠目には日本の伝統画の構成になっているーーそんな絵なんだそうだ(上の画像はその部分エスキース)。2年前の個展で発表されたスクール水着姿の少女達の「滝の絵」も、ここで同時に完成させるとの事。日本で同じ事をやったら大騒ぎになって製作どころじゃなくなりそうだ。会田さん御自身は「出来上がるまで帰れない。朝から晩まで淡々と描き続け、盛り上がりなどない。『写経』に近い、根気勝負の世界。」と言っているそうで、完成予定(目標?)は11月末頃との事。レセプションパーティーは完成時に行われる。
草場地のユルく流れる時間の中、どうやってこの絵が完成してゆくのか、時間を見つけて通おうと思っている。

北京の露天。徹夜明けの朝食。
事務所を移転した。引っ越し作業は、日本に戻っている間に終えてもらった。新しい事務所は、北京の第2環状の西北あたり。周囲はバリバリの下町で、夕方になると露天が立ち並ぶ。と書くと、いかにも風情がありそうだが、日本での生活に慣れた人は顔をしかめるような衛生環境だ。タクシーの運ちゃんや、上半身裸のおっちゃんたち、いかにもお金のなさそうな若者達に交じって、こういった露天で食事を済ませることもある。気の良さそうなオバちゃんの店は、杭州小籠包(台湾の小籠包と違って、肉まんのようなもの)10個、刀削麺1杯、キュウリの和え物、しめて250円くらい。安全かどうかは別として、味もなかなかだ。まあ、若い中国人スタッフでさえ「不潔だ」といって行きたがらないような所なんで、安くてあたりまえだけど。でも、見栄えの良いレストランだって、厨房で何が行われてるか分かったもんじゃないし、丸見えなぶんだけ安心じゃないか、なんて思っている。
7月から、Pan-Chinaという現地設計院と業務提携する事になり、その方法を模索している。とりあえず事務所を共有しながら、マンパワーの足りない時や、現地ライセンスが必要な際には協力を仰ぐ事にしている。
提携先の社長、王さんとは「VIP碁会所」を始めとして、今まで幾つかの仕事をしているが、非常に信頼できる人物だ。中国の社長にありがちな、弁舌が立ち、大風呂敷を広げるタイプではなく、虚飾のない正直な発言をする。施主やスタッフの信頼も厚く、なあんだ、中国人だって結局こういう人を信頼するんじゃないか、と、感じ入る所があった。
使用する予定の部屋は、手続きでゴチャゴチャしていて、まだ内装工事も行っていない状態だ。今は設計院のスタッフと机を並べて作業しており、「共有」というよりは「間借り」している、という方が正しい。作業環境が完全に整うのは早くても3ヶ月後くらいだろう。その頃に遊びに来て下さい。

北京は草場地のMizuma & One Galleryにて、木村了子さんの個展「Born to be Wild / 覚醒吧!野性」が本日より「仮」オープンしています。
通関トラブルで海外からの搬送が間に合わず、北京に保管してあった2点のみでのオープニングとなってしまったそうだ。木村さん御自身は、お話しした限りでは飄々としてらしたが、今回は北京での個展のために特別に製作した作品もあるとの事で、心中はさぞ残念な思いをされているだろう。
とはいえ、今ある作品もかなりの大作で、ギャラリー内は寂しい感じはない。中国の展覧会はスカスカのものが多いので、「こういう展覧会か」と納得して帰って行ったお客さんも多かったそうだ。
作品が届き次第、仕切り直してもう一度オープニングを行うとの事。中国ではこのようなトラブルが頻発する。長く中国でやっていると悟りの境地に達し、「今日来た人達も、もう一度来てくれる!一粒で二度美味しい!」とポジティブシンキングできるようになる。良いのか悪いのか。
木村さんの作品は、いわゆる「イケメン」達のセクシーな姿を、日本の伝統的な技法で描き出したもの。女性から見た「男の性」を垣間みる事ができて、男の目から見ても面白い。
8月の終わりからは、会田誠さんがギャラリーで公開製作を行う予定だ。原案を見せて頂いたけれども、迫力ある作品で、製作中から大きな反響を呼ぶ事だろう。自分が設計した空間で、こういった活動が行われているのを見るのは、本当にうれしい。

昨日の上海での乗り継ぎは、結局2時間以上遅れた…。北京の部屋に着いたのは、結局夜中の2時過ぎ。待ち時間、前の同僚にスカイプで報告したところ、「そんなの何でもない!おれはモスクワ空港で24時間待たされた事があるぞ!」とのこと。共産圏にはタフネスが必要だ。
上海の第2ターミナルを初めて利用した。4年ほど前、現場を見学した事がある。現場担当者は、カラーコンクリートを用いた打放しの苦労を語っていたけれど…なんだか、全部塗装されちゃっているように見えるんだけれど…。
このターミナルも北京に負けじとでかいな。でも、同じ空間がダラダラと続き、退屈過ぎる。
北京もなかなか暑いです。いつもの事ですが、汗だくです。

7月1日は、ある会社の会議に出席するために浜松へ。顔を出して、建築設計の専門家として、ちょっと意見を言うくらいの、もっと言えば会議後の残った時間は浜松の観光をするくらいのつもりで行ったが、プロジェクトにガッツリと組み入れられる事に。話を聞いているうちに、ついついその気になってしまうのは自分の長所なのか、短所なのか。昼食にうなぎ、夕食に中華料理。
道中、雑誌WEDGEの、「ビザ解禁で続々来日 中国人セレブからしっかり稼ぐ8ヵ条」を読む。1日から、中国富裕層の個人旅行のビザが解禁になった。そのチャンスを生かすためのコツ、といった記事だ。中国の富裕層は、同じ製品でも「日本で買う」事に意義を感じている。同じ製品が中国にあっても、日本で買いたいらしく、僕も中国市場でも手に入るデジカメを買ってくるように頼まれた事が幾度かある。それくらい、富裕層の「日本のサービス」に対する信頼は厚い。
自分は、零細企業だけれども、中国、日本、両方で仕事を進めようとしている。今年は日本の比重の方が大きいくらいだ。移動は辛いけれども、自分の読み、今までの仕事の方針は間違っていなかったな、などと、ムリヤリ自分に好意的に解釈しながら読む。気休めか。
2日の朝、名古屋へ移動し、建設業者と打ち合わせ。その業者の役員の彼も、昔のクラスメイトである。打ち合わせ後、地元の新聞で、彼がとある団体の会長に就任した事を知る。お祝いの言葉を忘れてしまった。実家に戻って少し休んで、名古屋の中心部へ向かい、中国進出を考えている、という経営者を紹介される。そもそも僕自身が中国での起業は専門外であるし、具体的なスキームはまだ検討中との事だったので、あまり有効な助言はできなかった。「交渉相手に、足下をみられないように時間に余裕をもって」とか、なんだか説教臭い事くらいしか言えない自分が恥ずかしかった。その後、栄のラシックで友人達と食事。お酒も入ってご機嫌になり、ベラベラと喋りまくる。これも、今思い返すと恥ずかしい。
3日は中部空港へ…と思ったら、やってしまった。中国の携帯を東京に忘れて来てしまった。中国/東京間を移動する時には、パスポート、チケット、日本円と中国元のサイフ2つ、両方の部屋の鍵は、しっかりとチェックするが、携帯電話が甘かった。東京に、北京のHさんがたまたま滞在中で、週末に北京に持ち帰って来てくれるとの事で事なきを得そうだ。銀行振込の作業等を済ませて上海へ。そして、今、北京への乗り換えをするところ。
移動しまくりの生活ってカッコいい!なんて思っていたけれど、移動中の作業が出来ないぶん、能率が落ちて大変だ。さて、明日からはルーティンに戻ります。日記調のニッキはここまで。かも。

なんだか今回の乗り継ぎは楽だ。機内食の鶏肉の焼きそばも、とっても美味しく頂いた。アルミホイルが破れ、一部がカリカリになっていたけれど、ココもクリスピーで美味しいじゃん!なんてガツガツと。ま、単にお腹が空いてただけだと思うけど。あと、東方航空は、パンが暖めてあるのね。今までで一番美味しく感じた機内食かもしれない。ま、単にお腹が空いてただけだと思うけれど。
飛行機は満席。週末はこんなもんなんだろうか。ビジネスマンらしき日本人だらけ。
考えただけでブルーになるのは成田からの帰りだ。税関を抜けて、到着ロビーに出ても、まだ2時間かかるのか…と気が重くなるんだよな。あの一瞬の軽い絶望感と言うのかな、何とかならないものかな。
今、空港の待ち時間。ヒマに任せてニッキを書いている。
今回の日本往復は、北京ー東京間を往復する人にとっては少し名の知れたMU271/272便を使っている。なぜ有名かというと、安いから。いくらハイシーズンではないとはいえ、往復で21日間フィックスが2万3千円。空港使用料や税金含めても2万8千円で、東京ー大阪の新幹線とそう変わらない。
もちろん安いのには理由があって、上海経由になる。上海で一度降り、出国してから同じ飛行機に乗り直す。同じ飛行機の、それも同じ席に座るために、段取りの悪い係員に連れられて空港をテクテクと一周しなければならない、なんだかやるせない気分になり、普通の乗り換えの倍は気疲れする。13:50発で成田に着くのは20:30。成田からがまた長いんだよな…。のんびり本でも読もう。
北京からの戻りはセントレアを利用する。中部空港は、本当に便利でいい。味仙の台湾ラーメン、世界の山ちゃんの手羽先、蓬萊のひつまぶし、矢場とんの味噌カツ、確か名古屋名物と言われるものは殆ど揃っていたと思う。便数が少ないので、チケットが高いのが玉にきず。
搭乗が始まった。

いやぁ。暑い。タクシーを開けると、熱風が吹き込んでくる。
ほんの二・三日前まで、北京は過ごしやすい気候で、夜は路上で呑む事も少なくなかったのに。現在、事務所の引っ越しの作業中で、力仕事が多い。汗が吹き出してくる。ただでさえ汗かきなのに。
明日、26日より一週間程日本へ戻ります。東京、名古屋、浜松あたりに出没予定。29日は、麻布十番近辺で飲み会をやろうかと思っています。お時間ある方は、是非連絡を。

酒の席での話がきっかけになって、北京と天津で店舗を抱えるガンガンデリカテッセンさんのパンの陳列棚を設計する事になった。オーナーの若いお二人については、東京の古い友人づてに話は聞いていたが、1年程前にたまたま直接お会いする機会があり、それ以来仲良くさせて頂いている。
何か面白い事をやりたい、今後の店舗展開も視野に入れて、試しに実験的にやってもらってもいい、との事で毎週のように打ち合わせ(という名の飲み会、またはレストランやベーカリー巡り)をしながら楽しく作業をした。だが、中国の場合、製作が設計通りに行く事はまれで、家具であれば一度はモックアップを作った方がいいのだが、今回は時間や予算の制限もあり、構造や照度計算をした上での一発勝負になった。
設置後、施主の一番の希望であった容量の拡大は達成され、またお店での評判も悪くないようだが(特にガイジンさんはヴィヴィッドな反応をしてくれるらしい)、僕的には、設計通りに行かなかった点がいくつかあり、少々心残りだ。中国の材料や制作方法に対するローカライズに、もう少し注力すべきだったようだ。ガンガンさんが出店数を等比級数的に—それこそガンガン—伸ばしてゆく頃までには、課題を解決して、満足のいく設計にしなければ、と思っている。


Mizuma & One Galleryでの仮組みの風景。
棚の詳しい仕組みについては、近いうちに事務所のページの方に書きます。
この棚は、ガンガンデリカテッセンの北京店(朝暘区門外6号新城国際12号楼21-22「PEKOTAN」内)に設置しています。お二人が自信を持って提供する美味しいパンをご購入ついでに、是非御覧下さい。

入口はディズニーランド風。色んな建築様式のミクスチャー。
ひょんな事から、北京の「世界公園」ツアーに誘われて行ってきた。ジャ・ジャンクー監督の映画「世界」の舞台になったテーマパークだ。この公園で働く若者達の青春を、淡々と、しかし情味あふれる映像で描く映画で、この公園も機会を見つけて行ってみたいなぁ、と思っていた。

映画にも出てくる桂離宮。劣化コピーだが、1分の1。あやしげなキモノで撮影することもできる。そこそこ人気もあって。日本は、公園の中でも扱いが大きい。

白く見えるのはタージマハール。

アンコールワットの前で記念撮影する観光客。

同行した人が、遊びにくる、っていうよりは写真を撮りに来てる、って感じだよね、といっていたが、まさにそのとおりで、全員が全員、そこら中で写真を撮りまくっている。何度か書いているが、中国の人達は写真が本当に好きだ。昔の日本人も、海外では首からカメラをぶら下げた姿で、風刺画に登場していたのを思い出す。

オセアニア。イースター島とシドニーオペラハウスが並んでいる。モアイ達は少々角張った顔をしている気が。スケールをもうちょっと揃えて欲しいよなぁ。

万里の長城。ホンモノが近くにあるだけに、再現度は高い。ていうか、車で2時間程度で行けるのに、ここにコピーする必要があるのかな。あるんだろうなぁ。

結婚記念写真を撮るカップルが3−4組居た。レフ板、メイクさん、カメラマンを引き連れて、かなり本格的。写真はフォトショップなどで加工され、製本される。これは台湾発のカルチャーらしい。中国の若者の話を聞いていると、婚前に行われる写真の撮影旅行の方が、新婚旅行よりも重視されているようだ。

このカップルは親戚も引き連れていた。お嫁さんは、顔を見る限り、たぶん新疆ウイグルとかそっちの方の人で、チープなイミテーションの世界で撮るのが勿体ないくらいの美女だった。あの旦那はないよねぇ、お金持ちなのかねぇ、とか見る方は好き勝手言っていた。

お約束。松原弘典さんの「北京論」によると、映画の中のエッフェル塔のシーンは深圳の「世界の窓」で撮られているらしい。向うはエレベーター付きの立派なものだが、こちらは梯子や急な階段で登って行く、少々しょぼいもの。上に登るのに別途15元が必要。200円以上ですよ。上の眺望なんてたかが知れている。日本の金銭感覚からいっても高い。

マンハッタンは、一応島になっていた。ウォルドーフ・アストリア、ロックフェラー・センター、クライスラー・ビル、エンパイア・ステート・ビルに加え、ワールドトレードセンターもある。ガラス部分は真っ青に塗られている。WTCって白いイメージがあるんだけど…まあ、実物を見た事無い人が作っているものだから仕方がない。
映画「世界」のファンの人は、行ってみると良いと思う。あの映画の中の若者達が抱えている、閉塞感とか、せつなさとかは、このチープなイミテーションの世界でしか表現できない。昔の日本にも、こんなのあったよなぁ、と、感慨にふけったり、このユルい世界にツッコミを入れつつ楽しむのもあるかもしれない。でも、入場料65元は少々高いかなぁ。
映画と言えば、最近、「スラムドッグ$ミリオネア」を観た。少々長めだが、良い時間を過ごしたなぁ、と思える映画。おすすめです。

あまりにもパッとしない写真だったので、パッとしたセレブに持って頂きました。作ったのはここ。
以前、米国の某大学に留学中のS君が我々の東京事務所に来た時に、「わあ、プラッターがちゃんとあるんですねぇ」と感心していた。え?プラッター?スプラッター?「いや、あそこにあるじゃないですか、プラッター。」と彼が指差した先には、プロッター(正確には大型プリンター)があった。彼は米国生活が長いので、plotterが日本語でどう呼ばれているのか、知らなかっただけみたいだったが、「なぁに西洋風吹かせてんだ、そのなんだ、キミはアメリカの事を『ステイツ』というクチか?感じ悪いなぁ。じゃあ日本はプリフェクチャーズで、中国はプロヴィンセズだ!まいったか!」とイジリ倒して笑っていた。
一昔前は、プロッターといえば、大きな設計事務所しか持てない、高級機材の代表格だったが、今や、百歩譲っても決して裕福とは言えない弊事務所にも入っている。こんな素晴らしいものが20万円しないなんて。技術革新って凄いよなぁ。価格ドットコムや、ヨドバシを見ても、何もかも本当に安いよなぁ、と感心してばかりの自分は、オッサン丸出しだ。
最近、事務所でA3複合機を買うことになった。小規模オフィス向けの人気製品で、かつての同僚がしきりと薦めていたものだ。インクジェットではあるが、A3ファックス、スキャン、コピー、なんでも出来て、しかも無線LANにも繋がると言うスグレものなのに、日本では4万円そこそこ。コピー機って、普通のオフィスで一番高いものじゃなかったっけ?良い時代になったなぁ。中国人スタッフ達の冷ややかな視線を尻目に、凄いよ、コピーもキレイだよ、これ何でも出来るよと、キャッキャッいいながら弄っていた。
もうちょっと経てば、数万円で光造形の機械やら立体プリンターが買える時代が来ちゃうんだろうか。ありえるよなぁ、既に、ちょっと大きな事務所では、模型を作るのにヒートカッターを使わず、CAMに材料を切り出させるって言うもんなぁ。
ちょうどその頃、SH事務所のHさんが遊びに来たので、その話になった。いやーほんとにねぇ、こういうモノがあるから、次々独立して、小さいデザイン事務所が乱立しちゃうんだよねと。
…ほんとに、良い時代になったのか?
昔は外注せざるを得なかったものも、今は自分でできる。便利になってるはずなのに、仕事はどんどん増えている。特に、なんでも自分でやらないと気が済まない性格の人間は深刻だ。設計に割く時間がどんどん少なくなっている気がする。
「大きい絵」を描き続けた昭和のスター達。アーティストでも、作曲家でも、建築家でも、デザイナーでもなんでもいいが、彼らは、細かな作業を信頼できるプロフェッショナルに丸投げすることで、壮大な構想を練る時間を確保していたのかもしれない。思えば、かつては一部のプロのものだった機材が、次第に安くなり始めた頃から、スターが減り、アイドル級の人達が乱立するようになった気がする。気のせいだろうか。

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これは日本向け製品。中国向けは6万円くらいする。

とは、こういう事をいうのかな。
事務所に行くと、郵便物が幾つか届いていた。僕の場合、郵便物というやつは請求書だとか広告チラシとか、もらっても嬉しくないモノがほとんどなんだけれども、その中に中国の雑誌社からの大きめの封筒が混じっていた。ああ、掲載誌ね、どんな誌面なのかな、と封筒を開けたら、見覚えのある写真が目に飛び込んできた。うわ、表紙になってるよ。全然聞いてなかったのでビックリした。
だってこれ、コア専門誌でしょ、月刊「将棋世界」とか、月刊「蛋白質核酸酵素」みたいなもんでしょ、月刊「住職」とか「マンスリー床」みたいなもんじゃない!しかも中国だしさ!とか思いながらも、やっぱり嬉しい自分が居た。
誌面にはインタビューと顔写真もある。これらは、僕にとって非常に恥ずかしい内容に仕上がっている。もちろん、記者の女性は、僕をもり立てようとやってくれたんだろうけれど、奥ゆかしい日本人としてはなんとも言い難い…とか思いながら、やっぱり嬉しかったりして!!
建設中の現場の仮囲いに、設計者の顔写真付きの広告がデカデカと貼られるなんていう例もあるくらい、中国の人は顔写真が好きだ。雑誌にちょっとしたコメントを寄せる際にも、ポートレイトは欠かせない。それは知っていたが、こんなにデカデカと載ってしまうとは…中国ってコワい。もし、撮影中にふざけて撮った「小悪魔ageha」ポーズの写真が使われていたら、と思うとゾッとする。
何度か会った事のあるインタビューアー、また録音無しと言うことで、調子に乗って喋りすぎた。「へぇ、休日は何をしてるの?」「オタクだからなぁ。最近はスピーカーを作ってるよ、スピーカーって、箱が重要なんだよ、というのはさあ…(中略)…というわけで案外空間的で面白いんだよ、わっはっは」なんて会話が記事になっちゃうなんて…他に仕事のアピールをたくさんしたのに…
久しぶりに子供のようにはしゃいでしまった。仕事の関係者や、写真を撮ってくれたジュディにも連絡を入れたところ、みんな嬉しそうだった。この数日間、なんとなく凹み気味だったが、良い週末を迎えられそうだ。
雑誌掲載についての詳しい情報はこちら。東京にも置いておくので事務所にお越しの際は笑ってやって下さい。
写真は、Mizuma & One Galleryで開催中の「天欲」展の様子。今週末までだそうです。

東京近辺で、年収7−800万円のサラリーマンの人達が購入するマンションは、坪当たり200−250万円くらいがボリュームゾーンではないか。そのうち、マンション自体の建設費用は、70−80万円/坪といった所だと思う。
以前の同僚に「車は安い」という持論を唱えつつ、車をバンバン買い替えている人が居た。詳しくは知らないが、トヨタのカローラは150万円くらいだろう。これには、リクライニングするチェアや、冷暖房、ちょっとした鏡がついていて、窓は曲面強化ガラス、外装はプレス成形のスチールに最高レベルの塗装である。おまけにエンジンというスグレものの力で自走してしまったりする。設計にあたっては、最高レベルの技術と試行錯誤が積み重ねられている。
同じ150万円でどんな建物が建つと言うのか、と彼はいう。確かに、6畳のガランドウの部屋しか出来ない。電灯や空調くらいは付けれるかもしれないが、給排水やトイレ・バスは無理そうだ。モーターの力で窓が開くギミックなんて夢物語だ。ましてや、動くなんて。
全くだ。本当に建物って割高だな。トレーラーハウスに住む人の気持ちがわかる。
逆に言うと、建物は動かないからこそ高い、とも言える。材料も、作り手も、敷地までやって来なければならない。敷地に対応する一品生産品だから、値段の基準がよく分からない。よく分からないから、値段の仕組みはブラックボックス化する。このブラックボックスに光をあてて、施主に説明しつつ、コストのバランスを取るのも、僕らの大切な仕事だ。
中国のマンションの建設費は、平米あたり3000元強。坪/日本円に直すと、だいたい18万円/坪くらい。内装、設備が無い状態で引き渡されるので、内装をするのに7万円はかかるだろう。合わせて25万円、日本の約1/3だ。対して、車は高い。税金のおかげで、カローラも350万くらいするらしい。
中国では「車は安い」説は成立しなさそうだ。
写真は物件の照明テストの様子。
お客さんから、「前門23号を見て、今の仕事の参考として欲しい」との要望があり、現場の責任者とともに向かう。前門というのは、天安門広場の南側のエリア。オリンピックに合わせて、再開発が施され、清朝の町並みが復元された。

前のボスは、とある対談で、中国で行われている開発の現状を、マンハッタン、ロサンジェルス、ディズニーランドの頭文字を取って、MALAD、マラードと評していた。天安門事件以降、大量の中国人達がに留学した。彼らが国に帰り、現在、都市計画の決定権のあるポストに就いているのだが、彼らの中には都市計画や建築を専攻した人間は少ない。彼らの好みは、いきおい、彼らが留学先で衝撃を受けたアメリカニズムぷんぷんの風景に大きく影響される事になる。その文脈で言うと、北京のド中心に突如現れたこの風景は、MALADここに極まれり、といったところだ。
開発の善悪はさておくとして、観光客で非常に賑わっていた。お店のテナントは、まだ殆ど入っていないけれど。

「前門大街23号」についた。でも、お店入ってないんですけれど…。話に聞いていたようなエクスクルージヴなレストランのイメージは微塵もないし。

電話で確認すると、「前門23号」は、現在の住所ではないそうで…。慌てて本当の「前門23号」に向かう。天安門広場から東へちょっと入った場所。人民共和国成立前の、大使館/領事館エリアで、洋館が建ち並んでいる。ネットで調べてみると、上海の「外灘3号」をハンデル・リー氏が、旧アメリカ領事館を高級レストランやブティックエリアへとリノベーションしたという。高級日本料理やフレンチのレストランをはじめ、ほぼ全ての腕時計好きが最終目標にしている、パテック・フィリップのブティックも入っている。予め調べておけって。

案内してくれたスタッフの話によると、建物の設計者は日本人だという。確かに、基本的な考え方やディテールの処理の仕方に、日本のプロの仕事を感じた。力の入れどころと抜きどころがプロっぽいと言うか。ムリ・ムダ・ムラがないというかな。自分はこうは作らないだろうけれど、良い仕事だと感じた。
賞賛していたら、スタッフが「でもあの部分の○○の処理の仕方は汚いんじゃない?」と言う。おお!さすが長い期間、教え続けてきただけの事はある!と嬉しくなる。スケッチを描きながら、汚くなってしまう理由を解説。この部分はおそらく、設計者も逡巡しただろうね、コンセプトを重視するとこうなるけれど、きっと中国の○○の施工の悪さを知らなかったんだろうね…、僕だったら、多少コンセプトを犠牲にしてこうしちゃうかもなぁ…などなど。日本のクオリティーの高い実施設計を思い出す良い機会になった。

中のスペイン料理店で食事。ランチは日本で2500円くらい。盛りつけのプレゼンテーションも美しく、さっぱりとしたお味で、美味しゅうございました…と思ったが、同行した中国人達の反応はいまいちだった。世界中、どこに旅行しても現地の中華料理を食べる人達だからなぁ。パンチが少な過ぎるのかもしれない。
「日本人は外国料理を食べ慣れてる」という話になる。外国行って、マズいに決まってる現地の日本料理をわざわざ食べない、現地料理が一番美味しいに決まってるもの、日本人はそう考えるんですよ、と説明する。
ところで、どう?この写真!ブログっぽいでしょう!

春節直後の北京は、すっかり暖かくなって「春が来たな!やっぱ、旧暦って合ってるな!」なんて古人の知恵に感動していたのだが、先週はグイッと冷え込み、雪がチラつく日々だった。雪が降る日、っていうのは実際はそんなに寒いわけではないのだが、何しろ風が強かった。引退しかけたダウンジャケットをもう一度引っ張りだし、帽子と手袋の完全装備で通勤している。マフラーも欲しいくらいだ。
中国の建設設計界では、「春節を過ぎると仕事が来る」というレジェンドがある。他の設計事務所も、ここへ来てがぜん勢いづいているらしい。ウチは、春節前は比較的忙しかったが、新年になって新しい仕事の打診は今のところない。代わりに、友人の中国人建築家から「今やっている美術館の設計について意見が欲しい。メシ奢るから」という打診があった。まったく、全然代わりになってない。仕事よこせっての!とブツブツ言いながら向かった。
案はなかなか良く、中国人設計者達が着実に力を付けて来ているのを感じた。去年までの中国の建築家達は、カネを稼ぐ事に忙しすぎて、クオリティーを上げる事に考えが及ばない感じだったが、彼らも自省する時期に来たという事かもしれない。そうなると、中国に居る外国人設計者の淘汰が始まるのも時間の問題になる。
北京には、オリンピック前までの期間に、外国人設計者による作品が量産された。一見すると、華やかな建築達ではあるが、よくよく考えると単なる「一発ネタ」的な作品が殆どで、建築として評価できるものは殆ど無いに等しい。残念っ!
クライアントとなる中国人の目も肥えて来ている。遅かれ早かれ、大方の「ガイジン」の化けの皮は剥がれてしまうだろう。最近、北京で活躍する台湾人の美術ジャーナリストの方と話す席があり、北京に居る「ガイジン」の話になったのだが、普段は勝ち気な彼女が「私は、本国では一流ではないのよ。本国に戻ったら翻訳の仕事しかない」と言っているのを聞いてはっと思った。中国にいるガイジン達は、悪く言えば、本国で十分に食えない、ということだ。我々が、お世辞にも一流とは言えない事に、中国人達もとうに気づいているだろう。
我々が、と書いたが、もちろん僕だって例外ではない。僕自身は、仕事さえ選ばなければ、どこだって食って行ける、という妙な自信があるけれど、今のような面白い仕事からは縁通くなってしまうだろう。
僕が、仕事を中国で始める、と言ったとき、ある人は「中国は、オリンピックまでは外国のデザインを導入するだろうけれど、その後は中国人で全部やっちゃうんじゃないかな」と言っていた。僕らが一流でないことに無自覚であり続けたなら、その「大政奉還」を早めてしまう事になる。
今年の中国の仕事状況は暗雲たれ込めているが、そのかわり、日本から仕事の打診を幾つか頂いている。このミゾウユウの不景気の中、北京に居る事が多い僕に、わざわざ声をかけてもらえるのは大変有り難い。日本的な作り込みの世界を通して、カンをもう一度取り戻すいい機会になりそうだ。

んだそうです。レッド・カーペットの上では。
とある中国の業界誌の編集の人から、創刊5周年記念の特別号のポートレート撮影があるからと誘われた。なんでも、「この5年間に中国○○業界の発展に貢献した○○人!」という記事なんだそうだ。僕は、その業界の製品には、どちらかと言えばお世話になっている方だけれども、発展に寄与したというほどでもない。きっと、誌面上、ちょっとはガイジンが居ないとカッコつかないのかな、と思った。「うむー、一人くらいガイジンが居た方が良いわね、彼、顔はまんま中国人なのが残念だけど、来そうだから呼んでおこうかしら」おおかたそんな所だろう。
断るべきか逡巡したが、そういえば、キチンとポートレイトを撮影した事がない事を思い出した。彼女には大変お世話になっているし、「プロのメーキャップで、プロのカメラマンが撮るのよ!後でデータをあげるわよ!全部タダなのよ!」と強く薦められた事もあり、一生に一度くらいはフラッシュを浴びるのも悪くないかなと、OKした。
スーツ、カジュアル、夏物、3種類くらいを持ってきてね!という事で、仕事の合間を縫って、服をカバンに詰め込んで出かけた。着いて、メーキャップ。何をやっているかはよく分からないが、このデカく、平たい顔に立体感を出すのは並大抵の事ではないだろうな、なんて考えながら目をつぶる。
続いて撮影。撮られるのに慣れてないせいか、カメラマンやスタッフからバンバン指示が飛ぶ。背筋を伸ばして!(僕は姿勢が悪い)、ネクタイ直して!、顔が傾いてる!、もっと笑って!、笑い過ぎ!、目をもっと大きく開けて!(僕は目が小さい)…
だいたい、笑う時って目を細めるもんじゃないの?目を開けながら微笑むのって難しい。頑張って顔を作ると、「笑顔が自然でない!」と怒られるし。カメラの前で顔を作り続けるセレブって本当に凄いと思った。途中で何度もメゲそうになりながら、なんとか終了。ついでにと、普通号の方に掲載予定の物件に関するインタビューを受け、急ぎ足で進行中の工事現場へ向かった。
中国人、特に女性は、カメラに向かってポーズを取る事が得意だ。次に撮影を受けていた女性(同業者らしい)も、もともと美人なのもあるけれど、メーク、服装、表情、ポーズ、全てがキマッていた。すごーい!キュート!とカメラを向けると、僕にも視線を送ってくれた。堂々としたものだ。
でも、撮った写真はブレブレでした。ごめんなさい。そして、こんなのが同じ誌面に載ってごめんなさい。
例の火災以降、アクセスが増えている。技術的な見解(というか推測)については、前回のエントリのコメント欄に書いているので、そちらを御参照下さい。
別用で実家に電話をかけたところ、当然のようにこの火災の話になり「どうするの、あんな煙突みたいな吹抜けを作って!」となぜか怒られた。日本のテレビ等でも、僕がここで書いた事と同様の推測がされているらしい。今後、中国に限らず、超高層の吹き抜けには厳しい規制がかかる事だろう。仕方がない事ではあるが、日本の耐震偽装事件の後のように、一部の特殊なケースに合わせすぎて建築業界全体が停滞する事態は避けたいものだ。海外には客室が大きな吹抜けに面するホテルが数多くある。ガラス張りのエレベーターでそこを登っていく高揚感が全くなくなってしまうのは寂しい。
亡くなった消防隊員の方にはお悔やみ申し上げるが、多数の人名が奪われる大惨事にならなくて本当に良かった。でも、仮にオープン後で人が居たならば、初期消火で消し止められ、これほど大きな経済損失にはならなかったかもしれない。また、シャッターが作動して、煙突が形成されるのが避けられたかもしれない。不謹慎は承知の上だが、現段階では、設計や施工のミスというよりも、色々とアンラッキーが重なって起こり、拡大した火事だと思っている。
くだらない関連ニュースとしては、
・こんなコラや、こんなTシャツが出て来ているとスタッフが教えてくれた。
・「大火災のビルのデザイナーはマギー・チャンの恋人のドイツ人著名建築家!」みたいな記事まで出てきた。いろいろと突っ込みどころ満載だが、くだらなすぎて突っ込む気にもならない。
ある友人は、9.11とアメリカの世紀の終焉になぞらえて、「僕らのスター、レム・クールハースの時代の終焉」と日記に書きつけていた。確かに、建築を勉強した同じ世代の人間にとっては、それくらいのインパクトがある事件だ。では、次は、一体どこへ向かうのか。いろいろ考えさせられる。
この火災関連のニッキは、少なくとも原因とメカニズムがハッキリするまでお休みとします。次回からは愉快な?ニッキに戻ります。
近くで打ち合わせがあったので、車で横を通ってもらって写真を撮ってきた。ニュースで既に見た方も多いだろうが、一応アップしておく。燃えた、というよりも、焼けただれている、という表現がピッタリだ。
周囲は交通規制が敷かれているが、この大きさは、さすがの中国政府も隠しようがない。




案の定、上部のガラスが割れ、そこから炎が吹き出した跡がある。内部にもの凄い上昇気流が発生したのだろう。窓の抜けている部分は、スカイレストラン/バーのあるフロアだと思われる。火の通り道になりやすい部分があったのだろう。中央テレビのニュースは、躯体に影響はない、としているが…。
この建物は、建物自体は比較的熱に強い鉄筋コンクリート造になっているので、メインの構造の損傷は軽い可能性はある。だが、外壁のパキパキと折れ曲がっている部分は鉄骨を併用しているので、イってしまってるかもしれない。例えば、外装材の内部の断熱材が燃えているだけで、鉄骨は大丈夫、というのなら修繕は可能なので、その程度の損傷である事を願うばかりだ。たとえそうだったとしても、外装の葺き替えはかなりのコストがかかるんだけれども、建て直すよりははるかにマシだ。

これは建設中の写真。誤解なきよう。
昨晩は、花火が解禁されている最終日。市民達は買い貯めた花火を使い切るべく、町中でばんばん打ち上げていた。帰宅途中は、爆竹をかわしながら歩いて帰るほどの賑わいようで、外を出歩いている人も多かった。注意しないと服に穴があいてしまいそうな勢いで、そこかしこからバンバンと音がする。戦場ってこんな感じなのかな、などと思っていた。
夜中、寝る準備をしているころ、友人達から立て続けに電話が。建設中のTVCCが凄い勢いで燃えているという。部屋の隅で埃をかぶっていたTVを引っ張りだして慌てて繋いでチェックしてみたがどのチャンネルも実況されていない(香港系のフェニックステレビでは実況していたそうだ)。タワーリングインフェルノやホテルニュージャパンの時代じゃあるまいし、せいぜい一部の内装が燃えたくらいでそんなにデカい火災じゃないだろうと思ったが、今朝写真を見て驚いた。
昨晩のCCTVの放送では「構造に影響はない」みたいな事を言っていた(ように聞こえた)。すかさず「そんなに早く分かるかーい!」とツッコミを入れた。
CCTV/TVCCは、現場担当者に案内してもらって3度ほど見学している。7年近く費やした努力の結晶が、完成間際に焼け落ちてしまうなんて、彼らの落胆を想像すると、気の毒でならない。逆に言うと、完成前だからこそ人的な被害が最小限に抑えられたわけだが。
このビルの内部には、30層にわたる大きな吹抜けが存在する。そこが煙突の役割を果たして、大きく燃え広がったのだろう。通常、吹抜け部分には煙感知器と連動するシャッターがあり、そう簡単には煙突にならないように配慮されているが、施工中の現場では、もちろん作動させているわけがない。
昨日の市内の状況を見るに、市内で打ち上がる花火に乗じたテロである可能性も捨てきれないけれど、まあ、花火が火元なんだろう。その火の粉が内装工事現場の引火性の何かに燃え移り、煙突効果で燃え広がってしまった、というのが真相なのでは。ホテルの内装は、通常難燃性の内装を用いるが、これだけの火力だとひとたまりもない。
このビルには、CCTVのホール、大型のスタジオが低層部に入り、高層部はマンダリンオリエンタルが入居予定となっている。たとえ、構造が無事だったとしても、盛大に燃える様が世界中に配信され、傷モノになってしまったビルに有名高級ホテルが入居するとは思えない。ただでさえ北京のホテルは供給過剰だし、景気の後退で高級ホテルの需要も減っているだろうし。このビル、この先どうなるんだろうか…?
来る2月14日(土)より、私共が内装を設計しました北京/草場地のMizuma & One Galleryにて、展覧会「天欲 | INSTINCT」展が開幕します。ミヅマアートギャラリー所属の若い日本人作家達によるグループ・ショーです。オープニング・レセプションは14:00〜18:00となっています。今回の展覧会、私は何かをやったわけではありませんが、レセプション時には会場に居るかと存じますので、どうぞ皆様お誘い合わせの上お越し下さい。
天欲 INSTINCT----Japanese Contemporary Art Group Show
参加作家:KYOTARO、櫻井りえこ、谷口ナツコ、三宅玄朗、宮崎勇次郎
会期:2009.2.14 (土) − 3.22 (日)
オープニングレセプション:2.14(土)14:00−18:00
Hours:水-日 10:00-18:00
(Closed on National Holidays, Mon. & Tues. for Appointment Only)
Information:
Tel:+86-10-5127-3267
Fax:+86-10-5127-3268
E-mail: info@mizuma-one.com
MIZUMA & ONE GALLERY 三潴画廊
No.241-15 Cao Chang Di, Art-Zone Chaoyang Dist, Beijing 100015, CHINA
詳しくはこちらまで。
そういえば、先のジュン・グエン=ハツシバ展のこちらの写真ですが、私が撮影したものが一部含まれています。オープニングに出かける時に、ふと、三脚が目に留まり、久しぶりに据えてみるか!と手持ちのコンパクトカメラで撮ったものですが…公式資料に使われるんならもっとちゃんと撮れば良かった。

2月1日
本日は東京滞在最終日。更新強化週間もとりあえず今日で小休止。結局毎日は無理でした。
昼間は、最近依頼のあった未経験のビルディング・タイプの研究。日が傾き始めた頃、敷地を見に都内某所へ。帰りに自由が丘で昼食。一度事務所に戻って書類整理の後、新宿へ。ヨドバシカメラで一眼レフのデジカメを物色した後、紀伊国屋。その後、元OMAで現LSEのSさんと会う。中国ではなかなか食べられないモノが食べたくて、魚介類を七輪で食べさせる居酒屋へ。北京には日本風の居酒屋は既に沢山あるけれど、魚と言えば、焼き魚をポーンと飛び越えて刺身か寿司になってしまう。同様に、サケと言えば、中国産の焼酎や日本酒の次は、値ごろ感の薄い日本からの輸入品になってしまう。久保田とか上善とか、日本ではそれほど有り難い酒ではないけれど、北京ではけっこうな値段になる。
そういえば、旧正月前の北京オフィスの忘年会で、日本風居酒屋に行ったとき、一番高い久保田の万寿を指差して、「来年は仕事を沢山取ってこの酒を呑むぞ!」と高らかに宣言したのだが、スタッフに「去年もココで同じ事言ってたわよ」と冷ややかに言われてしまった。そんな記憶は確かにあった。他に何か言ってた?と聞くと「『来年の目標は結婚だ』とも言ってた」と。一年間、格闘しつつ、それなりの成果を上げてきたつもりではあったが、目標は何一つ達成していない自分にガッカリする。むしろ目標が遠のいてる自覚すらある。じゃあ、今年の目標は婚約にしておくよ、と微妙にハードルを下げておいた。
話が逸れたが、北京ではなかなか呑めない物の一つがホッピーだ。中国で製造するにも、日本から輸入するにも、利益が少ないのだろう。成田で飛行機を降り立ち、バスや電車に乗り、日本語の広告に目が慣れてくると、呑みたくてウズウズしてくる。我ながら安上がりな人だなと思う。東京最後の夜に、ホッピー白、黒、そして追加のナカ2杯を呑む。
Sさんとは、以前会社勤めをしていた頃からの古い友人だ。仕事を夜中2時に終わり、一緒にコンペに取り組んだ思い出もある。最近Sさんが雑誌に発表した論文の話、10年ほど前に一緒に設計した住宅の現在、昔の職場の同期の動向、これからのキャリアの話、中国はどうなるか、イギリスは、ドバイは、日本は。とりとめも無い話が続き、ここではまとめられそうにないが、自分のこれまでの選択はそれほど間違ってなかった、今もまあ楽しくやれているし、と自分たちの今までを肯定的に捉えて確認しあった。否定的に捉えたって仕方が無いしね。これが心理学でいう合理化、という奴かどうかは、今はまだ分からない。少なくとも、これまでのキャリアのお陰で、この先世界がどうなろうと生き抜いていけるだけのシブトさはお互い身につけているんじゃないか。
ツタヤで雑誌の最新刊を見て帰宅。現在午前2時半。明日の午後の飛行機で北京に戻ります。在日中はかなりのペースで人に会ったつもりだが、スケジュール的に会えなかった方が数人居たのが心残りだ。そして、休み中にこなすつもりだった仕事も山積している。北京に戻ってから腰を据えて取り組むとしよう。

1月30日
朝、午後の打ち合わせの準備、図面と書類をPDFで送り、事前に目を通しておいてもらう。こういう時に便利だよなぁ、今話題のインターネットって奴は。午後1時半から目黒近辺で打ち合わせ、午後3時から新宿近辺へ移動して打ち合わせ、夜7時からはその近くのドトールで打ち合わせ。その後、施主と食事して帰宅。途中、森美術館の展覧会に立ち寄ろうと思うが、下から見上げたら展望室の辺りがガスっており、日を改める事にする。やっぱ、東京シティビュー見たいじゃない?一人でもさ。
代わりにツタヤに行ってプロジェクトのための資料購入。コーヒーを啜りながら帰ってからも、アマゾンで資料を探す。
ニュースでは、識者が「中国2月危機説」を唱えていた。2月2日に春節休みが終わり、人々が大挙して大都市に戻ることになるが、仕事が無い。行き場を失った非正規労働者や、内定の貰えていない学生達が暴動を起こし、一挙に社会不安になるという説だ。さて、どうなるか。僕は、そんなありきたりのストーリー通りにはならないと思うな。
最近読んだ石川好「中国という難問」では、今、巷に出回っている殆どの中国崩壊論は外れるだろう、それほど中国は大きく、広く、深く、多い…虫の目と鳥の目を同時にもたなならん、というような事が書いてある。多少なりとも中国を知る者は、この話に概ね同意するのではないか。僕自身、プロジェクト毎に色々と予測を織り込みながら仕事をしている訳だけれども、その予測が当たったためしがない。皮肉な事に、そんな予測と格闘する姿が、中国人の施主を感心させる事になり、結果仕事をもらう、というケースが多い。
新建築の12月号では、構造家の川口衛氏が、北京の「鳥の巣」の構造の不合理性を説き、エネルギーの蕩尽を憂いていた。エンジニアの立場からの、敬意を払うべき意見ではあるが、その次の号の林昌二氏の「月評」が面白かった。いやいや、有事に備えて、ああいう形で鉄鋼を備蓄しているのかもしれないよ、隣国の大人の考える事は、小国の日本人からは想像つかないよ、というのである。中国のメンツを立てる為に、「将来リサイクルすれば良いじゃん」的な論理で、膨大な鉄鋼の浪費が許可される…あり得る、というか、やりかねない。林さんの想像力の逞しさに感心した。
もうすぐ12時。春節明けに、期待半分、不安半分。

毎日更新すると言っておいてすぐこれだ。
24日、経費関係の整理の後、区が運営する100円バスで港区スポーツセンターへ、日本の温水プールは中国に比べて暖かく、風呂に入っているかのよう。のぼせそう。中国に比べて混んでいて、みんな健康増進のために真剣だ。また、あれやっちゃいけない、これやっちゃダメと、決まりも多く、中国のクラブに慣れた自分には少々窮屈に感じる。設備は素晴らしい。帰り、田町の書店で新書を幾つか買う。夕方から、事務所で竹森君の企画した新年会に参加。建築系の人達が多い。日本の建材メーカーで働くフランス人女性の作ったチョコレートケーキがおいしかった。日本に居る「ガイジン」についての話等。皆が帰ったのは朝7時半。
25日、買った本を読みつつ名古屋へ移動。実家にホームステイしているアメリカの留学生と話す。日本の古建築、合衆国の政治等について。彼女はテキサス出身で、テキサス大学オースティン校で日本語を専攻。高校卒業後、セブンイレブンで8年間バイトしたのち、一念発起して入学したという。どれくらい特別な事なのかはわからないが、コンビニのバイトから有数の名門校に入学するなんて、そんなキャリアパスもあるとはと驚く。アメリカって、やっぱ凄い国かもしれないね。当然、オバマの話になるが、反応はイマイチ。さすが、共和党の地盤出身という事か。福音派などの宗教の話も聞きたかったが、デリケートな話なのでやめておく。
26日、誕生日。36歳になってしまった。中国は新年。母校の先生方へ挨拶。ゼミに顔を出し、中国、および自分のプロジェクトのスライドショーをやる。今の学生さんは、野心が無い、というか身の程を知りすぎて遠慮している感じがする。空気読み過ぎ。自分、少なくとも両親がカネを払って通っている学校なんだから、もっと好きにやればいいのにと思う。夜は、高校/大学の先輩で広告代理店を営んでいるMさんと錦の寿司屋へ。店のオーナーであるファンドマネージャーのK氏も話に合流。もちろん、メインのトピックは中国の話になる。楽しかった。実家へ帰宅。名古屋は地下鉄が充実したが、反面バスの本数が劇的に減った印象。つい最近まで、好景気だった街とは思えないくらい不便。
けっこう混んでます!空港地下鉄で座れなかったのは初めての経験。
チャイナモバイルの有料Wifiは、なかなか調子がいいです。
搭乗したら、あっというまに成田です。そこからが遠いんだけどさ。


久しぶりに音楽の話題。
みんな大好きN氏が、毎年冬恒例、フランスはカンヌで行われているMIDEM(国際音楽著作権見本市)に行っている模様。もう、10回近く行ってるんじゃないか。さすが日本を代表するカリスマ・ミュージック・バイヤーである。世界のキタノと並ぶ、カンヌの顔と言ってもいい。そんなN氏のミクシィ日記では、彼の高感度アンテナにキャッチされた現地の最新情報が次々とアップされている。出発前の「持って行くパンツが乾かない」に始まり、「パンツが無いからいっその事パンツになりたい」「今回のホテルは駅前で便利だけどショボい」「満腹で死にそうです」「ズボンのボタンが飛びました!」等。写真は食い物ばっかり。音楽バイヤーも、彼くらいのクラスになると、音楽にとどまらず、衣食住をトータルにバイイングするということか。音楽だけ買いつけてる視野の狭いバイヤーに爪の垢を飲ませてやりたいね。
ま、そろそろ音楽の話もしてください。MIDEM、もう終わっちゃったみたいだけど。
ところで、年末のイベントのために、久しぶりに音楽の機材を購入した。BEHRINGER BCD3000、デジタルDJ用のUSBコントローラー+インターフェース。パソコンに入っている音楽でDJをするときに、マウスぽちぽちやってたんじゃあ、不便だし、ちょっとカッコつかない。そんな時に、これを繋ぐとやりやすいですよ、という機材。
現役の音楽人は、今さら何言ってるの?って感じだろうが、使ってみると、すっごいのな、これ。DJの世界から遠く離れていた間に、こんなに技術革新してたのね、とビックリした。この機材が3万円弱。ソフトウエアを合わせても6万円しない。さてDJやるぞ!と、20万円くらい投資していた時代からすると、隔世の感がある。デジタルの方が全然便利じゃん!
N氏は、音楽業界は構造不況ですよ、といつも言っているが…PERFUMEを繋ぎながら、いやほんと、こりゃLPどころかCDすら買わなくなるよ…と思った。ダウンロード販売一人勝ちだわ。こりゃ音楽産業変わっちゃうわ。(音楽関係者の方、本当に本当に、いまさらですみませんが)構造の変化の深刻さを、あらためて感じた。
「僕は最後の日までヴァイナルを買い続けますがね!」と鼻息荒く言いつつ、ディスクユニオンで買った田原俊彦「刺激的サンバ」のレコードを勢い良くスピンしていたN氏。その今後の動向が、音楽業界の進むべき道を教えてくれるに違いない。
明日より10日間ほど日本です。この10日間は、がんばって毎日更新したいと思っています。

今年の春節は1月26日。年の瀬だ。今進行中のプロジェクトでは、年内中に上層部の承認を取り付けるために、モックアップの製作が急ピッチで進められている。なかなかのクオリティーだ。承認が出れば、春節後に同じものが50基以上、作られる事になる。
世界を吹き荒れる不況の嵐。中国だって無関係ではないどころか、むしろ影響は深刻なはずなのだが、北京の人々はいたって強気だ。銀行は大手の事業体に対しても貸し渋り、資金繰りが悪化して工事を停止しているディベロッパーも多いが、その当のディベロッパー達も、政府の緩和政策が功を奏して春先には復調すると読んでいると聞く。日本の投資マインドが、世界で一番「マシな」状況の中で冷え込みまくっているのとはえらく対照的だ。良いか悪いかはさておき。
バブルな状況を呈していたアートの世界はどうなるか。798芸術区も、どこそこが撤退するとかどうとか、良からぬ噂が飛び交っているようだ。やばいよなぁ、そりゃあんな状況はいつまでも続かないよなぁ、なくなっちゃうのかなぁ、なんて思っていたが、先日、UCCAのDior展を見て、多少楽観的な意見に変わった。この展覧会、もちろん経済ショックの前に企画されたものだろうが、質、量共に素晴らしいものだった。798には、施設的にも、人材的にも、既に、UCCAという核が出来上がっていると感じた。プラットフォームが確立された以上、去年ほどの盛り上がりは無いにせよ、芸術区はエスタブシッリュされた形で残っていくだろうと思う。春先のアートフェアが開かれる頃には、もう少し状況がハッキリするのではないか。
肝心の建築設計の仕事はどうなるか。短期的には、これまた、ディベロッパー達のいう春先を待つほか無いが、中長期的には、かなり厳しい状況が待ち構えているのではないか、と思う。中国のディベロッパー達は、成熟し、プロ化してゆくフェーズに入っている。本来、不動産会社の物件は、分厚い仕様書によってがんじがらめにされ、それに従えばほぼ自動的に空間が決まってしまうというような性質のものだ。そんな凄まじいプロフェッショナルな世界で、比較的経験の少ない建築家達が仕事ができていたのは、中国経済の勃興だけが理由ではない。やはり、中国のディベロッパーが未熟だったという事が大きかったんだろう。事実、建築家を起用し続けてきた野心的なディベロッパー達も、最近は大規模な組織事務所へと発注先をシフトしていっている。ほとんどの個人事務所では、外装のパターンを弄くったり、テナントの内装や、小さな付属施設をデザインしたりするような仕事が中心になるだろう。これは、ディベロッパーと政府、ほぼ2種類のクライアントしかいない中国の市場ではかなり痛い。
若い設計者が、何万平米という物件を腕を振るってデザインする、という夢のような時代はとうに終わってしまっている。急いでこちらもプロ組織化するか、デザインを商品として売って行くか、政府系の仕事を取りに行くか、あるいは第3の道を探るか。まだまだ、他の国に比べてチャンスが多い場所ではあるけれど、今年は将来の身の振り方を考える年になるだろう。今は考えていないけれど、日本に拠点を戻す、という選択肢が浮上してくる可能性もある。まあ、なんとかなるさ。楽観的に構えてはいるけれど、フットワークは軽くしておいたほうがよさそうだ。エンジョイ・ザ・パーティ、ただし出口のそばでね。
春節に合わせ、1/22〜2/2の間、日本に戻ります。東京、名古屋に立ち寄る予定。刺身が食いたくて仕方がありません。
中国では、近年、年末年始に休みを取る習慣が浸透しつつある。とはいっても、すぐ後に旧正月の大型連休が控えているので、三が日を休む程度。この休みに合わせて、慰安のための行事を行う会社も多いという。日本では、よっぽど結束力の強い会社くらいでしか慰安旅行なんてしないと思うけれど、中国では、スタッフのモチベーション維持のためにも、こういった社内行事は大切らしい。みんな数週間前から楽しみにしていた。日本も、昭和の頃はこんな感じだったのかなぁ。他の設計事務所の慰安旅行に便乗して、超弱小設計事務所の我々も慰安してみた。
4泊5日で一人3000元(4万円強)。バス、食事、ほぼ全て込み。殆どの食事は中国風…例えば朝食は、飯もしくは粥、饅頭/マンジュウじゃなくてマントウの方、焼きソバ、ゆで卵などの、炭水化物を中心にしたメニュー。まともなホテルの朝食は1度しか無かった。やたらと買い物ポイントに連れて行かれるし、たぶん中国では安ツアーの部類に入るんだと思う。少々割高に感じるが、中国人にとってもそうらしく、ほぼ同じ予算でタイやマレーシアへの旅行ができるとあって、最近は海南島旅行の人気は下降気味だという。
海南島は、北京から飛行機で4時間弱と、実は東京より時間がかかる。慰安旅行とは言え、家族ぐるみでの参加となる。恋人や配偶者をつれて来ている人も多い。幹部クラスは、両親を連れてきていたりもする。総勢30人強のツアー。
個人的には、旅行会社を通じて行って、現地でオプショナルツアーに参加した事は何度かあるが、フルパッケージのツアーは初めて。朝早く(6時半起き!)から晩まであちらこちらへ連れていかれ、かなり過酷な旅だった。全然バカンスになっていなかったけれど、中国人の団体旅行客に一人混じって色々観察しているのは、なかなか面白かった。

海南省の省都、海口に着いたのは大晦日の夜。けっこう肌寒い。誰だ、海南島は暑いと言った奴は!と毒づきながらカウントダウンして乾杯。


微妙な合成写真が跋扈する中国。もうちょっと頑張ろうよと思う。
元旦、スキューバダイビングの体験コースをやってみる。30分で500元くらいで、一人に一人、インストラクター?がついてくれる。少々海がしけていて、海の透明度はイマイチだけれど初めての事なので興奮し、7−8メートルは潜る。耳抜きをしたら、ピー!と音がしてビックリする。機会があったら、ライセンスを取って自力で潜りたいなぁ。

ガイドがいくらくらいキックバックを貰っているのか知らないけれど、一日に2カ所くらいは買い物ポイントに連れて行かれる。ここは水晶アクセサリーの工場。ヤシパウダー、珈琲、お茶、いろんな所に行かされたが、ほぼ全てマニュファクチュア状態の工場だった。えー!クッキー手で焼いてるよ!なんて驚いていたら、「機械より人件費の方が安いんだよ。ここは」と冷静に諭された。そりゃそうだけれども。

大抵、こんな展示コーナーがあって、

その後にこのような売り場に誘導される。連れてきた旅行会社がキックバックを受け取るというカラクリは来る側も了承済みのようだが、それでもこの熱気!マス・ツーリズムを実感する。
マカオで中国人旅行客が「買い物が多過ぎる」と暴動を起こした事件があったらしい。僕は、「こうやって売りつけるのかー」なんて感心していて、それなりに楽しんでいたので暴動するには至らなかった。

ここは最終日に行った果物市場。マンゴーが山積み。海南島ではドリアンは生産しておらず、タイからの輸入になるので、ドリアン以外は安い。例えば、マンゴーはキロ辺り日本円で100円くらい。

コーヒー工場。コーヒーは、最終的には高級な嗜好品になるのに、生産の現場は決まって悲惨だ。ここは、スリランカとかよりは遥かにマシだろう。ヤシの実の粉とインスタントコーヒーを混ぜたものが美味しく、一袋買う。ちょっと甘過ぎるかも。

撮影が禁止されていたので写真が無くて残念だが、買い物でいちばん面白かったのが「南海軍鋼」という会社。名前の通り、人民解放軍営の企業で、主に砲弾を作っているが、ここも民営化の波にさらされている。現在では、軍関係の製品は80%で、残りは民生用の製品を作っているらしい。で、ここでは何を売りつけられるかというと、包丁セットなんである。グループ毎に演壇のある部屋に通され、そこに人民解放軍の少尉クラスが登場して敬礼、実演販売する。その少尉が素晴らしい手つきでキャベツや大根を切り刻み、包丁をガンガンぶつけて「ほら、刃こぼれしてないでしょ!」とやり、あげくの果てに「包丁三本と包丁台、研ぎ器、永久保証、さらにピーラーもつけて、何と298元!」とやる。この少尉、見るからに優秀そうな軍人だが、内心忸怩たる物がないのだろうか、なんて考えてしまう。面白すぎ。
これがまた、結構売れるんである。ある若いカップルは、それぞれの両親に2セット購入していた。「解放軍は、ある意味最強のブランドなんですよ」なんて言っていた。さすがに包丁セットは要らないが、帰りに買い物コーナーで十徳ナイフを購入。38元、600円弱くらい。

「天涯」という観光地。浜辺に奇岩がゴロゴロと横たわる。清の時代に、流刑などでここに追いやられた人々が、岩に文字を刻み、都を偲んだらしい。北京なんて汚いし、別にココでゆっくりバカンスすりゃいいじゃん、なんて思うのは現代人だからだな。

救いがたい彫刻のはるか向こうにあるのは、中国版「夫婦岩」みたいなもの。この公園、非常に良く整備されていてキレイなのだが、計画に全然地域性がなく、つまらない。中央からやってきた権力者に決定権があり、いつも中央の同じ機関が計画するからだろう。
同じ事が中国の都市計画にも言える。外国人の目には、どの都市も似たり寄ったりで同じに見える。改革開放前は、地域によらず、ほぼ全ての建物が標準化され、同じ図面で建てられていた。そりゃあ同じ街になっちゃうよ。クライアント達は、すべからく「ここの地域性を生かして欲しい」というが、現在の都市は、生かすべき地域性すら無くなってしまっている。突如出現した都市のように、地域性すらない例も多い。「共産」中国が抱える課題の一つだ。

「夫婦岩」の前は絶好のカップル撮影スポット。

「蝦支洲島」というリゾート開発された島に一泊。中国風の建物が乗っかった埠頭に高速船が着岸する。ブリティッシュ・ピアみたいで可愛い。コテージに一泊、一部屋900元弱。2万元近くする豪華なヴィラもある。この島に3泊くらいゆっくりしたかった。観光資源としては素晴らしい。他の観光客のお行儀と、スタッフのサービスさえマトモならば言う事ないのだが。でも、おすすめの場所。

海辺の東屋でゆっくり読書もできた。

ビーチもキレイ。

「タイの女の子のショーがある」と連れて来られた劇場。来てみたら、シーメイルのショーだった。4000人近くが固唾を飲んで見守る中ショーは進行。男女ともに喜んでいる。後半には中国人のシーメイルも登場。ルックス的にはタイの方が上か。なんでも、これは、華僑パワーの影響が大きい経済特区の海南島だからこそできるショーらしい。ちなみに中国では、シーメイルの事を「変性人」という。なんとも可哀想な訳に思えるが、「おかま」よりはマシかもしれない。機内で福岡伸一の「できそこないの男たち」を読んだばかりだったので、色々考えてしまった。

植物園。国の機関「熱帯植物研究所」の研究員が案内してくれる。

で、やっぱり、最後はその研究員がお茶を試飲させ、購入を勧める。しかし、「南海軍鋼」といい、中国の国営機関はどこも大変ですね…。NHKのBS特集「庶民の改革開放30年」に出てきた瀋陽の国営工場の話を思い出した。
正月も終わりに近づいて何を今さらとは思いますが、本ニッキを御覧の皆様、あけましておめでとうございます。相変わらず閑古鳥の鳴くサイトですけれど、最近はお会いする方に、「読んでますよ」と言われる事が増えて参りました。今年こそはアルファブロガーに!…はなりませんが、本年もどうぞよろしくお願い致します。

年末年始を過ごした海南島の話題は、近いうちに…

22日の「M-1を見ながらスキヤキを食べる会」も、昨日の「KEMUKUJARA」も、暮れの忙しい時期にたくさんの方々に集まって頂けました。有り難うございました。「M-1…」の方は、案の定、漫才そっちのけでしたね。昨日は昨日で、僕は久しぶりのDJに冷や汗ダラダラでした。オーガナイズしたガンガンデリカテッセンの羽深さんと岡田さん、お疲れさまでした。
中国の正月は春節という長期の休みを直後に控えているため、非常に短い。僕が仮に年末気分でいたとしても、お客さんにはそんなものはさらさらない。今度の年末年始だって、30日までビッチリと打ち合わせを入れられ、正月明けすぐにプレゼンが入っていたりする。来年は大恐慌かと言われている中で忙しいのは有り難い限りだけれど、一年間を振り返る時間が全然ないのは何とも味気ない。年賀状を準備したり、手帳を整理したりしてムリヤリ年末気分を盛り上げる。この2つのパーティは、良い区切りになった気がする。
正月(中国では元旦、というと分かってもらえる)と春節の違いは、日本と中国を行き来する者にとって、面倒でもあるし、便利でもある。仕事が沢山ある人は、正月は北京で/春節は東京で、仕事に没頭する事も可能だし、ズボラな人は、両方で正月気分を味わう事もできる。僕はむろん後者をやりたいタイプで、いろいろ試みてきたものの今まで成功した事はない。なんだ、結局ずっと仕事になっちゃってるじゃないか。
たまには休みを取って旅行でもしてみたいなぁ、と思っていたところ、とある設計院の慰安旅行に誘われた。中国唯一の亜熱帯の島、海南島という場所へ。正直、そんなリゾート地に慰安旅行に行けるほど儲かってはいないのだけど、「年末年始を南の島で過ごすなんてセレブ!」と、光文社系の雑誌を愛読するスイーツ女子のように心を揺さぶられてしまい、スタッフとその旦那を連れて便乗することにした。中国で一番有名なハネムーンの地でもあるので、「年末年始は海南島に行く」なんて話すと、「オンナだな!オンナなんだな!?」なんて詮索されてしまう。でも、残念ながらそんな心配はない。その設計院の社長と同室なんだな、これが。きっと、泳いだり、本を読んだりしながら過ごす事になると思う。南の島まで行って仕事してない事を願う。
正月と春節の話に戻すと。確か、日本では明治維新の時に、旧正月、すなわち太陰暦の正月から、現在の太陽暦の正月にバシッと変えた、とどこかで読んだ。中国では、共産中国(もしくは中華民国?)の建国時に同じ事を試みたらしいが、民衆は従わず、なし崩し的に旧正月のままとなってしまったそうだ。日中のお上に対する意識の違いだ、とその文は結んでいた。
支配者にとって、暦を変える事は、いちばん支配しにくいもの、すなわち時間を支配することに他ならない。宇宙の中心である皇帝は、即位する毎に年号を変えたし、今使われているグレゴリオ暦の元となったユリウス暦では、歴代のローマ皇帝達は競って自分の名前の月を入れようとした。本来、septiは7、octaは8を表すが、それが9月と10月にずれ込んでいるのはジュリアス・シーザー(July)とアウグストゥス(August)のせいだ。
もし、中国の王朝時代に正月の変更が行われていたら、案外サクッと変わっていたんじゃないか。皇帝の権力に比べれば、近代国家や、共産国家の権力なんてチッポケなものなのかもしれない。共産主義の人達は明晰な太陽暦を好みそうなものなのに、なぜ、共産主義革命の時には正月の暦が変更できなかったのか?文化大革命の時に、「太陰暦なんて非効率なものは捨ててしまおう」なんて動きにならなかったんだろうか?漢字を変えちゃったくらいなのに。…なかなか面白い。
一方、日本に目を向けると、正月はサクッと変えたのにも関わらず、戦後も役所の書類には年号が使われ続けているのも不思議だ。この問題は比較的簡単に説明がつきそうだけれでも、近代化の過程でいくつかの葛藤があったのではないか。仮名漢字を廃止してアルファベットにしよう!なんて運動があったくらいだもの。
今年の更新はこれで最後になりそうです。みなさんよいお年を。来年もどうぞよろしくお願い致します。

渋谷の太郎。もう、東京の人にはすっかり珍しくないんだろうが、たまに帰る僕には新鮮なんですよ。それでも、ケータイで写真を撮っているオジサマ、オバサマが沢山居た。
東京では、不況話を色々聞いた。建築設計の世界は特に深刻なようだ。若い世代の建築家に中規模のマンションやオフィスを発注していた気鋭のディベロッパーがバタバタと倒産している。大概は黒字倒産で、銀行による融資が滞って倒産してしまった例が多いという。
世界中の状況を相対的にみると、日本の状況はかなりマシだ。バブル崩壊後の慎重な経営のお陰で、企業の財務体質は比較的健全だ。今、世界経済が実体経済に向かってシュリンクしてゆく過程にあるとするなら、アメリカと違って国内に産業が残っている日本は強い。それが今の円高に現れている。と、これは、最近話を聞いた経済アナリストの方の受け売りなんだけれど。
ただし、日本人は慎重で悲観的だ。過敏に反応して極端にマインドが冷え込んでしまうところがある。マスコミはそれを煽っているし…必要以上に暗いムードになっているんじゃないか。
とはいえ、最近はこの不況も先が見えてきたようだ。日本の報道やブログに、つい最近まで鳴りを潜めていた中国批判の記事が復活してきている。どうやら国外の事に目を向ける余裕が出てきたらしい。
日本に比べればかなーり不健全な体質の中国は、もちろん大変な事になっている。不動産投資というものは、住宅価格が下がり始めたら一気に破綻してしまう。北京の郊外や、地方都市ではディベロッパーが夜逃げしているらしい。設計事務所はディベロッパー関係の仕事をどんどん失っている。「東福もさ、ががーんと20人くらい雇ってさ、ガンガン仕事を取ってカネを儲けろよ。好きな建築は儲かってからやればいいんだよ」なんて調子のいい事を言っていた中国人経営者達は、今となっては僕の小さな事務所を羨ましがっている。社会の激変を幾度も味わってきた人達なだけあって、表情はまだ明るいけれど、暗いムードが漂いつつある。
僕だって、ドドーンと大きく始めたかった。でも、オリンピックの時期は仕事が無く、投資のタイミングを失っていただけだ。今では自分の機動力の無さに感謝している。幸い、現在は小さな事務所を食わせるだけの仕事はある。いや、むしろパンク寸前だ…新たに人を雇いたいけれど、日本人の冷え込みやすいマインドがそれを邪魔している。春節までは今の体制のまま乗り切るつもりだ。
美術館の仕事は、日本の雑誌向けの原稿を脱稿して、本当の本当に終了した。1月には、日本の書店にも雑誌がならぶ事になる。音楽関係の出版物は色々書いてきたけれども、実は、建築専門誌に書く機会はあまり無かった。単なる一担当者としてのテキストなんだけれど、ちょっと楽しみだ。
施主が、美術館建設までのドキュメンタリーを出版した。東福大輔は業者からのリベートを受け取らなかった!と、信頼のおける担当者として描かれている。受け取らなくて良かった(笑)。褒められていてコソバユイくらいだ。まあでも、自転車を盗まれたりとかドジな一面もしっかり書かれているんだけどね。

今夜のイベント、来れる方は是非いらしてください。盛り上がりましょう。
というイベントに出してもらいます。北京のEnteroというバーで、12月26日。実に4年ぶりの人前でのディージェーです。
麻布十番のディージェーセットなんて、N氏専用ブースになってるもんな。しかも年に1−2度しか使わないという。まるでウィンブルドン。
「とってもユルい感じですから」と言われ、だったら緊張しなくていいし!と引き受けたのですが、フライヤーが上がってきたのを見たら、メチャクチャちゃんとしてるじゃない!
オーガナイズしている方は、中国でパン屋を展開しつつある若いアントレプレナーのお二人。実は、人づてに知っている人達だったんですが…。最近、初めて会って意気投合!少なくとも僕の方はね。お二人とも毛深いのでケムクジャラなんだそうです。モミアゲが立派でうらやましいです。本当に。
実は、今日から1週間ほど東京へ戻ります。東京の皆さん、どうぞよろしく。12月21日に、麻布十番の事務所でも小さな小さなイベント「スキヤキを食べながらM-1を見る会」を企画しています。当日お時間がある方は連絡下さい。もうすぐ飛行機の搭乗が始まります。乱文失礼!ではでは!


ここで何回か触れた例の碁会所が、「一応」完成して、写真撮影をした。詳しくはこちら。一応、というのはこれから家具類を考えなければならないから。ゴリゴリとデザインしたオリジナル家具を、ここぞとばかりに入れたい気持ちも無いわけではないけれど、部屋の用途から言ってあんまりケバケバしいのは似つかわしくない。きっと、色や材質に少しばかり配慮した普通のものになると思う。
お客さんは、模型を見ても、完成予想図を見ても、今までに訪れる事のある建物のイメージを重ね合わせながら見ている。良質な作品に触れる機会が多い東京とは違って、北京のお客さんに空間の質を理解してもらうのは難しい。また、こちらとしても「今までに見た事無いもの」を目指しているので、説得はなおのこと困難になる。今回は時間もあったので、家具以外の内装の出来上がり具合をまず見せて、クオリティーを実感してもらってから家具を提案する、という多少回りくどい作戦を採ることができた。
もちろん、途中色々あったが、施工が頑張ってくれたおかげで、比較的楽な仕事だった。日本資本が入っている施工会社で、「日本の設計がどれだけシビアかは知っているよ」とモックアップの作成を快く了解してくれた。380平米という規模は、中国では著しく小さな部類に入るので、なかなかモックアップを作ってくれることはない。努力のかいあって、なかなかのクオリティーになっている。
家具が入るまで、もうちょっと。

…って、最近似たようなタイトルのニッキを書いたような気もするけれど。
僕は人一倍飽きっぽい方だが、スポーツクラブはなんとか続いている。というより、逆に盛り上がりまくっていて自分でも怖くなる。なんとか早めに仕事を切り上げ、8時過ぎには家に戻ってウェアに着替えてイソイソと出かける。4日に3回くらいは行っているんじゃないだろうか。帰ってからも、一度は飲んでみたかったプロテインやアミノ酸を試してみたりとか、ネットで読んだストレッチをやってみたりとかしている。習慣的に運動をしたことがないので効いているかどうかは全然分からない。食生活自体はあんまり変わっていない。体重計も体脂肪計も無いので痩せているのか、太っているのかも不明。痩せたね、と言われる事もあるが、最近バッサリと髪を短くしたのでそれのせいかもしれないし。
「すぐに出来る!」と言われていたジムが、1ヶ月遅れてやっと使えるようになった。それまで顔パス状態だったのだが、突然会員証の提示を求められる。どうして?と聞くと、「正式オープンしたから」なんだそうだ。この一ヶ月間はモグリ営業だった、という衝撃の事実。
というわけで最近は筋トレも始めた。大学生以降の運動不足で退化しまくった筋肉は、ちょっとやそっとのサプリメントでどうにかなるものではない。筋肉痛と暮らす毎日。痛むカラダをやっとの事で折り曲げて、贅肉がまとわりついた三段腹を眺め、倍の数に割れた姿を想像してニヤついている。我ながら非常に気持ち悪い。
日本だと、軽いウェイトでギャアギャア騒いだり、短い距離を泳いだだけでゼエゼエ息を切らそうものなら、軽蔑の入り交じった視線を投げ掛けられるだろう。いや、実際は、みんな、そんなに他人の事なんて気にしていないのだろうけれど、良くも悪くも、そういう視線を気にせざるを得ない空気が社会に充満している。いや、ちょっと話を広げすぎた。少なくとも日本のジムはそんなオーラを放っていて、それが、僕らの足を遠のかせている。僕ら、とか勝手に一括りにしてしまったけれど、クリオネ並みの小さい心臓のくせに自尊心はイッチョマエ、そんな僕らのプライドは、10キロくらいのウェイトでギブアップする事を許しはしない。隣のマシンにイイ感じの女の子が居たらなおさらだ。美人トレーナーに慰めの言葉なんてかけられたら死んでしまいたくなるだろう。無理しちゃう。だから、きっと、続かない。
幸い、ここのスポーツクラブは周りの目を気にしなくていい。みんな思い思いに好き勝手やっている。こちらも好き勝手にウギャーウギャー騒ぎながらウェイトを上げている。トレーナーらしきスタッフも居るには居るけれど、自分自身のトレーニングをやっている有様。声をかけない限り近寄って来ない。まあ、たぶん、質問しても期待するような答えは返って来ないだろうし。
プールでも、みんな好き勝手に泳いでいる。まともな水泳の授業を受けていない若者達はメチャクチャな泳ぎ方をする。反対に、水泳を愛した毛沢東の影響だろうか、泳ぎのうまい人は熟年層に多い。でも、みんな平泳ぎ中心で、クロールをキチンとしたフォームで泳げる人はまず居ない。クロールができればちょっとした優越感に浸れる。背泳ぎやバタフライを泳ごうものなら羨望の眼差しを浴びる。
僕はスポーツはからきしダメなんだけれど、泳ぎだけはできる。カナヅチの父は、水泳の授業がイヤでイヤでしかたがなかったらしい。「走るのは遅くても走れるが、泳ぎは泳げないと泳げない」と、僕をスイミングスクールに通わせてくれたお陰で、両親の運動神経ゼロの血を正しく受け継いだ僕でも、泳ぎに関しては比較的まともだ。競泳なんて実に20年ぶりくらいだが、カラダがフォームを覚えていた。三つ子の魂百まで、とは大げさだが、バタフライの息継ぎのタイミングを思い出したときは嬉しかった。
というわけで、プールから上がった後のサウナでは、「おまえ泳ぎうまいよなぁ」とよく声をかけられる。日本ではなかなか味わえない優越感が、明日も僕をマンションの地下へと向かわせる。予定だ。
写真:中国は上海蟹の季節。絶望的に可愛くないキャラクターを見つけてしまった。上海蟹はオスとメスがあり、オスにはミソが多く、メスには卵がある。それぞれに美味しいとされる季節がある。甲羅をむしり取り、中のミソや卵をシャブリ尽くし、手足を引き裂きつつ歯で砕きながら美味しく頂く。そんなとってもグロテスクな食べ物を、擬人化する必要がどこにあるのかね。却って食欲無くしそうだよね、とか思いながら、やっぱり美味しく頂きました。

最近のランチ。いつもニコニコ看板娘の彼女は、山西省出身。ほったて小屋みたいな店を任されている。暇な時にはファッション誌を読んでいる…半分くらいはダイエットの記事。
オリンピックの前後は、僕のオリンピック景気への期待とは裏腹に、はっきり言ってヒマだった。工事は止まるわ、経済も停滞するわで、スタッフも「暇すぎて気が狂いそう!」とか言い出して、事務所の雑誌を読みふける始末。度を超してヒマになると仕事に対するモチベーションまでが低下してしまう。経済的な事も心配だけど、そちらの方がもっと深刻だ。このニッキに「ヒマだ!」とアピールした所で、仕事が来る訳でもない。他の日本人建築家は大陸を飛び回って仕事をしているのに、こいつは中国まで行って何やってるんだ!と、お客さんを躊躇させてしまうだけだろう。
当然、僕自身も先行きに不安を抱えるわけだけれど、所詮外国人なので、やれる事は限られている。ジタバタしても仕方がない。僅かに進む工事の監理をやるほかは、仕事がありそうな知り合いに電話をかけたり、広報活動をちょろっとやったりくらいしかできなかった。スポーツに縁遠い僕が、突然スポーツクラブに行きだしたりして「一体何が起こったの!かえって心配!」と身近な人々を心配させたのも、まあいってしまえばヒマのなせる技だ。
街を行く妙齢の女性達が、思わず面積を算出してしまいたくなるような、もっと言うと三つの角を合計すると2直角になる事を確認したくなるような。このヒマな時間をつかって、そんな逆三角形になってやる!と思っていたのだが、なかなかうまくいかない。クラブに通い始めると時を同じくして、ドカドカと依頼が来て、ニワカに忙しくなってしまった。正直、今のスタッフ数では全然廻らない。だからといってまだ設計料を貰える段階まで行っていないので、スタッフを増員するわけにもいかない。結果、僕自身に多量のタスクが降り掛かって来てしまう。やってきた仕事は他の事務所との共同作業で、北京中心部へ毎日行かなければならないので、ジムが空いている時間に帰ってくるのは難しい。時間を見つけてはなんとか通っているが、最近は行けて隔日くらい。

先日、おっ!今日は泳げそう!と急いで家に戻り、素早くジャージに着替えて行ったところ、受付で「今日はプールが壊れてて泳げない!」と言われてしまった。プールって、壊れるモノでしたっけ?と憤りつつ、運動する気満々だっただけに、エネルギーのやりばに困って近所を散歩してしまった。
「直ったら電話するから」と言われ、その後2ー3日待っていたが、一向に連絡がない。痺れを切らして電話すると「ああ、もう直ってるよ」。おいおい…と思うが、長いこと中国に居ると、そういう事は慣れっこになってしまうんだな。
受付嬢に「ジムに機械が入って来てるよ!まだ設置中だけど」と言われ、様子を見に行く。凄い!パタパタして胸筋を鍛えるアレや、足を鍛えるアレ、なんて言うか知らないけれど、おそらく舌を噛みそうな長い名前であろうアレ達が大量に置かれていた。足の踏み場も無い…つーか、多すぎないか?レイアウトも考えずに勢いで買ったんだろう。ストレッチどころか、人が歩くスペースすらない。多すぎない?とスタッフに言うと、まったくお前の言う通りだ、うん、もっともだ!というリアクションをされた。
このスポーツクラブ、突っ込み所満載だ。人の居ない時間帯に行くと、電灯が消えて真っ暗だったりする。おかげで、施設内のスイッチの位置を覚えてしまった。ルームランナーのスイッチを発見したのも僕だし、スイッチの位置に関してはスタッフより詳しいかもしれない。唯一、まだ良く分からないのがサウナのスイッチの入れ方で、これはスタッフに頼まなければならない。おーい、そろそろ上がるからサウナ入れといてくれー!と行く度に叫んでいるが、サウナは電気を食うらしく、なかなか入れてくれない。暖まるのを待つのは嫌だからさぁ、とその度毎に説得する。
最高に褒めて言えば、アットホームな雰囲気だな。働いているスタッフの人柄は悪くない。

美術館の現場の近くに借りたマンションに住み続けている。北京のマンションのグレードとしては中の上くらいだと思う。外国人が住むマンションとしては下の下だけれど、独身者にとって住み心地は決して悪くなく、居着いてしまっている。部屋は北向きだけれど、21階なので、天気の良い日は遠くまで見渡せる。北向きの部屋は景色を順光で見る事ができるので、決して捨てたもんじゃない。
中国の場合、施設の全てが完成していなくても、入居が開始される場合が多い。2年前、ここに越して来たときには、外構がぜんぜんできていなかった。数ヶ月遅れて、庭が整備され、さらに2年遅れて、残りの住棟が完成し、最近ようやく全て完成した。
巨大開発では、広い敷地にノッポの住棟が立ち並ぶ事になるので、残りの部分を埋める必要が出てくる。散歩や、ベンチでくっちゃべる事が人々の生活に染み付いていることもあり、外構の設計が重要になる。ランドスケープの設計は「園林設計」と呼ばれ、ローカルの事務所には専門の設計者を抱えている所も多い。彼らは数をこなしているので、樹種に対する知識も含めて引き出しが多い。日本人の設計者よりよっぽど巧いかも、と思う事もある。

で、最近、その「園林」の中に、ガラスの物体が出現した。温室か何かかな、と思っていたが、近づいてみると下に下りてゆく階段がある。ああ、駐車場の入口ね、と思っていたら、そのうち「健身」の看板が掲げられた。フィットネスクラブだった。
え?本当?地下にあるの?と中に入ると、スタッフが走って来て、これでもかと案内される。といっても、プール以外は、ぜんぜん完成していない。まだ職人が作業しているゴミだらけの部屋を見せられ、「ここがジムになります。トレーニング機械が沢山入る!」って言われてもねえ…。卓球室は卓球台がポツンと置かれているだけだし…
料金は、開店特別価格で1年1300元、日本円で2万円くらい。日本だと、月1万円はかかるから、だいたい6分の1。安いな…久しぶりに泳いでみるか、と入会してしまった。北京のイトーヨーカドーで水着やトレーニング用の服装をそろえ、通い始めてみたらこれがなかなか良い。最初は、突然運動したら心臓止まるんじゃないかと恐る恐る泳いでいたが、ここ最近はいい感じに習慣化してきた。近いので、サウナとシャワーが風呂代わりにもなる。ひょっとしたら続いてしまうかもしれないよ。
ここは、目標を上げて、すれ違う女の子達が「ていへん、かける、たかさ、÷2…」とサブリミナル的に三角形の面積公式を思い浮かべてしまうくらいの、逆三角形のカラダを目指してみるか。愛読する雑誌が「サイゾー」から「ターザン」に変わる日もそう遠くはない!…かもしれない。

毎晩、この輝く入口に蛾のように吸い寄せられてゆく。
会員になったからには、ジムの方も使ってみたい。行く度に「ジムはいつから使えるの?」と聞いていたが、「馬上!(もうすぐ!)」という返事しか帰ってこない。こいつら、さてはジムを作る気ないな…と思い始めた頃、スタッフの女の子が駆け寄って来て「ジムに機械が入った!」という。おお!と行ってみると、相変わらず施工中の部屋の片隅に、ルームランナーだけがちょこんと置かれていた。彼女は鼻息荒く「どうだ!」と言わんばかりの自慢げな表情。ツッコむ気にすらならない。
仕方ないので試してみるから電源を入れるようにと言うと、コンセントの差し込み口が合わない。客を案内する前に一度試そうよ、お願いだから…とも思うが、彼女はあの日本人に早く教えてあげなきゃ!と親切心で案内したのかもしれないので、責める訳にも行かない。延長タップを取りに行ったりとドタバタやったあと、ようやく接続。その後、電源を探して再びドタバタやり、遂に僕がスイッチを発見して電源投入。
電源の位置も知らないくらいだから、スタッフはルームランナーの使い方なんて知るわけが無い。廊下で壁の塗装工事をやっていた大工までが参加して、3人がかりでボタンを押しまくって試行錯誤した末に、使い方を習得した。もちろん、その間、僕がベルトコンベアーの上で突然爆走させられたりしたのは言うまでもない。僕はトレーニングしたいのであって、安っぽいコントを演じる気はさらさらない。
なにせ風呂代わりだ。結構な頻度で通っているので、受付は既に顔パス状態である。最近は外国人の客が増えて来ているらしく、受付の子は英語の勉強を始めたようで、「あなた外国人だから英語くらい出来るでしょ?」という感じで参考書を見せられる。"Chinese is the greatest people!"という例文を読みあげると、「すごい!三か国語も話せるんだ!」と羨望の眼差し。もちろん悪い気はしなかったが、「中華人民は世界で最も偉大な民族である!」という、微妙に間違った、しかも変な政治思想が紛れ込んでいる中国語訳を見て、「とりあえず、参考書を換えた方が良いと思う」とアドバイスした。もうちょっとましな例文ないのかよと。

スケルトン/インフィルという言葉がある。ざっくり言うと、建物の構造部分と内装を別々に考えて、内部を必要に応じてシャカシャカと入れ替えた方が便利なんじゃないの?という話で、以前日本でよく聞いた言葉だ。だが、中華圏では、そんな事わざわざ言わなくてもスケルトン/インフィルの考え方が浸透している。設計作業も、施工も、契約も、たいていは「建築」と「内装」がガッチリ分かれていて、例えば外壁の材料が内部にまで入り込んでくる場合には、とっても苦労する。
マンションもコンクリート剥き出しの状態で引き渡される。もちろん、みんながみんな、インテリアデザイナーに頼むわけではなく、持ち主が自分で内装を行う場合が多い。そのためのアンチョコ本もいろいろ出版されているし、会社によっては「マンションの内装監理休暇」みたいなのも認められているらしい。つまり、「今日はペンキの色を決めなきゃならないんで早退します」なんて理由が堂々と通るということ。
であるからして、お客さんも建材やデザインにとっても詳しい。よって、インテリアデザインを名乗るからには、よっぽど目立つ事をやらなきゃならんというプレッシャー生まれ、あげくの果てに目がチカチカするような「やりすぎ感」ムンムンの内装が街の至る所に生まれてくると言うわけだ。
もう一つ。中国人は基本的にカタログを信用していない。カタログの写真なんて嘘っぱちだと思っているところがあり、決定するためにはサンプルを確認しなければ気が済まない。全部の材料や設備をいちいちサンプル請求するわけにもいかないので、建材を一覧できる場所が必要になる。そうして生まれたのが「建材城」と呼ばれる建材市場だ。ココで内装業者に建材を買い与えて、作らせるという寸法だ。
内装の仕事では、少なくとも数回は建材市場に足を運ぶことになる。最近行ったのは、城外城という家具中心の市場。北京最大級の規模を誇る。

オフィス用の椅子の店。一番手前の列のパイプ椅子は2000円程度。「オフィス用家具」だけで数万平米あるので、たいてい一つくらいは「許せる」デザインのものが見つかる。有名デザイン家具の「コピーっぽい」製品もかなりあるが、ここでは、そのものズバリのコピーは殆ど見かけない。

うーん。良い線行ってるけど、どっかで見たような…

「VIP碁会所」と呼んでいる物件も、もうすぐ完成しようとしている。まだ膜は取り付いていないが、光の効果も期待どおり行きそう。もう少しすればキチンと写真撮影できるので、詳しい話はその時にでも書こうと思う。

天井の設計に注力している。たいていの場合、天井は設備の縄張りだ。あなたのオフィスの天井を見上げれば、蛍光灯、非常照明、空調の吹き出し口、煙感知器やスピーカー…などが散らばっている事だろう。中国ではこれにスプリンクラーが加わり、現場ではこれらの配置の調整に四苦八苦することになる。
でも、逆にいうと、天井ほど将来的にオリジナルに保たれる部位もない。床は家具やカーペットが置かれるし、念を入れて家具のデザインをコントロールしても、そのさらに上に変なモノが置かれてしまったら元も子もない。壁だって汚れるし、地図やポスターが貼られるかもしれない。…でも、天井をいじくる人はあまりいない。この物件ではそのへんを割り切って、天井>壁>床>家具の順番で重きを置いている。多少変なモノを置かれても、それに負けないような強度を天井に持たせた。
インテリア・デザインでは、通常は家具の設計や選択に注力するのだけれど、これに関して言えばあまり頑張っていない。デザインされたカッコいい家具も良いが、使い慣れた普通の家具、たとえばパイプ椅子と会議用の長机を並べるだけでも、まあいいかと思っている。何せ「頭脳スポーツのための体育館」だ。体育館の設計者が、選手のラケットやシューズに何も言わないのと同様に、使う道具にあれこれ言うべきでないんじゃないか。もちろん、施主から頼まれた場合は、話は別だけれど。

諸事情により仕事の話はあまり書いてこなかったが、そろそろ書いてもいい頃だろう。
10月18日、磯崎アトリエの担当者として、ここ5年近く取り組んできた中央美術学院の美術館がオープニングを迎える。過去の現場写真を眺めていると、ローカルや職人達との思い出が蘇る。といってもほとんどが怒鳴ったり怒鳴られたりした記憶。今でこそお互い笑って話せるが、まさに悲喜こもごもだった。
書いたスケッチや図面の数は、おそらく数千枚になると思う。数千カ所を検討したのではなく、全ての箇所で何度も試行錯誤したためにとてつもない量になってしまった。
「これ、できる?」
「うん、もちろんできる。簡単だ」
「やっぱりできない」
「なら、こうすればできるはずだ」
「やってみる」
「やっぱりできない」
そんなやり取りを幾度繰り返した事か。ローカルや施工の担当者は、辛抱強く付き合ってくれた…最後は「日本人建築家の仕事は二度とやりたくない」と笑いながら言われたが。
中国を代表する有名大学の付属施設、アートについて理解のある施主。ローカル達にも「こんなに恵まれた仕事は日本でもない、中国の限界を知る一生に一度のチャンスだ。粘れるだけ粘ろう」と言い聞かせ、似たような図面を何度も描き直させた。
しょっちゅう施主の元を訪れ、説得を試みた。粘りすぎて、施主から「東福、お前はよく頑張った。それは分かったから頼むから止めてくれ」とストップが入る事もしばしばだった。とはいえ、理解のある施主であることは確かで、僕の提案はかなり受け入れてもらえた。
正直、構造が上がり始めてからも、この建物は果たして完成するのだろうか?と半信半疑だった。工事がだいぶ進んで内装に入った頃、手持ち無沙汰の職人達がボーッと天井を眺めているのを見て、やっと、これは良い建物になる!という確信を得た。
4年もの間、中国的システムに対して愚痴りながらも、それを心のどこかで楽しんでいた。まあ、そのくらいの気構えでなくてはココでの仕事はできない。来たばかりの頃は、中国の建築生産のシステムが分からずにとまどうばかりだったが、試行錯誤を繰り返すうちに、中国でクオリティーの高い建物を作るコツが掴めてきた気がする。次からはもう少し効率的に仕事ができると信じたい。
いろいろ思い出されるなぁ。
…と、センチメンタルな気分に浸りたい所なのだが、オープニングが終わって一区切り付くまではまだまだ気の抜けない状況が続く。格好悪い家具を発注しないように目を光らせたり、雑誌の取材対応をしたり…まだ仕事は残っている。
つーか、オープニング本当に間に合うの?って状況なんですが…
雑誌発表の状況はこちらで紹介しています。日本の専門誌での発表はもう少し先になりそうです。最も一般向けだと思われるSANKEI EXPRESSの記事はこちら。

何度か登場させてきたこの写真。flickrに載っけていると、時々「使わせて欲しい」という連絡がくる。
実は2006年から、イギリスの総合建築/都市エンジニアリング・コンサルタント企業、Arup内のプロジェクトチーム"foresight"が編集した教育ツール"Drivers of Change"にも使われている(一気に書いてみたが、長い…)。
教育ツールといっても見た目はただのカードセット。未来の都市/建築/生活にまつわる問題点や疑問が一枚づつカードに分けられ、表には写真と概要が、裏には関連する図表とともに解説されている。企業の戦略立案、ブレインストーミング、研修などの使用のために開発されたとか。ちなみにこの写真は、「アーバニゼーション(都市化)/交通」の項にある。
最新版の"the rainbow set"を1セット送って貰ったが、内容はさすが頭脳集団Arupの面目躍如といったところ。デザインもカッコ良く、企業エグゼクティブの机の上の飾りとしてもグッド(おいおい)。
実物が手元に来ていたのでとっくに売られているものと思っていたが、発売は2009年春からなんだそうで。出版元は(たぶん)スペインのGGことGusutavo Gili社から。
で、カード。
アメリカのサスペンス・ドラマ、例えば24とかプリズン・ブレイクを見ていると、壁の上に写真やらスケッチ、新聞記事、表、などなどを壁一杯に貼って、それらを動かしながら計画を練るシーンがしばしば出てくる。日本でも、「仕事術」系の本では、必ずと言っていいほどカードやポストイットを使った情報整理法が紹介されている。断片的な情報を小さな紙切れに入れ、それらを組み合わせて新しいアイディアを得ようとするのは、そんなに新しい話ではなくて、例えば「知的生産の技術」で梅棹忠夫氏が紹介、1970年代の日本で大ヒットした「京大カード」や「スクラップブック」なんかもそうだろう。
そういや、生前の父親の書斎も新聞の切り抜きやカードで埋め尽くされていた…。並べているのはついぞ見なかったけれど。当時の「知的になりたいヒト」たちはこぞってカードを買い求めていたらしい。
最近のオフィスでは、色んなものが貼れるように、壁を全面コルク貼りとしたような会議室も見かけるようになっている。そんな「紙切れ並べ型」のプロジェクト・スタイルが復活して来ているのは、コンピュータの浸透が大きいんだろうな、なんて思っている。僕だって、今話題のコンピューターと今話題のインターネットを使って、世界の片隅で今話題のデザインをやっている一人だけれど、コンピューターというやつは一覧性に欠けていてどうにも具合が悪い。一度に全部ひろげて見たい時ってあるでしょう?その欲求不満が、オフィスの壁へと向かって行っているのだろう。
いま自分のオフィスには大きな壁はないけれど、ゆくゆくは、なんでも貼れて、なんでも書ける大きな壁が欲しいなと思っている。
いつのことになるやら…

半年を費やした中国オーディオ調査、今日でひとまず完結、の予定。
アンプとスピーカーが一通り揃い、ホクホクしながら聴いていたら、アンプの調子が悪くなってしまった。どうやら、酷使しすぎたのと、変圧器にトラブルが発生したのが原因のようだ。週末はプロのレコーディング・エンジニアがスピーカーを試聴しに来てくれるというのに…というわけで、今のアンプは今後ゆっくり修理/改造をすることにして、タフな中国製アンプを新たに購入することにした。予算は思い切って2万円。オーディオの値段としては安いかもしれないが、中国では平均月収にも匹敵しようかという大金だ。金銭感覚が中国化している僕にとっては、まさに清水の舞台から飛び降りる思いである。仕事にフィードバックできる可能性も皆無で、自分を納得させる理由も見つからないし。
「世界の工場」中国にとって、作っていないモノなど最早ない。高級オーディオも然りで、だいたい、ケーブル1本にお金持ちが数百万出してしまう利益率の高い世界を、商売に目ざとい中国人が放っておくわけがない。
前にも書いたように、中国ではいまだに真空管を製造している。有名なのは元国営企業の「曙光」、オーディオ専門で成功した「Full Musuc / 天津」、イギリスでチェックする事で高い付加価値をつけている「Golden Dragon」など。電化製品の生産が盛んな中国の南方では真空管アンプも沢山作られている。「AudioSpace」、「Cayin」などは特に有名で、日本にも輸出・販売されている。ただし、中国国内の数倍の価格でね。他にも、日本に代理店を持たないアンプメーカーが乱立している状況のようだ。
アンプメーカーがなぜ乱立するのか、といえば、「基礎技術が低くて済む」というのもあるだろう。高精度のマイクロチップがあるわけでもない。高い工作機械が必要なわけでもないし、クリーンルームだって必要ない。作ってみて、音がイマイチだったらトライ・アンド・エラーで改良してゆけば良い。そして、その作業に必要な人件費は安い。中国は、「そんな高い技術力がなくても、マンパワーをかければなんとかなりそう」な製品にめっぽう強い。このニッキで何度か取り上げた機械式腕時計もそう(「なんとかなって」いない製品もかなりあるが)。自分自身の設計にも、その中国の特性を生かそうと絶えず考えていて、最近の「木とプラスチックのパーティション」もその一つである。
北京の、女人街というところにある「中古電気市場」。薄暗く湿っぽく、そして熱気に満ちているアジアン・バザールの中に、真空管アンプを売る4畳半程度のブースがある。壁にはカラヤンとケニーGのドでかいポスター。店主のオバさんは、その片隅で自作のアクセサリーを売っている。友人達と一緒に、オバさんに片っ端から試聴させてもらい、悩んだ末にこれに決めた。

EL34という真空管を使ったA級プッシュプルアンプ、1980元(約3万円)。勢いに乗って予算オーバーしてしまった。メーカーはYaland(雅燃)といって、まだ世界展開の途上にあるようだ。余裕を感じるパワー感。造りもしっかりしており、デザインも悪くない。そして、中国では珍しい箱付き・1年の保証書付き!驚いていたら、オバさんに「ウチは正規代理店だからさ!問題あったらいつでも持ってきな!」と自慢された。なんちゅうショボい正規代理店だ…
オバさんは、よく日本人のオジさんが来て、いくつもアンプを買ってゆくよ、と言っていた。オーディオファン/音楽ファンの方、中国ミヤゲに真空管アンプはいかがでしょう。日本で買うより明らかに安い。但し、たっぷり試聴して納得してから買いましょう。
そして、真空管アンプは重い事を忘れずに。買ったアンプは17キロもある。エコノミークラスは20キロまでで、まあ8キロくらいのオーバーなら多めにみてくれるから…事前に計算しておいたほうがいい。
真空管アンプで挫折してしまったのは今年の春頃。いや、挫折というべきでないな。転進したというべきだな…大本営発表みたいだけれど。
転進先はバミューダ沖ではなく、これ。

スピーカーの設計・製作だ。スピーカーというのは、ユニット(磁石がついてて電気で震えて音を出す部分)と、エンクロージャー(箱)の2つからなる。そして、その箱の形や素材が、音質に大きな影響を及ぼす。ユニットの方は余程のマニアでなければ作れない精密機器だけれど、箱の方ならなんとかなりそうだ。
「日本スピーカー自作界」は、なかなかに奥が深い。音楽/オーディオ評論家の長岡鉄男氏、という方が最も尊敬されていて、彼は生涯に600種類のスピーカーを設計・製作したという。遺された図面や著作は今でも書店で買える。パーツは、「日本スピーカー自作界のメッカ」こと秋葉原のコイズミ無線に揃っている。日本に帰った時に一度行ったのだけど、仕立ての良いスーツをピシッと着た、会社ではそこそこ高い地位に居るであろうオジサマ達が数人居た。日曜大工がてらスピーカーを組むんだろうか。
長岡大先生の著作を参考に、設計を始めてみると、これがまた結構分かりやすいし楽しい。音を形にするというんだろうか、音の流れや反射を考えながら箱の内部空間を設計するのはなんだか建築的な作業でもあった。職業柄、空間を図面化するのは得意である。生まれて初めて建築をやっていてよかった、と思った。冗談です。
一緒に仕事をしていた内装屋の親方を「内装なんかやっててもこの先儲かんないぞ!スピーカーの箱なんかどうだ!下手すりゃ箱だけで数万元で売れたりするんだぞ!」と、まあ嘘ではないけれど一般的でもない例を引っ張りだしてだま説得し、2種類のエンクロージャーを作ってもらった。「現場がある時についでに作るから」と2ヶ月以上待たされた。

上の写真はバックロード・ホーンと言うタイプ。中にホーンのような音道を組み込んである。下のものはバスレフというタイプ。作ったばかりの時は中低域がモコモコしてしまっていたが、スタイロフォームの塊を中に入れたり、中のグラスウールの位置を調整するうちに改善されてきた。いろんな人に聴いてもらったけれど、下の方が評判が良い。僕個人は上の奴を気に入っているが、確かに少々クセがある。
まあどちらも、総予算2−3万円で作ったスピーカーの音とは思えないのは確か。そこらのオーディオセットには負けない…と思うんだけど。
東京に居る頃は毎週のようにCDなりLPなりを買い込んでいたが、中国生活が長くなるにつれ、帰国時にもあまり買わなくなった。大抵の曲はiTunesで買えてしまうし、多少マニアックな曲も「日本が世界に誇る音楽バイヤー」N氏がサンプル盤をくれる。今の僕のiPodの中は貰ったPヴァ○ンレコードの曲と、iTunesで買ったメジャー曲がひしめいている。
で、最近の僕の音楽生活はドコに向かっているかというと、これ。

真空管アンプ。最近は、日本でも真空管が静かなブームなんだそうで、僕自身もそれに乗っかってしまった。なんで今真空管なのか?は日本の流行ウォッチャーの方に分析を任せるとしても、自分の個人的な理由もある。「いま、(一応)共産圏にいるから」だ。
「静かなブーム」のおかげで、今でこそ真空管を見る機会は増えているけれど、ちょっと前まで一部の好事家だけが持っている「高級オーディオ」の代名詞のような存在だった。先進国がトランジスタに移行し、真空管の製造を止めてしまう中、シコシコと作り続けていたのは共産圏の国々だけだった。今でも作っているのは、中国、ロシア、ポーランド(?)それくらいらしい。
って事は、高級オーディオが中国だったら安く作れるってことじゃん!と思い、とりあえず手始めにキットでも作ってみるか、とエレキットのTU-870というモデルを購入して北京まで運んだ。

中学生以来のハンダ付け。ヘタクソ。2万円弱と、このキットは素晴らしく安い(最近廃番になり、25,000円程度の後継モデルが出た)。僕は即席のオーディオファンなので、音の善し悪しはイマイチよく分からないが、特に不満はない。一家に一台の名器といってもいい…かも。
完成後、中国でどうやって作るか考えるべく、いろんな本に目を通してみたけれど…全然分からない。高校生の頃、物理の中でも特に電気が苦手だった事を忘れていた…コンデンサーとか、電子が貯まって帯電するのは分かった、でもなんで帯電しなきゃいけないのか意味わかんない!とか思っていたのを思い出した。

9月10日から一週間ほど東京へ戻っていた。いくつかの打ち合わせをこなし、いくつかのパーティーに参加し、家族や友人と食事をし、ビザの申請や各種料金を払い込み、北京では買えないガジェットを買い込み、20日から始まるMizuma & One Gallery展覧会の進行状況を見届けるべく北京に舞い戻る。
ジュン・グエン=ハツシバさんの作品。上部に浮かぶ無数のペーパー・オブジェクト(1000個以上あるという)は、ヴェトナムの伝統的な副葬品。お盆の時等に燃やし、黄泉の国の死者へ贈るという。部屋は薄暗くされ、壁は全てブルーに塗られ、まるで海底のよう。床に置かれた鏡面仕上げの地球儀には、覗き窓があり、覗くと、世界地図の上に数字が書かれているのが見える。世界各地で起った天災や大量殺戮の座標・時間がプロットされているという。

もう一つの作品。これもまたヴェトナムのお盆グッズが参照されている。走馬灯のように、なんて言うけれど、灯籠やら蝋燭に死のイメージを重ね合わせるのは世界共通だ。
力の入った展覧会なので、オープニングに来れなかった方も期間中に足をお運び下さい。

近くの北京ファインアーツでは名和晃平氏の展覧会。この部屋の設計は迫さんがやったという。東京的な感覚をココまで持ってこれる力量はさすが。
草場地には、オリンピック前までにさらに4−5軒のギャラリーがオープンしている。

その一つ、リー・スペース。学校を卒業したばっかりの作家/または学生の作品に力を入れている。うねった床を作ってしまうという力の入れようだが、職業柄、細かい所に目がいってしまう。なんか文化祭みたいだよなぁ、と思ったが、ギャラリストの人達の「若手の作品を壁にそのままかけたのでは、もっとみっともない。多少クオリティーは低くてもパワーを感じさせる展示をした方がいい」との話を聞き、なるほどと思う。

北京空間という新しい画廊のそばで見かけたインスタレーション(?)。雨が降ると面白いことになるかもしれない。
9月20日(土)より、北京/草場地のMizuma & One Galleryにて、ジュン・グエン=ハツシバ氏による開廊二回目の展覧会"The Globe Project in Beijing"が催されます。私共は、グランドオープニング時に行った内装の設計に引き続き、メイン・ホールを一杯に使った大型インスタレーションに関する技術的なサポートをさせて頂きました。
オープニングレセプションは、9月20日(土)15:00ー17:00に予定されています。東福も現地に居る予定ですので、皆様お誘い合わせの上、是非いらしてください。
詳しくはこちら。

入口に掲げられた開幕式のコンセプトドローイング。北京の地図の上に巨大な足跡が点々と…開幕一週間前に完成したばかりとか。
9月2日まで、中国美術館で開催されていた蔡国強"I Want to Believe"展。ニューヨークのグッゲンハイム美術館で行われた個展の巡回に、オリンピック開幕式の花火パフォーマンスを題材にした巨大なドローイングを加えた展覧会。会期が二週間そこそこしかなく、非常に短い。オリンピックにぶつけるためにかなり無理をしたんだろう。
中国美術館は中国でかなり権威ある美術館だが、設備がとても古く、空間も現代美術向きではない。ベニューに問題はあるけれど、展示のヴォリュームはかなりのもので、作品は一度見てみたかったものばかりだった。展示の仕方がちょっと乱暴なのは残念だった。少なくともこの美術館のテカテカの大理石の床はなんとかして欲しい。

レセプションの模様。一番手前が蔡氏。日本で活動した時代もあり、日本語も堪能…らしい。同行させて頂いた方は、蔡氏とは古い知り合いだったが、それでも簡単な挨拶くらいしかできなかった。だから、僕は未確認。




その後、東京とNYからいらした美術関係者の方に同行して、北京ダックの有名店「大憧」へ。席が空くのを待っている間は、ダックを焼いている所を見る事ができる。僕はこの店の「白菜と栗のサフランソース」が好きで、これは北京一旨い料理だと思っている。ダックのスープはクセがあり、美味しいものではないけれど、それが栗と白菜と合わさると非常に上品な味になる。この料理を食べている間、皆が無言になってしまうほどの逸品。
北京で食べるならコレですよ。

部屋から見えた閉会式の花火。
このところ、北京は非常に天気がいい。遠くまで見渡せ、ネオンってこんなに鮮やかな色をしてたのか、と思わず感嘆してしまうほど。五輪期間中は曇天が多く、霧もよく出ていたが…。オリンピックの前から、郊外の工場は停めるわ、交通も規制するわ、建設工事もストップするわと大気汚染対策をバンバンやっていた北京だが、オリンピックが終わってやっと功を奏したのか。どうせやるなら、もう少し早く始めとけばよかったかもね。
北京人の間でも、そろそろオリンピックの話題が落ち着き始めた感じがある。色々な問題を抱え込んだ国で開催されたというだけあって、色々なネタを振りまいてくれたオリンピックではあったけれど、どのメディアもネタを出し尽くし、既に総括を終えている感じだ。けれど、メディアの報道では、たぶんあんまり伝わっていない事がある。すごく単純な事。
オリンピックは結構楽しいよ、ということ。
現場は止まっちゃうわ、移動は不便だわで、僕も始まるまではとっても憂鬱だった。でも、いざ始まってみると、都市全体に活気が漲る。「スポーツの祭典」の本当の意味が分かる、カーニヴァル状態。麻布十番まつりだって、町中が人でごった返して不便きわまりないけれど、遊びに来ている人はあんまり文句言わないでしょう。
立場的に、エネルギーの浪費だとか、都市問題の先送りだとか、アスリート達が主役なんだからとか、チベットはどうなっているんだとか、顔をしかめながら言わなきゃ行けない事は色々ある。けれど、それでもやっぱり、祭りは楽しい。アスリート達が夢見るのもよく分かる。
東京オリンピックだって、もう40年も前の話だ。現在、日本の働き盛り以下の年代には、オリンピックを経験した人は殆どいないという事になる。あの、開会式のカウントダウンとともに街全体が高揚感に包まれて行く感覚は、ぜひ体験して欲しいなぁと思う。
まあ、僕も今回初めてだったので、2016年に東京オリンピックが開催されたとしても、どうなるかは分からないのだけれど。北京の「エネルギー浪費型」オリンピックへの反省から、おとなしいエコなスポーツ大会になっている、というのも十二分にありえる。
ところで。何度もココで書いて来たけれど、北京の9月は本当に素晴らしい。というより唯一良い季節だと言ってもいい。大気関係の規制はパラリンピックが終わる9月20日まで続く。今年の秋は一段と素晴らしいものになりそうだ。来るなら今ですよ。
くれーなずーむまちのー。

ここ数日の北京は、晴天に恵まれている。湿度も下がって非常に過ごしやすく、秋の雰囲気さえ感じる。オリンピックが終われば、一気に秋に突入するんだろう。

土曜日には、S事務所のHさんに誘って頂いて、オリンピックのサッカー男子を見に行って来た。日本戦ではないけれど、イタリア対ベルギーというカード。「東麻布で彼にサッカーを観させたら右に出るものは居ない」と評判の竹森君から、「なんか、イタリアの10番が注目らしいですよ、メンバーは全然知らない選手ばっかりです」という、特に役に立ちそうもない事前情報を仕入れてから向かった。
会場は1959年に人民共和国十周年を記念してられた「十大建築」の一つ、工人体育場。十大建築は、共産主義革命の勝利を体現すべく、全てが建設決定から竣工までが一年以内という驚異的なスピードで建設された。だから、設計も大味だし施工も荒い。逆に言えば、「短期間でそれっぽいものを作る」テクニックは随所に見られ、面白い建物とも言える。

監視員達は等ピッチに並んでおり、どんなに試合が盛り上がろうともずうっと観客席を凝視している。無駄な動きが一切なく、おそらく解放軍から派遣された人達だと思う。
中国人の観戦マナー問題は、日本のメディアで色々報道されているようだ。バドミントンのオグシオ戦での応援を取り上げた夕刊フジの記事。スマッシュのかけ声「シャー!」に「殺」の文字をあてはめ、「殺せ!殺せ!である。とても五輪とは思えない光景だ」と結んでいる。うーん、僕は現地に居た訳ではないし、中国でバドミントンを見た事がある訳ではないので、確かな事は言えないけれど…どうだろう?ちょっぴり飛躍してる「釣り記事」かもしれないなと思う。ローカルにも聞いてみたけれど、それは単なる掛け声じゃない?と苦笑していた。まあ、僕も彼女も、その一方で「でも調子に乗ってやりかねないよな…」、とも思っている訳だけれども。
日本での報道を見ている人達にとっては、中国は何かにつけて日本を敵視している、と思うかもしれないが、僕はそのあたりに少々温度差を感じている。中国はそこまで日本の事を気にしていないのではないか。ほら言うじゃない、「愛の反対は無関心」だって。中国での報道を見ていると、日本はワンオブゼブの外国に過ぎないのではないか、と思えてくる。圧倒的に優位なスポーツの世界なら尚更だ。
とはいえ、サッカーはちょっと違うようだ。中国人はサッカー大好きなのにも関わらず、ナショナルチームは国際的にはイマイチどころか、日本にすら敵わない。そういった苛立ちが中国人観客のマナーをますます悪いものにしているようだ。日本戦では、訳の分からない所でブーイングをしたとかで、親中派の日本人の友人も憤っていた。
中国のサッカーチームに対する苛立ちは報道にも現れているようで、先日は、テレビやラジオで「中国対ブラジル戦を観戦するべきかどうか」という内容で盛り上がっていたそうだ。「どうせ勝てないし、万一勝っても決勝トーナメントに行ける訳じゃないので見なくてよい」とか、「この先ワールドカップもオリンピックも出れないだろうから見ておくべき」とか…。どちらにしても中国人らしい諦観と合理主義だ。残酷と言えば残酷。

PKで一斉にカメラを向ける観客達。あとで良い写真や映像がメディアで見れるんだから頑張って撮らなくてもいいのに…。という僕も彼らにカメラを向けている。
試合は非常に面白かった。開始20分でベルギーがレッドカードを食らってPKで1点失点。これでイタリアのフルボッコかと思われたが、ベルギーは10人で大健闘。3点を挙げて3ー2で勝利した。

喜ぶベルギーの選手達。
スポーツ観戦のチケットというのは、大抵そんなものなのかもしれないが、オリンピックのチケットの在処にはかなりのバラツキがあるそうだ。会社の接待用に大量に買い占めた末に大量に余り、さして興味の無い社員に配っている所もあれば、欲しくても手に入らず、ネットオークションで何十倍もの価格で落札している人もいる(なんでも、開会式のチケットは最高で30万元=約450万円で落札されたとか)。ある所にはますます集まり、無い所には全然ないという、収穫逓増の法則がはたらきまくっている。完全な市場経済の国になっているな、中国は。
僕は、人気競技を狙いすぎたせいでチケットの抽選をことごとく逃してしまっていて、いいもんねー、テレビで観るもんねー、路上でマラソン観るもんねー、とイジケて居た。一枚もないので収穫逓増の法則もはたらきようがない。4年前から北京に居るのに一つも観れないなんて寂しすぎるなぁ、人気競技でなくてもいいから、せめて会場の雰囲気は味わいたいよなー、と思っていたところ、友人に「チケット余ったから行く?」と誘われ、二つ返事でOKしてウキウキ行って来た。幸い、スタッフ達には休みを取らせている日だった。
朝、タクシーを広い会場へ。期間中はタクシーが激減しており、なかなか拾えず、近くに並んでいた人と相乗りする。運ちゃんと3人でオリンピックの話をワイワイしつつ向かう。運ちゃんは英語が驚くほど達者で、オリンピック期間中はかなり荒稼ぎしているらしい。昨日はアメリカ人3人を乗せて万里の長城へ連れて行き、600元もらったと自慢していた。彼らも幸福、ワシも幸福、と言っていた。そりゃ幸福だよ、相場の倍ぼったくってるんだもの。
女子バレーボール、ロシア対アルジェリアとブラジル対カザフスタン。全国ウン千万の女子バレーの方達には申し訳ないけれど、どのチームがどのくらい強いか、全く分からない。ルールもイマイチで、リベロというスパイクを打っちゃいけない人が居る、という位の知識しかない。

会場は、北京理工大学という大学の中の体育館。学生ボランティア達が夏休み返上で観客の誘導に精を出している。「いらっしゃいませ」「こちらへどうぞ」「ご協力ありがとうございます」と、今まで聞いた事も無いくらいの、清く正しく美しい中国語で話しかけられる。誇らしげで爽やかなスマイル。一人っ子政策の影響で自信だけはイッチョマエな大学生ばかり相手をしてきた僕には、驚愕だった。あの小生意気な学生達はどこへ!
やればできるじゃないか、中国!

大会マスコットと写真を撮るべく、行列をする人々。ボランティアが列を作らせているとはいえ、キチンと並んでいる事に感動。これが一昔前だったら、人々が詰めかけて大混乱、後には傷だらけで泥だらけのキグルミが残されていただろう。
やればできるじゃないか、中国!
会場。けっこうコジンマリしている。学生ボランティア達は、会場にウェーブを作らせたり、フラッシュを使わないで下さい!と指示したりと忙しい。

ロシア対アルジェリア。右端に居るロシアのリベロは、確か身長が174センチと言っていた。他の選手がデカイ!2メートル以上の選手が何人も居た。デカイ!とかカワイイ!とか頭小さい!とか、バカ丸出しの解説しかできなくて申し訳ないが、ロシアの選手の方は色の白さで遠目には良く見えるが、実は可愛さで言えばアルジェリアの方が上なのでは?と、試合とは何の関係もない事をユルユルと考えていた。
観客は多くが中国人。中国の試合ではないので、かなりピースフルな雰囲気。同じ旧共産圏だからか、ロシアを応援する姿が目立った。いや、中国はいちおう今も共産圏か。
スパイクが自分の顔に当たったら首がモゲるだろうな…とか、キン肉マンの超人オリンピックのような超人達の戦いを想像していたけれど、端から見ている限りは鼻血か鼻骨骨折くらいで済みそうな感じだった。
試合結果はロシアのストレート勝ち。この日行われた予選6試合のうち、5試合がどちらかのストレート勝ち(日本はキューバにストレート負け)。国によって実力差大きなスポーツなのね。

ブラジルは、スパイクがフロアに突き刺さる感じで、練習のときから明らかに強そうだった。体格も全く違う。試合が始まっても実力差は歴然。カザフスタンは2セットを連続して落としてフルボッコ状態で、だんだん可哀想に思えて来た頃、自分のすぐ前に座っていた中国人の若者がカザフを応援しはじめた。オリンピック会場には「マナーの良い中国人」を演出する為に仕込みの応援団が用意されているらしいが、彼は両親と見に来ていたので仕込みの可能性は低いと思う。
彼をきっかけに、会場全体はカザフの応援一色になり、ブラジルの応援団が逆に可哀想になるくらいの「加油!カザフ!」の大合唱。当のカザフの選手達もどうして自分たちが応援されているのか分からず、頭の上に大きな「?」が浮かんでいるような状態だった。
中国人のメンタリティーが分かって来た僕の推測では、それはたぶん
・旧共産圏のよしみから
・判官びいき
・中国人は北方の白人女性が好きだから
・折角チケット買ったのに、このまま終わったのではつまらないから
大方そこらへんの理由からだろう。特に最後の可能性が大きい。
とにかく、中国即席応援団のおかげで、第3セット目のカザフはデュースまで持ち込む大健闘。負けてしまったけれども、観客達も満足そうだった。

セットの間には急遽養成されたチアリーダー達が。いまいち揃っていないのが微笑ましい。
さーて、麻布十番まつりの季節が近づいてきました。今年は、8月23日(土)の午後、事務所開放をやります。
驚くなかれ!!今回は北京オリンピック特別企画!!
23日午後には、野球の決勝と陸上が予定されています。なんと、私共はオリンピックに沸き立つ北京、しかもメイン会場である「鳥の巣」の近くに現地報道センターを設置し、現地の生の声を拾いつつ、今話題のインターネットを駆使して新次元の実況を行います!
報道センターの位置はココ!

(矢印は合成です。決して花火ではありません)
なんだよー、北京のお前の家でスカイプ繋ぐだけじゃんかよ、いいトシして何はしゃいでるの?とか言ってるキミ!出て来なさい!
そのとおりだ!!
…ま、一緒にオリンピック気分とお祭り気分を楽しみましょう。
東京での対応は竹森の方で行いますので、詳しくは彼のブログにて。
始まる前から予想された事だけれど、色々噴出してますな。
オリンピックの開会式の花火の空撮映像。その殆どがCG合成だった、というニュースが。今見返してみると、特に発射の瞬間がうさんくさい。あの映像を見ながら、「あれ?北京の上空ってもの凄い航空管制が敷かれてるんじゃなかったっけ?地対空ミサイルで撃墜されないの?」という疑問が一瞬脳裏をかすめたけれど、まさか合成映像とは思わなかった。
オリンピック関連のCGの殆どを製作しているのはクリスタルCG(水晶石数字科技有限公司)という、中国最大のCG制作会社だ。この会社、北京の有名プロジェクトのパースやムービーは殆ど作っているので、建築関係者にはかなり名が通った存在だ。テレビCMなどにも仕事が多く、日本で目にする中国産CGの殆どはこの会社のモノだと思っていい。
とってもとっても儲かっているらしく、空港にデカデカと広告があったりする。また、自社ビルはCCTVの設計でおなじみ、オランダのOMAに設計を依頼しているそうだ。確かにココのCGは格好良く、一度は頼んでみたいなぁ…と思っているけれど…高くて手がでない。せいぜい、この会社から独立して細々とやっているレンダラーに頼むのが関の山だ。
話はそれたが、件の映像も、おそらくクリスタル製だ。
このニュースがウェブ上に出た時、僕が開会式で大興奮していたのを知る人から慰めの言葉(?)を頂いた。
・国威発揚のためにはやむを得ない(ついでに女の子の口パクも)
・レニ・リーフェンシュタールの「オリンピア」だって、市川崑の「東京オリンピック」だって、別撮りだらけじゃん。
って、慰めになってるか?2つ目にいたっては、記録映画であってライブ中継じゃないし…。そもそも僕を慰める意味がよくわからない。
まあでも、有り難うございます。
ちなみに、勘違いしている人が居るみたいだけれど、足形の花火は実際に打ち上げられている。Youtube上にもメイキング映像(の番組?)が上がっていて、準備や練習の様子を見る事ができる。
花火を担当したアーティスト、蔡国強の大規模な個展が、19日から中国美術館で始まる。CG処理は彼の指示ではないだろうけれど、展覧会の前にちょっとミソがついちゃった感じだなぁ…
北京のあちらこちらに「オリンピックまであと何日」の表示板がある。最初に来たときは余裕で1000日を超えていたのに…。感慨深いものがある。

先週末、韓国の設計事務所、IROJEの北京代表の趙さん、松原事務所の勝田さんと飲んでいた時に、来週の開幕式をみんなで見ましょうよ、という話になり、IROJEの事務所を提供してもらって「開幕式を観る会」をすることになった。飲みながら話をしているときには「ロシア人のダンサー雇ってさぁ!」なんて盛り上がっていたのだけれど、自分にモンゴル出張の予定があるのをすっかり忘れていた。その上、出張から戻るなり風邪でダウン…。趙さんと勝田さんに準備の殆どを頼りながらも縮小に縮小を重ね、最終的には「ゆるゆる」でコージーな感じで楽しみましょうよ!という会になった。でもでも、突然の誘いにも関わらず20人くらい集まってくれて、楽しく観る事ができた。皆さん有り難うございました。
2年程前、北京のバーで、開幕式の仕事をしている、というデザイナーと話をした。チャン・イーモウを頂点として、セクション毎に世界各国の演出会社が関わっているんだそうだ。香港出身で、イギリス系の会社を手伝っていた彼女は、どんな内容かはもちろん言えないけれど、歴史に残る凄い開幕式になるわよ、とだけは教えてくれた。
政府高官へのプレゼンが当日になって突然セットされたり、逆に突然キャンセルされたりで、とっても大変そうだった。チャン・イーモウは政府の言う事を良く聞いているわよ、そういった意味でも凄いヒトよ、とも言っていたので、「この部分はあんまり良くないな、後からムリヤリ突っ込んだんだろうなぁ」とか想像しながら開会式を観ていた。中国の仕事、とりわけ政府絡みの仕事は、政府高官からの横槍が度々入り、それに対応するのに膨大なエネルギーを必要とする。いくら国を代表する映画監督と言えど、場所が場所だけに政治圧力と無縁では無かっただろう。それをあの一連の演出にねじ込んでしまうのだから大した力量だ。
しかしまあ、凄い演出だった。北京全体を使ったダイナミックな花火。蔡国強(ツァイ・グオチャン)という人は、20年程前に火薬の爆発を使って万里の長城を延長する、というアースワーク的なパフォーマンスをやったくらいの人なので、デカい事やるだろうなぁとは思っていたけれど、分かっちゃいたけどやっぱり凄い。
エンターテイメントとしても、アートとしても、そしてもちろん、中国自体のプロモーションとしても一級だと思った。中国の数のパワー、テクノロジー、歴史…がいかんなく注ぎ込まれている(しかもお得意のワイヤーアクション付き!)。現代的に洗練されたマス・ゲーム!
このところ、海外メディアの報道内容が単なる中国批判を通り過ぎ、なんでもかんでもネガティブな内容に持って行こうという奇妙なバイアスがかかっている状態が続いていた。中国は問題だらけの国なのは事実で、問題をあげつらえばキリがない。いくら中国の自業自得とはいえ、報道の優先順位に首を傾げる事が多かった。
でも、このセレモニーに関しては、どのメディアもほぼそのまま放送せざるを得ない。中国は、バイアスが解除されるその僅かな一瞬を、最高のアーティスト達を動員してコジ開け、世界の視聴者に直接アピールする事に成功したのではないか。「文化」で革命を起こそうとしたくらいの国だから、アートの持つ力を利用するのはお手の物なのかもしれない。海外メディアの中国報道に対して感じていたモヤモヤが、スカッと晴れたような思いがしたのは、僕が中国人化してきている証拠なのかな?
地域によって格差はもちろんあるけれど、モノの生産に関しては日本の優位性はかなり少なくなって来ているように思う。残るはコンテンツ力だけれど…中国はコンテンツに関してもメキメキと力を付けて来ているのが、このセレモニーからもハッキリと感じられるだろう。日本が、本当に脅威を感じるべきなのはそこだ。毒ギョーザや段ボール肉マンも大事かもしれないけれど、そんなニュースばかりを見るのは、本当の「中国の強さ/怖さ」から目をそむける事にしかならない。中国を敵視するのは自由だけれど、敵なら敵をキッチリと見極めよう。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」だ。
おいおい結局、孫子かよ。
正直、今までは外国の教育を受けている、もしくは外国人である、というだけで仕事ができている所があった。これからは、中国の凄まじい発展をどうキャッチアップしていくか、というのが重要になってくるなぁ。色々考えさせられた。

誰かの国の選手団が入場するたびに乾杯。すっかり二日酔いになってしまいました…
ユル―い内容で書こうと思っても、なかなかそうはならないな。ここは、何もかもが政治問題化してしまう国。
北京の人口1700万人のうち、約4分の1の450万人が地方からの出稼ぎ労働者で、そのさらに半分の200万人がいわゆる「民工(ミンゴン)」とよばれる建設業に従事している人たちだ。市中心部の巨大開発やオリンピック関連施設の現場で働いている人たちは、現場そばの仮設宿舎で生活することになる。この人たちも、オリンピック前の「浄化」施策によって、7月下旬から北京の中心部から退去させられる。「オリンピック中はテロが起こる可能性があって、危ないから」などと言いくるめられ、郊外に移動させられるらしい。なんともひどい話だ。「発展途上国」だと言い張っているのだから、現状をありのままに見せればいいのに…と思うが、中国のメンツがそれを許さないらしい。
7月1日から北京市中心部はトラックが通行できなくなる。さらに、20日以降は工事ができなくなる。オリンピック期間中に北京を離れる「民工」も多く、その数は40-50万人と見積もられている。オリンピック直前には、年末年始とは違った、別の民族大移動が起こるはずだ。
特定の工事現場を持たない人たち、例えば小型の物件をこなす内装職人たちが暮らす北京郊外の集落を訪れる機会があった。

中心にある市場。アジアそのものの風景。埃だらけのフロントガラス越しに撮ったので、必要以上に埃っぽく写っている。まあ、実際すごく埃っぽいが。

曲がりくねった路地。レンガの色を見る限り、最近できた集落のようだ。子どもたちが遊んでいる。ちょっと懐かしい風景。

いくつかの家族が集まって暮らしている。家は作業場も兼ねており、小さい家具をここで作ることもある。「おー、東福、よく来たね!」と西瓜を切ってくれた職人の奥様たち。ある職人は、上海から家族三人で出てきたという(だから、正確にはこの人たちは出稼ぎ労働者ではない)。彼女たちは専業主婦ではなく、夫と共に現場に赴き、職人達の食事を作ったり、現場の掃除をする。

決して豊かとは言えないが、暮らし向きはそれほど悪くない。かつては、「ブルジョア的なもの」として批判の対象となったペットを2匹も買っている。片方の犬をカメラで追っかけていたら、「こっちの方がキレイだからこっちを撮ってよ!」と笑っていた。カメラを向けると、老若男女みなはにかんだ笑いを見せる。
驚くのは、街行く人の表情が皆明るいこと。月並みだが、豊かさってなんだろう?と考え込んでしまう。ま、今の僕は、精神的にも物質的にも、そう豊かとは言えないので、余計な御世話かもしれないが。
時々、お客さんに付き合ってマッサージ店に行くことがある。1時間もの間、力いっぱい客を揉み続けるなんて、重労働以外の何物でもないのだが、働いている若者たちは、僕の拙い中国語に突っ込みを入れながら、キャッキャッ楽しそうに働いている。今はこんな仕事をしているけれど、必ず豊かな未来がやってくる。そんな希望が、彼らの表情を明るくしているのだろうな。
先週、東京、名古屋と、5日間程日本に戻っていた。中国の再入国は、ちょっとドキドキした。
これまでこのニッキでは、「オリンピックに向けて何々が進行中」みたいな話題を何度もしてきた。マナーの改善やら施設の整備、取締りの強化やら。6月に入ってから、こういった「活動」が一気に加速して来ている。海賊版DVDショップやら、日本人ビジネスマンを相手にした水商売の店、床屋の形をした違法な性風俗店(合法な性風俗店なんてこの国にはないが)が、当局の取締をうけてバタバタと店を閉めているという。注意したいのは、「閉めている」のであって「たたんでいる」のでは無いという点。オリンピックが終われば何事も無かったかのように商売を再開しそうだ。少なくとも大抵の北京人はそう信じている。
つい先日、打ち合わせの帰りにニセモノで有名な市場に立ち寄ったが、ここもキレイさっぱり浄化されていた。内装はキレイに作り替えられ、売り子のユニフォームは一新され、ニセモノどころか、「ギリギリ感」漂う商品すら店頭から消えている。以前、ニセモノブランド時計を売っていた売り子達は、今は洋服の生地やらアクセサリーを売っているそうだ。北京の妖しい場所が次々と消えて行ってしまうのは、やはり少し寂しい。子供の頃にはそこかしこにあった合成着色料バリバリの駄菓子が、次第に消えて行った事を思い出す。これが経済発展というものなのかな、とも思う。
不良外国人ーーホンモノの不良も居るかもしれないが、殆どは「政府にとって都合が良くない外国人」だろうーーが入国審査で拒否されるケースも増えているらしい。伝え聞いた話では、あるヨーロッパ人は、skypeでチベット問題について激しく語っていたところ、当局のブラックリストに載った、というような説明を受けたんだそうだ。中国のskypeは他の国のように暗号化されておらず、中国が誇る巨大ネット検閲システム「金盾」(またの名を「グレート・ファイアーウォール」)でも検閲可能という噂だが…でも、そこまでカッチリ管理できるもんなんだろうか?というより中国人がするんだろうか?
中国の政治のやりかたは、官僚が冷徹に政治をしている日本とはちょっと違って、細かい所は目をつむり、全体が崩壊してしまうような重大事のみを対処しつながらファジイにコントロールしてゆくような所がある。その政府がここまで徹底して北京の浄化に躍起になっている…彼らのオリンピックにかける気合いは相当なものだなぁと思う。
酒も女もニセモノも興味が無く、政治的な発言も活動も一切しない。そんな「完璧」な外国人じゃないと、オリンピックの時には北京に居られないかもしれないね、なんてローカルと笑い合っている。
というわけで、僕も今のところ国外退去にはなりたくないので、これからオリンピックまでは、これまで以上にユルーい内容になると思います。どうぞ御了承下さい。

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2008年 07月号 [雑誌]
チベット問題やら食品騒動で、オリンピックを狙って出版された中国関係書籍の売り上げが伸び悩んでいるらしい。
先日、関わった仕事が着工するというので地鎮祭に呼ばれ、5時起きで行った。
敷地についたが、施主はおろか、ロッキングチェアでラジオを聴くオッサンを除いて、誰もいない。祭壇の準備もない。



のどかだ…。
1500キロも離れた北京で揺れを感じるなんて…想像を絶する。
北京からそう離れていない所に、唐山という都市がある。今から約30年前、ここをマグニチュード7.8の直下型大地震が襲った。犠牲者は発表によると24万人以上、本当はその倍は居たのではないかとの説もある。92%の家屋が倒壊(真偽の程は確かではないが、残った建物の殆どは日本統治下に建てられた物で、そのため当地では日本の建物に対する信頼が厚いと聞いた)。未曾有の大災害であったにも関わらず、中国政府は他国の救援を断り、被害を拡大させた。

唐山にある「抗震記念館」。「抗日」ではない。

市内には、震災を受けた工場等がそのまま保存されている場所がある。一部は公園として整備される予定だと言う。


記念館の中の展示では、中国国内から派遣された救援隊の活躍がヒロイックに描かれていた。中国人民の勝利。非常に政治的な内容だ。何もかもが政治に利用されてしまうというのは中国ではいつもの事で、今回の四川省の大地震とて例外ではない。テレビの特別番組には、本日現地入りした胡錦濤氏が被災地の視察風景や、救援隊の美談がふんだんに織り込まれている。
だからといって日本の報道が偏向してないかというと、そうではないのが悲しい所だ。中国の構造設計に関して、日本の某テレビ局の取材を受けた人の話を伝え聞いたが、「中国ってやっぱり酷いですね」というストーリーありきの取材だったらしい。
僕は、中国で大規模施設の設計経験が豊富とは言えないが、幾つかの例を思い返してみると、中国の耐震設計は日本ほどには綿密ではないものの、案外ちゃんとしている、という印象がある(凄まじい勢いで建設技術が進歩している国なので、最近設計された比較的新しい建物に限定させてもらうけれど)。今回倒壊した建物も、中層までの比較的古い建物が多いようだ。
あまり知られていないようなのでついでに書くが、建物の避難や消火設備に関する法規についても、日本と同等、それどころか日本より厳しい所も散見される。意外かもしれないが建物の身障者対応もかなり厳しい。「中国だったら法規も未整備だろうから、なんとかなるだろう」とナメた図面を持って中国に乗り込み、痛いメに会った僕が言うんだから間違いない。
日本のメディアー日本人自体がそうなのかもしれないが—は、どうしても中国を「民度の低い」、精神的に/文化的に/技術的に立ち遅れた国として見たがる所がある。確かにメチャクチャな所はあるが、本当にそのとおりの国だったら日本にとって何ら脅威ではないだろう。製品の生産量だけではなく、イビツではあるが多方面で凄まじい勢いで発展し、一部では日本を凌駕しつつあるから脅威なのだ。今の日本の中国報道は単なる気休めだ。本当の脅威を見極めてから恐れるべきだ。本当に、案外ちゃんとしてるんだから。あくまで「案外」だけどね。
話がそれたが、政治に利用されやすい大災害においては、迅速かつ最大限の援助を行うのはもちろんだが、チベット問題等の諸問題がウヤムヤにならないよう冷静にウォッチする事も重要だ(チベットの一部は震源から近いにも関わらず、被害状況は未発表の部分が多く、海外メディアも入れないという)。
日本からの救援隊は青川県という場所で活動を開始した模様で、中国のテレビでも大きく報道されている。もちろんこの報道にも政治的な意図があるんだろうが、同じ日本人として素直に誇らしい事で、ぜひ地震国日本のノウハウを生かして活躍して欲しいと思う。
来週には、ある日本人建築家が現地入りするという。また、アーティスト、ロンロン&インリによる写真芸術のギャラリー、三影堂撮影芸術センターでは募金やチャリティーオークションを開催するという。北京に居ながらこれといった活動ができてない僕としては、本当に頭の下がる思いだ。
一週間程日本に戻っています。

とにかくデカい、の一言に尽きる。なんでも、世界最大の建物なんだそうだ。ノーマンフォスター設計の北京空港第3ターミナル。車寄せのキャノピーのデザインは、錯視のおかげで、ただでさえデカい建物をさらにデカく見せている。

中は曲面の屋根がひたすら続く大空間。中もやっぱりデカい。

たいていの空港ターミナルは、出発旅客と到着旅客を効率的にさばくために、到着ロビーの上に出発ロビーが乗っかる構造になっている。そのため、出発ロビーは太陽光が差し込む開放感に溢れた場所にしやすいのに対して、到着ロビーは天井が低く、薄暗い場所となりがちだ。南国の島国に行っても、薄暗い場所で入国審査を受け、薄暗い場所で荷物を探し、怪しげな白タクの勧誘を振り払いながら薄暗いタクシー乗り場からホテルに向かわなければならない。薄暗さのおかげで、初めて訪れる国への期待感よりも不安の方がまさってしまう。
そもそも、海外からやってきたお客さんや、故郷へ帰国してくる人を明るい空間で迎えるのが筋ってもんじゃないか?出発ロビーを利用する時は、やっと帰国できる安心感や、目的地に向かう高揚感がある。出発ロビーは薄暗くたっていいから、上下逆にした方がいいんじゃない?技術的な問題があるのだろうが(たぶん物流やセキュリティーの問題だと思う)、空港を利用するたび、これって何とかならないものなの?と思っていた。
このターミナルでは、出発客は、到着ロビーの上のブリッジを渡って出発ロビーに入る構造になっている。一体的な空間のおかげで、到着ロビーもかなりの開放感がある。大きな敷地をふんだんに使えるからこそ出来る芸当だ。
この第3ターミナル、国内線用のC、オリンピックのチャーター機専用のD、国際線用のEの3つのターミナル(AとBが無いのは第1/2ターミナルと混同しないようにという配慮だそうだ)からなっている。国際線に乗るためにはチェックイン後、さらに3つのターミナルを貫通する電車に乗らなければならない。きっと、搭乗口までの距離も世界一だと思う。ただ、やたらと歩かされる代わりに、長い列に並ぶ事は殆どない。このターミナルが完成するまでは、北京空港の行列を見るたびに憂鬱な気分になっていたが、ましになって安心した。
かわりにますます強く感じるようになったのは成田空港の不便さだ…。滑走路とターミナルの配置が悪いため、飛行機は着陸してからも延々と空港内を走り回る。まるでバスみたいだ。やっと薄暗い到着ロビーに吐き出されても、ホッとする事はできない。まだ家までは3時間もかかるのだから。
この数カ月取り組んできた北京のギャラリーが、4月26日(土)、ついにオープニングを迎えます。皆様ぜひお誘い合わせの上お越し下さい。
詳しくはこちら。
20080504追記:いらして下さった皆様、有り難うございました。
聖火リレーがちょっと凄い事になっている件、およびそれに対する周囲の中国人達の反応について…皆さんは興味ある所だろうけれど、それについては改めて書く予定です。そういっていつもサボってしまうんですがね。

先日紹介した長城近くの敷地に、もう一度行く機会があった。数日しか違わないのに、桃の花が満開になっていた。霧が立ちこめる谷にポツポツと上品なピンク色の花が咲いていて、その向こうに微かに長城が見える。なんとも幻想的だ。赤茶けた山間に広がる幽玄の世界。漢詩に詠まれているのはこういう風景なんだろう。

そのあと、宴席に呼ばれ、レストランに向かった。固辞するも、強引に上座に座らされる。中国の習慣における上座は、ゲストではなくホスト側が座る…ということはカネを払う人が座るということだ。「あそこって奢る側が座るんでしょ?」なんて我ながら情けない事を言うと、いいからいいから、お前はここでは外人なんだから大丈夫!と言われる。

出て来たお酒は茅台酒だったが、ちょっとラベルのデザインが違い「国賓 内部特供酒」と書かれている。袋には「89万元(約1300万円)の価値!」と高らかに書かれている。なんでも、政府内部に特別に提供される白酒で、過去、オークションかなにかでその値段がついた事があるんだそうだ。ロマネ・コンティなんてメじゃない。コップにナミナミと注がれ、これで15万元くらいだな、なんて思いながら口をつける。2本空けたので2600万円。外人で良かった。
実際の値段は、一本500元くらいだろうな。
このほど、ある仕事の敷地を見に行って欲しいと頼まれ、万里の長城の近くへ行った。

白い車が停まっている辺りが敷地。あいにく敷地からは見えないが、少し距離を取れば奥に万里の長城を望む事ができる。以前紹介した八達嶺なんかは、休日ともなれば凄まじい観光客で溢れかえるが、この辺りの長城はほとんど観光地化されていない。

敷地から十分も歩けば、その長城に直に触れる事ができるが、なにぶん無名の場所なので人影もまばら、というかゼロに等しく、代わりにリスが沢山居る。道端では養蜂をやっていたりして、のどかな風景だ。

当たり前だが万里というくらいだから長城はとっても長く、部分によって建造年代も違えば建造方法も違う。この辺りの長城は八達嶺あたりのレンガ造とは違って、花崗岩が使われている。石の刻み方は紫禁城のそれと同じで、観光資源としても貴重なモノだという。この長城に至る道は整備され、将来、修復、公開が行われる予定だという。クライアントは、それを当て込んで敷地の購入に踏み切った。

その長城。谷底を流れる沢の部分でぶった切れて居るので、断面を見る事ができる。中身は、平たい石を土で固めながら積層させて作られている。しかし、このぶった切れた部分の石、かなりの量になりそうだが一体どこへ行ったのだろう…

付近の農家の中には、なぜか同様の石を土で塗り固めた外壁の物が散見される。そんなに古い物ではなさそうだ。
え?まじで?いや、まさかね…。だって、世界遺産でしょ?
確たる証拠があるわけではないのであんまり突っ込まないでおくが、材料が建材等に流用されているために長城の破壊が進んでいるというのは本当の話らしい。ローマのコロッセオやパンテオンは、今はレンガむき出しの荒々しい建物だが、建造時は大理石で覆われた美しい建物だった。ところが時代が下ると大理石は剥がされ、砕いて石灰にされ、他の建物に転用されてしまった…そんな話を思い出した。ユネスコ?世界遺産?なんぼのもんじゃーい!てなもんである。

疑惑はひとまずおくとして、この外壁は味があってなかなかよろしい。

今は季節的に水は流れていないが、川の護岸も同様の工法で行われている。これも、味気ないコンクリート板を並べるよりずっといい。

ある農家の居間で食事。以前にも書いたが、長城近くには、このように副業として観光客に料理を提供する民家が多くある。出される料理は農家菜とか、農飯とか呼ばれる。山菜類を含むオカズを、ヒエやアワなどの雑穀を使った素朴な主食とともに食べる。とくに、ギョーザの具のような物をヒエで包んで蒸した饅頭が美味しかった。オカズの味付けは濃いめ。
中国に限らず、食事は都市部に行けば行くほど、米や麺、饅頭類を食べる量が減ってゆく。また、北へ行く程、オカズの味付けは濃くなる。過酷な労働を行う農村部では、エネルギーを多く摂取する必要がある。南方ではサトウキビが育つので糖分を取る事ができるが、北方ではそうはいかず、穀物を多く食べてカロリーを稼ぐ。結果、味の濃いオカズでコメを掻き込む食生活になる(もっと北になるとジャガイモ中心になる)。世界中の宮廷料理や高級料理でコメが出されないのも、我々が高級料理店で御飯をオカワリするのに何となく気が引けるのも同じ理由だ。
「中国通」の人の中には、「中国では御飯は最後にちょっとだけ頼む」のが通の証拠、とでも思ってる人が多いが、それは高級料理の席でのこと。実際の中国人ー特に北方の労働者達ーはコメをよく食べている。まあ僕がそういう人たちの世界にどっぷりと浸かっているだけなんだが。
長らくご無沙汰してしまいました。
時間が経ってしまい、ウロ覚えになってしまっているが、タクシーのオバちゃんに連れて行ってもらった天津の建築をご紹介。オバちゃんは租界の西洋建築を勧めてきた。租界といえば上海。ご存知の通り上海にも西洋建築が数多く存在していて、正直、天津のモノは規模、質ともにそれらに劣っている点は否めない。ただし、天津の租界の数は上海のそれを上回っており、各国のお国事情を見比べることができ、また上海のように著しく商業化されていないため街の雰囲気がいい。今まで何度か天津を訪れているが、租界以外の地域が中心だったため、街の汚さや建物のクオリティーばかりが目に付いていたけれど…いやあ、なかなかいいところですよ、天津。
途中、「これはフランス風の様式だからココはフランス地区だな」なんて言うと、オバちゃんは「どうして分かるの!!」と驚く。身振り手振りで「屋根がこういう形なのはフランス風」なんて説明すると「凄い!!」しきりと感心している。僕の建築史の知識なんて高が知れているので、はっきりいってマユツバなんだが、褒めてもらえてなんだか嬉しかった。
まずはドイツ租界からイギリス租界へと車で移動してゆく。





イギリス租界で異彩を放つノッティー(「イボイボ」の意)・ビル。1937年竣工、設計はイタリア人のボネッティとある。近代的なフレームにゴテゴテと過剰な装飾が張り付いている。


張学良の弟、張学銘が住んでいた家とのこと。
続いて、日本租界に入る。他の国の租界に比べ、こじんまりとした建物が多く見劣りするけれど、溥儀や孫文ゆかりの建物があり、近現代史の息吹を感じることができる。

日本租界にある、武徳殿。元々は武術の演舞場だったようだが、現在は病院の図書館として使われている。戦前日本において、国家的な様式と認定された「帝冠様式」(上野の国立博物館が代表的)。西洋的な建物に日本風の瓦屋根が乗っかるという「日本は西洋を押さえつけるんだぞ」的な様式で、これが日本租界の入口に鎮座している。
話はそれるが、近くにはつい最近場所を変えてオープンした伊勢丹がある。オバちゃんの話によるとオープン日には支配人までが入口に立ち、客を出迎えたというが、これが中国人を喫驚させたそうだ。これは良い効果を生んだ例のようだが、中国では、「偉い人は偉ぶらなければならない」という事も一方ではあるんだそうだ。例えば、日系の企業の中国工場では経験豊かな工場長が日本から派遣されて来る。そういったベテランの方々が自ら率先して掃除や片付けをしたりすると、中国人は「偉い人は偉い人なりの仕事をするべきだ」と困惑してしまうのだという。中国ビジネスは本当に難しい。

清朝の崩壊から満州国での即位までの2年間程、溥儀の居城であった静園。孫文も一時期滞在していたという。抑制の効いた、美しい建物だが、変な写真でごめんなさい。数年前に大規模な修復工事を終え、この建物は公開されている。仕事の合間だと、開館時に訪れるのは難しいな…。

他の租界とは比べ物にならないくらい整然としたイタリア租界。都市計画もカッチリとされ、清潔感があふれる。ファシズム期の近代様式の住宅が可愛らしく並んでいて、さながら戦前のイタリアの住宅展示場のよう(もちろん、戦前にはそんなものはない)。洋館を買う予定の方、ココが一番オススメですよ!(笑)

入口に建つ銀行は、イタリア・ファシズム期の新古典主義建築特有のレリーフを持つ。

地区中央のロータリーの角には、鐘楼のようにデザインされたバルコニーを持つ建物が対で建っている。


イタリアレストランが入っていたりする。一部区画は商業地化が進んでいるようだが、この地域は閑静そのもの。

続いてフランス租界も訪れたのだが、日没になってしまい、良い写真がないです…
日/月曜と、天津/上海へ出張。日曜夜に待ち合わせの予定だったので、ちょっと早めに北京を出て、天津の街を廻ってみようと思い立った。日曜日だし、ちょっとくらい観光したってバチはあたらないでしょう!と。天津には2・3回行っているが、いずれも車に便乗し(というより拉致られ)ていたため、電車で行くのは初めて。さらには一人で電車に乗るのも実は初めて。

北京駅。建国十周年を記念して建てられた十大建築の一つ。工事期間は8ヶ月弱、設計を含めても1年足らずで完成した驚異のスピード建築だ。共産主義革命パワーによって成し得た、ということになっている。共産中国も最初の数年間は、素晴らしく運営されていたらしい。数千年もの間、汚職まみれの政治に耐えて来た人々には、夢の社会が到来したように感じられたことだろう。ユートピアへの熱狂が現場に満ちていたのだろうと想像する。

春節前なのでかなりの混雑。荷物のX線チェックを受けて入る。機械に通しているだけの素通り状態。ホールは、なにか懐かしいような、賑わっているのにどことなく物悲しいような。東京で言えば一昔前の上野駅のような雰囲気。

このシャンデリアは十大建築に共通した装飾。中華風でもあり、古典主義風でもある。

コンコース。出発の30分前に改札が開き、ホームへと出られるようになる。コンコースは待ち合いも兼ねていて、座り込んで待つ人、通り過ぎる人でごった返している。発車前に改札が開くシステムは中国独自のものだと思っていたけれど、小津安二郎の「東京物語」に似た描写があった。日本も昔は同じだったんだね。
しっかし、日本の新幹線の運行システムは凄い。数分おきに超特急をバンバン発車させてるのに、大事故を殆ど起こしていないなんてとても信じられない。

押し合いへし合い改札を通り、ホームへドヤドヤと降りる。怒号ーといっても本人達は普通に喋っているみたいだがーが飛び交う。

「日本企業から東北新幹線「はやて」の技術提供を受け、吸収した上で中国が独自に開発した」という<(突っ込みどころ満載の)中国オリジナル>新幹線「和諧号」。内部の作りまで含めて日本の新幹線そっくりで、日本人にとっては勝手知ったる感じでとても快適だ。LED表示の位置まで全く同じで、一瞬、新幹線に乗っているのかと錯覚するほど。途中、165キロくらいは出し、北京ー天津間を1時間強でつなぐ。車両のポテンシャルとしては300キロまでいけるらしいが、頼むからそんなに出さないで欲しい。

そのハイテク車両の向かい側に止まっているのは古色蒼然とした(古式ゆかしいとも言える)車両。煙が立ち上る。

天津駅についた…はずなのだが、何かがおかしい。大都市天津にしてはあまりにもみすぼらしい駅舎。よく見ると「臨時駅」と書いてあり、聞くと天津駅は大改装工事の真っ最中で使えないのだそうだ。ホテルまでブラブラ歩いていこうと思っていたが、全然違う所に着いてしまったのでタクシーを利用するしかない。中国の場合、地方都市に行けば行くほど規律がゆるみ、悪どい事を考えるタクシーが増えてゆく。その場合の対処方法もあるにはあるのだけれど、いちいち怒ってみせたりするのは面倒なので、見るからに人の好さそうなオバちゃんが運転しているタクシーを選ぶ。管理されたタクシー乗り場で並んでいると運転手は選べないけれど、駅前のカオスのお陰で、よりどりみどりだ。
早めに出たとはいえもう4時近く。観光スポットは夕方には閉まってしまう。「夜まで時間が沢山ある。私は建築師なので、天津の建物を見て回りたい。あなたが思う良い建物に連れてってくれい!」とカタコトの中国語で伝えた。
次回は、そのオバちゃんのセレクトした建物を紹介。

期待と不安に満ちた北京オリンピック。過去、これほど愛憎入り交じった感情と共に日本人から眺められたオリンピックも無かったのではないか。
迫り来る北京五輪をにらみ、日本では中国関連本が凄まじい勢いで出版されているが、殆どの論調は中国脅威論と中国期待論、そのいずれかだ。暗い面に目を向ければ明るい面が露光過多で吹っ飛んでしまい、明るい面に目がくらむと暗い面は見えて来ない。政治経済の面でも、文化の面でも、現代中国は文字通りコントラストが強すぎる。「中」がない。自らを「中」国と名乗り、思想的にも「中」庸を美徳とする国を語る本であるにも関わらず、だ。
脅威論も期待論も、両方とも目を通すことを心がけているけれども、脅威論の方はひたすら読者の不安をあおりまくるし、一方はこちらが心配になってくるくらい楽観的だし…どっちを読んでいてもシラケてきてしまう。
一般に「悲観論好き」と言われる日本人相手には、本来は不安を煽るタイトルの方が売れるはずだ。ただ、中国本を買う人の中には、中国と関係してビジネスをやろうとしている人も多く、こちらのターゲットも押さえておきたい…そんな出版側の都合が、両極端な状況の一因となっているのだろうと思う。
中国が世界をメチャクチャにする
"China Shakes The World"という原題がこのような邦題になる所に、出版社の戦略が見えかくれする。中国が米国やヨーロッパの中流階級の仕事を奪っていく。同時期に読んだ「フラット化する世界」では、情報網の発達で起こるインドや中国へのアウトソーシングを賞賛していたけれど、見方を変えればこうも変わるのかと感心した。
中国でつくる―松原弘典の建築
北京で活動する建築家、松原弘典氏の作品集。豊富なテキスト。特に日中関係についての冷静かつ前向きな見方は、溜飲が下がる思いで読んだ。
もう1ヶ月も前の話でごめんなさい。
11月の初めに、798芸術区にUCCA [Ullens Center for Contemporary Art]がオープンした。ガイ・ユーレンス卿(男爵)は中国の現代美術の有力なコレクター。2000点に及ぶという彼のコレクションを展示する大規模な美術館である。入場料30元。月曜休。
798の画廊たちが如何に大きいとは言え、700〜800平米前後のものが殆どだ。その中心に突如出現した8000㎡の美術館。北京のアートシーンの盛り上がりは頂点に達したと言えるだろう。この美術館の設立の話は、2年前からずっと噂になっていた。やっと、という感じ。

2年前の日記に、改装前の同じ場所を撮った写真があるので、見比べてみてほしい(5〜8枚目)。古い(ある意味味があった)工場のインテリアは全て白く塗りつぶされ、完全な西欧型の美術館へと改装された。「西欧の美術のあり方をそのまま中国に押し付けるコロニアリズムだ」との批判もあるし、「こういった西欧型美術館も一つは必要だ」との同調意見もあるそうだ。

一応、という感じで残された既存の機械。

現在やっている展覧会は中国の現代アートを俯瞰するもの。1985年から中国の現代美術は始まった、という態度は、館長の费大为[Fei Dawei]氏の持論だそうだが、この点についてはいろいろと議論があるらしい。

先日の日記でも触れた徐冰[Xu Bing]の作品がメインスペースに展示されている。

中国の実験芸術の第一人者、呂勝中[Liu ShengZhong]の作品「招魂堂」。もともと中央美術学院の民間芸術の教授だった美術家で、中国の伝統的な切紙、特に「小紅人」と呼ばれるヒト形を表現に使う。この作品は元々、1990年に中央美術学院内の彼のスタジオで行われたインスタレーションだが、部屋丸ごとが忠実に再現されている。

オープニングの規模も北京では類を見ない規模だった。プレスオープニング、招待客800人の晩餐会、本オープニング、招待客1500人のパーティ…と二日間に渡って行われた。最後のパーティはモエ・エ・シャンドンがスポンサーで、シャンパン飲み放題だった。100人くらいのウェイターたちが注ぎまくる。

中央がボディガードに守られたユーレンス夫妻。

パーティのドレスコードは「グラマラス」だそうで、その解釈に悩んだ。英語ネイティブの友人によると「グラマラス?聞いた事ないわねぇ。私はタキシードだと思う」との事。また、日本人の友人たちからは「吉本の芸人みたいに大きな蝶ネクタイしてくんじゃない?」とか「それに金ラメのジャケットを合わせれば完璧!」「それは確かにグラマラスだ!!」など、非常に親身になったアドバイスを頂いた。まあ僕もダテに3年以上も中国に居る訳じゃない。どんなドレスコードを課そうとも、多くの中国人客はジーンズ姿で現れるであろう事は容易に想像できた。でも、僕までジーンズ姿で行ってしまうと完全に中国人にとけ込んでしまう。外国人としてのプライド(?)を死守すべく、シャツとネクタイだけはして行った。


会場で行われたパフォーマンス。

ご無沙汰してしまいました。仕事が区切りを迎えており、忙しい毎日です。
秀水市場という北京のオミヤゲマーケットで見つけた小さな木彫りの彫刻。獅子(もしくは犬)の顔やシッポが長さ5センチくらいの楕円形のボディに刻み込まれている。足はない。どことなく可愛らしくもあり、フリークス的なオドロオドロしさもある。そんなデザインのものを選んだ。
完成度は遠く及ばないものの、日本の根付(ネツケ)と呼ばれる伝統工芸品に似ている。根付とは、キセルや印籠を帯に留めるための留め具のようなもの。粋でユーモラスな意匠が施されたものが多く、蒐集家も多いそうだ。江戸時代の携帯ストラップ的存在とも言える(漫画「ギャラリーフェイク」のウケウリで恐縮です)。
この中国版根付も、胸の部分に穴が明いていて、紐を通す事ができる。これが果たして中国の伝統的な小物か、オミヤゲ用に作ったものなのかは不明。店頭でのバリエーションの多さ(一つとして同じものがない)や、彫刻の線のクセ、木目への気の使い方などから、装飾家具の指物師が、余った材料を使って手すさびに作ったものなのではないかと推測する。ついでに売ってお小遣いを稼いでいるのではないか。
まあ、紐を買って来て、携帯ストラップとして使ってみよう。
売り子が提示した値段は95元(約1500円)、それを30元(約500円)まで値切った。これはかなり頑張ったぞ!と思い、中国人に「これいくらだと思う?」と自信たっぷりに聞いてみたところ、「うーん、15元くらい?」とか「俺は10元以上は出さないな」なんて答えが返って来た。完全な外国人価格で買ってしまった。いや、外国人だから仕方ないんだけれども、中国人との交渉はかなりできるようになって来たなと自信を深めていたところだったのでちょっと悔しい。まだまだ修行が必要だな。
買った秀水市場は、観光スポットとして有名で、いつも外国人であふれ返っている。売り子には、英語、韓国語、日本語、ロシア語を流暢に話す子が少なくない。ブランド品のニセモノが横行しており、当局が何度も引き締めを図っているが、そこはシタタカな中国人、ハイそうですかとなる訳はなく、店はあの手この手を駆使してニセモノを販売している。ブランドに詳しい女性に聞くと、ココで売っているコピー品は所詮はB級品で、もっと品質の良いものはアンダーグラウンドで流通しているらしい。ここは元々はシルクの市場だったので、シノワズリーなジャケットやシャツ、スカーフなどを買うのが良いと思う。可愛い柄のものが沢山ある。

ビァン!
以前紹介した、中国最難漢字と思われる「ビァンビァン麺」の「ビァン」の字。
中国人のスタッフに、難漢字に関する面白いページ(正確にはブログのエントリー)を教えてもらった。インターネット投票による難読漢字ランキングである。画像を転載するのもなんなので、どうぞリンク先をご覧ください。
1位はやたらと頭でっかちな恐ろしげな字。「悪魔払い」というような意味があるそうだ。
2位は「ビァン」がランクイン。
3位はクネクネと這いずりまわる一筆書きの字。なんでも、「一」を崩した字だという。一番簡単なはずの漢字がとっても難しくなっているんですけど…
以下21位まで、ドクドクしいながらも遊び心溢れる字が続いてゆく。
既存の字を組み合わせる事で新しい字、そしてコンセプトを生み出してゆく。漢字文化圏とはそういう「合体モノ」の文化圏なのかもしれない。中国皇帝の象徴である龍は、「角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼あるいは兎、体は大蛇、腹は蜃もしくは蛟、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似る」という。ある中国人は、これこそが多民族を呑み込み、同化させてきた中国の象徴だと言っていた。西洋人が物事を構造的に見直すことで新しいアイディアを得ようとするのとは対照的に、漢字文化圏の人たちは、既存のアイディアを組み合わせて新しいアイディアを得るのが得意なのかもしれない。そこらに居る動物達を組み合わせることで想像上の動物のイメージを生んだように。
コンセプチュアル・アートとか、ニューラル・ネットワークみたいな言葉を一つの漢字にしたらどんな風になるんだろう、なんて空想する。
80年代~90年代にかけ、中国から日本経由で世界へ出て行ったアーティストとしては蔡国強氏が有名だが、それと並ぶ美術家に徐冰[Xu Bing]という人が居る。漢字を通して、表音文字文化圏と表意文字文化圏、あるいは、西洋と東洋の断絶を浮き彫りにする、そんな作家だ。

798で買った"Square Word"という本の表紙。よく見ると"Square""Word"がそれぞれ一字に纏められている。この本はその"Square Word"で英文を書くための手引書の体裁をとっており、これに従えば、どんな英単語も漢字風に表記できる(はずだ)。もちろん中の文章も"Square Word"で書かれていて、"international"だとか"calligraphy"なんて字は大変なことになっている。一つ一つの漢字(あるいは英単語)を判読していくのが楽しい。
The Art of Xu Bing
この本の表紙は"Xu Bing"。読めますか?

ついに「リンク」した。
以前にも紹介したスティーブン・ホール設計の高級住宅物件"Linked Hybrid"(物件名は「当代Moma」)。写真家の木田さんからブリッジ部分のリフトアップが始まったとの話を聞き、担当者のHさんの御厚意で現場を見学させて頂いた。ブリッジの殆どは地面で組み立てられ、ジャッキを用いて上まで引き上げられて固定される。コンピューターで制御しながら、1分間に約30センチづつ上げていくという。

数週間で9本ある橋全てが架かる予定だそうだ。普段地味な工事現場の、祝祭的な瞬間だ。デヴェロッパーがもっと盛り上げれば、絶好のプロモーションの機会なのに…と思った。まあ、部屋のほとんどは売り切れているそうなので、今更プロモーションする必要もない、ということかもしれない。
ちょっと技術的な事に触れさせてもらう。同業者の方は、このブリッジの設計が技術的にいかに大変か、想像できると思う。ビルというのは、風や地震の影響で、一つ一つが勝手にフラフラと動き続けているので、タワー同士の距離も変わり続けている。そこにシッカリと橋をかけてしまうと、重いタワーが動こうとする力が橋に集中し、橋は崩れ落ちてしまう。だから、橋は固定せず、「乗っかっている」イメージの設計にする必要があり、橋の周囲には「動きシロ」が必要になる。橋が自由に動きながらも、隙間風が吹き込まないように、雨が漏らないように、そして何よりそれが見苦しくならないようにするのが難しい。こういう部分を「エキスパンション・ジョイント」と言って、この物件では50センチの「動きシロ」を見ているそうだ。自分の部屋のローカが前後左右に50センチフラフラ動く事を想像してもらえば、その設計が面倒なことが分かってもらえると思う。
国慶節。ローカルたちはお休み中だが、僕だけは出勤。時折現場から質問が飛んでくる以外、オフィスは静か。仕事がはかどる。
先週末、2年ぶりに内モンゴルへ行った。最近大相撲関係で何かと話題になったモンゴル国(中華的にいえば外モンゴル)ではない。中国の内モンゴル自治区のオルドスという都市だ。
モンゴルというと、タイソウな奥地を想像する方が多いかもしれないが、実際は、区域内に入るだけなら北京からそう遠くなく、飛行機で1時間足らずで省都フフホトに着くことができる(ただし、内モンゴル自治区全体はモンゴル国を取り囲むように東西に細長く伸びているため、北京から西端までの距離は福岡までのそれとそう変わらない)。また、資源にも恵まれ、産業も発達している。羊毛をはじめとした繊維業、農業、鉱業があり、一人当たりのGDPは北京や上海などの沿岸部の都市に匹敵するという。
今日は中秋節の前日ということで、例によって月餅があちらこちらから届いている。今年は3箱で計30個くらい。頂けるのは有難いんだけど、こんなにもらっても食べきれないよ…毎年半分以上はダメにしてしまっている。箱を開ける気にすらならない。日本の年末に飛び交うカレンダーと似た感じだが、こちらは食べ物だけに始末が悪い。
過剰包装の極致。
今日は中秋節を祝って施主、現場、ローカルとの食事会だった。どの道も大渋滞で、タクシーが使い物にならない。仕方なく降りてレストランまで歩く。食事中は乾杯合戦。居る人間のすべての組み合わせで杯を干しあう感じだ。16人いたら、一人一人と15回。そしてゼネコン全員と1回、施工管理全員と1回、施主全員と1回、出席者全員で1回…合計19回のイッキ飲み。「毎年コレで日本人駐在員が2・3人、急性アル中で亡くなってるんだよ」との牽制もむなしく、結局飲まされる。
明日から、国際交流基金主催の展覧会が798で開幕する。ギャラリー3つを使った大規模なもので、参加する作家も有名どころ。作家さんの4分の3ほどは来中して設営を行っているとの事だ。先週行われた北京アートフェアや、他の日中国交正常化30周年記念イベントとの相乗効果で、日本の美術、ファッション、デザイン関係者が北京に勢ぞろいした印象だ。テレビや雑誌で見知った顔が北京の工場の中をゾロゾロ歩いている…ちょっと面白い風景だった。
本日、プレス向けオープニングが開かれ、展覧会を覗かせてもらった。中国で、空間を贅沢に使った展示ばかり見てきた目には、少々詰め込み過ぎに感じられた。まあ、中国に於ける初めての大規模な日本展なのだから、これくらい網羅的な展示をした方が良いという判断なのだろう。展覧会の模様は、様々な媒体で紹介されると思うので、そちらを御参照下さい。

今、798で一番注目されている展示は、Continuaのアニッシュ・カプーア展。まさしく「空間を贅沢に使った」展示の極致で、大空間全体を使った巨大なインスタレーションがある。おそらく、カプーア作品の中ではテート・モダンのタービン・ホールで行われたインスタレーションに次ぐ規模だと思う。

会場全体に渦巻上の経路、兼「風道」が作られている。中央上部に換気口があり、そこから静かに空気が吸い出されている。入口から換気口へと流れる空気は、会場全体に見えない空気の渦を作り出す。唯一、そのスパイラル状の流れを可視化しているのは中央から立ち上る霧だ。霧の竜巻に手を触れると、たちまち文字通り「霧散」してしまうが、10秒程で元に戻る。この手で自然を操るような、そんな体験がある。簡単な「機構」で、未知の「気候」を会場内に作り出す手腕は流石の一言だ。必見。

もう一つ、大がかりなビデオ・インスタレーション作品が草場地のUniversalstudios-Beijingで展示されている。邱黯雄[Qiu Anxiong]の作品。入口は古い列車の中に直結している。すべての車窓には、近代中国の事件をまとめたビデオが繰り返し流されている。列車を降りると、真っ暗な倉庫の中に列車が置かれているのが分かる。つーか、この電車どこから入れたのよ!

(写真がブレブレですみません)
日本でこんな大規模な展示が行われたらちょっとした事件である。少なくとも雑誌やテレビが放っておかない。こんな展示がサラリと行われているのが今の中国なのだ。
観た人に印象を聞くと、「日本人は、文化の中心は日本だと思っている所があるけれど、それが滑稽な事がよく分かるよね。完全に置いていかれてるもの!そして、追いつくのも不可能。中国の方がスピードが速いもの!」なんて答えが返ってきた。もちろん「そうそう長くは続かないでしょう」という冷静な意見もある。でも、このムーブメントが一過性のもので、やがて消えて無くなる砂上の楼閣だとしても、やった事実は記憶や体験として残る。残ってしまう。以前にも書いたけれど、その本質がどんなものであったにせよ、リニアモーターカーを作り/走らせた事実、有人宇宙飛行を成功させた事実は残り、次世代を準備することだろう…
月餅を頬張りながら、そんな事を考えていた。(結局食べてる)
中国製ニセiPod nano、俗称「iPodなの?」に新たなニュース。
Engadgetによると、シンセンの業者が早速新世代コピーを出してきたそうです。というわけで、先日ココで紹介したものは正式に「旧世代コピー製品」になりました。
これを見ていて、昔、台湾人の友人が「台湾のコピー技術は凄いわよ!ファミコンのゲームもプレイステーションのゲームもいくらでもコピーできる!次の課題はドリームキャストね!もうすぐ成功するわよ!(2000年当時)」と目をキラキラ輝かせながら語っていたのを思い出した。
ほとんど「民族の誇り」状態だった。
彼女の場合は中国人と一緒にされるのを嫌がりそうだけど、この画像を見る限り、コピーにかける思いには共通するものがありそうだ。中華民族のコピーに対する執念がヒシヒシと感じられる製品であることは間違いない。
中華コピー商品が放散する禍々しい執念の「オーラ」。これこそ複製技術時代の「アウラ」である!そんな事を天国のベンヤミンに言ったら…まあ、無視されるか、ブン殴られるかでしょうね。
新しいiPodが発表され、さぞ日本では盛り上がっている事だろう。正直、僕も欲しい、というか触ってみたい。誰か買って触らせて下さい。
その盛り上がりに合わせて、というかその盛り上がりをよそに?、今日は中国製iPodモドキの話題を。
Engadgetのこんな記事やこんな記事を読んで、中華コピーが存在しているのは知っていた。しかし、昨今は当局の取り締まりも厳しいらしく、いくら中国といえどもそんじょそこらで堂々と売られている訳ではない。こういうモノは秋葉原とかの方が手に入りやすいのかもなぁ、なんて思っていた矢先、某市場の売り子が弄っているのを発見してしまった。遠目に見ても、禍々しいオーラを放っていた。
表面の仕上げはほぼ同じだが、止せばいいのにリンゴマークと「iPod」の文字がプリントされている。なんという脱力感。
触らせてもらうと、中国らしく、機能は色々と詰め込まれていた。スピーカー/マイク内蔵、動画対応(ファイルは良く分からない形式)、画像対応…等々。中には、カメラやFMチューナーを内蔵しているモデルもあった。もちろん、全部の機能がキチンと動くかどうかは分からない。電源を入れると、リンゴマークと「iPod」のロゴが出、ごくごく普通の(というか安っぽい)MP3プレーヤーが起動する。だからたぶんAACには対応してないしiTunesと同期するのも無理っぽい。農民を集めて組み上げさせたような製品なので、品質は到底期待できない。話のネタ程度にしかならないオモチャだと思った方が良い。
ケースはこんな感じ。「肉薄感」がある。薄く感じるという意味じゃなくて「本物に肉薄している」感がある。「ニクウス」じゃなくて「ニクハク」だ。しつこいか。
価格は自称8GBモデルが500元(8000円)、自称1GBモデルが100元。売り子の言い値なので、交渉すればおそらく200元(3000円)、70元(1000円)程度には下がるだろう。
余談だが、こちらの記事によると、中国で一番売れているMP3プレーヤーは「魅族」のモノなんだそうだ。価格はほぼ同じ容量の(旧)iPod nanoの半分くらいで、FMチューナーやら動画にも対応した全部入りモデル。デザインもiPodを多少引きずっているがカッコよく、米国などでも人気があるらしい。
なぜこのようなコピー製品が中華圏に蔓延るのか。まだ発展途上だから、という説明もありうるだろう。確かに戦後日本のモノ作りが、精密機器だったらドイツやスイス製、クルマや家電製品だったらアメリカ製、バイクだったらイギリス製…そういった海外製品のコピーから出発した点は否定できない。でも、それでは経済的に十分発展している台湾や香港で、今だにコピー産業が盛んな事が説明できない。まだ台湾は発展段階なの?
ある中国人は「ノー・コンフィデンス」、つまり自信がないんだよ、という一言で片づけていた。そうかもしれないけれど、いつも自信満々の中国人を見ている僕としてはそれが全てとは思えない。
あるフランス人は「中国人は構造主義的な考え方ができない」と言っていた。つまり、良いデザインなり製品なりが、なぜ良いのかを根本的に問い直して要素を抽出することができない、という事だ。そりゃあ、貴方の国では構造主義はお家芸でしょうけど、構造的に考える事が創造行為の全てでもないでしょう。中国人に対する差別意識が見え隠れしていて、どうしても同じアジア人として反発を感じてしまう。中国人が構造的な考え方ができない民族だったら、どうして「構造的に面白い製品」を面白いと感じる事ができるのだろうか。良いと思ったからこそコピーしようとするのではないか。
僕は、アジアでコピーばかりが作られている現状を分析する事を通して、逆にアジアらしいデザインができるのではないかと考えている。だから中国のコピー製品には非常に興味がある。リサーチというには程遠い段階だけれども、おいおいココにも思うところを書いていきたい。
8月8日の空。オリンピックだけに「国際」を切り取ってみた。
北京オリンピックまであと1年となったそうだ。様々なイベントが行われたようだ。1年前の北京の様子を取材するために各国のメディアが上陸中だという。東京オリンピックの前年もこんな熱気だったのだろうか、なんて考える。
ここのところ、北京は雨ーというより雷雨―が続いていたのだが、8日は突然晴れ上がった。北京のこの時期は雨が多い季節で、オリンピック当日も雨の可能性が高い。北京は日本の諸都市のように水道関係のインフラが整備されていないので、ミサイルを雲に発射して雨を降らせる事をやる。開幕式にはこの技術を逆に利用して、会場の周辺だけ晴れの状態を作り出す作戦が進行中だという。自然まで制御しようという中華的な発想だ。日本人だったら会場に屋根を作る事を優先させただろう。「鳥の巣」にも開閉式の屋根は計画されていたが、技術的な問題と予算の関係で中止になったそうだ。
北京には数々の著名建築家による注目プロジェクトが進行中であるけれど、その殆どが中国的であることから切り離れている。大きくても、やはり外国人のデザインが建っているなぁ、という印象だ。ところが「鳥の巣」の工事現場の前に立って感じるのは、この建物が多分に中国的であるということだ。どんなベテラン設計者を案内しても、みんな車の窓に齧りついて見ている。前にもココに書いたけれど、自己顕示欲の発露とすさまじいエネルギーの蕩尽、もっとはっきりいえば「ムダ」感を放射している。万里の長城のそれに通じるものがある。
中国人のデザイナーにその話をしたら、「でもそれってネガティブだよね?」と言われた。ネガティブな言い方かもしれない。ただ、長城やピラミッドと同様、この建物も歴史に残るオーラを放っている。やっぱムダなものが歴史に残るんだろうなぁ、そんな事を考えさせられる――僕が合理的であることに汲々としている横を、あっさりと抜き去られた気分だ。中国人は近代の合理精神を突き抜けて行ってしまったのかもしれない。
食品問題、衛生問題、マナーの悪さなどを取り上げて、「本当に北京でオリンピックは出来るのか」というような論調が目立つ。僕は中国で仕事をしている身なので、中国にシンパシーを感じている分を割り引いて聞いてほしいが、やっぱり中国人は成功させるだろうと思う。何をやるにしても「帳尻を合わせる」事が得意な人たちだからだ。
政治にしてもそう。これはある日本の方の意見なのだが、日本は官僚が政治をやってる国だから全ての面で整合性を取ろうとする。対して中国では細かい事には目をつむり、大崩壊させないようにファジイにコントロールしてゆく…とても納得がいった。現代中国のドタバタは、絶えず帳尻を合わせ続けているプロセスなのかもしれない。胴体着陸くらいはするかもしれないが、墜落はしないだろう/問題は起こるが、社会が大崩壊することはないだろう…人と政府との間に、そんな奇妙な信頼関係がある。
僕のやってる仕事も、帳尻合わないかな…
8月9日の空。滅多にない快晴。
中国の建築専門サイト、ABBSの掲示板より、「この案を見たとき、吐きそうになった」とのスレッド。看板の後ろ側では、実際に工事が進行中のようだ。
…直喩だ。…いや、でもこの看板を見る限り、この建物の用途は音楽にぜんぜん関係なさそうだ。
大学で初めての設計課題は、「ユングの家」という題だった。大学入りたて、しかも理系の小僧たちにユングと言ったってピンと来るわけがない。中に、アルファベットの「J」の形をしたプランを描いた生徒が居た。なんでもユングの頭文字の「J」なんだそうだ。「バカモンッ!」センセイの雷が落ちた。
シュンとしてしまったその生徒を「ユングが『Y』でなくて『J』だって知ってるお前ってすげーよ!」と皆で慰めたのを思い出す。今思えば単なるイヤミだな。いや、それがイヤミにならないくらい、僕らは無知で無垢だったんだよ。きっと。
…まあとにかく、設計のセの字も知らないような僕ら、設計に関してなんらタブーを感じていなかった僕らでも、せいぜい「J」止まりだったというわけだ。ユングの胸像の形をした家や、似顔絵の形のプランを描くのは、いくらなんでも憚られた。まあ、銅像や似顔絵は制作が面倒だっただけなのかもしれない。でも、少なくとも、そんな面倒を乗り越えてまでやり遂げたいものではなかったということだ。
で、このピアノ&バイオリン。そんな可愛らしい次元はとっくに突き抜けている。日本の片田舎にあるポット型喫茶店なんかメじゃない。グランドピアノの3本足まで忠実に再現しようとするこの意欲、ぜひ見習いたいものだ。
掲示板の書き込みには面白いコメントが書かれている。
「おお!この案にはル・コルビュジェの『近代建築の五原則』が実践されているぞ!
1.ピロティ
2.屋上庭園
3.自由な平面
4.自由な立面
5.横連窓
全部ある。巨匠も天国で喜んでいるだろうよ!」
…気付かなかった。確かに。
「施主は誰だか知らないが、天才に違いない」
…まったくだ。
御無沙汰しました。
日記を継続するには習慣化する必要がある。なので一度書かない生活が定着してしまうと、復帰するのが難しい。今回の事件は、復帰する良いきっかけになればと思う。
2か月ぶりの更新になる。水着美女による写真ブログならともかく、もうすぐ35になろうかというオッサンの日記。ただでさえ興味を持つ人たちは少ないところに、2か月という時間は、熱心に読んでくださっていた数少ない方までが忘れ去るのに十分だ。書いてた本人すら忘れかけていたくらいだ。悲惨なことになってるんだろうなー、とアクセス解析を覗いてみてビックリした。増えてる!それも、倍近くに。増えた分は日本からのアクセスが多いようだ。
このところ、輸入ウナギ問題、段ボール肉マン問題、偽ミネラルウォーター問題と、主に食の問題がらみで中国に対する興味が増してきているようだ。アクセス数の「ウナギのぼり」も、おそらくそれと無関係ではないだろう。(うまいこと言った?そうでもないな。)
段ボール肉マン報道を初めて知ったのは日本からのメールだった。「こんな報道がされてるよ。食べ物に気をつけて。」という程度の内容だったが、それを読んだとき、2005年春の反日デモを思い出した。あの時も、自分は比較的冷静に受け止めていた…というか半分面白がっていた…ところに、日本からメールがたくさん来た。もちろん、心配してメールを送ってくれた皆さんには感謝しているが、そのメールの文面から日中の温度差、もっと言えば日中のメディアの報道に対する受け止め方の違いを、あからさまに感じてしまったのだった。
インターネットを通じて、地方都市で半日デモが次々と行われている事は知っていた。今週末は北京かもしれないな、と思っていたところだった。実際現実のものとなり、施主の責任者から「今、三環路のあたりをデモ隊が通過しているので、近寄らないように」との電話が来た。施主から(英語の通訳を通じてだったが)直接連絡が来たのは後にも先にもこの一回かぎりであることから、かなりの緊張であったことが想像される。事実、あとから聞いたことだが、職場のある学校には、学生が便乗して暴動を起こした場合に対処するため、休みにも関わらず党書記が出勤していたそうだ(中国の学校には学校の運営者とは別に、お目付け役として党から書記、副書記が派遣されている)。
とはいえ、デモが起こっている場所以外は平穏そのものだった。中国政府の情報操作の成果も勿論あるだろう。でも、他へ波及しないように政府に情報を統制され、口コミやケータイを通じてデモの存在を知る中国人達と、一日中たけり狂うデモ参加者の姿が繰り返し放映され、それを見続けている日本の人達。どちらの人々が印象操作を受けているかは明らかだろう。
中国人たちは、ただでさえ入ってくる情報に対して冷淡である。文化大革命で懲りたのだろうか?それとも政府の検閲を受けた「大本営発表」に倦んでいるのだろうか?どちらにせよ、情報に「煽られにくい」性格が、中国人の中に醸成されているのを感じる。反日暴動の時も、それは知ってるけれども俺は目の前の金儲けで忙しいよ、そんな反応が多かった。
何が言いたいか。中国人は、メディアリテラシーの面からいえば、日本人より上を行っているかもしれないと思うのだ。
肉マン事件は、それがヤラセ報道であることが発表された事で、かなり滑稽な事態になった。北京テレビの報道に飛びつき、それを日本に繰り返し流した日本の報道機関。それに煽られ騒いでいた人々は、ヤラセ発表によって梯子を外された格好になった。そうしたら、「政府の圧力があったに違いない」と恨み節を言うしかない。その可能性ももちろんあるし、それだってメディアリテラシーなんだけれでも、ちょっとカッコ悪いよね。このニュースに対する中国人のクールな反応を知った後は特に。
中国は日本人が考えているよりススんでいる。でも、中国の食品が安全だということにはならないよ。もちろん。
ご無沙汰してしまいました。最近はスパムコメントがやたらと増えましたね…スパムも見捨てるくらい閑古鳥が鳴くサイトだったのに。いいかげん削除するのにも辟易してきたので、スパムフィルターをいじくってみました。慣れていないので、ちょっと不具合が出るかもしれません…

バナーを見ていて思い出したことがある。
北京に来たばかりの頃は、ローカルと食事に行く道中に街の看板の漢字の読みをひとつひとつ教えてもらっていた。中国は外食率が高いためレストランが多く、覚える発音はいきおい「食べ物系」が多くなる。「川菜」はチュアンツァイで四川料理の意味、羊肉串はヤンロウチョアンでヒツジ肉の焼き串の意味。等々。

もちろん、中には保険会社の広告などもある。「生命」という字を指差し、「『セイメイ』?『ショウミン』?」などと一生懸命当てようとしていた。もちろんそう簡単にあたるはずはない。正解は「シェンミン」である。

ご存知の通り、日本語の漢字の読みには音読みと訓読みの二種類がある。音読みは漢字の導入と同時に入ってきた読みの事であるから、当然、中国語における漢字の読みは音読みに近いはずであるし、少なくとも日本語の音読みと中国語の発音との間には何らかの法則があるはずだ。その変換表が作れれば、中国語の習得はグッと簡単になるだろう。…などと考えていた。
…でも、それもそう簡単な話ではなかった。もちろん、簡単に作れるようならとっくに誰かがやっている事だろうし。

音読みには、日本に導入されて来た時代に応じて幾つかの種類があり、「呉音」、「漢音(正音)」、「唐音(宋音とも呼ぶ)」に分けられる。特にメジャーなのは呉音と漢音だ。呉音は仏教伝来と同時期に中国南部の発音が朝鮮半島経由でやってきたモノで仏教用語に多く、漢音は平安時代にもたらされた北方の発音で政治用語に多い。

例えば「生」の呉音は「ショウ」で漢音は「セイ」だ。平安時代には、新しくやってきた漢音の方が「イケてる」ものだったらしい。現代においてもその感覚は多少残っているようだ。「一蓮托生」だとか「一生懸命」だとか「生涯」だとか、「ショウ」と読むコトバは仏教オリエンテッドなだけあって少し説教臭いニュアンスを含んでいる。イッセイ・ミヤケがイッショウ・ミヤケではオシャレで無くなってしまう。(最後の例は松岡正剛氏が「『情報の歴史』を読む」という本の中で挙げている)

中国語の方も一筋縄ではいかない。標準的中国語である普通語は北京語をベースにしていて、北京語は清朝に醸成された言葉である。清朝は北方から侵攻してきた満民族が打ち立てた王朝であるので、北京語は、「満族が漢字を読んだ時の発音」で成り立っているんだそうだ(満民族は元々独自の文字を持っていた。様々な民族に統一されながらも、それら全てを逆に「漢化」して呑み込んでいったのが中国の歴史だ)。だから、日本語の音読みとの違いは益々大きくなる。

とはいえ、同じ漢字であることには代わりはなく、単純ではないものの一定の法則性はある。例えば、「明」「名」「命」「冥」の日本語の音読みは全て、呉音が「ミョウ」、漢音が「メイ」である。そして、中国語の発音も全て"ming"「ミン」となっている。

不思議なことだけれど、「看板読みレッスン」を続けていると、だんだんと正解率が高くなっていく。頭の中の変換表に少しづつ修正が加えられていく感覚だ。これまでダラダラと書いてきたように、この変換表は様々な民族によって編集が加わえられてきた大変複雑なものだ。ヤマト民族、漢民族、満民族、朝鮮民族…商人や知識人、外交使節などの行き交う人々によって織り成された壮大なマトリックスが、頭の中にすこしづつ出来上がってゆく。
人間の頭と言うのは本当によくできたものだなぁ、と思う(結局これが言いたかった)。

北京生活も、2年半を超えてしまった…当初の予定では、もうとっくに日本に帰っているはずだったのに。僕と同じくらい北京に居る日本人の人たちは、既に中国語がペラペラだ。中には通訳の仕事を引き受けたりしている人もいる。今日は中国語学習に関する駄文を。

中学の頃から語学が苦手だった。英語自体は嫌いじゃない、むしろ好きなほうだったと思う。でも、英語の方はそうでもないらしく、かなり長い間、徹底的に片思いだった。
語学学習においてはコツコツと継続することがキモだ。僕はどうやら、その能力が決定的に欠けているらしい。特に文法。英語を使って仕事をするようになった今でも、仮定法が分からない。I wish I were a bird.何でwasでなくてwereなのか全然納得いかない。倒置なんてされた日にはもうチンプンカンプンだ。
話はそれるが、中国語では、聞いて分からない事を「听不懂/ティンブドン」、見て分からない事を「看不懂/カンブドン」と言う。聞いても見ても分からない=「ティンブドン・カンブドン」が訛って「チンプンカンプン」となったそうだ。
中国に来る時、「NHKラジオ中国語講座」の半年分のテキストとCDを購入した。2年半経っても、未だに2か月分しか終わっていない。我ながら、恐ろしく遅いなぁと思うが、周囲のローカル達の努力の甲斐もあって、生活には(あまり)困らないレベルにはなった。もしも世の中に、「NHKテキストの4月号と5月号しかやっていない日本人」というカテゴリーがあるとすれば、僕の中国語力はその中でトップクラスだと思う。凄いんだか凄くないんだか。
たぶん、全然凄くない。

慣れというのは恐ろしい。最近は、会議でも訳してもらう前に話の大筋は掴めるようになった。人間の脳味噌と言うのは良く出来たもので、自分に都合の悪い話になればなるほど、中国語がクリアーに理解できる。

年初、「今年は中国語をマスターするぞ!」と目標に掲げたが、もうすでに4ヶ月が経とうとしている…。2年前に買ったNHKのテキストは、表紙こそボロボロだが、中はマッサラだ。

街中であろうと職場であろうと、北京にはそこかしこに赤いバナーがベタベタと貼られている。内容は、スローガンじみたメッセージ、スローガンじみた標語、スローガンじみた注意書き…そしてそのものズバリのスローガン。功利主義者であり、自我の塊である中国人が、スローガンに書かれているからといってハイそうですねと従うとは到底思えないのだが…スローガンを書いている本人すら、その効果に疑問を感じているに違いない。




今日はヴィヴィッドな写真を。中国の赤。撮り貯めた写真から切り出してみた。




そういえば、今日の僕はシャツもパンツも赤い。


垂れ流しシリーズ2。
胡同地区。開発のアオリを受けて取り壊されまくっているとは言え、北京の2環路の内側ではまだかなりの数を見ることができる。観光コースには故宮、鼓楼周辺エリアなどがあるが、場所によって微妙に差があるようだ。これは故宮の東、北京駅近くのもの。それぞれの入口の設えが凝っている。ルネサンス風、中世風、そしてもちろん中華風…。たった10分程度歩くだけでも様々なバリエーションを見ることが出来る。それぞれの住宅の全体的な佇まいは殆ど変わらないし、材料も変わらない。でも、入口だけは頑張って自己主張している。中国人のメンタリティを見るようである。




幾つか写真に収めながら、これを集めるのも面白いかなぁ、なんて考えていた。ベッヒャーの「インダストリアル・ファサード」という写真集を思い出した。工場を正面から撮り続けたシリーズ。アマゾンに無いかな…?と探していたら、"TYPOLOGIES"という纏まった作品集があり、買ってしまった。
しばらくガッツリと書く時間がなさそうなので、「写真供養週間」として、今回から数回にわたって溜まった写真を垂れ流します。過去の写真と被るものも多いけど…
北京に住み始めた頃、中国語も分からないので部屋から出るのすら億劫だった。退屈しのぎに窓から見える交差点を何回か撮ったので並べてみる。今は引っ越してしまい、同じカットはもう撮れない。



3枚目の写真は、とある海外出版物に使われることになりそうです。詳細分かりましたらまたココでお知らせします。アマゾンで手に入るかどうかすら怪しい本(?)なんですが…

あるお茶屋さんで、奶茶[nai3cha2:ナイチャー/ミルクティー]を頼んだところ、これが何とも美味しかった。材料は中国では簡単に手に入るモノばかりだったので、自分でちょっと真似してみた。試行錯誤しなきゃならないかな、と思ったが、一発でなかなかのものができた。きっと、作り方は多少ラフでも大丈夫だろう。
名前はロイヤルミルクティーに対抗してインペリアルミルクティーとしよう。「西太后が愛したミルクティー」と言っても通用しそうだ。ウソだけど。
<材料:3杯分>
・ナツメ:天日干ししたもの。中国ではポピュラーなスナックで、女子の友。小鍋に敷き詰められるくらいの量。
・枸杞(クコ)の実:中華料理だけでなく、漢方薬にも使われるオレンジ色の実。上品な甘みがある。一掴み。
・牛乳:500ml
・ティーバッグ:2つ、紅茶でもいいが、ウーロン茶や緑茶でも美味しくできると思う。茶葉でもいいが、分量やタイミングが難しくなりそう。
・砂糖
<作り方>
ナツメは、「洗わなくても大丈夫」と書いてあっても念のためキチンと水洗いをすること[3/20訂正]。洗ったら半分に切り、鍋に入れ、クコの実、牛乳を入れて火にかける。一煮立ちしたら、ティーバッグを入れてお茶を出す。これだけ。ナツメとクコの実の仄かな甘みのお陰で、日本人としては十分美味しく飲める。中国風に砂糖をタップリ加えて甘ったるくして飲んでもいい。出し殻?のナツメを食べてもおいしい。

こういうのって、日本にもあるんですかね?広告収入で飛んでるっていうのは、何となく不安なんですが…
某巨大掲示板や、いろいろなニュースサイトで話題になったニュース。以下、引用の上に超省略/超意訳。
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重慶のディベロッパーが、立ち退きを拒否した住民の家の周りを9メーター以上も掘り下げ、島にしてしまった。地元紙ジンバオ日報が報じた。住民は立ち退き料として約3億円を要求しており、ディベロッパーは対抗措置としてこの手段に出た。「3億円を欲しがり続けるか、この世の終わりまであそこに居続けるかです」とは不動産会社のセールスマンのコメント。
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まさに、相対的な「地上げ」(笑)。つーか、立ち退こうにもこれじゃ出れないんじゃない?と、突っ込みたくなる。凄い画像なので、是非ご覧下さい。
中国では地下部分は丸掘りしてから工事を始めるのが普通なので、中国で建設に携わってる者としては、このような切り立ったガケは見慣れている。いやホント、さすがに「島」にはならないけれど、地下工事をやってる時は本当にこんな感じなんですよ。

たぶん、おおかたの人は「中国ってメチャクチャ!人権無視の国!」という感想を持つんだろうが、僕の感想はそれとはちょっと違っている…というかむしろ逆で、「土地は全部国有なのに、居座ることなんて出来るんだ!」という驚きだ。結構な人権国家じゃないか。こちらに居ると、生半可なことでは驚かなくなる…
中国には有名な「拆」[chai1、チャイ]というシステムがある。突然、住宅の外壁に「拆」と書かれ、「何日までに退去のこと、どこどこに行けば立ち退き料が支払われる云々」というような情報が書かれた紙が貼りだされる。そんな強引な土地整理が中国の急速な不動産開発を支えているのだ。僕は、当然のように、居座ったものは力ずくで退去させられると思っていた。

ところが、ローカルに聞いてみるとそうでもないらしい。ディベロッパー関連の仕事を殆どやっていない僕が知らないだけで、実際は、似たような問題があちこちで起こっているんだそうだ。たてこもりは借家人の唯一の対抗手段らしく、「釘子戸」[ding1zihu1:ディンズフー/釘で打ちつけた家の意]と呼ばれるという。
もう一つ疑問なのは、今、なぜこのショッキングな画像付ニュースが重慶の地元紙から出てきたか、という事だ。ご存知の通り、中国の新聞をはじめとしたメディアは政府の強力な影響下にある。私有財産権の衝突をそのまま絵にしたようなこのニュースを、どうして報じる事ができたか。
ひょっとしたら、きょう(18日)閉幕する全国人民代表大会と関係あるかもしれない。今回は、私有財産権の保護強化を目的とした「物権法」が成立する見込み。この法律が名実ともに「共産主義」の終焉になる可能性があり、政府内部でも賛否が渦巻いているそうだ。
このニュースが出てきたのも、そんな政争の結果なのかもしれない…ま、それは勘ぐりすぎかな。
先週、お客さんを案内するついでに、798を見てきた。丁度展覧会のオープニングシーズンだった。ちょっと書き出してみよう。

・798SPACEでは"The Terracotta Woman"というインスタレーションが。タイトルの通り、兵馬俑を女性へとコンバートしたもの。兵馬俑は全て男の兵士であり、ある意味、中国の伝統的男社会を表現するファルスそのものなのかもしれない。女性の兵馬俑たちは、赤子をあやすものあり、出産するものあり、経血を流すものあり…一つ一つ手間のかかった力作ではある。「中国人の作家も、こんな直球なフェミニズム表現をするのかぁ」などと思っていたところ、ノルウェイの作家の作品だった。中国人にとっては分かりやすい「現代芸術」らしく、幾つかの新聞で取り上げられているらしいが、僕はあまり面白いと思わなかった。

共和国建国以降の中国では、建前としては男女平等だ。事実、女性の社会進出はめざましく、仕事相手も女性がかなり居る。だがその一方で、人身売買まがいの売春が横行しているような所でもある。ミスコンもしょっちゅう全国放送されているし…中国人にとっては、性の商品化と男女同権は矛盾しないものらしい。そういう捻じ曲がったダブル・スタンダードが中国のジェンダー、ひいては社会全体の特徴であり、西欧世界の問題意識との差異だと思う。中国の女性作家が、そういうところに踏み込もうとしているのを考えると…ちょっとヒネリが少なすぎやしないか。
・イタリアのサン・ジミニャーノに本拠があるCONTINUA。北京の798に支店を出したお陰で、このギャラリーは一躍有名になったという。展覧会は"One Colour"。ギャラリーが白と黒だけで埋め尽くされている。カラフルな中国アートばかりを見てきた目にとっては、眩暈を生むほどの迫力だ。アニッシュ・カプーアに白黒作品があるのは知らなかった。
・イギリス系画廊、Chinese Contemporaryでは中国の若手建築家達によるグループ展。建築の展覧会ではなく、アートワーク。MADの馬岩松[Ma YanSong:ここに何度か登場している早野氏のパートナー]は虹のようなオプティカル・インスタレーション(なぜか休止中)、主題工作室の王永剛[Wang YongGuan]は溶岩を切り出したような彫刻。中でも面白かったのは、朱ロンによる絵[一部]。OMAによるCCTV、アンドルーによる大劇院、PTWのウォーターキューブ、H&Mのオリンピックスタジアムが、中国風の食卓に並んでいる。外国人建築家が主要プロジェクトを手がけている現状に対する皮肉。
・Paris-Tokyo Photo GalleryではAniu & Cyrus Cornut "Urban Oceans"とLiu Ren "Someday Somewhere"が。前者は西洋人から見た中国の都市風景スナップ。あまり新鮮さはない。作者は建築畑出身の人だそうで、同業者の視点から取られたものだからだろうか。後者はやなぎみわのエレベーターガールシリーズ風のセルフ・フォト・コラージュ。後者の作品が沢山売れていた。こういった作品は、自己愛や変身願望のストレートな発露が特徴なんだろうが、この作家の場合はちょっと違う。コラージュの背景も、本人の容姿も、異様にリアリティーがある(意味は察して欲しい)のだ。何も特別ではないものが組み合わさって特別になる。狙ってやっているのか。2年前に中央美術学院を修了した作家だそうだから、25歳くらいなんだろう。
・東京画廊/BTAPでは「玩画廊」展。中国語では、シニカル・リアリズムは「玩世」と略される。「世間をモテアソぶ」というような意味で、それをモジって画廊版にしたということのようだ。日本の現代美術の浮遊感と共通するものがあり、親和性が高いと思う。Beijing-Tokyo Art Projectを謳う画廊に相応しい展覧会。
・北京で一番古い写真ギャラリーと言われる798 Photo Gallery(でもまだオープンして3年程度だろう)。 一昔までは発表できなかったような政治的な作品を扱う。ショーウィンドーの中の翁乃強[Weng NaiQiang]の文革ドキュメント写真にいつも見入ってしまう。ハッセルブラッドの正方形フレームの中に捕らえられた完璧な構図。凄い。欲しいけど、2メートル角はデカすぎる。
中国を訪れる人たちは必ずと言っていいほど、「どう?北京は寒い?」と聞いてくる。北京の春は特に気候の変動が激しいため、返答に窮することが多い。特に先週は凄かった。ちょっと書き出してみよう。

3月4日は暦上、元宵節と呼ばれる日だった。春節は月齢0、つまり新月の日なので、そこから始まって最初の満月の日である。これを祝って「湯園(タンユエン)」と言われる甘味を食べるのが習慣らしい。小さな団子が暖かいシロップに浸かっているもので、味わいが和菓子のようだ。僕も好物。

この日を境に、春節期間中だけ許可されていた花火が禁止になる。街のあちこちに建てられたプレファブの花火店は投売り状態。市民は残った花火を使い切るべくバンバン打ち上げる。部屋から眺めていると、見渡す限り花火が上がっていた。
その夜から、ドンドン風が強くなっていった。おっ?これって春一番?なんて喜んでいたら、町中の看板が壊れまくるくらいの強風になった。身の危険すら感じる。やっと風が止んだかと思えば、今度はミゾレが降り出した…
そして先週は今年一番の冷え込みだった。気温はそれほどでもなかったみたいだが、風が強い。今年が暖冬だっただけに、余計に寒く感じた。
今日はとても暖かかった。気温は10度まで上がった。ついに春が来た。これから一気に夏になる。

北京の公道をレッカー車に引かれていく事故パトカー。どうやらどこかに衝突したらしい。中国人にとっても珍しい光景らしく、「東福、写真撮って撮って!」とけしかけられた。

ちょっとカワイイ。
中国のポリスは「公安」と表示しているものが殆どだが、たまに「警察」と表示しているものも見かける。同じ団体なのか、管轄が違うのか、中国人に聞いてもイマイチ判然としないが、中国の警察組織を見る限り、おそらく「警察庁」と「警視庁」くらいの違いなんだろうと思う。
中国の公安の権限は絶大である。日本の警察がやっているような治安維持のほか、消防、刑務所、戸籍管理、外国人登録…等々。管轄が沢山あるという事は汚職の舞台になるような利権が多いという事だ。そこへもってきて中国にはワイロや人脈びいきの伝統が古来から連綿とあるわけで…当然のように、市民の公安に対する信頼は日本に増して希薄である。「治安を守ってくれてありがたい」と賛美するどころか、「彼らも大変な仕事だよなあ」とねぎらう言葉すらついぞ聞いたことがない。
ただ、当局としても、あながち手をコマネいているわけでもなさそうだ。例えば、飲酒運転の罰則規定である。日本を見習ったかどうかは知らないが、去年から突然厳しくなった。その罰則の内容が、ちょいと刺激的だ。
飲酒運転が見つかると、その場で拘束、有無を言わせず刑務所に移送、二週間の拘留となるそうである。次の日、職場に来ないなぁ?と思っていたら、突然刑務所から電話が来ると言う…「でかい、早い、安い」を旨とする中国社会とはいえ、いくらなんでも早すぎだ。一体、どういう法的な手続きを取っているんだろう?(取ってなかったりして…)
話によると、この「早さ」には理由がある。下手に時間を与えると、人脈を頼って揉み消しを図る隙を与える事になり、それが汚職の温床になるというのだ。非常に納得の行く説明。
スピードで汚職防止。まったくもって中国らしい。最近は中国的な状況に慣れてきた自分だったが、「二匹のハエ」以来の衝撃的な話だった。

北京にまたまたやってきた。職場は、まだ正月気分が抜けていない雰囲気だ。
中国駐在員の自宅では、通常、NHKの衛星放送が見られるようになっているらしいけれど、自分で探した僕の部屋には、もちろんそんなオシャレな装備はない。というか、家具も含めて、何も無い。
麻布十番の部屋を無線LAN化するついでに、ソニーのロケーションフリーを導入してみた。ものすごーく大雑把にいうと、テレビのアンテナ信号やビデオ信号を、ネット信号に変換するロケーションフリーベースステーションという機械を設置して、ネット経由でテレビを見れるようにする技術である。
面白いのは、このベースステーションに、遠隔地からもネット経由でアクセスできる点。ネット環境があれば、PSPやパソコンを使って、世界中どこからでも家のテレビも見れる…はずである。あくまで、ネット環境が安定していれば、の話である。中国は、かなり多くのネット人口を抱える国である反面、インフラとしての通信回線はとても貧弱だ。中国から見るのはかなり厳しいはずだ。
というわけで試してみた。想像よりは、かなり見れる。でも、今使ってる回線では、イライラしちゃって実用には耐えられないかな…。ネットが早い場所に住んでいる日本人の方にはお勧めです。
HD DVDプレイヤーを繋げば、それも遠隔操作できるんだそうだ。ネットは、自宅に居ながらにして、様々なコンテンツに触れる事を可能にしてきた。この技術はその逆で、自宅にあるコンテンツに外部からアクセスする。

「お前はどう見ても日本人には見えない、中国人だ」
とよく言われる。そして、
「でも、よく見ると肌が違うね。やっぱり日本人だ」
とも言われる。自分の年齢を伝えると、
「ええ!ホントに三十代!?」
とも言われる。
総じて日本人…特に男は幼く見られがちだ。中国では、30代ともなれば酸いも甘いも噛み分けた立派な大人だ。孔子の言葉を借りれば「三十にして立」っているのだ。対する日本人には、いい年こいてオモチャに投資して、弄くってみてはホクソ笑んでいるような、大人になりきれてない人間がかなり居る。もちろんコレにボク自身も含まれているのは自覚しているが、こういった大の大人の幼児性こそが、日本が世界に誇るオタク文化を支えている事も否定できない…というか、そういう言い訳の仕方がある。だから、これからもオモチャという名のアンチエイジングに励むこととしよう。
日本人が若く見られる原因には、そんな精神的な若さ/幼さが大きいと思われるが、ある中国人はその理由に「牛乳」を挙げていた。今の中国の中年世代にとって牛乳は貴重品だったため、飲むことが殆どできなかったという。だから肌から老けてゆくと。
もちろん、今の中国では牛乳の購入に困ることは無く、そのへんのキオスクでも数十円で売っている。面白いのは、日本風の紙パックよりも、袋詰めで売られているケースが多いことだ。
それはいいのだが、冷蔵されていない事が多い。
想像してみてほしい、ツナ缶やらパンやらソーセージやらと並んで、棚に詰め込まれている袋入り牛乳を。薄暗い店では、その上にウッスラと埃が被っていたりするのだ。キチンと殺菌処理をし、適切な素材の袋に封入すれば長く貯蔵できることを頭で分かっていても、日本人としては牛乳は蛍光灯でギンギンに照らされた冷蔵ショーケースから手に取りたい。青やオレンジのボーダーがプリントされた紙パックを手に取ると、中で程好く冷えた白い液体が僅かに波打っているのが、高級パルプを通して伝わってくる…そんな触覚情報が我々にとっていかに大切なことか。
袋牛乳にはメリットもある。主婦らしい女性達が、200グラムくらいの小さな袋を沢山買っているのを見かける。おそらく、一袋ずつ使い切っているのだろう。牛乳パックの口を開けたまま冷蔵庫に放り込んでいるより、よほど衛生的だ。
どうして袋なんだろう?と聞いたら、「袋で漏れてなかったら絶対に漏れてないから。箱だと、上に穴が開いていても分からないでしょう?」という、とても納得の行く答えが返ってきた。「目に見えないモノは信じない」という中国的な思考が見え隠れする。生産者も販売店も、ハナから信じていないのだ。
日本では、「子供の頃からペコちゃんのケーキが好きだったのに、裏切られた気分です」というような素人コメントが報道されている。雪印問題の時もそうだったが、我々は老舗ブランドを盲目的に信じ込んではいないだろうか。信仰しているからこそ、事件が起こったときのショックが大きいのではないか。
中国で同様の事件が起こったとき、中国人の口から「裏切られた」という言葉が出てくるか…僕は甚だ疑問だ。
2年ほど前、ローカルの設計者が、「今僕がやっているマンション、買っているのは殆どが日本人だよ」と言っていた。基本設計を日本の設計者が担当しているという安心感も手伝って、投機目的の日本人達が競うように購入していたようだ。まあそれも昔の話で、最近では加熱しすぎた不動産投資を引き締める政策がとられているため、外国人は急速にマンションを買いにくい状態になっているという。ついこの前まで、海外に対して著しい優遇政策をとることで投資を呼び込んでいた国とは思えない…。
とはいえ、中国のディベロッパー達は依然として、意欲的に開発を行っていて、いわゆる「高級物件」も続々と生まれている。これは中国の富裕層自身が購買力をつけてきているという証でもある。3年前、僕が初めて北京を訪れた頃は、1万元/㎡(43万円/坪)という価格帯には、北京中心部にあるような高級物件が属していた。今では、そのカネでは、エリート若夫婦をターゲットにしているような、郊外のマアマアの物件がやっと買えるくらいだ。
現在、北京で最高値なのは王府井そばの某マンションで、6万元/㎡(300万円/坪)だとか。もしこれがそのまま東京にあったとしてもかなり高めの価格設定である。3倍とも4倍とも言われる中国と日本の物価差を考えると…とてつもなく高価な物件だ。
注目の高級物件の一つが、アメリカの建築家スティーヴン・ホール設計による「当代MOMA」という現在建設中のマンションである。「当代」とは日本語で「現代」、"MOMA"は、英語だと"Museum of Modern Art"、すなわち「近代美術館」を指してしまう。直訳すると「現代近代美術館」。言葉が微妙にカブっちゃってるし、そもそもマンションじゃないし、なんとも妙チクリンな名前だ。
中国人にとって、「モマ」という言葉はとても心地よく響くんだそうだ。まあ、日本人である我々も、本来は豪邸を意味する「マンション」という名で集合住宅を呼んでいるくらいなので、笑う立場には無いんだけれど。

住棟間を空中で繋いだデザイン。マンションの場合、このような形は成立しにくい。理由は簡単で、通常、人は地上から目的の部屋に行ければ事足りるので、住棟間を空中で移動できるようにする必然性が無いからだ。60年代以降、このような形の建築は多く試みられてきたが、経済的な理由や技術的な理由で、かなりのモノが空想で終わっていた。中国の勢いは、建築家達の悲願を次々と実現させていっている。そして、重要なのは、そんな建築家の奇想が、付加価値として富裕層への大きなアピールとなってきているという事だろう。
中庭の池には映画館とホテルが浮かび、周囲には幼稚園と公園が配置されている。

繋いでいる部分は、アスレチック・ジムや集会室などになっており、ここはプール。空中に巨大な水瓶を浮かべることの大変さは、大きめのペットボトルを持ったことのある人なら分かると思う。

モデルルーム。
中国の場合、マンションは躯体のまま引き渡され、買主が内装をするケースが殆どだが、この物件は内装込みである。もちろん内装設計もスティーブンが担当している。
空調の目玉として、この物件では全面的に輻射冷暖房を採用している。専門外の方のために簡単に書くと、床、壁、天井などが「床暖房で床冷房」になっているようなものだ。管をそこらじゅうに這わせる必要があるため、コスト高になる反面、部屋内の温度分布が安定し、部屋内の湿度も安定するというメリットがある。また、ご覧の通り、部屋には空調機やその吹き出し口が必要ないため、スッキリとしたデザインが可能になる。
さらに、その熱源には地下熱を利用している。これも簡単に説明すると、「井戸の水は夏冷たく、冬暖かい」原理を応用したようなものだ。当然、もの凄い数の管を地中深く打ち込まなければならないため、膨大な初期投資が必要になる。その反面、空調のランニングコストは安くなり、環境負荷も低減される。このような大規模なエコ対応さえもが富裕層へのアピールポイントとなっている。中国はそんなところまで来ている。

所々にビビッドな色を差していくのがスティーヴン流。扉の金物の一つ一つまで、かなり細かく設計されている。
気になる価格は1㎡あたり、3万元弱(40万円)だそうだ。坪あたり130万円。北京における一般的な高級マンションの約倍で、東京における一般的なマンションの約半分。立地や仕様などを総合的に(かつ個人的に)判断すると、かなりお買い得だと思う。東京では、スティーブン・ホールが設計したマンションは、坪300万円出してもおそらく買えないだろう。
中国スター達も続々と購入を決めているというこの物件、ご覧のアナタも一軒どうですか?ただ、現在は外国人はローンが組めないため、満額用意する必要があるそうだけれど…
パッケージを見て買った。
いろんな意味で、ギリギリだ。

日本では、PS3やWiiの発売日に人々が殺到し、大きな騒ぎになったそうだが…僕の中では今になってPSPが盛り上がっている。年末年始に暇を持て余しそうだから…と買ったゲームソフトがきっかけになって、北京の部屋で眠っていたPSPの埃を払い、再び持ち出した。
本当に今更だけど、この機械、めちゃくちゃ使えるツールだね!仕事の画像やムービーを入れてポートフォリオ代わりに持ち運んだりとか、無線LAN経由でテレビを見たりとか、iTunesと同期させるフリーウェアを使ってiPod代わりに使ったりとか…使いようによっては可能性は無限に広がる。iPodを遥かに凌ぐプラットフォームを持ってるマシンなのに、オモチャ売り場にあるというだけでイマイチ注目していない人が多いんじゃないだろうか。

まあそれはともかく、そのPSPの電源アダプタを日本に忘れてきてしまったため、北京のシリコンバレー/北京のアキハバラと呼ばれる中関村という所に買いに行った。通算5度目くらいだろうか。行く度に新しいビルがオープンしていて驚かされる。

「北京のアキハバラデパート」的な存在である「海竜電子城」を中心に、6つくらいの大きなビルがあり、その中に小売店舗がひしめいている(この「海竜電子城」の前が2005年の反日デモのスタート地点となったところだ)。トータルの床面積からしたら、秋葉原に匹敵するかもしれないが、店同士の品揃えは似通っているので、品種はさすがに敵わないだろう。ここは、北京の中心部からかなり離れた場所であるというのに、凄い人波だ。

中の蛍光灯が切れていて「アタック25」状態。果たしてその人物の名は!?
答えは、道行く北京人に微笑みかけるエビちゃん。彼女も北京に進出していた。本人はきっと知らないだろう。

日本のPS3/Wii発売日騒ぎでは、行列の中に転売目的の中国人が多く居たという。そうやってかき集められたゲーム機達が、ここに流れ込んでいる。転売されてきたものであるからして、保証書のハンコは日本の小売店のモノが押されているようだ。どのみち日本の正規サポートは受けられないので、買い求める中国人にとってはどうでも良い事かもしれないが。
お店を見渡してみると、どこもPS3はもちろん、Wiiの在庫も持っているようだ。日本で手に入れられなくて困っている方は、北京で買うというのもあるかもしれない。逆並行輸入、とでも言うんだろうか。
肝心の価格であるが、地元の人たちに値段を聞いたところによると、日本での価格より1~3割高い程度のようだ。日本で人を使って買わせ、中国国内に持ち込む手間を考えると、驚くほど安いと言えるだろう。日本へ逆に持ち込んだとしたら倍ぐらいの価格設定をしないと割に合わないと思う…どうやら、かなり薄利多売のビジネスのようだ。
ちなみに、普通の中国正規品(と思われる)デジカメも日本より1~3割程度高い。
プジョー、BMW、ローバー、ベンツ、ポルシェなど、世界の様々な自転車メーカーが自転車を開発・販売している。シャシーやサスペンションなど、内燃機関以外の技術の蓄積を生かしつつ、他の商品分野を開拓した結果である。中には、普通の自転車にエンブレムだけ貼り付けたような「ジャガー」自転車――以前、ドンキで売っていて、微妙に欲しかった――もあったりするけれど、自社開発であるにせよないにせよ、これだけ自動車メーカーのブランド名を冠した自転車が氾濫しているのは、各社が企業イメージの向上を期待している所が大きいんだろう。「究極のエコロジーな乗り物も作っちゃうくらい、環境に配慮してる会社ですよーっ」とアピールするには、恰好の商品ではないか。
ところがだ。日本の自動車メーカーによるものは寡聞にして知らない。世界一の燃費効率を誇る、自動車立国ニッポンのメーカーがこれでいいのだろうか?
そう憤りを感じていた矢先、今回、日本の企業名を冠した自転車を中国で発見した。だが、この企業は自動車製造業を生業としていない。なんと、建設業の企業である。察するに、この企業も私と同じ憤りを感じて、自転車の開発に踏み切ったのではないか。世界の企業は、最早このようなボーダーレスな活動をする段階に突入しているという事を知った。非常に感慨深い。

眩いグリーンのフレームが特徴的な、コンパクトなフォルム。エコロジーの企業イメージに相応しい色の選択。乗る人を選ばないベーシックなモデルである。
そして、この自転車のメーカーは…



である。「にほんの」とつけるところが、なんとも親切だ。
この自転車、以前紹介したものと同じメーカー製と推測されます。

陜西省は西安の御当地料理、ビァンビァン麺(bian3bian3mian4)。刀削麺をもっともっと長くしたような麺が、山椒と唐辛子を使った辛いソースに絡められている。美味しかった。料理の写真が無くてごめんなさい。
最近六カ国協議の話題でしばしば登場する唐家セン国務委員。日本語の記事の最後には「センは王へんに旋」などと書いてある。この字はどう書けばよいのか。
「ビァンは穴かんむりの下、月へんとリットウに挟まれて2つの糸に挟まれた言、その下には2つの長に挟まれた馬、その下に心、全体にシンニョウ」
以前、イタリア語の翻訳に挑戦していた時、「イタリア語って基本的にローマ字読みなのね…ああっ、だから『ローマ字』っていうのかぁっ!!」と、冷静に考えてみれば当たり前のことに感動した事がある。それと同様に当たり前なのが、漢字とは、漢民族の字だということ。中国の字だと思いがちだが、もともとは漢民族の字なのだ。ちなみに、満州族もモンゴル族も独自の字を持っている。
秦の始皇帝が国土を統一したとき、最初に行った政策の一つに文字の統一がある。秦の首都は西安にあった。そのお膝元で、このような造語ならぬ造字の御当地料理があるのは面白い。西安では、漢字に対して特別の感覚があるのかもしれない。

体がなんとなくだるい。
寒さがテンションを奪ってゆく。
忙しい。
N氏から頼まれた原稿もまだ終わってない。
終わってないこと山積しまくり。
うーむ。
リポビタンDでも飲もうかと、学校の売店へ。
買ってみたら、東亜製薬の「バッチュスD(韓国製)」だった。
ああ、ライセンス生産しているものなのね、と最大限好意的に考えて、口をつける。
味が薄く、かえって萎える。
日本円にして85円ほど。値段のぶんだけ、本物より薄いのかもしれない。
…つーかこのデザイン、明らかにアウトなのでは。
***********
ちなみに、リポビタンDも中国で売っています。「力保D」だったような。

…絶句。
半月近くご無沙汰してしまいました。メール下さった皆様、ご心配ありがとうございます。年末進行のせいで、バタバタと忙しい日々を送っていますが、なんとかやっています。今月のニッキは、あまり書くことができそうにありません。
10日から14日の間、東京に帰って、駆けずり回ってきました。
戻ってきた北京は、さすがに東京よりは寒いものの、予想ほどではありませんでした。と思ったら、明日は最高気温0℃だそうな…
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日本建築学会の機関紙「建築雑誌」12月号は中国特集号。企画として行われた座談会に、私も参加させて頂いています。興味ある方は。
こちらに当該記事のレビューがある事を教えて頂きました。
北京には、中国を代表する大学が2つある。北京大学と清華大学だ。歴史は北京大学の方が少しだけ長く、19世紀末に清朝によって設置されている。日清戦争に破れ、それに乗じた列強に国をズタズタにされた清朝が、近代教育によって対抗しようと創った大学。皮肉なことに、結果的にはそれが知識人の覚醒を促して、清朝の滅亡を早める事となった。一方の清華大学は、1911年に義和団事件の対米賠償金で創られた米国留学予備校が前身。ランボーに言ってしまえば元々はアメリカの大学みたいなものだ。
キャンパスのデザインもそういった成り立ちを反映している。北京大学のキャンパスは中国的装飾を持った建物が多く、ランドスケープの作り方や植生も中国的だ。対する清華大学は、建物の様式といい、それらに囲まれた芝生の広場といい、アメリカのアイヴィー大学ソックリな雰囲気を持っている。
一般に、北京大学は文系、清華大学は理系が強いとされる。共産主義革命や天安門事件の思想的バックグラウンドとなった文系大学と、現在の中国の高成長を支える技術に長けた理系大学、といった構図だ。

とある建材メーカーの案内で、完成間近の「清華大学エネルギー研究棟(能源楼)」を見に行った。案内してくれた方の話によると、全てイタリアからの寄付によって建てられたという。国際社会から「エネルギー効率が悪い」と批判され、研究に力を入れざるを得ない中国と、中国マーケットに少しでも深く食い込みたいイタリアの思惑が一致したようだ。
話はそれるが、僕がこちらで知遇を得た建築関係者には、日本人はもちろん、ドイツ人、イタリア人が多い。圧倒的と言ってもいい。統計はないので正確な事は分からないが、旧枢軸国の面々が雁首そろえて中国マーケットに食い込もうとしている姿は滑稽である。もちろん僕もその一人なわけだけれども。
建物は、エコロジー対応フル装備だという。屋根には隈なく太陽電池が貼られ、外壁には熱負荷低減のためのガラスルーバーが取り付けられていて、機器類が建物を覆っているかのよう。省エネ表現主義とでも呼ぼうか。
ここまで派手には行かないにしても、日本にもこの手の建物はいろいろある。企業イメージ上、エコロジー対応をアピールしていきたい会社の本社ビルや工場などが殆んどだ。本来はこういった設備を全ての建物に採用していきたい所だが、残念ながら、必要なイニシャルコストが低減できるランニングコストに比してズバ抜けて大きいため、施主の強力な後押しなしには実現できないのが現状だ。その事情は中国の場合もそう変わらない、というかより深刻かもしれない。というのも、中国ではオフィスもマンションも分譲するケースが多く、建主にとっては電気代が安かろうが高かろうが知ったこっちゃ無いからである。ただ、そういった傾向に比して建築物件の数が異様に多いため、日本にも無いクラスの環境対応物件が幾つかある。これについてはいずれ書いてみたい。
この建物の第一印象は「すっげぇ汚れそうだな」という一言に尽きる。実際、建物では、引渡し前の大掃除が行われていた。2人一組になって一生懸命拭いている。

ふきふき。

ふきふき。
どうやら、人的エネルギーの方は膨大に必要なようだ。

今、東京から助けに来てくれている同僚が居る。彼が今日、とっても良い仕事をしたので、
良いねぇ、
良い仕事だねぇ、
キミ、凄く良いねぇ、
キミ、いいねぇ~~!!
…としつこく激賛していた。というより、無理やり流行らそうとしていた。
ちなみに彼がどんな「良い仕事」をしたかは、もう思い出せない。
あまりにも繰り返し言うので、横で聞いていたローカルが、何を言っているか気になったようだ。「それ、なんて意味?」と聞いてきた。
もちろん、快く教えてあげた。
你好!ってね。
…あんまりしたくないけど解説。
中国語で、キミは「你」、いいねぇは「好」となる。あわせて「你好」となり、「こんにちは」の意味になる。
こうも考えられる。我々は「你好」を「こんにちは」と、深く考えずに自動的に訳してしまっているのではないか。日本語の「こんにちは」という言葉自体には既に意味はなく、共同体内のコミュニケーションを円滑にするための符丁でしかない。中国人は、そういった潤滑剤としての挨拶を行っているのではなく、本当は本気で「キミ、いいねぇ~!!」とお互いに褒め合っているのではないか。我ながら大胆な仮説だ。
路上で、職場で、人々が「キミ、いいねぇ~!!」と声を掛け合っている社会。「いいねぇいいねぇ~!もう一枚いってみようかぁ~!」と、13億人総エロカメラマン状態の国。それが中国なのではないか。
たぶん絶対に違う。
ともかく、こんな訳しかできない程に、僕の中国語は拙いということだ。北京で生活をするようになってもう2年経つが、満足に話せるのは、タクシーの案内、お店のやりとり、レストランの注文くらい。仕事上の会議では、何について話しているか?それは、自分にとって有利か?不利か?そのくらいは判断できるが、議論に参加するなんてとてもできない。
NHKのラジオ中国語講座を2カ月分しかやっていないにしては、喋れる方だと自負していた。現場のオッサン達も「東福は本当に中国語が上手くなった」と口を揃えて褒めてくれるし、正直、ちょっと調子に乗っていた。
だが最近、同じくらい北京に居る日本人達の中国語は、既に「ペラペラ」レベルに達してしまっている事に気づいてしまった。日中関係について議論しちゃったりできるんだそうだ。いくら、まとまった勉強をしていないとはいえ、自分の中国語能力はあまりにもお粗末である。
やんなきゃなぁとは思っているんだけどさ…もう遅いかなぁ?

再び北京へ。最高気温10度、最低気温0度前後の毎日だそうだ。かなり寒い。
中国では、政府の指導で11月中旬までセントラルヒーティングを稼動できない。外国人にとって、暖房が入るまでのこの時期が一番つらい時期と言える。2年前の今頃には、余りの寒さに近くの料理店に逃げ込んだ。店内にももちろん暖房はなく、隙間風がピュウピュウと吹き込んでくる。辛い麻婆豆腐を頼んでカラダを暖めていた。あの冬に比べれば今年は過ごしやすい。それとも慣れてしまったのかな。
このニッキで何度も触れている798芸術区。この2年の間にもどんどん発展し、今ではリッチなアーティストと画廊がひしめき、巨大資本でもない限りは新規参入は難しくなってしまったようだ。新規の画廊は、その北にある「草場地」、東の「環鉄」、僕が働いている美術学院を隔てた西の「酒廠」、といったエリアに分散しつつある。
その「環鉄」の中のCurrents - Art and Musicという新しいギャラリーの展覧会のオープニングに行って来た。その名の通り、アートと音楽とのハイブリッドをコンセプトにした画廊である。張培力[Zhang Peili]というヴィデオ・インスタレーション作家の展覧会だった。中国におけるヴィデオ・アートのパイオニアである。
文革時代のプロパガンダ映画をデジタル処理し、空間に配置した作品。大きな容積を上手く使い切っているが、先週、森美術館でビル・ヴィオラ展を見たばかりの目には、プレゼンテーションがどうしても雑に映ってしまう。
中国の現代アートに溢れかえる文化大革命のイコン。本来は中国近代史の恥部であるはずなのに、中国の現代アートにおいてはまるで大いなる遺産であるかのようである。西洋人はもちろん、中国人まで熱心に見入っている。それだけ彼等にとって、インパクトのある出来事なのだろうが、僕はもう、少々見飽きてきてしまった。
来週には暖房が入る。
プラネット・マオ―文化大革命のグラフィック・パワー
著者の王明賢は、文革グラフィックの専門家であると同時に、現代アート・建築の評論家でもある。この本はグラフィックだけで構成。

以前、Podcastのラジオ番組で、辛酸なめ子さんがセレブについて語っていた。セレブはパーティに行ってもフードには絶対に手をつけないそうだ。つまり、モノを食べている姿を人前に晒さない。そして、シャンパンで乾杯し、15分くらいで帰らなければならない。二次会までグダグダ居るなんてもってのほか。…これを「セレ引け」と言うとか。
確かに。卑近な例で恐縮だけれども(といっても遠い昔の話だけれども)合コンでも、カワイイ子ほど終電が早い。あれもセレ引けの一種か。
先週末は、表参道で東京デザイナーズウィーク関連のオープニングパーティに顔を出した。幸いセレブではないのでガツガツ食べようと思っていたが、時間が遅くフードは終わっていた。ビールだけで久しぶりに会った友人と談笑。雑誌編集の友人は、今日3つめのパーティであともう1つ行くと言っていたので、最後の1つに同行させてもらう。
途中、抜け出して、もうすぐ正式オープンするクラブ/ラウンジのオープニングにも行く。オネエちゃんがいる方のクラブではなくって、オネエちゃんは居ても、どっちかっていうと踊りがちな方のクラブである。クラブ↓と発音する方ではなくってクラブ↑の方。第4声でなくって第2声で発音する方。
完全会員制なんだそうだ。パリにある本店はとっても由緒ある店なんだそうだ。近々にグッチの主催するパーティが予定されているんだそうだ。この店では「DJ」ではなく「セレクター」と呼ぶんだそうだ。その「セレクター」はパリから呼んで来ているだそうだ。お誘いのメールには「関係者限定の為、入口でこの番号をお伝え下さい」と暗証番号のようなものが添えられていた。
「セレクター」ってフランス語じゃないじゃん!とか、「関係者」って東福はそもそも関係者なの?といったツッコミはナシで。
これだけの事前情報が与えられた上で、期待するなと言うほうがムリというものだ。おそらく会員にならないであろう/なりたくっても会員になれないであろう僕にとっては、中を見る最初で最後のチャンス。めくるめくスノッブな世界が展開されているのでは!と期待が膨らむ。
感想は…うーむ。パリの下町のいかがわしい感じを出そうとしているが、日本人受けはしなさそうである。「これからは『ちょいダサ感』が大事なのかもしれない!」と自分を納得させた。確かに、白色系でツルツル/ピカピカに仕上げるだけで、それなりのクールネスは出せる。あえて違うテイストに挑戦したデザイナーの心意気を褒めるべきかもしれない。
ドアボーイはシルクハットにマント姿。店員の接客はすばらしかった。
余談だが、今まで行った中でスノッブだったのはサンフランシスコのクラブ。カリフォルニアは喫煙に関して特に厳しく、建物の中は基本的に全面禁煙である。裏を返すと、客がタバコを吸わないので、内装はヤニ汚れを気にする必要がないという事だ。倉庫を改装したその店は、昼はギャラリーで、夜は絵がかかったままでクラブ営業をしていた。大きな空間に、DJブースとバーカウンターだけがポツンとあって、あとは現代アートだけ。まだあるかどうか知らないけれど、来ている客も含めてカッコイイ場所だった。あの女のヒト、ジャッキー・ブラウンみたい!なんて喜んでいた。
僕が一番カッコ悪かったのは言うまでもない。
写真は北京で行われたアートフェアのオープニング。セレブはVIPラウンジに居るんだろうね。

北京の気温はどんどん下がっていっている。もう、3枚くらいは着ないと朝昼の温度差に耐えられない。ああ、あの寒い冬になってしまうんだ、と憂鬱だ。
その爽やかなルックスとは裏腹に、僕はあまり夏が好きではない(←笑)。なぜなら、体形からは想像もつかないかもしれないが、僕はかなりの汗っかきだからだ(←笑)。まあ大体、寒いときは着込めば済むけれど、暑い時は脱いでも限界があるし、僕のガリガリに痩せた貧相なカラダをあまり人目に晒したくはない(←笑)。そんなわけで夏よりも冬が好きだし、冬よりも秋が好き。「学問の秋」が好きなんて、インテリな僕にはピッタリだな(←笑)。
そんな僕にとっても、北京の冬はいくらなんでも寒すぎる。ここに来るまでは、「バナナで釘が打てます、新鮮なバラもこの通り」っていうのは、CMの実験の中だけの世界だと思っていた。ホント、街中が文字通り「ガチで」凍結しちゃうんだから。
以前、「どうしてこんな寒い所に首都を作ったんだ!」と憤っていたところ、「ココに首都を置かないとモンゴル人に攻めてこられるので仕方なかったんですよ」とモンゴル人にタシナメられた事を思い出す。
…と同時に、「トフクさん、デブを笑いのネタにしはじめたら終わりですよ」と僕以上に太った人物にタシナメられた事も思い出した。
でも、これだけは言っておきたい。姉よ、僕の風貌を「ドラえもんみたいな人を探せばすぐわかります」と他人に説明するのはやめてくれ。

サメには浮き袋がない。
映画のお陰で獰猛なイメージが定着しているが、沈まないためには寝ている間にも泳ぎ続けなければならないという悲しい生き物でもある。しばしば日本人に例えられる。
このニッキにも度々登場するN氏が所属するP-○ァイン・レコーズ。世界中から最新の音楽を発掘して日本に流通させている、一部の音楽好き達から非常にリスペクトされているレコード会社だ。彼等が発掘したレーベルやミュージシャンは、売れるようになるとメジャーレコード会社と契約してしまう。結果的に、彼らは絶えず最先端の音を開拓し続けなければならない。サメの悲しさを背負っている会社ではあるが、当の本人はとても楽しそうだ。
何が言いたいかというと、どうせサメなんだから楽しくサメをやりましょうよ、という事だ。北欧のようなゼロ成長社会になんて、日本人が馴染めるわけない。楽しく泳ぎ続けようじゃないかという開き直りをしたいものだ。
ただ、サメに国境がないのとは裏腹に、日本人は国内に居ることに非常に拘りがちである。外国に行く人々に対して「ドロップアウト」の烙印を押してしまうところがある。僕も例外ではなく、「夢を実現するために中国に来ました!」と胸を張る女性に対して「この人、彼氏と何かあったのかな?」と下世話な想像をしたりする。その度に、長髪をバッサリと切った女性に「なんかあったのぉ?」とネチネチ訊ねるセクハラ課長となんら変わらないよなぁ、と反省している。
意識的/無意識的に日本人の心に横たわっているそんな国境の感覚、これこそ島国根性と呼ばれるモノだろう。非常に普通の意見で申し訳ないが、やはり、日本人はもうちょっとだけ、国外に目を向けてみるべきだ。日本国内に視野を限定するからこそ、暗いデータばかり目に付き、悲観的な予測しかできなくなるのだ。
アジア諸国との関係において頻出する「交流」や「友好」という言葉。もちろん素晴しい事だとは思うけれど、素晴しすぎて安易に使われすぎる傾向がある。「友好」といった途端、全ての問題が帳消しになってしまうところに、欺瞞の臭いが漂う。ただ、結果として生じる「交流」は大いに歓迎すべきだと思う。
思想信条的に、日本国内にのさばりつつあるアジア人達を苦々しく思っている人は多いだろう。でも、そういう日本人たちの中に「仕返しに、アジア諸国でのさばり返してやろう」という考えがどうして出て来ないのか。のさばり返す事で、その国や民族の違った面が見えてくる事だろう。そういう形で生まれる「交流」もあっていいではないか。

日本人は悲観論が好き、と何処かで読んだことがある。
だいたい、国土が沈没したり、首都が消失する映画を観て喜んでいる国民なんて、日本くらいじゃなかろうか。定期的に雑誌を賑わす富士山大噴火とか、大地震の話題もそうじゃないかな。もちろん、大災害に備えておくのは良い事だけれども、ちょっと悲観的に過ぎやしないか。
子供の頃、姉の部屋に忍び込み、本棚に入っていた当時のベストセラー、「ノストラダムスの大予言」を読んでいた。1999年に地球が滅亡するという話だ。1999年と言えば自分は26歳。ケッコンして、子供も居て、自宅の芝生の上で「高い高い」をしている、そんな幸せな生活に突如襲い掛かる大災害を想像して、暗澹たる気持ちになったものだ。その後、もちろん大災害は起こらず生きながらえているわけだが、30代も半ばに差し掛かっても、結婚もせず、当然子供もおらず、マイホームも有るわけが無く、よって当然、芝生の上で「高い高い」もしていない。今度は、子供時代から殆んど変わっていない自分に対して不安になってくる。
変わった所と言えば、読んでいる雑誌がコロコロコミックからサイゾーに変わったくらいだ。集めているものがキン肉マン消しゴムからレコードに変わったくらいだ。宇宙飛行士になりたかったのが「ちょい悪オヤジ」になりたくなったくらいである。最後に関してはむしろ退化している。こんなんでいいのか。
書きながらどんどん暗澹たる気分になってきた。どうしても悲観したいらしい。つくづく、自分は日本人なんだなぁ、と思う。
そんな僕だが、日本と中国の未来については、中国脅威論が渦巻く日本メディアとは多少異なって、かなり楽観的な意見――というよりある種の開き直りを――を持っている。まあ、トラブルだらけの中国で仕事をしている以上、悲観的にやってたら身が持たないという事情もあるが。
ちょっと前までは、「中国と日本では労働者の質が違う、中国では簡単な生産をさせ、日本では難易度の高い生産をすればいい。日本は高付加価値の生産国として生きていくのだ」というような話があった。ほほう、なるほどなぁと読んでいた気がするが、最近は、それについても悲観的な意見が出てきつつある。というのも、この数年で技術移転が急速に進んだため、中国の生産施設はハード/ソフトともに最先端レベルに達してしまったからだ。
おっと、話がまた悲観的な方向に行っちゃった。自分がどう楽観的なのか、どう開き直っているかは、次回に。
この前の移動中に読んだ本。今回はビジネスマンっぽいセレクトをしてみた。いずれも数時間で読める。
中国のニセモノ商品についてまとめられたおそらく始めての本。各社の取り組みが紹介されている。新書なので、もちろんボリュームとしては物足りない。おそらく、本気で書いたら辞書のような厚さになるだろうが、そんな大仕事をやっている間に中国のニセモノは消えうせてしまう。ジェトロ北京にニセモノ展示館があるのを知った。行ってみたい。
中国での起業のノウハウ本のようだが、大半は日中の文化の違いについて書かれている。中国ビジネスについては色々な本が出ているけれど、一番実情に近いと思うし、共感できる部分も多い。平易な文章だが、よく考えられている。そして、とっても前向き。さすが松下幸之助の落し胤、PHP新書である。

今日はちょっとマジメな話題。と書くと読むのをやめてしまう人が多そうだけど…
以前勤めていた会社の上役からメールを頂いた。
最近は、某大手電器メーカーのドでかい研究所の設計をやっているという。大手の設計組織は、オフィス部門、商業部門、住宅部門…というように、ビルディング・タイプ別に専門分化している。私がいた頃は、比較的花形的存在だったのがオフィスで、優秀な人が沢山いた。そういう人材が次々と研究施設担当に異動しているらしい。
日本のオフィスは、供給過多が叫ばれるようになって久しい。今のところ、景気の上昇でなんとか食いつないではいるが、この先タマ数が減っていくのは目に見えている。一方、日本のメーカーは、生産は他のアジア諸国にシフトし、日本をR&Dの拠点としつつある。そういうわけで各社、国内に大規模な研究施設を急ピッチで整備しているのである。
「ものづくり」の国から「ものつくらせ」の国へ。これからの日本は、知的財産で食っていくしかない。知的財産の無い生産者は、アジアの安い労働力との競争に晒され、それは結局、人件費のカットに繋がる。格差社会は、アジアの産業構造の変化もその原因にある。
人民日報が伝えた所によると、科学技術部副部長がフォーラムの席上、「一定規模以上の企業で科学技術開発を行っているのは全体の25%、売上に対する研究開発費は0.56%、独自の知的財産権を有するのは0.03%にとどまっており、創造性の弱さは中国産業の国際競争力向上のネックとなっている」と危機感を滲ませる発言をしたという。つまり、豊富な労働力を背景に、リーガル/イリーガル含めた外国製品をコピーし続けているだけなのが中国産業の現状である、という事だ。
「ものづくり」の国から「ものつくらせ」の国への脱皮を図っている日本と、「ものつくらされ」の国から「ものづくり」の国へと変わる糸口を探し始めた中国。そういう構図が見えてくる。
写真は、CCTV/TVCCの近くに建ちつつあるコピー・ビルの広告。
「吉川すみのお勧めブログインタビュー」にこのニッキを紹介していただきました。吉川さん、有難うございました。
最後だったとは…よっぽどネタに困ってたんですね…恐縮しています。
「プロ級とも噂されるカレーの腕前」…ますます恐縮です。

飛行機が遅れた。空港までお客さんが迎えにきてくれていたのだが、だいぶ待たせてしまった。道中、現在起こっている問題について相談。
オフィスはもう誰も居ないだろうとの事で、部屋まで送っていただく。部屋に着いた時にはもう、8時を廻っていた。レストランまで行くのも億劫だ。マンションの中にある小売部(キオスク)で玉葱、ニンニク、そしてビールを買い求めて夕食の準備をする。
日本への留学経験があるような、日本通の中国人たち。彼らが一様に、懐かしがる食材がある。日本に遊びに行った時にも、必ず食べるようにしているという。納豆、寿司や刺身か。それもあるだろうが、意外なのは「牛肉」である。「ステーキとか。ただ塩コショウして焼いてあるだけなのに、柔らかくて本当に美味しいのよねぇ…」と目をほそめる。
中国の牛肉はとても堅くて、スジ肉のようだ。以前カレーを作った時に、何時間煮込んでも全然柔らかくならなかった。思うに、中国人は、肉の柔らかさをあまり重視してこなかったのではないか。ご存知の通り、日本は軟水、中国は硬水である。硬水でグツグツと煮ると、肉類は堅くなってしまう。このため、煮物は少なく、炒め物や、蒸し料理が発達した。どうしても煮たい場合は、極限まで薄く切る。それが火鍋と呼ばれるもので、これは日本のシャブシャブのルーツである。逆に言えば、柔らかい良い肉をわざわざ薄く切る日本のシャブシャブは、とっても贅沢な料理という事になる。
「良い肉」で思い出した。話はそれるが、「三大欲望」というものがある。食欲、睡眠欲、性欲の事だ。前の二つは生物の自己保存のために、性欲は繁殖のためにあり、生物に本来備わっている欲望とされる。ならば、どうして「カラダに良いもの」が美味しく見えないのだろう、と常々疑問に思ってきた。脂でギトギト、コレステロール満点の豚骨ラーメンに食欲を覚えるのは絶対におかしい。霜降りの松坂牛から滴り落ちる肉汁に舌なめずりするのはどうだ。だいたい、筋肉の中に脂肪が散らばっている牛が健康なはずが無い。フォアグラも同様。人間で言えば末期的な内臓疾患である。なのに美味しそうに見えるのは何故だ。
性欲について言えば、逞しい/美しい/頭の良い異性に性欲を覚えるのは、優秀な子孫を残すためだから、と説明できるだろう。でも、今ではそこから大きく離れた性的嗜好をもつ人も沢山いる。社会化によって、本能さえも歪まされているのだ。この考え方から言えば、三大欲望のうち、一番ピュアな形を保っているのは睡眠欲だ、ということになる。
そんな事を考えながら、買ってきたニンニクと玉葱、冷凍してあった牛肉と米を炒め、チャーハン…というより焼き飯…を作った。これだけでは何か寂しい気がしたので、残り物のパルミジャーノ・レッジャーノを擦って加えてみた。大抵、この手の思いつきは大失敗するのだけれど、今回は成功。肉はカチカチだが、チーズリゾット風で美味しい。
霜降り肉食べたいな…

意匠系の教師陣および学生を相手にした名古屋大でのレクチャーでは、様々な意見を聞くことができた。特に助教授の西沢泰彦先生は、中国近代建築史―特に満州国―の専門家で、興味深い話を伺えた。精華大の留学経験もある先生の前で北京の都市・建築について語るのは、正直気恥ずかしいものがあったが、やってみるものである。先生方も、現在の北京の建設ラッシュに驚かれ、おおいに触発された様子で、安心した。以下主な話のメモ。
・北京の主な環状線、3環路~5環路は、占領時に日本が立案した計画が戦後実行されたものである。また、占領日本は、同時期、北京中心を東西に走る長安街を西に延伸し、新都心を作る計画も立てていた。パリのラ・デファンス的な先進的な考え方であったが、結局実行される事は無かった。権力を中心…即ち故宮と中南海に集中する構図に拘ったのは、中国的なメンタリティが発揮された結果ではないか。
・清朝の北京の城壁は、取り壊され、現在2環路となっている。新中国発足時に、この封建制の忌まわしき城壁を取り壊すべきか、それとも、歴史遺産として残すべきか、大きな論争となった。残す案として、城壁の上を緑道として、市民に開放するという案もあった(中国人立案者の名前は失念)。非常に現代的な発想。
・氏は、満州に渡った日本人建築家の研究をされている。現在、チャンスを求めて中国に渡っていく日本人建築家達と比較してどうか?との問いに対し、やはり、同じ様な思いはあるだろうとの事だった。重要なのは、当時の東アジアでは、西洋人建築家による「本物」の洋風建築は上海にしかなく、日本人建築家達はそこで初めて「本物」を目にし、触発されたであろうという点である。北京に建ちつつある現代建築の写真を見ていると、少なくとも規模や量において、日本、そして東京を大きく凌駕している。日本人、そしてその他の国の建築家達が「本物」を見に北京へ行く、という現象が再び起こる可能性がある。
・助手の堀田先生からは「中間が無いね」という話があった。スケールも大きなスケールと小さなスケールしかなく、真ん中がすっぽりと抜け落ちているし、制度においても政府レベルと人民レベルしかなく、真ん中の領域が無い。全く同感だ。
・学生達は、本当に中国に可能性があるのか?まだまだ懐疑的だった気がする。僕自身にとっては、仕事をしている以上、そして日本人にとっては、大きなマーケットである以上、何らかの可能性を発見しなければならないと思っている。
僕なりに沢山の笑いのネタを仕込み、「これでドッカンドッカンとバカ受けするぞぉ」とウキウキしながら行ったのだが、思ったより皆おとなしく、ちょっとションボリしてしまった。堀田先生は「いやあ、いつもはあんなに質問なんか出ないよ。久しぶりにエキサイトしてたんじゃないかな」と慰めてくれた?けれども。中国人の学生さんや、北京に来る学生さんはみんなギラギラしていて、僕の言うことにどんどん噛み付いてくる。それに慣れてしまっていたのかな。僕はそこらへんのオジサンなんだから、馴れ馴れしいくらいで丁度いいと思う。
写真は精華大学。
中国のスィーツは概ねよろしくない。もちろん、僕が知らないだけで、おいしい甘味がどこかにあるんだろうけれど、アベレージ的によろしくない。「日本のようにボトムアップされていない」と表現したほうが良いかもしれない。コンビニで売っているような洋菓子ですら美味しい日本は、本っっっ当に恵まれてると思う。話は逸れるがナチュラルローソンで売っている杏仁豆腐は凄くおいしい。本当に逸れそうなのでやめておく。
キオスクで売っている甘いお茶を飲むたび、あるいは吉野家でコーラのペットボトル片手に牛丼をほおばる中国人を見るたび、中国人は他の食べ物で糖分を摂取しているぶん、洋菓子へのコダワリが少ないのかなぁ、なんて思ったりする。
ある日、学生食堂が完成して試食会が行われた。工事担当者の一人が還暦を迎えたとの事で、ケーキが振舞われた。へぇ、ケーキなんて久しぶりだなぁ、なんて喜んでいた。

どっきり。
まさに「デコレーション・ケーキ」とはこの事。
ロココ調?
あくなき造形性の希求。
凄まじいホイップ・ワーク(って言うの?)。
周囲のホイップなんて空中を走っている。
以前写真を載せた、カボチャ彫刻に通じるものがある。食べモノであることから解き放たれている。良し悪し以前に――そりゃあ、僕にとっては「悪い」に決まってけど――凄い。
スポンジケーキは同じで、様々な装飾をする事だけで差別化されている。しかるに、無限のバリエーションを生み出すことができる。

店頭にて。モザイクを入れたくなるくらい、エロティックなものもある。いや、桃をあしらってあるんだけどさぁ、よーく見るとさぁ…もじもじ。

これなんかもう、イラスト電報状態だ。
中身は変わらず、表層で差別化するのは、中国にニョキニョキと建っていくオフィスビルや高層マンションと同じだ。「本質的でない、浅薄だ」と断じることもできるし、「飾り立てたい欲求に対して素直だ」という事もできる。
日本の一般的なビルのプランは、あまり変わらない。敷地条件の要請によって微妙に変えられているのがせいぜいだ。これはもちろん、賃貸・分譲する上での「大人の事情」からそうなっている。大胆なものが欲しいけれど、お金もかかるし、勇気もない。じゃあ、好きな飾りをつけましょうよ!そういった素直さ。
日本の皆さんが生活しているシンプルな外観のビル。その中のケーキは本当に美味しいんでしょうかね?
このケーキはまずかったです。
今日は「ですます」で。

18日から10日間ほど日本へ戻ります。
私用の為、名古屋へ一日だけ寄るのですが、その合間を縫って、名古屋大学で簡単なレクチャーをさせて頂ける事になりました。
内容は中国、特に北京の建築/都市の現状についてです。面白い話ができるように頑張ります。僕自身にとっても、北京で考えてきた事を整理する良いチャンス。まずは準備時間を確保できるように頑張らなくてはね。
9月19日(火) 13:30~ @ 名古屋大学
在学生相手の、非常に小さな、非常にインフォーマルなモノになる予定ですが、頼めば外部の方もネジ込めると思いますので、興味ある方はtofuku[at-mark]03-x.comまでお問い合わせ下さい。詳細を折り返しお送りします。
この1週間、突然涼しくなった。というよりも、肌寒い。存在しないとしか思えない春、過酷と言うほかない夏と冬。北京において唯一まともな季節、秋がやってきた。9月から10月の初めまでは、一番過ごしやすい季節で、街も美しい。10月後半からは一気に冬に突入してしまう。みなさん、北京に来るなら今ですよーっ!

(写真は冬の風景)
来年の「ほぼ日手帳」の販売が開始されたと聞いて、先ほど、黒色カバーを予約した。去年までPDAを長く使い続けていたせいか、手元に沢山の情報を持っていないと不安になる。そんな僕にとっては、何でも書き込めるこの手帳はいい。欄外の、なんとも気恥ずかしい「ひとこと」が無ければもっと素晴しいと思うのは、僕だけだろうか。会議で、中国人同士の議論が白熱し、僕の中国語ヒアリング能力を遥かに超え、ローカルも通訳する気を喪失し、置いてけぼりを食らっている時などにボンヤリと読んでいたりするけれど…これこそ、製作者の思うツボかな。
今までの手帳を見返してみて、日本滞在時と中国滞在時の書き込みの量の違いに驚いた。もちろん、中国の時の方が多い。日本と中国、忙しさはそれほど変わらない。むしろ私用もこなさなければならない日本滞在時の方が忙しいくらいだ。それだけ、中国では予想外の事が起こっているという事だろう。
これから年末に向けて、手帳ビジネスが盛り上がっていくんだろうな。去年までは「成功手帳」ブームが巻き起こっていた。「成功しよう!」というモチベーションの持ち方に反対はしないし、良いことだとは思うし、僕だってできれば成功したい。去年はそのメソッドに「日本人」を読み取り、共感すらしていたけれど、でも何か、前向きすぎる気持ち悪さを感じはじめた。みんながみんな、成功するためのマニフェストを手帳にカリカリと書き付けている社会って、気持ち悪くない?
これも、最近の一般ピープルの心境の変化なんですかね?ライブドア事件の影響なのかな?だとしたら、「夢はかなえないかもしれないけれど毎日を楽しくする」という「普通の」目標を掲げた「ほぼ日手帳」は、今年はもっともっと売れるでしょうね。「背伸び」の時代から「等身大の私」の時代へと、再び揺り戻されつつある?
年末に向けて書店の手帳コーナーは充実していくのだろうけれど、今年はあるのかな、あの「建築家手帳」。…たしか彰国社から出ていたと思うけれど、検索しても新日本法規出版の「建築士手帳」しかヒットしない。企業で配られるような黒手帳に、金文字で「建築家手帳」と書かれている。中身は方眼主体で、巻末に申請手続きの手順だとか、法規だとかが載っていた記憶がある(来年版はやたらと構造関係の記述が充実してたりして)。どう見ても今どき売れそうに無いけれど、売られているからには毎年買い求めているベテラン建築家がいると言う事だろう。「フランクリン・プランナー」だとか「ほぼ日手帳」のようなオシャレ実用的手帳が氾濫する中で、コレを使い続ける若手建築家、というのもカッコイイかもしれない。やらないけど。
まあでも、今年はまだ、3分の1残っている。残りをがんばるのが先というものだろう。
僕も、手帳に書き付けた目標を達成するべく邁進しよう。
って、オマエも成功手帳作ってたのかよ!

先日の続き。10日ほどで黒いヘルメットが出来上がって来た。なんと!指示したとおりに出来ていた。思い出す限り中国で始めての経験。当たり前の事が、当たり前に出来るだけで幸福な気分になる…糸井重里的レトリックだけど、中国ってある意味ハッピーな所なのかも知れない。
施主に見せる。「カッコイイ!」と好感触だが、欲しがりはしない(欲しがるだろうと思って余分を見込んでおいたのに)。カッコいいけれど、現場で一番権力を誇示できる白ヘルメットから換えるほどではない、ということだろう。まあ、炭鉱労働者の色だしね!
工事写真を撮る必要があったので、早速被って現場に赴く。黄と赤のヘルメットの中に、突然現れた黒色ヘルメット。工人(ゴンレン)達の視線が集中する。現場に入る度にガン見される女性達の気持ちが、ちょっとだけ分かる。
訝しげに見ていた一人の黄色ヘルメットが近づいてきて、「おまえ、どこの単位(職場)のモンだ?」と聞く。ニッコリ笑ってヘルメットを指差し「建築師だ、黒色ヘルメットは建築師の意味だ」と答える。「ああ?ああ、そうだったな。気をつけろよ」
ウソつけ! でも、一人PR完了。
黒色=建築師が浸透するまでの道のりは長いなぁ。
来年の夏までには、オリジナルTシャツを作ろう、と思う。自腹を切って関係者みんなに配り、美術館完成後にミュージアムショップで売って損失分を回収するなんて良いんじゃないかな。
ひとりで赴任して、ひとりで北京出張所を名乗りつつ格闘している。そんな設計者は僕だけだと思っていたのだけれど、つい最近、韓国の承孝相(スン・ヒョサン)事務所から一人で駐在している趙さんという建築家に出会った。
中学まで日本に居たというだけあって、もともと日本語が堪能。その後も、建築の本などを通して、日本語に磨きをかけてきたという。谷崎潤一郎まで日本語で読んでいる知日派。彼が話す、語尾にちょっと韓国語のアクセントの残った日本語はとてもカッコいい。
彼が担当する物件は、このニッキでも以前紹介した事のある長城コミューンの第二期工事の一部、そして朝外SOHO。どちらも、SOHO Chinaのディベロップによるもの。

ひとりで北京に駐在している点、北京と本国を行ったり来たりして仕事をしている点、語学学校に行かず(行けず)に「ぶっつけ本番中国語」と英語を使って仕事をしている点、などなど、お互い共通点が多く、すぐに打ち解ける事ができ、お互いの現場や事務所を訪問しあった。
食事の時の話題は、お互いの国の文化と中国の文化の違いについて、そして中国に何を期待しているか、に集中した。
西洋人が日本文化について語る時、必ず出てくるのがシンプリシティとマテリアリズムで、当の日本人自身もそう思い込んでいる所がある。だが、歴史的な経緯をつぶさにみると、これらは西洋人的な視点に過ぎないことが分かってくる。「日本の美」とされているモノは、多くが西洋人に発見されたのだのだから。
じゃあ、本当の日本って何なのよ、という議論があるんですよ、という話をすると、韓国でも、似たようなものだと言う。近代では、日本と韓国、どちらも西欧に認められる事をメインの目標に据え、西欧の尺度で自国文化を測って来たということだろう。
でも、中国は違う。長い歴史、バカでかい国土、とてつもない人口がある。現代に中国的尺度を打ち立てる事ができる数少ない国だ。その善悪はひとまず措くとして。
だが、中国の文化的状況を見ると、アートにしても建築にしても、やはり欧米におもねている様なところが見え隠れする。昔は他の国の存在すら認めてなかったような国なのに、今では「ドイツ風住宅」をアリガタがっている。「おいおい、大中華思想はどこに行っちゃったの?」と思う事が多い。
サッカーに例えるなら、中国の人口を持ってすれば、世界最強のチームなんて簡単にできるだろ!日本に勝った・負けたで騒ぐんじゃなくて、早くヨーロッパに対抗できるチームを作ってくれ!…そんな感覚に近い。
僕も、趙さんも、その点にちょっとした歯がゆさを感じている事が分かった。
でも、本当にそうなっちゃったら、僕らの仕事が無くなっちゃうんだけどね…というオチ付で。

「おしゃれ関係」の「カバンの中を見せて下さい」を意識しつつ、冷蔵庫の中をパシャリ。缶だらけ。おしゃれ関係どころか、いい歳こいた独身男の悲哀が冷風と一緒に噴き出してきました。
左から、
・可口可楽:コカコーラ、中国語の発音は「カコ・カーラ」
(ネットを一年分契約したら一ケース持って来ました…飲みきれません)
・燕京ビール
(北京で圧倒的シェアを誇る地ビール。北京オリンピック公式スポンサー)
・青島ビール
(世界的には有名だが中国国内の知名度はイマイチな感があるビール。最近は北京でシェアを拡大中。北京オリンピック公式スポンサー。普通、オリンピックの公式スポンサーは1業種1社限定ですが、北京の場合は2社が競合し、中国的な「大人の」決定が行われたそうです)
そして。
・バドワ・・・ならぬブルーダイヤモンドビール
なんか、変わった味のバドだなー。と思って飲んでいたら、バッタモンだったのね!

これは2年近く前のカバンの中身。当時はこの小さなカバンだけで中国の地方都市に出張するくらい、カバンを小さくすることに熱意を注いでいました。ところがノートパソコンを持ち歩くようになって意味がなくなり、挫折。
中国の建築現場のヒーロー、「安全帽同志」(ヘルメット同志:勝手につけた名前で、正式ではありません)。
こちらは世界の建築界が注目する某現場のもの。

以前に紹介したモノよりもチョットだけ凝っていて、ヘルメットにゼネコンのロゴがついています。さすがというかなんというか。

現場には、2・3週間に一度は誰かしら見学にやって来ます。私、そしてローカルスタッフ3名に対して、ヘルメットは一つしかないので、来客の度にヘルメットの確保に奔走する事になります。先日、他の事務所が現場見学者用にオリジナルのヘルメットを用意しているのを見て、当現場でも設計者用のヘルメットを作る事にしました。
ローカルに聞いてみると、ヘルメットの色は属性を意味しているんだそうです。
・白:施主、施工管理会社(CM)
・黄:ゼネコン(元請)
・赤:タワークレーンなどの重機従事者
・青:下請
…設計者用の色が無い!
中国の一般的な設計者は、図面を書きっぱなして現場は放置する傾向があるため、わざわざヘルメットを作るのは珍しいのかもしれません。設計者は施主直属のコンサルタントなので、あえて作るなら白でしょうが、汚れが目立つしやだなぁ…
ローカルと相談の上、黒いものを作る事にしました。ヘルメット・メーカーに発注すると、
・黒:炭鉱労働者
だけど良いの?との意見が。この先、中国において、
・黒:炭鉱労働者または設計者
となるように、PRに努めて行きたいと思います。
1ヶ月ほど前、日本人の建築関係者たちと共に、初めて万里の長城(八達嶺)へ行きました。北京にやってきた同業者の方が必ず押える長城コミューンツアーに同行した形。
徒歩で登るのは大変ツラい(らしい)のですが、僕のような体力不足の人やモノグサな人たちの為に、ロープウェイ等の乗り物がちゃんと用意されています。一番面白いと噂のゴーカート(みたいな奴)に乗ることになりました。
そして、奴に再会することになったのです。
そう、

世界で(著作権的に)最も危険な男…
もとい、最も危険なオス…
○ツキーに!
王府井から居なくなったと思ったらこんな所に…
なんと、兄弟分の青バージョンも居ました。

何かが根本的に間違っているような気がするキャラクターですが…
○ツキーの背中に乗せられ、長城の上部へと向かいます。行きは、ケーブルカーのようにチェーンに引っ張られてトコトコと登っていきます。
この日は、休日だったこともあって、かなりの人出でした。万里の長城の凄さも十分凄いですが、その上にビッシリと乗っかっている観光客の多さに驚きました。

世界的に稀に見る、広がりの無い、リニアーな観光地。一次元的ツーリズム。これには、友達や家族が自分より前に居るか/後ろに居るかさえ把握していれば、ハグれる事はないという長所があります。短所は、どんなに頑張って遠くまで行っても、結局同じ地点まで同じ場所を通って戻ってこなきゃいけないって所ですね。
帰りは、車両同士を連結し、ジェットコースターのように下って行きます。
久しぶりに童心に返りました。
OMAの白井氏に「サイトの横に、よく見える場所があるよ」と連れて行ってもらった時の写真。
現場見学をさせてもらおうと、様々なルートからお願いしているものの、まだ実を結んでいない北京オリンピックのメイン・スタジアム―別名「鳥の巣」。来月初旬に、漸く行けそうな気配になってきた最近、報道陣に公開され、日本の新聞にも載ってしまいましたね。先手を取れず残念。
去年、この「鳥の巣」の鉄骨工場を見学させてもらった時に、とてつもなく分厚い鉄板を切断し、曲げ、溶接して貼り合わせて製作しているのを見て、ぶったまげました。技術的に凄いというものではないし、日本でもやってやれない事はない。でも日本人のメンタリティとしては、絶対にやらない…そんな力技の建築です。
構造形式としてはむしろ稚拙であり、ムダが多すぎる、という批判もあります。この建物が完成した折には、大きな議論が巻き起こる事でしょう。ただ、実際にサイトの横に立った時に感じる迫力は、「ムダ」の一言では排除できない何かがあります。あえて言えば、ピラミッドや万里の長城に通じるような、歴史に残りそうな「ムダ」感です。
以前紹介した井波律子著:「酒池肉林」を思い出しました。やはり、蕩尽は、中国人のメンタリティの奥深くにしまいこまれた重要な要素なのではないか。建築家のヘルツォーグ・アンド・ムロンは、オリンピックという国家レベルの機会を利用して、そこをうまくツツいたのではないか。そして、その蕩尽の果てに何も無い、ということは無いだろう。上海のリニアモーターカーや、有人宇宙飛行の例と同じく、中国人たちにとって、得るものは必ずあるだろう…僕はそう考えています。
いずれにせよ、これだけの鉄骨に取り囲まれるというのは、人類初の体験となるでしょう。完成が楽しみです。
高解像度版の写真はflickr!の方にありますので興味ある方は。

北京に、東大の大学院生、数人で興したUAAという設計事務所があります。トップの劉氏、鄭氏の努力の甲斐もあり、今や所員50名、建外SOHOの1フロアを占める大事務所へと急成長。チャイナ・スピードを体現しています。
大学院生が主宰しているということもあり、都市・建築研究にも力を入れていて、この夏、東京から学生さんを招いてワークショップを行っているとの事。これは、大変面白いし、意義ある試みだと思います。設計事務所として懐の深さを感じさせるというか。
一週間前、現場案内という形で、ちょっとだけ協力させて頂きました。「簡単なレクチャーを」という事だったのですが、僕の場合は、他のレクチャラーの皆さんとは違って、一担当者に過ぎないし…学生さんは技術的な話には興味ないだろうし…という事で、キャンパスでコーヒーを飲みながら雑談してお茶を濁しました。すまん。
僕が、北京で仕事しながら考えたことを、断片的ながら、好き勝手に喋らせてもらいました。参加者の皆さんでブログに纏めてくれていますが、苦心のアトが窺えます。そりゃそうだ、僕の中でもまとまってないんだもの。重ね重ねすまん。
学生の皆さんと話してみて思ったのは、「今の学生はみんな優秀でマジメだなぁ」という年寄りみたいな事。日本の未来は明るいですね。ただ、いくら優秀な学生でも、中国という大きな現象を、僅か1ヶ月の期間でマジメに正面突破するのはどだいムリだとも思います。事務所トップの劉さんは、中国人として、真摯に中国の都市や建築を捉えていらっしゃいますが、我々のバックグラウンドはやはり日本であって、悲しいことに、所詮は第三者として、所詮は他者の視線で、中国を眺めるしかない。自分のバックグラウンドというツールを用いる以外にない。
我々外国人(ワイグオレン)が、中国を眺める視線は、大体次の3つに絞られるでしょう。非常に乱暴な話だけれど、殆んどのワイグオレンはこの程度の見方ぐらいしかしてないと思います。
・でかい(規模が/スケールが)
・早い(決定が/建設が/計画が/スピードが)
・安い(レートが/建設費が/設計料が(とほほ))
そして、これを統御するものとして、政府や、中国人のメンタリティがある。
…「美味い・早い・安い」牛丼。そしてそれを提供する吉野家…という図式と一緒です。吉野家は多少軽蔑されるけれど、万人受けもする。外人だからこそできる乱暴な見方とも言える。ただそれだけでは面白くないので、この「吉野家的ビジョン」からもう一歩踏み込めれば/ちょっとでもその欺瞞を暴ければ、十分すぎる位だと思います。
変な喩えをして却って難しくしちゃったか。
OMAの白井氏から「東福が言った事を真に受けちゃってるよ、可哀想に」と聞きました(お互い様だと思いますがね…)。まあ、僕の雑談は気にせず、各自が興味を持ったものを掘り下げて、夏の思い出を作ってください!

言うまでもなく、建物は、扉やら窓やら便器やら、沢山の部品から出来ています。日本では、設計者にこれらのメーカーの決定権がある場合が多いですが、中国の場合は施主による分離発注方式を採るので、最終的な決定権は施主にあります(もちろんこれがリベートやキックバックの温床になっています)。設計者はリコメンドするくらいしか出来ません。
通常は、施主が勝手に決めちゃうケースが多いようなのですが、今回の施主は設計作業に対して非常に理解がある人たちで、意見を聞くために、重要なメーカー見学には同行させてくれます。もう2年近く前になりますが、エレベーターを見学するためにS市に行きました。目的のエレベーターは日本には無いタイプで、「是非実物を見て、良ければ使いたい」と施主に検討をお願いしたのです。(同業者向きのテクニカルな話は文末参照)
見学の前日、メーカーに「明日見学する建物はどんな建物ですか?」と尋ねると、メーカーの北京支社長から、
「現在建設中の、S市最大の売春施設です」
と耳を疑うような返事がサラッと返ってきました。「施主は、最有力のマフィアのボスです」とも。折角中国に居るわけだし、中国のアンダーグラウンドな世界もちょっとは見てみたいとは思っていましたが、こんなに唐突に行くことになるとは思ってもみませんでした。
次の日訪れた建物は、キンキラキンのキッチュ建築でした。キンキラキンのワニや蛇が頂部でのた打ち回っています。エジプシアン・リバイバルとでも呼ぶのでしょうか、ラスベガスにあるホテル・ルクソール的なデザイン。きっと、ボスがラスベガスに遊びに行った時に「こんなの欲しい」とでも言ったんでしょう。
現場への出入りは、中国には珍しくタグで管理されていました。警備員は、「エレベーター以外は絶対に写真を撮ったりしないように」と、ますます怖くなるようなことを言います。
内装もキンキラキンで、あちらこちらにエジプト調の装飾が施されていました。こういった施設がどのようなプランになっているのか?プロとしての知的好奇心(あくまでも)が湧き出してきますが、現場のあちこちで怖い人たちが目を光らせている状況下では、エレベーターから離れる事すらできませんでした。ええ、へタレですとも。
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