December 25, 2006
渡邊洋治とその作品
昭和を駆け抜けた鬼才、渡邊洋治。
2月中旬に、早稲田大学建築学科のOB組織、稲門建築会主催で展示会およびシンポジウムが開催されます。渡邊洋治縁の建築家達が参加するシンポジウムは2月6日、18:30~、早稲田大学理工学部にて。私も、在京の折には是非行きたいと思っております。詳細は、上のポスターを参照ください。
このページのお陰で、私も少しだけ企画のお役に立てたようです。
投稿者 tofuku : 05:34 PM | コメント (6)
July 13, 2006
軍艦ビルと軍艦マンション
ダヴィンチ、「軍艦ビル」1430億円で購入
不動産ファンド運営のダヴィンチ・アドバイザーズは通称「軍艦ビル」と呼ばれる旧秀和の芝パークビル(東京・港)を取得した。米モルガン・スタンレー系の不動産ファンドから1430億円で購入し、単独物件では国内最大級の不動産取引となる。日本の不動産市場にファンドを通じて大量の資金が流入していることを象徴する動きといえそうだ。
取得したのは旧秀和が1982年に建設した地上14階建て(延べ床面積約10万3000平方メートル)の大型ビルで、建物の幅が140メートル(奥行きは50メートル)と長いため、軍艦ビルと呼ばれることが多い。最近までダイエーが東京本部を置き、現在は企業年金連合会や日本NCRなどが入居する。モルガンが運用する不動産ファンドが私的整理を受けた秀和の再建スポンサーとなり、同ビルを所有していた。 (16:00)
最近、知人の方から「軍艦マンション、外資に売却されたらしいですねぇ」という話を聞きました。えっホント?そんな話聞いた事ないけど?と調べてみたところ、西新宿の第2スカイビル:通称「軍艦マンション」ではなく、浜松町の芝パークビル:通称「軍艦ビル」だということが分かりました。ダイエー本部があった巨大ビル。
話を聞いた時は、なんちゅう酔狂な外資だよ、と驚かされました…
投稿者 tofuku : 07:56 PM | コメント (3)
August 26, 2005
渡邊洋治#4
さて、「渡邊洋治オフィスツアー」、建物の中へ入ります。

撮影:ホフマン
入口ドアには鉄板がリベット留めされています。非常に小さく、一瞬どこがメインの入口なのか戸惑いますが、凝った意匠で存在感を主張させ、判別できるようにしています。この建物、全体的に開口部は小さく抑えられています。

撮影:ホフマン
愛らしいデザインの金物は、新橋の老舗、堀商店によるものだとか。

入るといきなり狭い階段室に入ります。丸鋼を溶接した手摺(?)のディテールは軍艦マンションとほぼ同じ。左下に見えるのは渡邊作品に付き物のダスト・シュート。

渡邊氏自らのための居住空間。一つ一つの部屋は小さめですが、単身者にはコージーな空間なのでは。写真は仏間(として使われたと思われる部屋)で、作り付けの棚の中には、晩年の渡邊が偏愛した龍の置物などが並びます。仏壇、和箪笥など、什器類は日本そのもの(というより「昭和」そのもの)で、外観とのギャップが逆に新鮮な印象。中央に見えるのはテラスへのドア。高さは1.2m程度しかありません。その上の部分は、空調機を取り付けるための開口。

渡邊氏自身の執務室および応接室。奥には木製サッシによる大きな開口があり、その外側のバルコニーにはシャッターが設置され、完全に閉じる事が出来るようになっています。

模型類。左がパリのポンピドゥー・センターのコンペ案、右下がパリの新オペラ座のコンペ案。

模型類。こちらは実現したものが中心で、現存しているものも幾つかあります。

撮影:竹森
もちろん軍艦マンション(第3スカイビル)もあります。今の模型と比べると、とても精度がいいとは言えないものですが、その一方で、まみれた手垢の力強さを感じます。

飾られていた写真。どちらもこの部屋で撮影されたものです。左の写真はル・コルビュジェの弟子であり、渡邊の師である吉坂隆正(右)とのツーショット写真。日本的かつ土着的な(誤解を恐れずに言えば「ドロ臭い」)作風にも一脈通じるものがある二人。この強力な「血筋」、さらに渡邊自身がコルビュジェに対して色々な発言(ex.「コルビュジェは超えた!」etc.)を行っている事もあって、渡邊作品とル・コルビュジェとの類似性を指摘する評論もありますが、近現代の建築家でコルビュジェの影響を受けていない人なんて居ません。影響を語るならばむしろ、吉坂という「異端の」コルビュジェ弟子を通して、渡邊がどのように独自の建築表現に到達したか、の方に興味がありますね。

製図室。現在製図版の上には残された図面・ドキュメント類が保管され、カバーされています。

ドローイングの原図も見せて頂けました。写真は、香港ピークのコンペ案のもの。テカっているのは製図ペンとマジックのインキが光を反射しているからです。「渡邊事務所の事務所の黒っぽい図面は、黒い紙に白い線を描いているのではなく、白い線を残してインクで塗りつぶして描いている」という事は、当時学生達の間でレジェンドと化していたそうです。インクの重みで紙が重くなったとか…

撮影:竹森
現場用ヘルメット。渡邊家の家紋入りです。

年季の入ったT定規たち。最近は、めったに使わなくなりました…
投稿者 tofuku : 11:01 AM | コメント (5)
August 25, 2005
渡邊洋治#3
アクセス解析によると、「軍艦マンション」のキーワードでやって来る方がかなり多いようなので、「渡邊洋治/軍艦マンション」のカテゴリを作りました。

先週末行った「渡邊洋治オフィスツアー」。ちょっと時間を遡ります…佐藤さんが「久しぶりに軍艦マンションに上ってみたい」とおっしゃるので、待ち合わせ場所は、マンションの屋上になりました。住人でもあるホフマン真帆子の了解を得て、屋上に上がり、待ち時間を利用して初めてのCubic VR撮影。
私有財産なので当たり前の事ですが、軍艦マンションの部外者の立ち入りは禁止されています。(勝手にズイズイ入っちゃダメ!不法侵入ですよ!)というわけで、VRにてどうぞお楽しみ下さい。
うーん、出来はマダマダですね。撮影をもっと慎重にやらないと後でとっても苦労する、という事が分かりました。
普通のビルの屋上は、電気や空調などの機械類でひしめいています。また、それらのメンテナンス以外には人も来ることも無いので、オザナリに設計されているケースが殆んど。軍艦マンションの場合は、壁の開口部(銃眼?)の周囲のディテール、給水タンクを横倒しにして吊り下げ、艦橋のモチーフの一部として利用するなど、一切手を抜いていない事が分かります。
投稿者 tofuku : 12:21 AM | コメント (0) | トラックバック
August 22, 2005
渡邊洋治#2
先日のニッキで報告しましたとおり、建築家:渡邊洋治氏(以下敬称略)の甥御さんにあたる佐藤さんの案内で、東京某所に渡邊の生前の状態まま保存されているオフィスを見学してきました。映画「マルサの女」にも登場した個性溢れるビルです。

日曜日で静まり返るオフィス街に鈍い光を放つ銀色の異物体。これが、渡邊洋治の住宅兼オフィスです。敷地面積はわずか11坪で、地下1階、地上5階の細長い建物。今でこそ付近はビル・マンションが立ち並んでいますが、これが建った当時は周りは平屋住宅ばかりだったそうで、その頃のインパクトが偲ばれます。「都心に住む」「狭小住宅」「職住近接」「SOHO」といった現代住宅の主要テーマを、60年代に一挙にやってしまっているんですね。
地下は倉庫、1階は駐車場、2・3階は渡邊の住居、4・5階は設計事務所として使われていました。現在、地下と1階は倉庫として貸し出しているそうですが、2階より上はほぼ生前のままの状態で、図面類・模型類が保管されています。一生独身を貫いた渡邊亡き後は、佐藤さん御一家で清掃・管理されて来たとの事。死後22年も経つのにも関わらず、部屋の内装や図面類のコンディションが良いのには驚かされました(もちろん経年変化はしていますが)。
向かって左側が階段室となっていて、道路の隅切り(敷地の角がナナメに面取りしてある部分)に向かって各階、可愛らしいバルコニーが張り出しています。2階のバルコニーの手摺には小さな小窓が開けられ、施主の住職からプレゼントされたという仏像が顔を覗かせ、3階の手摺には渡邊家の家紋がコンクリートに打ち込まれています。渡邊らしい茶目っ気のあるアイディアです。

渡邊洋治のデザインは、「龍」や「軍艦」などの特異なデザインモチーフ、素材としての鉄への興味/銀色のペイント、建築の工業化への興味、荒々しくも表現主義的な細部の造形…などなどが際立って突出しており、それに目を奪われがちですが、作品を冷静に見つめなおしてみると、設計手法としては非常に合理主義的/モダニズム的です。頭の中で、上の写真から荒々しいコンクリートのテクスチュアや家紋を取り去り、壁を真っ白に塗ったところを想像してみてください。プロポーションの美しい、モダン建築そのものが浮かび上がってきます。
小さいながらも渡邊洋治のモダニストとしての一面を良くあらわしている佳作だと思います。次回は内部、そして渡邊ファンにはたまらないお宝の数々を紹介します。
投稿者 tofuku : 01:30 AM | コメント (2) | トラックバック
August 04, 2005
「探偵ファイル」に
「探偵ファイル」に、軍艦マンションの記事がアップされていました。
今でこそ周囲に高いビルも立ち並び、あまり目立たないですけれど、下を歩いていてふとビルの隙間から覗く姿は、やはりインパクトがあります。
中国でエンターテイメント情報に飢えている僕としては「探偵ファイル」は貴重な情報源です。
投稿者 tofuku : 06:59 PM | コメント (0) | トラックバック
August 03, 2005
渡邊洋治

絵画や彫刻などのファイン・アートとは違って、建築には作家に内在する世界を存分に表現した作品、というのは少なめです。クライアントの金を使って建てるわけですし、技術的な側面も強いし。建築を一つの表現活動としてみると、かなり制約が多いと言えると思います。まあ、絵の世界でも、作家達はパトロンの要望を受け入れながら自分の表現を試みていたわけですから、全く自由、というわけではなかったでしょうから、あくまで程度の問題ですけれど。
過去に数回紹介しましたが、主に70年代初頭に活躍した渡邊洋治(Wikipedia)という建築家が居ます。彼は、日本における数少ない「情念の」建築家の一人と呼んでいいでしょう。かくいう僕も、彼の代表作「第3スカイビル(別名:軍艦マンション、鉄のマンション)」を実際に訪れて見るまでは、メタボリズム運動のさなかに現れた単なるキワモノという認識で居ました。ところが実際にオリジナルを見てビックリ。全体的な構成からディテールに至るまで、凄まじいエネルギーが込められていました。「なんとなく、モダンでオシャレ」な作風の建築が雑誌を賑わせている今、彼の内から湧き出た創造物は少々奇異に見えるかもしれませんが、同時に、我々に創造とは何かを考えさせます。
なぜ突然、この話を始めたかというと、過去のログを見た渡邊氏の甥の方からメールを頂いたのです。実はこの方、私が以前勤めていた会社の方でして、一度お会いしたこともありました(もちろんその時は渡邊氏の話は出ず)。渡邊氏が遺したドローイング類を今でも保管してらっしゃるそうで、近く機会を見つけて「軍艦マンションに住むために日本に来た」と言って憚らないホフマン真帆子氏等と一緒に見せてもらおうと思っています。
一度、渡邊氏の作品集で彼のドローイングを見たことがありますが…またこれが凄いんです。ルドルフ・シュタイナーの黒板画にも通じるような、ある種のオカルティズムすら感じる情念的な世界(そういえば、ホフマン氏はシュタイナー学校出身だったな…そこらへんも共鳴する理由でしょうか)。なんでも、マジックインキでグリグリと書かれた物だそうです。それをナマで見るまたとない機会。楽しみにしています。
投稿者 tofuku : 12:30 AM
April 28, 2003
「日本版」の魅力
ああ、他にもありました。すっげぇプライベートな事なんですけど…
・友達&自分の誕生日パーティ@ぼんさい屋
・軍艦住人(メラニー&マホコ)誕生日パーティ@軍艦マンション
その、軍艦マンションでのパーティーで残した機材を取りに、昨日軍艦に行ってきました。とはいえ車が壊れちゃってるので、レコード一枚だけ持って帰ってきただけなんだけどね。
日曜日の夜、住人のマホコ(フロム・ドイツ)と一緒に親子丼(ペアレンツ・アンド・チルドレン・ボウルと呼ぶ)を作ってテラスで食べつつ、日本文化について語らっておりました。彼女は、イギリスの「アーキテクチュラル・ワールド」誌に日本の建築デザインの記事を寄せたりと、日本のデザイン・シーンをヨーロッパに紹介する活動をしています。
ドイツ在住時代から日本建築界の鬼才・渡邊洋治の大ファンで、その代表作である「軍艦マンション(正式名は「ニュースカイビル:鉄のマンション)に住みたい!」と不動産屋に乗りこんだという逸話の持ち主。(そこらへんの経緯は雑誌「10+1」(TOTO出版)に彼女自身によるエッセイが載っていますので御参照)まあとにかく生粋の70年代日本マニアな訳です。
日本のデザイン・・・建築でも、グラフィックでも、アートでも当てはまると思うのですが、東京オリンピックや大阪万博のあたりにピークを迎えます。それ以降、段々とスローダウンしていってしまう。それは何故か?正確なことは分からないけれど、社会的にイケイケドンドン状態の熱狂的な時期が終わってしまった事、それに加えて才能有る若者がデザイン以外の分野…マンガ/アニメ/ゲーム等のジャパニーズ・サブカルチュアの世界、まあこれも広義のデザインではあるのだけれど…に行ってしまった事があるんだろうな、と思っています。
つづく