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茶室研究

堀口捨巳という建築家/研究者が書いた「茶室研究」という本がある。学生の頃、大学の図書館で見つけ、よーし読んでやるぜと開いた所、旧仮名漢字。送り仮名は全部カタカナでいきなり挫折した思い出がある。

建築家は、ある程度年をとると、茶会に出没したりして、お金持ちの人脈作りに励むんだよ、とどこかで聞いた事がある。茶会に着て行く服すらない僕にとっては、そういった所に出入りするようになるのは夢のまた夢だけれど、日本建築の様式美の極致!と言われては、そりゃ興味もわく。

最近、ある仕事で、施主と打ち合わせを重ねるうちに、その施設の一部屋を「茶室に見立てる」事になった。見立てるだけで、実際の用途は違うので、そこで茶会が開かれる可能性はほぼないけれど、「無理すればできないことはない」程度にはしたいと思った。建築家が設計した現代的な茶室は数あるけれど、茶人たちには概ね評判が悪いらしい。そこに新たなタイポロジーを加える事になるのは避けられないだろうが、せめて、茶道を知る人に鼻で笑われないようにはしたい。そこで、茶室、茶道、茶道具に関する本を幾つか買い込んで目を通した。

茶室は日本の建築美の神髄、なんて思われている節があるが、大陸文化の影響を抜きには語れない。日本文化の本を読みながら、結局は中国に戻ってきてしまうという経験は、これで何度目だろうか。千利休の天才によって、単なる「大陸への憧れ」の発露だったものが、「日本文化の神髄」へと転換していった。そんな歴史が垣間見える。


“しくみ”で解く茶室 (チルチンびと建築叢書)

茶室設計の入門書。ちょっと専門家向きだが、読みやすい。怪しげな本が沢山ある茶室の本の中では、一番まともに感じた。本屋に一緒に行った人は、たまたまこの本を読んでらして、「面白い本ではないですよ」と言っていたけれど…


茶室の解明―平面データ集成

1159件の茶室を分析して統計化、そのうち500件は平面図を載せているという凄い本。ライフワークの集大成。茶室の設計は、決まり事が多いようでいて、一方でルーズなところもある。設計者としてはどこまで自由にやって良いかが分かりにくい。本来は、主の「粋」を表現する建物だったのだから、自由であってしかるべきだが、自分がやろうとしているプランが、どのくらいセオリーから外れているかを推し量ることができる。


…ところで、その「茶室に見立てる」部屋の件。色々本を読んで設計を始め、模型を作ってみたら、そのまんま茶室になってしまった。うむー。だから茶室じゃないんだってば!と自分に言い聞かせながら、他の方法を模索している。

世界へ

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入口はディズニーランド風。色んな建築様式のミクスチャー。

ひょんな事から、北京の「世界公園」ツアーに誘われて行ってきた。ジャ・ジャンクー監督の映画「世界」の舞台になったテーマパークだ。この公園で働く若者達の青春を、淡々と、しかし情味あふれる映像で描く映画で、この公園も機会を見つけて行ってみたいなぁ、と思っていた。

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映画にも出てくる桂離宮。劣化コピーだが、1分の1。あやしげなキモノで撮影することもできる。そこそこ人気もあって。日本は、公園の中でも扱いが大きい。

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白く見えるのはタージマハール。

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アンコールワットの前で記念撮影する観光客。

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同行した人が、遊びにくる、っていうよりは写真を撮りに来てる、って感じだよね、といっていたが、まさにそのとおりで、全員が全員、そこら中で写真を撮りまくっている。何度か書いているが、中国の人達は写真が本当に好きだ。昔の日本人も、海外では首からカメラをぶら下げた姿で、風刺画に登場していたのを思い出す。

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オセアニア。イースター島とシドニーオペラハウスが並んでいる。モアイ達は少々角張った顔をしている気が。スケールをもうちょっと揃えて欲しいよなぁ。

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万里の長城。ホンモノが近くにあるだけに、再現度は高い。ていうか、車で2時間程度で行けるのに、ここにコピーする必要があるのかな。あるんだろうなぁ。

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結婚記念写真を撮るカップルが3−4組居た。レフ板、メイクさん、カメラマンを引き連れて、かなり本格的。写真はフォトショップなどで加工され、製本される。これは台湾発のカルチャーらしい。中国の若者の話を聞いていると、婚前に行われる写真の撮影旅行の方が、新婚旅行よりも重視されているようだ。

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このカップルは親戚も引き連れていた。お嫁さんは、顔を見る限り、たぶん新疆ウイグルとかそっちの方の人で、チープなイミテーションの世界で撮るのが勿体ないくらいの美女だった。あの旦那はないよねぇ、お金持ちなのかねぇ、とか見る方は好き勝手言っていた。

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お約束。松原弘典さんの「北京論」によると、映画の中のエッフェル塔のシーンは深圳の「世界の窓」で撮られているらしい。向うはエレベーター付きの立派なものだが、こちらは梯子や急な階段で登って行く、少々しょぼいもの。上に登るのに別途15元が必要。200円以上ですよ。上の眺望なんてたかが知れている。日本の金銭感覚からいっても高い。

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マンハッタンは、一応島になっていた。ウォルドーフ・アストリア、ロックフェラー・センター、クライスラー・ビル、エンパイア・ステート・ビルに加え、ワールドトレードセンターもある。ガラス部分は真っ青に塗られている。WTCって白いイメージがあるんだけど…まあ、実物を見た事無い人が作っているものだから仕方がない。

映画「世界」のファンの人は、行ってみると良いと思う。あの映画の中の若者達が抱えている、閉塞感とか、せつなさとかは、このチープなイミテーションの世界でしか表現できない。昔の日本にも、こんなのあったよなぁ、と、感慨にふけったり、このユルい世界にツッコミを入れつつ楽しむのもあるかもしれない。でも、入場料65元は少々高いかなぁ。

映画と言えば、最近、「スラムドッグ$ミリオネア」を観た。少々長めだが、良い時間を過ごしたなぁ、と思える映画。おすすめです。

世界 [DVD]

北京論―10の都市文化案内

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エスクァイアのロゴってカッコいい。日本語版はもうすぐ休刊。表紙を飾る事を夢想する事すら不可能になってしまいました。

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数少ないリクエストにお応えして、自分のポートレイトのものも。苦笑。

尾方さんのブログで知った、Photofuniaで作りました。(尾方さん、最近は、中国からアクセスできるみたいです!かわりにYoutubeが見れなくなりましたが…)

うれしはずかし

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とは、こういう事をいうのかな。

事務所に行くと、郵便物が幾つか届いていた。僕の場合、郵便物というやつは請求書だとか広告チラシとか、もらっても嬉しくないモノがほとんどなんだけれども、その中に中国の雑誌社からの大きめの封筒が混じっていた。ああ、掲載誌ね、どんな誌面なのかな、と封筒を開けたら、見覚えのある写真が目に飛び込んできた。うわ、表紙になってるよ。全然聞いてなかったのでビックリした。

だってこれ、コア専門誌でしょ、月刊「将棋世界」とか、月刊「蛋白質核酸酵素」みたいなもんでしょ、月刊「住職」とか「マンスリー床」みたいなもんじゃない!しかも中国だしさ!とか思いながらも、やっぱり嬉しい自分が居た。

誌面にはインタビューと顔写真もある。これらは、僕にとって非常に恥ずかしい内容に仕上がっている。もちろん、記者の女性は、僕をもり立てようとやってくれたんだろうけれど、奥ゆかしい日本人としてはなんとも言い難い…とか思いながら、やっぱり嬉しかったりして!!

建設中の現場の仮囲いに、設計者の顔写真付きの広告がデカデカと貼られるなんていう例もあるくらい、中国の人は顔写真が好きだ。雑誌にちょっとしたコメントを寄せる際にも、ポートレイトは欠かせない。それは知っていたが、こんなにデカデカと載ってしまうとは…中国ってコワい。もし、撮影中にふざけて撮った「小悪魔ageha」ポーズの写真が使われていたら、と思うとゾッとする。

何度か会った事のあるインタビューアー、また録音無しと言うことで、調子に乗って喋りすぎた。「へぇ、休日は何をしてるの?」「オタクだからなぁ。最近はスピーカーを作ってるよ、スピーカーって、箱が重要なんだよ、というのはさあ…(中略)…というわけで案外空間的で面白いんだよ、わっはっは」なんて会話が記事になっちゃうなんて…他に仕事のアピールをたくさんしたのに…

久しぶりに子供のようにはしゃいでしまった。仕事の関係者や、写真を撮ってくれたジュディにも連絡を入れたところ、みんな嬉しそうだった。この数日間、なんとなく凹み気味だったが、良い週末を迎えられそうだ。

雑誌掲載についての詳しい情報はこちら。東京にも置いておくので事務所にお越しの際は笑ってやって下さい。

写真は、Mizuma & One Galleryで開催中の「天欲」展の様子。今週末までだそうです。

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んだそうです。レッド・カーペットの上では。

とある中国の業界誌の編集の人から、創刊5周年記念の特別号のポートレート撮影があるからと誘われた。なんでも、「この5年間に中国○○業界の発展に貢献した○○人!」という記事なんだそうだ。僕は、その業界の製品には、どちらかと言えばお世話になっている方だけれども、発展に寄与したというほどでもない。きっと、誌面上、ちょっとはガイジンが居ないとカッコつかないのかな、と思った。「うむー、一人くらいガイジンが居た方が良いわね、彼、顔はまんま中国人なのが残念だけど、来そうだから呼んでおこうかしら」おおかたそんな所だろう。

断るべきか逡巡したが、そういえば、キチンとポートレイトを撮影した事がない事を思い出した。彼女には大変お世話になっているし、「プロのメーキャップで、プロのカメラマンが撮るのよ!後でデータをあげるわよ!全部タダなのよ!」と強く薦められた事もあり、一生に一度くらいはフラッシュを浴びるのも悪くないかなと、OKした。

スーツ、カジュアル、夏物、3種類くらいを持ってきてね!という事で、仕事の合間を縫って、服をカバンに詰め込んで出かけた。着いて、メーキャップ。何をやっているかはよく分からないが、このデカく、平たい顔に立体感を出すのは並大抵の事ではないだろうな、なんて考えながら目をつぶる。

続いて撮影。撮られるのに慣れてないせいか、カメラマンやスタッフからバンバン指示が飛ぶ。背筋を伸ばして!(僕は姿勢が悪い)、ネクタイ直して!、顔が傾いてる!、もっと笑って!、笑い過ぎ!、目をもっと大きく開けて!(僕は目が小さい)…

だいたい、笑う時って目を細めるもんじゃないの?目を開けながら微笑むのって難しい。頑張って顔を作ると、「笑顔が自然でない!」と怒られるし。カメラの前で顔を作り続けるセレブって本当に凄いと思った。途中で何度もメゲそうになりながら、なんとか終了。ついでにと、普通号の方に掲載予定の物件に関するインタビューを受け、急ぎ足で進行中の工事現場へ向かった。

中国人、特に女性は、カメラに向かってポーズを取る事が得意だ。次に撮影を受けていた女性(同業者らしい)も、もともと美人なのもあるけれど、メーク、服装、表情、ポーズ、全てがキマッていた。すごーい!キュート!とカメラを向けると、僕にも視線を送ってくれた。堂々としたものだ。

でも、撮った写真はブレブレでした。ごめんなさい。そして、こんなのが同じ誌面に載ってごめんなさい。

オノボリさん

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1月31日、もう1月も終わりか。
昨日、中国の施主から、奥様へのプレゼント用の化粧品を頼まれていたのを思い出した。「35歳、乾燥肌、資生堂、予算は2000元程度」とのシンプルな要望。お世話になっている方なので、しらばっくれる訳にも行かない。友人にお願いして、銀座三越の化粧品コーナーに付き添ってもらう。凄い混雑で、不景気が嘘のよう。ただ、あちらこちらから中国語が聞こえる…ワイワイ叫んでいる意味がわかるのは、嬉しくもあるが、なんだか複雑な心境である。店員の人は勝手知ったる感じで、色々見繕ってくれた。買い物はあっけないほど簡単に終了。

買い物をしている時に、施主から、資生堂ギャラリーの展示を見るように言われていた事を思い出し、資生堂パーラー地下の「シセイドウ・アートエッグ/宮永愛子展」へ。ナフタリンで象られた様々な物が、プラスチックに封じ込められながらも少しずつ、文字通り「昇華」していく、というインスタレーション。明日まで。現代の時代感覚を色濃く反映している。このところの世界の激変に伴って、この感覚もシフトしていってしまうのかもしれないのだけれども。ひょっとしたら、その感覚のはかなさすらも表現されているのかもしれないのだけれども。

前から行ってみたかった2階の喫茶店へ。美味しいケーキを食べるのは久しぶり。内装も頑張っている。けれど、もうちょっと予算的に頑張って、ちょっとしたホテルの喫茶店に行った方が優雅な時間が過ごせるかもなぁ、と感じた。その後、暫く見ない間に様変わりした銀座/有楽町/八重洲界隈をうろつく。H&Mとか、スウォッチ、ティファニーなど。たぶん、まだ、中国にはない直営店に立ち寄って観察する。

もう一つ、前から行ってみたかった銀座ライオンの7丁目店へ。今年で開店75年だそうだ。設計は大正〜昭和初期に活躍した建築家、菅原栄蔵。その作風は「ライト風」と言われる事が多かったという。確かに、ライト的なモチーフは随所に見られるが、全体としてはライトのような繊細さは希薄な、力強い造形。職人の手垢を残すタイリングは、ドイツ中世のギルドの仕事を見るかのようだ。ドイツ表現主義か。建築史専門の方からは怒られそうだけれど、ドイツ・ゴシック・リバイバル風表現主義とでも言えばいいんだろうか。ビールと言えばドイツ、そのドイツ風のデザインに向けた努力が伺える。料理はシンプルで、ビヤホールだしこんなもんだろうな、という感じだが、なんと言っても、今では到底施工不可能な内装が醸し出す雰囲気が抜群にいい。ビールの味も、こんなに日本のビールって美味しかったっけ、と思うほど素晴らしかった。温度と入れ方でこんなに変わるもんなんだねぇ。

完全にオノボリさんな夕方。まあ、実際北京から来たオノボリさんなんだから仕方がない。銀座自体もオノボリさん向けの街になっている。地方やアジアからの観光客の比率は相当なもんだろう。経済のグローバル化は、特徴ある街を無個性にしていく、というような批判があったが、むしろ逆かもしれない。テーマパーク化し、オノボリさんを吸引していく、という方が正しいのではないか。それぞれに特徴があり、海外や地方からのアクセスが比較的良い東京東部の繁華街ではそれが著しい。秋葉原なんて、観光客ばっかりなんでしょう?最近行ってないけどさ。


偽装するニッポン―公共施設のディズニーランダゼイション

ちょっと古い本だけれど、この本では、竹下内閣下の「ふるさと創生」をきっかけに、地方自治体がディズニーランド化してしまったと説く。もちろん、上で書いているニュアンスとは少々異なるが、地方も、都心の繁華街もテーマパーク化しているとしたら、日本全体がテーマパークになっちゃってるということになる。観光資源とは一体何か、というのをもう一度考える時期に来ているのかもしれない。


趣都の誕生―萌える都市アキハバラ (幻冬舎文庫)

秋葉原といえばこんな本も。増補しているとは知りませんでした。

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壁画モザイク。カウンターの両端にライトの旧帝国ホテルのものに似た噴水がある。

2月危機説、どうなるか

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1月30日
朝、午後の打ち合わせの準備、図面と書類をPDFで送り、事前に目を通しておいてもらう。こういう時に便利だよなぁ、今話題のインターネットって奴は。午後1時半から目黒近辺で打ち合わせ、午後3時から新宿近辺へ移動して打ち合わせ、夜7時からはその近くのドトールで打ち合わせ。その後、施主と食事して帰宅。途中、森美術館の展覧会に立ち寄ろうと思うが、下から見上げたら展望室の辺りがガスっており、日を改める事にする。やっぱ、東京シティビュー見たいじゃない?一人でもさ。
代わりにツタヤに行ってプロジェクトのための資料購入。コーヒーを啜りながら帰ってからも、アマゾンで資料を探す。

ニュースでは、識者が「中国2月危機説」を唱えていた。2月2日に春節休みが終わり、人々が大挙して大都市に戻ることになるが、仕事が無い。行き場を失った非正規労働者や、内定の貰えていない学生達が暴動を起こし、一挙に社会不安になるという説だ。さて、どうなるか。僕は、そんなありきたりのストーリー通りにはならないと思うな。

最近読んだ石川好「中国という難問」では、今、巷に出回っている殆どの中国崩壊論は外れるだろう、それほど中国は大きく、広く、深く、多い…虫の目と鳥の目を同時にもたなならん、というような事が書いてある。多少なりとも中国を知る者は、この話に概ね同意するのではないか。僕自身、プロジェクト毎に色々と予測を織り込みながら仕事をしている訳だけれども、その予測が当たったためしがない。皮肉な事に、そんな予測と格闘する姿が、中国人の施主を感心させる事になり、結果仕事をもらう、というケースが多い。

新建築の12月号では、構造家の川口衛氏が、北京の「鳥の巣」の構造の不合理性を説き、エネルギーの蕩尽を憂いていた。エンジニアの立場からの、敬意を払うべき意見ではあるが、その次の号の林昌二氏の「月評」が面白かった。いやいや、有事に備えて、ああいう形で鉄鋼を備蓄しているのかもしれないよ、隣国の大人の考える事は、小国の日本人からは想像つかないよ、というのである。中国のメンツを立てる為に、「将来リサイクルすれば良いじゃん」的な論理で、膨大な鉄鋼の浪費が許可される…あり得る、というか、やりかねない。林さんの想像力の逞しさに感心した。

もうすぐ12時。春節明けに、期待半分、不安半分。

中国という難問 (生活人新書)

年末の近況

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渋谷の太郎。もう、東京の人にはすっかり珍しくないんだろうが、たまに帰る僕には新鮮なんですよ。それでも、ケータイで写真を撮っているオジサマ、オバサマが沢山居た。

東京では、不況話を色々聞いた。建築設計の世界は特に深刻なようだ。若い世代の建築家に中規模のマンションやオフィスを発注していた気鋭のディベロッパーがバタバタと倒産している。大概は黒字倒産で、銀行による融資が滞って倒産してしまった例が多いという。

世界中の状況を相対的にみると、日本の状況はかなりマシだ。バブル崩壊後の慎重な経営のお陰で、企業の財務体質は比較的健全だ。今、世界経済が実体経済に向かってシュリンクしてゆく過程にあるとするなら、アメリカと違って国内に産業が残っている日本は強い。それが今の円高に現れている。と、これは、最近話を聞いた経済アナリストの方の受け売りなんだけれど。

ただし、日本人は慎重で悲観的だ。過敏に反応して極端にマインドが冷え込んでしまうところがある。マスコミはそれを煽っているし…必要以上に暗いムードになっているんじゃないか。

とはいえ、最近はこの不況も先が見えてきたようだ。日本の報道やブログに、つい最近まで鳴りを潜めていた中国批判の記事が復活してきている。どうやら国外の事に目を向ける余裕が出てきたらしい。

日本に比べればかなーり不健全な体質の中国は、もちろん大変な事になっている。不動産投資というものは、住宅価格が下がり始めたら一気に破綻してしまう。北京の郊外や、地方都市ではディベロッパーが夜逃げしているらしい。設計事務所はディベロッパー関係の仕事をどんどん失っている。「東福もさ、ががーんと20人くらい雇ってさ、ガンガン仕事を取ってカネを儲けろよ。好きな建築は儲かってからやればいいんだよ」なんて調子のいい事を言っていた中国人経営者達は、今となっては僕の小さな事務所を羨ましがっている。社会の激変を幾度も味わってきた人達なだけあって、表情はまだ明るいけれど、暗いムードが漂いつつある。

僕だって、ドドーンと大きく始めたかった。でも、オリンピックの時期は仕事が無く、投資のタイミングを失っていただけだ。今では自分の機動力の無さに感謝している。幸い、現在は小さな事務所を食わせるだけの仕事はある。いや、むしろパンク寸前だ…新たに人を雇いたいけれど、日本人の冷え込みやすいマインドがそれを邪魔している。春節までは今の体制のまま乗り切るつもりだ。

美術館の仕事は、日本の雑誌向けの原稿を脱稿して、本当の本当に終了した。1月には、日本の書店にも雑誌がならぶ事になる。音楽関係の出版物は色々書いてきたけれども、実は、建築専門誌に書く機会はあまり無かった。単なる一担当者としてのテキストなんだけれど、ちょっと楽しみだ。

施主が、美術館建設までのドキュメンタリーを出版した。東福大輔は業者からのリベートを受け取らなかった!と、信頼のおける担当者として描かれている。受け取らなくて良かった(笑)。褒められていてコソバユイくらいだ。まあでも、自転車を盗まれたりとかドジな一面もしっかり書かれているんだけどね。

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今夜のイベント、来れる方は是非いらしてください。盛り上がりましょう。

計画は壁の上で

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何度か登場させてきたこの写真。flickrに載っけていると、時々「使わせて欲しい」という連絡がくる。

実は2006年から、イギリスの総合建築/都市エンジニアリング・コンサルタント企業、Arup内のプロジェクトチーム"foresight"が編集した教育ツール"Drivers of Change"にも使われている(一気に書いてみたが、長い…)。

教育ツールといっても見た目はただのカードセット。未来の都市/建築/生活にまつわる問題点や疑問が一枚づつカードに分けられ、表には写真と概要が、裏には関連する図表とともに解説されている。企業の戦略立案、ブレインストーミング、研修などの使用のために開発されたとか。ちなみにこの写真は、「アーバニゼーション(都市化)/交通」の項にある。

最新版の"the rainbow set"を1セット送って貰ったが、内容はさすが頭脳集団Arupの面目躍如といったところ。デザインもカッコ良く、企業エグゼクティブの机の上の飾りとしてもグッド(おいおい)。

実物が手元に来ていたのでとっくに売られているものと思っていたが、発売は2009年春からなんだそうで。出版元は(たぶん)スペインのGGことGusutavo Gili社から。

で、カード。

アメリカのサスペンス・ドラマ、例えば24とかプリズン・ブレイクを見ていると、壁の上に写真やらスケッチ、新聞記事、表、などなどを壁一杯に貼って、それらを動かしながら計画を練るシーンがしばしば出てくる。日本でも、「仕事術」系の本では、必ずと言っていいほどカードやポストイットを使った情報整理法が紹介されている。断片的な情報を小さな紙切れに入れ、それらを組み合わせて新しいアイディアを得ようとするのは、そんなに新しい話ではなくて、例えば「知的生産の技術」で梅棹忠夫氏が紹介、1970年代の日本で大ヒットした「京大カード」や「スクラップブック」なんかもそうだろう。

そういや、生前の父親の書斎も新聞の切り抜きやカードで埋め尽くされていた…。並べているのはついぞ見なかったけれど。当時の「知的になりたいヒト」たちはこぞってカードを買い求めていたらしい。

最近のオフィスでは、色んなものが貼れるように、壁を全面コルク貼りとしたような会議室も見かけるようになっている。そんな「紙切れ並べ型」のプロジェクト・スタイルが復活して来ているのは、コンピュータの浸透が大きいんだろうな、なんて思っている。僕だって、今話題のコンピューターと今話題のインターネットを使って、世界の片隅で今話題のデザインをやっている一人だけれど、コンピューターというやつは一覧性に欠けていてどうにも具合が悪い。一度に全部ひろげて見たい時ってあるでしょう?その欲求不満が、オフィスの壁へと向かって行っているのだろう。

いま自分のオフィスには大きな壁はないけれど、ゆくゆくは、なんでも貼れて、なんでも書ける大きな壁が欲しいなと思っている。

いつのことになるやら…

知的生産の技術 (岩波新書)

構想2ヶ月、製作3ヶ月

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真空管アンプで挫折してしまったのは今年の春頃。いや、挫折というべきでないな。転進したというべきだな…大本営発表みたいだけれど。

転進先はバミューダ沖ではなく、これ。

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スピーカーの設計・製作だ。スピーカーというのは、ユニット(磁石がついてて電気で震えて音を出す部分)と、エンクロージャー(箱)の2つからなる。そして、その箱の形や素材が、音質に大きな影響を及ぼす。ユニットの方は余程のマニアでなければ作れない精密機器だけれど、箱の方ならなんとかなりそうだ。

「日本スピーカー自作界」は、なかなかに奥が深い。音楽/オーディオ評論家の長岡鉄男氏、という方が最も尊敬されていて、彼は生涯に600種類のスピーカーを設計・製作したという。遺された図面や著作は今でも書店で買える。パーツは、「日本スピーカー自作界のメッカ」こと秋葉原のコイズミ無線に揃っている。日本に帰った時に一度行ったのだけど、仕立ての良いスーツをピシッと着た、会社ではそこそこ高い地位に居るであろうオジサマ達が数人居た。日曜大工がてらスピーカーを組むんだろうか。

長岡大先生の著作を参考に、設計を始めてみると、これがまた結構分かりやすいし楽しい。音を形にするというんだろうか、音の流れや反射を考えながら箱の内部空間を設計するのはなんだか建築的な作業でもあった。職業柄、空間を図面化するのは得意である。生まれて初めて建築をやっていてよかった、と思った。冗談です。

一緒に仕事をしていた内装屋の親方を「内装なんかやっててもこの先儲かんないぞ!スピーカーの箱なんかどうだ!下手すりゃ箱だけで数万元で売れたりするんだぞ!」と、まあ嘘ではないけれど一般的でもない例を引っ張りだしてだま説得し、2種類のエンクロージャーを作ってもらった。「現場がある時についでに作るから」と2ヶ月以上待たされた。

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上の写真はバックロード・ホーンと言うタイプ。中にホーンのような音道を組み込んである。下のものはバスレフというタイプ。作ったばかりの時は中低域がモコモコしてしまっていたが、スタイロフォームの塊を中に入れたり、中のグラスウールの位置を調整するうちに改善されてきた。いろんな人に聴いてもらったけれど、下の方が評判が良い。僕個人は上の奴を気に入っているが、確かに少々クセがある。

まあどちらも、総予算2−3万円で作ったスピーカーの音とは思えないのは確か。そこらのオーディオセットには負けない…と思うんだけど。


世界でただひとつ自分だけの手作りスピーカーをつくる


長岡鉄男のオリジナルスピーカー設計術 基礎編

中国本

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期待と不安に満ちた北京オリンピック。過去、これほど愛憎入り交じった感情と共に日本人から眺められたオリンピックも無かったのではないか。

迫り来る北京五輪をにらみ、日本では中国関連本が凄まじい勢いで出版されているが、殆どの論調は中国脅威論と中国期待論、そのいずれかだ。暗い面に目を向ければ明るい面が露光過多で吹っ飛んでしまい、明るい面に目がくらむと暗い面は見えて来ない。政治経済の面でも、文化の面でも、現代中国は文字通りコントラストが強すぎる。「中」がない。自らを「中」国と名乗り、思想的にも「中」庸を美徳とする国を語る本であるにも関わらず、だ。

脅威論も期待論も、両方とも目を通すことを心がけているけれども、脅威論の方はひたすら読者の不安をあおりまくるし、一方はこちらが心配になってくるくらい楽観的だし…どっちを読んでいてもシラケてきてしまう。

一般に「悲観論好き」と言われる日本人相手には、本来は不安を煽るタイトルの方が売れるはずだ。ただ、中国本を買う人の中には、中国と関係してビジネスをやろうとしている人も多く、こちらのターゲットも押さえておきたい…そんな出版側の都合が、両極端な状況の一因となっているのだろうと思う。

中国が世界をメチャクチャにする
"China Shakes The World"という原題がこのような邦題になる所に、出版社の戦略が見えかくれする。中国が米国やヨーロッパの中流階級の仕事を奪っていく。同時期に読んだ「フラット化する世界」では、情報網の発達で起こるインドや中国へのアウトソーシングを賞賛していたけれど、見方を変えればこうも変わるのかと感心した。

中国でつくる―松原弘典の建築
北京で活動する建築家、松原弘典氏の作品集。豊富なテキスト。特に日中関係についての冷静かつ前向きな見方は、溜飲が下がる思いで読んだ。

難しい漢字#2

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ビァン!

以前紹介した、中国最難漢字と思われる「ビァンビァン麺」の「ビァン」の字。

中国人のスタッフに、難漢字に関する面白いページ(正確にはブログのエントリー)を教えてもらった。インターネット投票による難読漢字ランキングである。画像を転載するのもなんなので、どうぞリンク先をご覧ください。

1位はやたらと頭でっかちな恐ろしげな字。「悪魔払い」というような意味があるそうだ。

2位は「ビァン」がランクイン。

3位はクネクネと這いずりまわる一筆書きの字。なんでも、「一」を崩した字だという。一番簡単なはずの漢字がとっても難しくなっているんですけど…

以下21位まで、ドクドクしいながらも遊び心溢れる字が続いてゆく。

既存の字を組み合わせる事で新しい字、そしてコンセプトを生み出してゆく。漢字文化圏とはそういう「合体モノ」の文化圏なのかもしれない。中国皇帝の象徴である龍は、「角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼あるいは兎、体は大蛇、腹は蜃もしくは蛟、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似る」という。ある中国人は、これこそが多民族を呑み込み、同化させてきた中国の象徴だと言っていた。西洋人が物事を構造的に見直すことで新しいアイディアを得ようとするのとは対照的に、漢字文化圏の人たちは、既存のアイディアを組み合わせて新しいアイディアを得るのが得意なのかもしれない。そこらに居る動物達を組み合わせることで想像上の動物のイメージを生んだように。

コンセプチュアル・アートとか、ニューラル・ネットワークみたいな言葉を一つの漢字にしたらどんな風になるんだろう、なんて空想する。

80年代~90年代にかけ、中国から日本経由で世界へ出て行ったアーティストとしては蔡国強氏が有名だが、それと並ぶ美術家に徐冰[Xu Bing]という人が居る。漢字を通して、表音文字文化圏と表意文字文化圏、あるいは、西洋と東洋の断絶を浮き彫りにする、そんな作家だ。

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798で買った"Square Word"という本の表紙。よく見ると"Square""Word"がそれぞれ一字に纏められている。この本はその"Square Word"で英文を書くための手引書の体裁をとっており、これに従えば、どんな英単語も漢字風に表記できる(はずだ)。もちろん中の文章も"Square Word"で書かれていて、"international"だとか"calligraphy"なんて字は大変なことになっている。一つ一つの漢字(あるいは英単語)を判読していくのが楽しい。

The Art of Xu Bing
この本の表紙は"Xu Bing"。読めますか?

1ま~い、2ま~い

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以前の事。

北京から日本にもどり、職場に顔を出したら、「何、また新しいガジェットを買いに戻ってきたの?」とからかわれた。確かに、その時のカバンの中にはノートパソコン、デジカメ2台、携帯2台、電子手帳、iPodにPSPやらがギシギシと詰め込まれていた。でも、本人としては仕事に必要だから!と購入したモノばかりだ。いや、正直、ちょっと必要ないものも含まれているけれどね…仕事に全く使えないとは言いきれない!モノばかりだ。力強く言ってみても苦しいな。

ところで、夜、眠れないとき(僕は滅多にないけれど)や、電車の中で手持ちぶさたな時、皆さんは何を考えているだろうか。僕は、部屋の中やカバンの中の液晶画面の数をボーっと数えていることがある。ケータイで1ま~い、ノートパソコンで2ま~い、iPodで3ま~い…まるで四谷怪談のお岩さんのように数えていく。すると、結構あるのに驚く。たとえ、ローテク自然生活を実践している最先端ネイチャー人間だって、電卓やビデオの表示くらいは液晶やLED表示になっているだろう。

逆に、入力装置の方はどうだろう。部屋の電灯のスイッチだって立派な入力デバイスだ。携帯だって15コくらいのボタンがついている。電話、電卓、キーボード、テレビやエアコンのリモコン…挑戦した事はないが、たぶんかなりの数になるはずだ(ココで全て数えてみせないのが、このニッキの中途半端なところ)。

目覚まし時計を止めるボタンを押し、時間を確認する所から始まる、電話のボタンやパソコンのキーボードを乱打する一日。現代人はそうやって機械とコミュニケーションしながら生活している。ひょっとしたら、人間とコミュニケートしている時間より長いかもしれない。

豊かになればなるほど、家の中に表示器とボタンが増殖してゆく。文明化とは、生活の中にこれらが増えていく事なのかもしれない。為替相場の妥当性を表す「ビッグマック指数」「スターバックスラテ指数」なんてのがあるが、文明度を表す「ボタン指数」や「液晶指数」を提案したいところだ。

デザイナーが行っている努力は、そういったボタン類や表示類を整理して、洗練させている作業だ。「デザイン家電」と呼ばれるものは「えっ!スイッチどこ?」的な驚きを売りにしているものが多い。かくいう僕も、担当物件に顔を出そうとするボタンと日々格闘している…

情報の文明学 (中公文庫)

本文とは直接関係ないけれど、この本を思い出した。40年前に書かれ、今でも新鮮さを失わない予言書。読みやすい本なのでぜひ。

モンゴルなめんな

国慶節。ローカルたちはお休み中だが、僕だけは出勤。時折現場から質問が飛んでくる以外、オフィスは静か。仕事がはかどる。

先週末、2年ぶりに内モンゴルへ行った。最近大相撲関係で何かと話題になったモンゴル国(中華的にいえば外モンゴル)ではない。中国の内モンゴル自治区のオルドスという都市だ。

モンゴルというと、タイソウな奥地を想像する方が多いかもしれないが、実際は、区域内に入るだけなら北京からそう遠くなく、飛行機で1時間足らずで省都フフホトに着くことができる(ただし、内モンゴル自治区全体はモンゴル国を取り囲むように東西に細長く伸びているため、北京から西端までの距離は福岡までのそれとそう変わらない)。また、資源にも恵まれ、産業も発達している。羊毛をはじめとした繊維業、農業、鉱業があり、一人当たりのGDPは北京や上海などの沿岸部の都市に匹敵するという。

フートンファサード

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垂れ流しシリーズ2。

胡同地区。開発のアオリを受けて取り壊されまくっているとは言え、北京の2環路の内側ではまだかなりの数を見ることができる。観光コースには故宮、鼓楼周辺エリアなどがあるが、場所によって微妙に差があるようだ。これは故宮の東、北京駅近くのもの。それぞれの入口の設えが凝っている。ルネサンス風、中世風、そしてもちろん中華風…。たった10分程度歩くだけでも様々なバリエーションを見ることが出来る。それぞれの住宅の全体的な佇まいは殆ど変わらないし、材料も変わらない。でも、入口だけは頑張って自己主張している。中国人のメンタリティを見るようである。

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幾つか写真に収めながら、これを集めるのも面白いかなぁ、なんて考えていた。ベッヒャーの「インダストリアル・ファサード」という写真集を思い出した。工場を正面から撮り続けたシリーズ。アマゾンに無いかな…?と探していたら、"TYPOLOGIES"という纏まった作品集があり、買ってしまった。

TYPOLOGIES

不都合

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「あなたは、この映画を見て、中国人たちに環境の大切さについて啓蒙するべきよ!」とある人に言われ、深夜の六本木で「不都合な真実」を見てきた。我ながら、なんとも従順で結構なことだ。まあでも、僕みたいな一般人がわざわざ啓蒙するまでもなく、映画の中でアル・ゴアが北京を訪ね、大学(おそらく北京大学)でレクチャーしてるのだけれど。

竹森君と二人で行ったのだが、映画館はガラガラ…どころか二人きりだった。二人とも「こいつさえ居なけりゃ『映画独り占め』という恰好の話のネタができたのに…」と思っていたのは言うまでもない。

映画の中で、アル・ゴアが写真を指し示しながら「これは政治的な問題になってしまっています」と語っているシーンが何度かあるが、それ以前に、この映画自体が非常に政治的だ。「大統領の座を争った大物政治家による環境問題の講義録」という内容はもちろん、全国70館というドキュメンタリー映画としてはかつてない上映の規模や、公開のタイミング等から、人一倍従順な僕ですら強い「政治臭」を嗅ぎ取ってしまう。まあそもそも映画産業そのものの成り立ちからして非常に政治的なわけで…

ネットで調べてみると、「データを『都合良く』操作している」「『不都合な事実』を意図的に無視している」等の批判的な意見が多くヒットする。中でも読みごたえがあると感じたのは田中宇氏の「地球温暖化のエセ科学」「地球温暖化の国際政治学」という二編の記事だった。この映画を切り口として、16世紀以降の資本家達の動きから、「隠れ多極化主義」「英米覇権主義」の対立、先進国が主張する二酸化炭素税に対する発展途上国の反対、などについて解説している。僕のような門外漢は少し想像力が逞しすぎるのではないかと勘ぐってしまうが、面白い記事である事は間違いない。映画館に出かけられる前に御一読されてみては。

不都合な真実

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態

発売になりました。

僕がライナー・ノーツを執筆させて頂いた"Ultimate Brazilian Breaks & Beats"が本日(2/16)P-ヴァインより発売になりました。

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アルティメット・ブラジリアン・ブレイクス・アンド・ビーツ

以下はN氏によるリリース。

世界屈指のヴァイナル・ディガーとプロデューサーからなるUKの覆面DJチーム<Sugar Loaf Gangsters>(ウワサでは誰もが知ってるあの「超」大物DJと、スピリチュアル・サウスによるユニットだとか!?)のセレクトによるブラジリアン・ファンクのコンピレーションがドロップ!数ある類似コンピと比較しても群を抜くレア度(中古ヴァイナルの総額は一体いくらになる!?)と最高のクオリティを誇る、60年代から70年代にかけてのヴィンテージ・ブラジリアン・グルーヴを厳選してピックアップした極上のコレクション!タイトルからもわかるように、あの超有名コンピレーション『Ultimate Breaks & Beats』のブラジル版とも言えるナイス企画で、ジャズ&ファンクの名曲カバーを始め、黄金のブレイクスや憤死確実のキラー・ファンクを満載!!タイトルに偽り無い究極のブラジリアン・コンピレーション!今後シリーズ化なるか!?乞うご期待!!!


ジャケットを見ても分かるとおり、日本で主に紹介されているような「イナタい」ブラジル音楽ではありません。ドロドロかつグチャグチャなブラジリアン・ファンク中心のコンピレーション。ドス黒い「ブラ汁」がドクドクと流れ出しています。収録曲は、クラブミュージックのネタ元として有名であるにも関わらず、入手が困難だったレア・トラックばかり。レア=情報が少ないということもあって、執筆の為の情報収集には苦労しました(てか、N氏が殆どやってくれたんですが)。ライナーノーツに関しては、そんな行間から滲み出る苦悩をお楽しみ頂ければ幸いです。

ブラジリアン・レアグルーヴ番長:駒形四郎氏も大絶賛とのこと。駒形氏監修のもと、N氏や僕も執筆に参加させていただいたブラジル音楽本「ブリザ・ブラジレイラ・プリモ」の方も併せてご購入頂けると嬉しいです。

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o Primo da Brisa Brasileira

1973年のタテとヨコ

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歴史小説や歴史書でなくても、世の大方の文章は歴史に触れている。というより、触れざるを得ない気がする。

この日記以外にも、時折、文章を頼まれて書くことがある。まあ大抵は音楽に関するものだ。問題なのは、僕に文章が依頼されるような音楽は、メイン・ストリームから数光年は離れた音楽だということだ。マイナーであるということは情報が少ないということと同義である。調べた事を並べていただけでは要求されている文字数を埋める事はできない。よって、歴史的な事柄…そのころの社会的・文化的背景を絡めながら、文章全体を膨らませてゆく作業が必要になる。縁日の綿菓子みたいだ。僕の書く文章は、綿菓子のようにシュワシュワと無くなっていく内容の薄っぺらなものかもしれないが、せめて甘くはしてやりたいと思っている。

というわけで、本棚には歴史関係の本が多くなった。それらの本はテーマ別に時系列に沿って書かれている場合が殆んどだ。

「言葉」は一次元的な情報伝達手段としばしば言われる。一般的には、一時に一つの内容しか伝えることしかできない。そんな時間軸に則って情報を伝える手段を使っている以上、こういった本が主流になるのはやむを得ないことなんだろう。

だから歴史のタテ軸を知るのは比較的容易だ。けれどもヤッカイなことに、文章を膨らますのに重要なのはヨコ軸なのだ。そしてもっとヤッカイなのは、自分が作業にかかるのは締め切りの寸前で、とてもじゃないけど色々な本を引っ張り出して眺めている時間なんてないという事だ。

前置きが長くなって恐縮だけれど、そんな時に役立つのが「情報の歴史」という本。一冊丸ごと年表、という思い切りの良い本で、技術、政治、芸術、文学、社会、といった事がカッコ良いレイアウトで並列されている。

僕が生まれた1973年を開いてみる。

・第4次中東戦争
・第1次オイルショック
・ベトナム戦争終結
・ユージン・スミス「水俣」
・シューマッハー「スモール・イズ・ビューティフル」
・ベトナム戦争終結
・鄧小平復活
・ピンク・フロイド「狂気」
・「エクソシスト」公開
・世界的な省エネ運動
・ブルース・リー「燃えよドラゴン」

なんてキーワードが並んでいる。これを見ながらユルユルと妄想するのは楽しい。前後数年を含めて見ていると、どんなコジツケも可能な気がしてくる。そもそも歴史なんてそんなものかもしれない。

例えば、

・ベトナム戦争という大きな批判の対象が終結に向かった事で、現代的浪費社会へと批判の矛先が向けられつつある年。元従軍カメラマンのユージン・スミスは、戦場から公害病の被害者へと被写体を変えた。「スモール・イズ・ビューティフル」は、物質主義の台頭に警鐘を鳴らし、オイルショックを予言し的中させる。そして省エネ・ブーム。

・西洋的オカルティズムへ。ヒッピー・ムーブメントの中ではインド哲学や禅など、東洋の神秘が有難がれたが、西洋世界では西洋自身の神秘、すなわちオカルティズムに目が向けられつつあったようだ。コリン・ウィルソン「オカルト」の発表は71年。この年には、オカルト映画の重要作品「エクソシスト」が公開して大ヒット。サントラになったのは僅か19歳のマイク・オールドフィールドによる「チューブラー・ベルズ」である。20もの楽器を一人で操り、多重録音して完成させたが、長期間スタジオに籠り過ぎて自閉症になったというイワク付の作品。関連して「狂気」はピンク・フロイドの記念碑的コンセプトアルバムで、この頃からコンセプト・アルバムが隆盛。ちなみに五島勉「ノストラダムスの大予言」もこの年。

・戦後体制が新体制へと転換していく年。ニクソンは前年に巻き起こったウォーターゲート事件でコテンパンにやられ、苦し紛れに訪中するも、翌年には辞任。一方、訪問された毛沢東は文化大革命で建国の英雄達を追放しすぎ、鄧小平を再び表舞台に引っ張り出さざるを得なくなる。毛沢東の死去と文革の終結まであとちょっと。その後、鄧小平が自由経済を導入し、中国が快進撃していくのはご存知の通り。近代中国が国際社会に存在感を示し始めるこの年に香港的ハリウッド映画「燃えよドラゴン」が公開されているのは面白い。

…ちょっと強引だが、もう少し練れば、読む人に「ああ、1973年ってそんなに重要な年だったのね!」と思わせる事ができそうだ。

今日は長くなりすぎました…

情報の歴史―象形文字から人工知能まで
監修陣も一流。絶版にしておくのは本当にもったいない。プレミア付ですが買えます。

1973年のピンボール
未読ですが一応。

チューブラー・ベルズ

また来た

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再び北京へ。最高気温10度、最低気温0度前後の毎日だそうだ。かなり寒い。

中国では、政府の指導で11月中旬までセントラルヒーティングを稼動できない。外国人にとって、暖房が入るまでのこの時期が一番つらい時期と言える。2年前の今頃には、余りの寒さに近くの料理店に逃げ込んだ。店内にももちろん暖房はなく、隙間風がピュウピュウと吹き込んでくる。辛い麻婆豆腐を頼んでカラダを暖めていた。あの冬に比べれば今年は過ごしやすい。それとも慣れてしまったのかな。

このニッキで何度も触れている798芸術区。この2年の間にもどんどん発展し、今ではリッチなアーティストと画廊がひしめき、巨大資本でもない限りは新規参入は難しくなってしまったようだ。新規の画廊は、その北にある「草場地」、東の「環鉄」、僕が働いている美術学院を隔てた西の「酒廠」、といったエリアに分散しつつある。

その「環鉄」の中のCurrents - Art and Musicという新しいギャラリーの展覧会のオープニングに行って来た。その名の通り、アートと音楽とのハイブリッドをコンセプトにした画廊である。張培力[Zhang Peili]というヴィデオ・インスタレーション作家の展覧会だった。中国におけるヴィデオ・アートのパイオニアである。

文革時代のプロパガンダ映画をデジタル処理し、空間に配置した作品。大きな容積を上手く使い切っているが、先週、森美術館でビル・ヴィオラ展を見たばかりの目には、プレゼンテーションがどうしても雑に映ってしまう。

中国の現代アートに溢れかえる文化大革命のイコン。本来は中国近代史の恥部であるはずなのに、中国の現代アートにおいてはまるで大いなる遺産であるかのようである。西洋人はもちろん、中国人まで熱心に見入っている。それだけ彼等にとって、インパクトのある出来事なのだろうが、僕はもう、少々見飽きてきてしまった。

来週には暖房が入る。

プラネット・マオ―文化大革命のグラフィック・パワー
著者の王明賢は、文革グラフィックの専門家であると同時に、現代アート・建築の評論家でもある。この本はグラフィックだけで構成。

日本悲観論

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日本人は悲観論が好き、と何処かで読んだことがある。

だいたい、国土が沈没したり、首都が消失する映画を観て喜んでいる国民なんて、日本くらいじゃなかろうか。定期的に雑誌を賑わす富士山大噴火とか、大地震の話題もそうじゃないかな。もちろん、大災害に備えておくのは良い事だけれども、ちょっと悲観的に過ぎやしないか。

子供の頃、姉の部屋に忍び込み、本棚に入っていた当時のベストセラー、「ノストラダムスの大予言」を読んでいた。1999年に地球が滅亡するという話だ。1999年と言えば自分は26歳。ケッコンして、子供も居て、自宅の芝生の上で「高い高い」をしている、そんな幸せな生活に突如襲い掛かる大災害を想像して、暗澹たる気持ちになったものだ。その後、もちろん大災害は起こらず生きながらえているわけだが、30代も半ばに差し掛かっても、結婚もせず、当然子供もおらず、マイホームも有るわけが無く、よって当然、芝生の上で「高い高い」もしていない。今度は、子供時代から殆んど変わっていない自分に対して不安になってくる。

変わった所と言えば、読んでいる雑誌がコロコロコミックからサイゾーに変わったくらいだ。集めているものがキン肉マン消しゴムからレコードに変わったくらいだ。宇宙飛行士になりたかったのが「ちょい悪オヤジ」になりたくなったくらいである。最後に関してはむしろ退化している。こんなんでいいのか。

書きながらどんどん暗澹たる気分になってきた。どうしても悲観したいらしい。つくづく、自分は日本人なんだなぁ、と思う。

そんな僕だが、日本と中国の未来については、中国脅威論が渦巻く日本メディアとは多少異なって、かなり楽観的な意見――というよりある種の開き直りを――を持っている。まあ、トラブルだらけの中国で仕事をしている以上、悲観的にやってたら身が持たないという事情もあるが。

ちょっと前までは、「中国と日本では労働者の質が違う、中国では簡単な生産をさせ、日本では難易度の高い生産をすればいい。日本は高付加価値の生産国として生きていくのだ」というような話があった。ほほう、なるほどなぁと読んでいた気がするが、最近は、それについても悲観的な意見が出てきつつある。というのも、この数年で技術移転が急速に進んだため、中国の生産施設はハード/ソフトともに最先端レベルに達してしまったからだ。

おっと、話がまた悲観的な方向に行っちゃった。自分がどう楽観的なのか、どう開き直っているかは、次回に。


この前の移動中に読んだ本。今回はビジネスマンっぽいセレクトをしてみた。いずれも数時間で読める。

中国ニセモノ商品

中国のニセモノ商品についてまとめられたおそらく始めての本。各社の取り組みが紹介されている。新書なので、もちろんボリュームとしては物足りない。おそらく、本気で書いたら辞書のような厚さになるだろうが、そんな大仕事をやっている間に中国のニセモノは消えうせてしまう。ジェトロ北京にニセモノ展示館があるのを知った。行ってみたい。

起業するなら中国へ行こう! 北京発・最新ビジネス事情

中国での起業のノウハウ本のようだが、大半は日中の文化の違いについて書かれている。中国ビジネスについては色々な本が出ているけれど、一番実情に近いと思うし、共感できる部分も多い。平易な文章だが、よく考えられている。そして、とっても前向き。さすが松下幸之助の落し胤、PHP新書である。

レクチャー

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意匠系の教師陣および学生を相手にした名古屋大でのレクチャーでは、様々な意見を聞くことができた。特に助教授の西沢泰彦先生は、中国近代建築史―特に満州国―の専門家で、興味深い話を伺えた。精華大の留学経験もある先生の前で北京の都市・建築について語るのは、正直気恥ずかしいものがあったが、やってみるものである。先生方も、現在の北京の建設ラッシュに驚かれ、おおいに触発された様子で、安心した。以下主な話のメモ。

・北京の主な環状線、3環路~5環路は、占領時に日本が立案した計画が戦後実行されたものである。また、占領日本は、同時期、北京中心を東西に走る長安街を西に延伸し、新都心を作る計画も立てていた。パリのラ・デファンス的な先進的な考え方であったが、結局実行される事は無かった。権力を中心…即ち故宮と中南海に集中する構図に拘ったのは、中国的なメンタリティが発揮された結果ではないか。

・清朝の北京の城壁は、取り壊され、現在2環路となっている。新中国発足時に、この封建制の忌まわしき城壁を取り壊すべきか、それとも、歴史遺産として残すべきか、大きな論争となった。残す案として、城壁の上を緑道として、市民に開放するという案もあった(中国人立案者の名前は失念)。非常に現代的な発想。

・氏は、満州に渡った日本人建築家の研究をされている。現在、チャンスを求めて中国に渡っていく日本人建築家達と比較してどうか?との問いに対し、やはり、同じ様な思いはあるだろうとの事だった。重要なのは、当時の東アジアでは、西洋人建築家による「本物」の洋風建築は上海にしかなく、日本人建築家達はそこで初めて「本物」を目にし、触発されたであろうという点である。北京に建ちつつある現代建築の写真を見ていると、少なくとも規模や量において、日本、そして東京を大きく凌駕している。日本人、そしてその他の国の建築家達が「本物」を見に北京へ行く、という現象が再び起こる可能性がある。

・助手の堀田先生からは「中間が無いね」という話があった。スケールも大きなスケールと小さなスケールしかなく、真ん中がすっぽりと抜け落ちているし、制度においても政府レベルと人民レベルしかなく、真ん中の領域が無い。全く同感だ。

・学生達は、本当に中国に可能性があるのか?まだまだ懐疑的だった気がする。僕自身にとっては、仕事をしている以上、そして日本人にとっては、大きなマーケットである以上、何らかの可能性を発見しなければならないと思っている。

僕なりに沢山の笑いのネタを仕込み、「これでドッカンドッカンとバカ受けするぞぉ」とウキウキしながら行ったのだが、思ったより皆おとなしく、ちょっとションボリしてしまった。堀田先生は「いやあ、いつもはあんなに質問なんか出ないよ。久しぶりにエキサイトしてたんじゃないかな」と慰めてくれた?けれども。中国人の学生さんや、北京に来る学生さんはみんなギラギラしていて、僕の言うことにどんどん噛み付いてくる。それに慣れてしまっていたのかな。僕はそこらへんのオジサンなんだから、馴れ馴れしいくらいで丁度いいと思う。

写真は精華大学。

図説 「満洲」都市物語〔増補改訂版〕

1ヶ月ほど前、日本人の建築関係者たちと共に、初めて万里の長城(八達嶺)へ行きました。北京にやってきた同業者の方が必ず押える長城コミューンツアーに同行した形。

徒歩で登るのは大変ツラい(らしい)のですが、僕のような体力不足の人やモノグサな人たちの為に、ロープウェイ等の乗り物がちゃんと用意されています。一番面白いと噂のゴーカート(みたいな奴)に乗ることになりました。

そして、奴に再会することになったのです。

そう、

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世界で(著作権的に)最も危険な男…

もとい、最も危険なオス…

○ツキーに!

王府井から居なくなったと思ったらこんな所に…
なんと、兄弟分の青バージョンも居ました。

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何かが根本的に間違っているような気がするキャラクターですが…

○ツキーの背中に乗せられ、長城の上部へと向かいます。行きは、ケーブルカーのようにチェーンに引っ張られてトコトコと登っていきます。

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この日は、休日だったこともあって、かなりの人出でした。万里の長城の凄さも十分凄いですが、その上にビッシリと乗っかっている観光客の多さに驚きました。

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世界的に稀に見る、広がりの無い、リニアーな観光地。一次元的ツーリズム。これには、友達や家族が自分より前に居るか/後ろに居るかさえ把握していれば、ハグれる事はないという長所があります。短所は、どんなに頑張って遠くまで行っても、結局同じ地点まで同じ場所を通って戻ってこなきゃいけないって所ですね。

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帰りは、車両同士を連結し、ジェットコースターのように下って行きます。

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久しぶりに童心に返りました。

この前、地下鉄の話が出ましたが、その繋がりで。

タイトルに惹かれ、ブックオフで買いました「帝都東京・地下の謎」。

アマゾンによると、著者の秋庭氏は、「東京の地下陰謀」関連で幾つかの本を出しているようです。興味あるテーマではありますが、アマゾンのレビューでの評判はかなり悪い…「問題提起ばかりで殆んど解決していない」…同感です。

「赤坂見附駅のホームは何故二段重ねになっているのだろうか!?」などというタイトルを読めば、「おお、そういえばどうしてなんだろう?」と興味津々になるってもんです。勢い込んで読み出してみたものの、なかなか赤坂見附駅の記述が出てこない。あれおかしいなー、と思って読み進めると、「そういえば、赤坂見附駅は二段積みになっている。どうしてなのだろうか!?」と文末を締めくくっていました。おいおい、そこ知りたいから読んでるんだよ!

さて、場所は変わって中国の地下。ユン・チアン「マオ」にも、地下道の話が出てきます。人民大会堂と政府機関が集まる中南海の間には、とてつもなくデカい地下道が設置されているとのこと。その実態は良く分かりませんが、トラック4台が併走できるんだそうで…

中国である規模を超える大きさの建物を建てる場合、地下に「人防」を設置するように政府から指導される事があります。「人防」とは、「防空壕」と訳されます。

具体的には、天井のコンクリートは厚くしなければならず、穴を明けてはダメ/特殊な鉄扉(潜水艦のハッチみたいなクルクル廻すハンドル付)の扉を二重に付けて区画する/独立した空調機室が必要/独立した入口が必要…などなど、かなりモノモノしい装備を設置する必要があります。大抵の場合、地下駐車場や倉庫と兼用する事になるので、これぞ防空壕!というものが有る訳ではないのですが、少なくとも政府の頭の中では、非常時…というより戦時体制が想定されているということです。北京の幹線道路は、非常時には戦闘機の滑走路として使えるようになっている、なんて話もありますしね。

その一方、我が平和ニッポンではノホホンと普通の建物を建てているだけかというと、そうでもなさそうです。東京のある場所に地下街を作る場合は、上を戦車が通れるように計算しなきゃならない、なんて話もありますし、地下鉄○○線はシェルターとして使用できるように設計されているという噂は昔からありますよね。「帝都東京・地下の謎」にも、GHQによる地下軍事計画マスタープランと、地下鉄の敷設計画の相関性について解説しているくだりがあります。

違いと言えば、日本の場合は、地下鉄、道路、首都高といった公共の施設に非常時の配慮があるのに対し、中国の場合は民間の建物に要求されているという点です。中国の人民には、非常体制がより身近にある、という事でしょう。

地下施設。興味はそそられますが、こういったものが大活躍する事態にはなって欲しくないものです。

写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎

メトロ

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パーカッショニストのおがたさんのブログを見ていて、最近、浅田次郎氏の「地下鉄(メトロ)に乗って」を読んだのを思い出しました。地下鉄の入口がタイムトンネルになっていて、父と反目していた主人公がそこを通って若い頃の父と遭遇して…というちょっと甘酸っぱいファンタジー小説。

地下、というのはそれだけで想像力をかきたてる存在ですが、特に東京の地下鉄は、タイルの壁や模造石の床に時間が積層しているかのようです。おそらく、東京の地下鉄をあまり利用していない人は、この小説の設定にはあまりピンと来ないでしょうが、日ごろ銀座線のホームや出入り口に慣れ親しんでいる人は、なんだか納得がいってしまうのでは。

名前だって、つい最近まで「帝都高速度交通営団」という名前でした。政治的な思想信条は抜きにして、このモノモノしい言葉の響きはとってもカッコよかったと思うんです。そもそも、「東京メトロ」なんて味気ない名前だったら、この小説も、「帝都物語」も、昭和初期のモダン東京を舞台にしたお話は生まれなかったように思うんですがね。どうでしょうか。

「帝都物語」の方も、ストーリー上、地下鉄はかなり重要な役割を果たしていたように記憶してます。渋沢栄一に向かって、寺田寅彦が地下鉄の重要性を説き、西村真琴が東洋初のロボット「学則天」を使って掘る…そんな感じだったと思います。昭和初期の知識文化人総動員のハチャメチャSFファンタジーですが、人物の設定が絶妙に史実に基づいているおかげで、虚実の境界がアイマイになっている所が面白かったです。子供の頃は、地下鉄はロボットが掘ったものと信じきっていましたもん。西村真琴博士の息子は「水戸黄門」の西村晃氏ですが、映画では彼がお父さんの役をやっていました。これも、虚実をない交ぜにする面白いキャスティングでした。

東京では、地下鉄のすぐ横に建物を建てる場合、上野の東京メトロ本社に行って打ち合わせをしなければなりません。僕が行った時には、まだ名前が「帝都高速度交通営団」でした。名刺を頂いた時に、思わず「カッコイイですねぇ!」と感嘆してしまい、不思議な顔をされました…

ちなみに、その「営団」の本社ビルですが、地下鉄上野駅の「1番」出口に、地下で直接繋がっています。だから、上野駅の1番出口は他の駅に比べてちょっと遠いです。

ちょっとしたトリビアでした。

地下鉄(メトロ)に乗って

帝都物語〈第壱番〉

大東亜科学綺譚
「帝都物語」のネタ帳的な存在。西村真琴について詳しい。

杜甫甫な気分

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デジカメを東京へ忘れてきてしまった…トホホ。

と書きかけて、高校時代(中学時代?)の漢文のテストを思い出しました。漢詩の出題で、読み下し文、現代語訳と続いた最後に「この漢詩の作者を書け」という問題がありました。

正答は「杜甫」。「とほ」という読みまでは思い出したのですが、どうしても漢字が思い出せない。しまった、文の中身は勉強したのに、作者の漢字までは押えてなかった!どうしてこんな本質的でない問題出すの!?と愚痴ってみてもどうしようもありません。迫り来る時間に焦り、いろいろ書いてみてもどうもしっくり来ない。終了のチャイムが鳴り、ええぃ!書いてしまえ!と「とほ」と平仮名で書きました。

集められるまでの間、自分の答案を眺めました。漢文の、漢字ばかりで比較的密度が濃い用紙の最後に書かれた「とほ」の二文字が際立っています。何と言う情けない気分。さらにまた「とほ」という語感が、追い討ちをかけるようにトホホな気分を増幅します。

というわけで、「トホホ」という日本語は、「杜甫」が書けなかった人が考え出したのだ、と、いまだに信じています。

…齢を重ねた今でも中国文学オンチなんですけれど、折角中国に居るわけだし、中国の基本的な漢詩や文学は読んでおきたいな、と思っています。中国人に中国文学の話をすると、「おおっ」と喜んでくれますし、そしてなにより、漢詩を吟じるのってちょっとインテリぽいしね!目指せ!江守徹!

新訂 孫子

全然漢詩じゃないんですけど。
ビジネス書などで取り上げられる「孫子の兵法」ですが、原典をあたる機会ってあんまり無いんじゃないでしょうか。「戦争っつーのは国の一大事だから、よくよく考えてからやらなきゃあかんよ、やらんで済むに越した事はないよ(意訳)」という一節から始まる冷徹な合理主義に驚かされます。これが3世紀に完成されているのが中国という国。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊)

全然古典じゃないんですけど。
スタイリッシュな文章の中に埋め込まれた中国の体制批判。魯迅は、共産主義を潜り抜けることができた数少ない中国のヒーロー。(ワイルド・スワンによれば、毛沢東政権が完成する前に死亡したため、粛清を逃れる事ができたとの事)


次の帰国までは、新作写真ナシということで、宜しくお願いいたします。

マオ

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おいおい、このヒト、ほんっとに大嫌いなんだな…というのが口絵のキャプションを見た時の感想でした。

長いこと書店でヒラ積みになっている話題の本なので、もう読まれた方も多いかもしれません。「マオ―誰も知らなかった毛沢東」を読みました。「ワイルド・スワン」の著者が、十数年の歳月をかけて調査執筆した毛沢東伝。湖南省の農村に生まれ、権謀術数を駆使しつつ中国の頂点に君臨し、失脚して死亡するまでの82年間を執念の筆致で描き出しています。

文面のそこかしこからにじみ出る著者の毛沢東に対する過剰な憎悪が時折鼻につくものの、講談社のHPからダウンロードできる参考文献リストや、毛沢東の親族や各国の要人までを網羅する巻末の膨大なインタビューリストからは、著者が凄まじい量の調査を通じて本書を書いている事が伺え、ここに書かれている事は真相にとても近いのだろうな、と思わせるには十分です。

上巻では、時にソビエト共産党や国民党と通じながら共産党内での勢力を伸ばし、中華人民共和国を建国、磐石の権力態勢を敷くまでが描かれ、下巻では、大躍進運動や文化大革命を発動しつつ、反対勢力を次々と粛清しながら権力を維持していく様子が描かれています。その間、毛自身の家族を含む多くの人々が死や狂気に追いやられていきます。要は、毛沢東の冷酷かつ非情な所業がしつこいくらい次々と書かれているのです。途中でイヤになってしまいそうなものですが、その毛沢東の所業が想像を絶しているお陰と、著者(および訳者)のすぐれたペンのお陰で、飽きることなく読み進めることができます。

続いて、ユン・チアン氏の前作「ワイルド・スワン」の方も読みました。著者自身、そしてその母親と祖母の人生を三代に渡り、歴史に翻弄される生涯を描いたドキュメンタリー。「マオ」と「ワイルド・スワン」、この二つを読むと、互いに表裏一体の関係をなしていることが分かります。「マオ」は「ワイルド・スワン」のアナザー・ストーリー的な位置づけなんですね。「マオ」では、自身の権力の拡大のために人民を巻き込んだ計略を実行していく指導者の姿を描き、「ワイルド・スワン」では、その結果、痛めつけられる一家の姿を描いています。合わせて読むとかなりの分量になりますが、是非とも両方読まれる事をお勧めします。

ちなみに、どちらも翻訳がよく、とても読みやすいです。

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上

ワイルド・スワン〈上〉

原付さんぽ

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先週は中国の旧正月休みでした。思い切って南国に逃避しようかとも思ったのですが、外せない用事がポツポツと入ってしまい、まとまった時間が取れませんでした。結局、少し時間を見つけては東京の美術館や本屋を訪ねてプラプラする…という休みの過ごし方をしました。

原美術館まで行ってきました。道中は三田、高輪といった比較的起伏の激しい所で、自転車で行くのはチトきつい。買ってこのかたコレといった活躍の場がなかったEC-02がようやく日の目を見ました。

綱町三井倶楽部、高輪消防署(写真)、高輪プリンスホテル、旧竹田宮邸などの名建築が随所にあります。さすが元祖山の手・元祖セレブ地区。目的地の原美術館だって元々実業家の豪邸だもんなぁ。

開館5分前にたどり着いたオラファー・エリアソン展。入口にはもう、10人くらいの方が待っていました。なんでも、土日は作品鑑賞に支障が出る程の人出で、会期が延長されたんだそうです。

暗闇に霧を散布して人工的な虹を作り出したり、光をプリズムを通して分解し、それを用いて美しく空間を再構成したり、一室をカメラ・オブスキュラにしたり。ダ・ヴィンチやレオナルドの時代の、「プリミティヴな科学」の現代的な再解釈とでも呼べばいいんでしょうか。子供の頃、はじめて「学研のかがく」に触れた時のような新鮮な感覚がありました。

一方で、そんな「科学」のルーツは、人々を驚かせるための「魔術」や「奇跡」であった訳です。そんな、おどろおどろしい魔術的な雰囲気も同時に感じました。古の為政者が日食や月食を予言することによって人心を掌握した事と、エリアソンがテート・モダンのホールに巨大な人工の太陽を浮かべた作品:「ウェザー・プロジェクト」によってその名声を不動のものにしたという事実は、本質的には同じ事なんじゃないだろうか。そんな事を考えました。

小ぶりですが、いい展覧会だと思います。是非。

今日の北京は雪です。

毎日新聞の「縦並び社会・格差の現場から」という特集記事を教えてもらい、新年早々暗い記事載せるよねぇ…と思いながら読んでいました。第一部が今日で終了したようです。

これをキッカケとして、年始はこの周辺の本を読むことになりました。なんとも暗い「読み初め」になっちゃいました。

忘年&新旧年

近況報告代わりに、たまにはニッキらしいものを書いてみます。

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昨日は、ローカルスタッフを含めた忘年会をやった。こちらの正月は旧正月なので、彼らにとっては未だに年内真っ盛りなのだが、日本の風習だからキミ等も合わせたまえ!と半ば強引に。「コトシハオツカレサマデシタ。ライネンモドウゾヨロシクオネガイイタシマス!」と長い日本語を教え込み、斉唱してから乾杯。

ブックフェアー

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先週、学校内でブックフェアーが開催されていました。フェアーとは言っても、僕がそう呼んでいるだけのことで、露天商が年に二回程度、一気にやってきて去って行く、という程度のもの。それぞれの露天商はデザイン/中国絵画/西洋絵画/建築、等の得意分野があり、それに群がる学生たちで非常に賑やかな雰囲気になります。

DJ選曲術

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DJ選曲術―何を考えながらDJは曲を選び、そしてつないでいるのか?
沖野 修也 (著)

バンドスコア/音楽教則本界のリーディングカンパニー、リットーミュージックからこんな本が出たそうです。今までもDJ関連の書籍は色々出ていますが、理論的に書かれたのは「世界初の試み」だそう。

★DJの思考回路を論理的に記した世界初の試み「選曲論」
★ラリー・レヴァンほか有名DJ12人の選曲メソッドを徹底分析
★沖野修也による誌上オリジナルDJミックスを3パターン収録

世間的には「無軌道な若者達」の代表として認知されているDJ(実際はマジメな好青年ばかりで、そんなことは無いと思うのですが)。彼らのための理論書が出てしまうとは、勉強大好きニッポン人の面目躍如です。

ノートは買いましたか

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ほぼ日手帳、周囲に二人ほど、お仲間を確認しました。そのうち一人は、先日のニッキを見て購入したとか。実は自分の姉なんですけど…手帳の購入よりも、そんなにツブサに弟のニッキを読んでいた事に驚きました。姉は、件の手帳成功本「一冊の手帳で夢は必ずかなう - なりたい自分になるシンプルな方法」も図書館で借りてみたと言っていました。僕の要約は概ね正しいらしい。

ほぼ日手帳の元になった「ほぼ日刊イトイ新聞」で、糸井氏が「『夢を叶える!』わけでもない、85点くらいの手帳です。」と「成功手帳」をチクリとやってました。やっぱ、意識してるんですね。

手帳は買いましたか

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僕は、今までスケジュールやアドレスの管理に、PDAというモノを使ってきました。社会人一年目から使ってますので、もう丸8年になり、今使っている奴は3代目です。

最初は、海外製の機械を買い、フリーのソフトウェアで日本語化して使っていました。当初は普通の店ではあまり売っていなかったので、ちょっとした優越感すら感じていましたよ。ところが人気が高まったところでソニーが参入。そりゃ日本メーカーだったら日本語も使いやすいに決まっているので、僕もソニー製に乗り換えました。

ところがところが、そのソニーが今度はPDA市場から撤退。それまでこの種のPDA(PalmOS搭載機という)を愛用していた人は一気に難民に転落してしまいました。今のところ壊れても居ないので困ってはいないものの、そろそろ別の手段も考えなくてはと思い始めました。

今度は、どうしようか。大企業の論理に振り回されないデバイスにしたいと思っているのですが、吹き荒れる企業買収の嵐の中にあっては、ソフトウェアだろうがハードウェアだろうが、これで確実!というものは存在しません。消去法で一番確実なものは何か、と絞り込んでいくと、昔ながらの紙と鉛筆の手帳になってしまうのです。

同僚の中国人たちに現代美術のスペースの使い方を知って貰おうと、798ビエンナーレに再び行きました。先日廻ったところを案内し、僕自身はその他のギャラリーを2・3、廻ってきました。主だったところは大体見たつもりですが…まだ他にも、面白い展示はあるかもしれません。

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隋建国 [Sui JianGuo]

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798芸術区を歩くと、アートがそこここに転がっているのに遭遇します。パブリックアートではありません。保管場所に困って外に出していたら、パブリック化してしまったということなんでしょう。製作場所が集中する798ならではの風景です。

明日でオシマイ。



いよいよこのニッキも明日でおしまい。でもいろいろやらなきゃならん事があるので、またまた手短。11日のベッドでのパーティには是非いらして下さい。

バーバレラの原作はフレンチ・コミックなんですね。絵をごらんになると分かると思いますが、「コブラ」にも出てくるような人体改造的なイメージもあって…ほんとにこのあたりがネタ元なんではないかなー、と思っています。

閑話休題



「未来セクシー」のお話が続いていますが疲れたので閑話休題。

正月は、「コブラ」の他にもこんな本も読みました。クリスチャン・ワースター著「ザ・コンピューター 写真で見る歴史」。最近、良い本を出すようになったタッシェンから。

遂に和訳版が出たので買ってみました。タイトル通り、コンピューターの歴史を豊富、かつ素晴らしい図版で解説していて、ネタ元としても良い本だと思います。いや、何のネタかはともかく。

テレビを見ていると、どこの市町村にでも、「おまえら何して食っとるんじゃ!」と叫びたくなるような郷土史の専門家が居ますね。年金生活の余生は郷土史家として生きようと常日頃願っているボクとしては、コンピューターも押さえとかなきゃなりません。目指すは、ビット・バレー渋谷の郷土史!

未来セクシー#2



次に引っ張り出したのはこの本。長澤均著「パスト・フューチュラマ ~20世紀モダーン・エイジの欲望とかたち~」(フィルムアート)。

タイトルにあるように、過ぎ去った未来―つまり、20世紀の人々が思い浮かべた「未来像」について、グラフィック、プロダクト、ファッション、建築・インテリア、等々のデザインを通して論じています。著者の趣味を反映し、少々偏っている嫌いもあるにはあるけれど、大変面白い本でして、以前このニッキでも紹介したレイモンド・ローウィらによる「流線型」デザインもかなりの紙面を割いて論じられています。60sのレトロ・フューチュア・デザインに興味ある方にオススメ。

「コブラ」に出てくるような、ゴムのようにカラダに貼りつくフェティッシュ・ファッション。この本によると、ポリ塩化ヴィニール(PVC)のような未来的な素材は、は60年代にデザイナーのルディ・ガーンライクがミニのワンピースに使っているものの、実際にフェティッシュ・ファッションとして定着していくのは80年代も後半との事。この点においても、「コブラ」は恐ろしく先駆的なマンガということになってしまいます。

いやそれはそれでいいんだけどさ。

未来セクシー#1



おがたさんから「コブラは連載第一回目しか読んでいないのですよ。スゲーと思ってから二十数年があっというまに経過しました。」とのヴィヴィッドな反応を頂きました。

時は未来―平凡な毎日を送っていたサラリーマンが、退屈な毎日に飽きてバーチャル映画を見て、宇宙をまたにかける海賊という自分の過去を思い出すという第1回目は、確かに刺激的でした。今思えばちょっと凡庸な感は否めませんが、少なくとも当時の少年にとってはそうだったでしょう(ボクは当時4才なので知りません)。

マンガ「コブラ」が連載されたのは1977~1984の間。1977年といえば「スター・ウォーズ」、「未知との遭遇」というエポック・メイキングなSF映画2作が公開された年でもあります。SFブームに乗っけて、新しいタイプのマンガの連載を始めた…というのが正直なところでしょうが、これら2作とも、フェティッシュな衣装をまとった美女が活躍する訳ではありません。はて、未来派セクシー美女のルーツはどこなんでしょう。

「コブラ」に出てくるような人体改造やサイバネティクスの暗いイメージは、明らかにサイバーパンク的。ところがサイバーパンクの旗手、ウィリアム・ギブスンが活躍したのは80年代です。未来都市の姿を映像化した、と建築に大きなインパクトを与えた映画「ブレードランナー」にしたって82年。これだと、「コブラ」は恐ろしく先駆的なマンガであったということになってしまいます。いやそれはそれでいいんだけど、そのまま鵜呑みには出来ません。夜も眠れない。

ところで、ウィリアム・ギブスンの文章ってカッコイイよね。最初は読みにくいけど、SF映画の映像を思い浮かべながら読むと楽しく読めます。そういった映像ソースが無い時代は、この本読みづらかっただろうなぁと思います。

コブラ



トーキョーに帰ってきました。
寝正月。寝すぎて頭痛がするくらい、ひたすら寝倒した正月でした。寝るにも限界がやって来るので、古本屋に行ってマンガを買いこみ、それを読みながらまた寝る、という生活。もうすぐ30になる男がやることか、という感じですけど。

一冊100円で売っているのを発見した少年マンガ、寺沢武一による「コブラ」。みなさんご存知でしょうが、サイコガンという銃を右手につけた宇宙海賊コブラの大冒険。キャプテンハーロック的スペース・オペラに、ギブスン的なサイバー・パンクのスパイスを振りかけたような世界で活躍する007のようなベタなキザ男、といった感じでしょうか。登場する女性は一人残らず美女、かつスタイル抜群でフェミニスト団体が卒倒しそうな格好なのも007的です。「少年ジャンプ」を読む小学生達(つまりボク等の世代)の「性の目覚め」を加速させたマンガ、といっても過言。いやそれはいくらなんでも言い過ぎ。

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