October 04, 2008

いよいよオープン

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諸事情により仕事の話はあまり書いてこなかったが、そろそろ書いてもいい頃だろう。

10月18日、磯崎アトリエの担当者として、ここ5年近く取り組んできた中央美術学院の美術館がオープニングを迎える。過去の現場写真を眺めていると、ローカルや職人達との思い出が蘇る。といってもほとんどが怒鳴ったり怒鳴られたりした記憶。今でこそお互い笑って話せるが、まさに悲喜こもごもだった。

書いたスケッチや図面の数は、おそらく数千枚になると思う。数千カ所を検討したのではなく、全ての箇所で何度も試行錯誤したためにとてつもない量になってしまった。
「これ、できる?」
「うん、もちろんできる。簡単だ」
「やっぱりできない」
「なら、こうすればできるはずだ」
「やってみる」
「やっぱりできない」
そんなやり取りを幾度繰り返した事か。ローカルや施工の担当者は、辛抱強く付き合ってくれた…最後は「日本人建築家の仕事は二度とやりたくない」と笑いながら言われたが。

中国を代表する有名大学の付属施設、アートについて理解のある施主。ローカル達にも「こんなに恵まれた仕事は日本でもない、中国の限界を知る一生に一度のチャンスだ。粘れるだけ粘ろう」と言い聞かせ、似たような図面を何度も描き直させた。

しょっちゅう施主の元を訪れ、説得を試みた。粘りすぎて、施主から「東福、お前はよく頑張った。それは分かったから頼むから止めてくれ」とストップが入る事もしばしばだった。とはいえ、理解のある施主であることは確かで、僕の提案はかなり受け入れてもらえた。

正直、構造が上がり始めてからも、この建物は果たして完成するのだろうか?と半信半疑だった。工事がだいぶ進んで内装に入った頃、手持ち無沙汰の職人達がボーッと天井を眺めているのを見て、やっと、これは良い建物になる!という確信を得た。

4年もの間、中国的システムに対して愚痴りながらも、それを心のどこかで楽しんでいた。まあ、そのくらいの気構えでなくてはココでの仕事はできない。来たばかりの頃は、中国の建築生産のシステムが分からずにとまどうばかりだったが、試行錯誤を繰り返すうちに、中国でクオリティーの高い建物を作るコツが掴めてきた気がする。次からはもう少し効率的に仕事ができると信じたい。

いろいろ思い出されるなぁ。

…と、センチメンタルな気分に浸りたい所なのだが、オープニングが終わって一区切り付くまではまだまだ気の抜けない状況が続く。格好悪い家具を発注しないように目を光らせたり、雑誌の取材対応をしたり…まだ仕事は残っている。

つーか、オープニング本当に間に合うの?って状況なんですが…

雑誌発表の状況はこちらで紹介しています。日本の専門誌での発表はもう少し先になりそうです。最も一般向けだと思われるSANKEI EXPRESSの記事はこちら

投稿者 tofuku : 06:21 PM | コメント (5)

September 23, 2008

今月の草場地

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9月10日から一週間ほど東京へ戻っていた。いくつかの打ち合わせをこなし、いくつかのパーティーに参加し、家族や友人と食事をし、ビザの申請や各種料金を払い込み、北京では買えないガジェットを買い込み、20日から始まるMizuma & One Gallery展覧会の進行状況を見届けるべく北京に舞い戻る。

ジュン・グエン=ハツシバさんの作品。上部に浮かぶ無数のペーパー・オブジェクト(1000個以上あるという)は、ヴェトナムの伝統的な副葬品。お盆の時等に燃やし、黄泉の国の死者へ贈るという。部屋は薄暗くされ、壁は全てブルーに塗られ、まるで海底のよう。床に置かれた鏡面仕上げの地球儀には、覗き窓があり、覗くと、世界地図の上に数字が書かれているのが見える。世界各地で起った天災や大量殺戮の座標・時間がプロットされているという。

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もう一つの作品。これもまたヴェトナムのお盆グッズが参照されている。走馬灯のように、なんて言うけれど、灯籠やら蝋燭に死のイメージを重ね合わせるのは世界共通だ。

力の入った展覧会なので、オープニングに来れなかった方も期間中に足をお運び下さい。

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近くの北京ファインアーツでは名和晃平氏の展覧会。この部屋の設計は迫さんがやったという。東京的な感覚をココまで持ってこれる力量はさすが。

草場地には、オリンピック前までにさらに4−5軒のギャラリーがオープンしている。

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その一つ、リー・スペース。学校を卒業したばっかりの作家/または学生の作品に力を入れている。うねった床を作ってしまうという力の入れようだが、職業柄、細かい所に目がいってしまう。なんか文化祭みたいだよなぁ、と思ったが、ギャラリストの人達の「若手の作品を壁にそのままかけたのでは、もっとみっともない。多少クオリティーは低くてもパワーを感じさせる展示をした方がいい」との話を聞き、なるほどと思う。

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北京空間という新しい画廊のそばで見かけたインスタレーション(?)。雨が降ると面白いことになるかもしれない。

投稿者 tofuku : 04:59 AM

September 18, 2008

ジュン・グエン=ハツシバ "The Globe Project in Beijing"展のお知らせ

9月20日(土)より、北京/草場地のMizuma & One Galleryにて、ジュン・グエン=ハツシバ氏による開廊二回目の展覧会"The Globe Project in Beijing"が催されます。私共は、グランドオープニング時に行った内装の設計に引き続き、メイン・ホールを一杯に使った大型インスタレーションに関する技術的なサポートをさせて頂きました。

オープニングレセプションは、9月20日(土)15:00ー17:00に予定されています。東福も現地に居る予定ですので、皆様お誘い合わせの上、是非いらしてください。

詳しくはこちら

投稿者 tofuku : 06:34 PM

September 05, 2008

これも終わっちゃってますが。

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入口に掲げられた開幕式のコンセプトドローイング。北京の地図の上に巨大な足跡が点々と…開幕一週間前に完成したばかりとか。

9月2日まで、中国美術館で開催されていた蔡国強"I Want to Believe"展。ニューヨークのグッゲンハイム美術館で行われた個展の巡回に、オリンピック開幕式の花火パフォーマンスを題材にした巨大なドローイングを加えた展覧会。会期が二週間そこそこしかなく、非常に短い。オリンピックにぶつけるためにかなり無理をしたんだろう。

中国美術館は中国でかなり権威ある美術館だが、設備がとても古く、空間も現代美術向きではない。ベニューに問題はあるけれど、展示のヴォリュームはかなりのもので、作品は一度見てみたかったものばかりだった。展示の仕方がちょっと乱暴なのは残念だった。少なくともこの美術館のテカテカの大理石の床はなんとかして欲しい。

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レセプションの模様。一番手前が蔡氏。日本で活動した時代もあり、日本語も堪能…らしい。同行させて頂いた方は、蔡氏とは古い知り合いだったが、それでも簡単な挨拶くらいしかできなかった。だから、僕は未確認。

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その後、東京とNYからいらした美術関係者の方に同行して、北京ダックの有名店「大憧」へ。席が空くのを待っている間は、ダックを焼いている所を見る事ができる。僕はこの店の「白菜と栗のサフランソース」が好きで、これは北京一旨い料理だと思っている。ダックのスープはクセがあり、美味しいものではないけれど、それが栗と白菜と合わさると非常に上品な味になる。この料理を食べている間、皆が無言になってしまうほどの逸品。

北京で食べるならコレですよ。

投稿者 tofuku : 08:38 PM | コメント (0) | トラックバック

August 13, 2008

CG処理…

始まる前から予想された事だけれど、色々噴出してますな。

オリンピックの開会式の花火の空撮映像。その殆どがCG合成だった、というニュースが。今見返してみると、特に発射の瞬間がうさんくさい。あの映像を見ながら、「あれ?北京の上空ってもの凄い航空管制が敷かれてるんじゃなかったっけ?地対空ミサイルで撃墜されないの?」という疑問が一瞬脳裏をかすめたけれど、まさか合成映像とは思わなかった。

オリンピック関連のCGの殆どを製作しているのはクリスタルCG(水晶石数字科技有限公司)という、中国最大のCG制作会社だ。この会社、北京の有名プロジェクトのパースやムービーは殆ど作っているので、建築関係者にはかなり名が通った存在だ。テレビCMなどにも仕事が多く、日本で目にする中国産CGの殆どはこの会社のモノだと思っていい。

とってもとっても儲かっているらしく、空港にデカデカと広告があったりする。また、自社ビルはCCTVの設計でおなじみ、オランダのOMAに設計を依頼しているそうだ。確かにココのCGは格好良く、一度は頼んでみたいなぁ…と思っているけれど…高くて手がでない。せいぜい、この会社から独立して細々とやっているレンダラーに頼むのが関の山だ。

話はそれたが、件の映像も、おそらくクリスタル製だ。

このニュースがウェブ上に出た時、僕が開会式で大興奮していたのを知る人から慰めの言葉(?)を頂いた。

・国威発揚のためにはやむを得ない(ついでに女の子の口パクも)
・レニ・リーフェンシュタールの「オリンピア」だって、市川崑の「東京オリンピック」だって、別撮りだらけじゃん。

って、慰めになってるか?2つ目にいたっては、記録映画であってライブ中継じゃないし…。そもそも僕を慰める意味がよくわからない。

まあでも、有り難うございます。

ちなみに、勘違いしている人が居るみたいだけれど、足形の花火は実際に打ち上げられている。Youtube上にもメイキング映像(の番組?)が上がっていて、準備や練習の様子を見る事ができる。

花火を担当したアーティスト、蔡国強の大規模な個展が、19日から中国美術館で始まる。CG処理は彼の指示ではないだろうけれど、展覧会の前にちょっとミソがついちゃった感じだなぁ…

投稿者 tofuku : 04:37 PM

August 09, 2008

始まってしまいましたね

北京のあちらこちらに「オリンピックまであと何日」の表示板がある。最初に来たときは余裕で1000日を超えていたのに…。感慨深いものがある。

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先週末、韓国の設計事務所、IROJEの北京代表の趙さん、松原事務所の勝田さんと飲んでいた時に、来週の開幕式をみんなで見ましょうよ、という話になり、IROJEの事務所を提供してもらって「開幕式を観る会」をすることになった。飲みながら話をしているときには「ロシア人のダンサー雇ってさぁ!」なんて盛り上がっていたのだけれど、自分にモンゴル出張の予定があるのをすっかり忘れていた。その上、出張から戻るなり風邪でダウン…。趙さんと勝田さんに準備の殆どを頼りながらも縮小に縮小を重ね、最終的には「ゆるゆる」でコージーな感じで楽しみましょうよ!という会になった。でもでも、突然の誘いにも関わらず20人くらい集まってくれて、楽しく観る事ができた。皆さん有り難うございました。

2年程前、北京のバーで、開幕式の仕事をしている、というデザイナーと話をした。チャン・イーモウを頂点として、セクション毎に世界各国の演出会社が関わっているんだそうだ。香港出身で、イギリス系の会社を手伝っていた彼女は、どんな内容かはもちろん言えないけれど、歴史に残る凄い開幕式になるわよ、とだけは教えてくれた。

政府高官へのプレゼンが当日になって突然セットされたり、逆に突然キャンセルされたりで、とっても大変そうだった。チャン・イーモウは政府の言う事を良く聞いているわよ、そういった意味でも凄いヒトよ、とも言っていたので、「この部分はあんまり良くないな、後からムリヤリ突っ込んだんだろうなぁ」とか想像しながら開会式を観ていた。中国の仕事、とりわけ政府絡みの仕事は、政府高官からの横槍が度々入り、それに対応するのに膨大なエネルギーを必要とする。いくら国を代表する映画監督と言えど、場所が場所だけに政治圧力と無縁では無かっただろう。それをあの一連の演出にねじ込んでしまうのだから大した力量だ。

しかしまあ、凄い演出だった。北京全体を使ったダイナミックな花火。蔡国強(ツァイ・グオチャン)という人は、20年程前に火薬の爆発を使って万里の長城を延長する、というアースワーク的なパフォーマンスをやったくらいの人なので、デカい事やるだろうなぁとは思っていたけれど、分かっちゃいたけどやっぱり凄い。

エンターテイメントとしても、アートとしても、そしてもちろん、中国自体のプロモーションとしても一級だと思った。中国の数のパワー、テクノロジー、歴史…がいかんなく注ぎ込まれている(しかもお得意のワイヤーアクション付き!)。現代的に洗練されたマス・ゲーム!

このところ、海外メディアの報道内容が単なる中国批判を通り過ぎ、なんでもかんでもネガティブな内容に持って行こうという奇妙なバイアスがかかっている状態が続いていた。中国は問題だらけの国なのは事実で、問題をあげつらえばキリがない。いくら中国の自業自得とはいえ、報道の優先順位に首を傾げる事が多かった。

でも、このセレモニーに関しては、どのメディアもほぼそのまま放送せざるを得ない。中国は、バイアスが解除されるその僅かな一瞬を、最高のアーティスト達を動員してコジ開け、世界の視聴者に直接アピールする事に成功したのではないか。「文化」で革命を起こそうとしたくらいの国だから、アートの持つ力を利用するのはお手の物なのかもしれない。海外メディアの中国報道に対して感じていたモヤモヤが、スカッと晴れたような思いがしたのは、僕が中国人化してきている証拠なのかな?

地域によって格差はもちろんあるけれど、モノの生産に関しては日本の優位性はかなり少なくなって来ているように思う。残るはコンテンツ力だけれど…中国はコンテンツに関してもメキメキと力を付けて来ているのが、このセレモニーからもハッキリと感じられるだろう。日本が、本当に脅威を感じるべきなのはそこだ。毒ギョーザや段ボール肉マンも大事かもしれないけれど、そんなニュースばかりを見るのは、本当の「中国の強さ/怖さ」から目をそむける事にしかならない。中国を敵視するのは自由だけれど、敵なら敵をキッチリと見極めよう。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」だ。

おいおい結局、孫子かよ。

正直、今までは外国の教育を受けている、もしくは外国人である、というだけで仕事ができている所があった。これからは、中国の凄まじい発展をどうキャッチアップしていくか、というのが重要になってくるなぁ。色々考えさせられた。

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誰かの国の選手団が入場するたびに乾杯。すっかり二日酔いになってしまいました…

投稿者 tofuku : 10:46 PM

May 17, 2008

唐山と地震と

1500キロも離れた北京で揺れを感じるなんて…想像を絶する。

北京からそう離れていない所に、唐山という都市がある。今から約30年前、ここをマグニチュード7.8の直下型大地震が襲った。犠牲者は発表によると24万人以上、本当はその倍は居たのではないかとの説もある。92%の家屋が倒壊(真偽の程は確かではないが、残った建物の殆どは日本統治下に建てられた物で、そのため当地では日本の建物に対する信頼が厚いと聞いた)。未曾有の大災害であったにも関わらず、中国政府は他国の救援を断り、被害を拡大させた。

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唐山にある「抗震記念館」。「抗日」ではない。

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市内には、震災を受けた工場等がそのまま保存されている場所がある。一部は公園として整備される予定だと言う。

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記念館の中の展示では、中国国内から派遣された救援隊の活躍がヒロイックに描かれていた。中国人民の勝利。非常に政治的な内容だ。何もかもが政治に利用されてしまうというのは中国ではいつもの事で、今回の四川省の大地震とて例外ではない。テレビの特別番組には、本日現地入りした胡錦濤氏が被災地の視察風景や、救援隊の美談がふんだんに織り込まれている。

だからといって日本の報道が偏向してないかというと、そうではないのが悲しい所だ。中国の構造設計に関して、日本の某テレビ局の取材を受けた人の話を伝え聞いたが、「中国ってやっぱり酷いですね」というストーリーありきの取材だったらしい。

僕は、中国で大規模施設の設計経験が豊富とは言えないが、幾つかの例を思い返してみると、中国の耐震設計は日本ほどには綿密ではないものの、案外ちゃんとしている、という印象がある(凄まじい勢いで建設技術が進歩している国なので、最近設計された比較的新しい建物に限定させてもらうけれど)。今回倒壊した建物も、中層までの比較的古い建物が多いようだ。

あまり知られていないようなのでついでに書くが、建物の避難や消火設備に関する法規についても、日本と同等、それどころか日本より厳しい所も散見される。意外かもしれないが建物の身障者対応もかなり厳しい。「中国だったら法規も未整備だろうから、なんとかなるだろう」とナメた図面を持って中国に乗り込み、痛いメに会った僕が言うんだから間違いない。

日本のメディアー日本人自体がそうなのかもしれないが—は、どうしても中国を「民度の低い」、精神的に/文化的に/技術的に立ち遅れた国として見たがる所がある。確かにメチャクチャな所はあるが、本当にそのとおりの国だったら日本にとって何ら脅威ではないだろう。製品の生産量だけではなく、イビツではあるが多方面で凄まじい勢いで発展し、一部では日本を凌駕しつつあるから脅威なのだ。今の日本の中国報道は単なる気休めだ。本当の脅威を見極めてから恐れるべきだ。本当に、案外ちゃんとしてるんだから。あくまで「案外」だけどね。

話がそれたが、政治に利用されやすい大災害においては、迅速かつ最大限の援助を行うのはもちろんだが、チベット問題等の諸問題がウヤムヤにならないよう冷静にウォッチする事も重要だ(チベットの一部は震源から近いにも関わらず、被害状況は未発表の部分が多く、海外メディアも入れないという)。


日本からの救援隊は青川県という場所で活動を開始した模様で、中国のテレビでも大きく報道されている。もちろんこの報道にも政治的な意図があるんだろうが、同じ日本人として素直に誇らしい事で、ぜひ地震国日本のノウハウを生かして活躍して欲しいと思う。

来週には、ある日本人建築家が現地入りするという。また、アーティスト、ロンロン&インリによる写真芸術のギャラリー、三影堂撮影芸術センターでは募金やチャリティーオークションを開催するという。北京に居ながらこれといった活動ができてない僕としては、本当に頭の下がる思いだ。

投稿者 tofuku : 03:24 AM | コメント (2)

April 22, 2008

Mizuma & One Gallery

この数カ月取り組んできた北京のギャラリーが、4月26日(土)、ついにオープニングを迎えます。皆様ぜひお誘い合わせの上お越し下さい。

詳しくはこちら

20080504追記:いらして下さった皆様、有り難うございました。

投稿者 tofuku : 11:18 PM | コメント (2)

December 05, 2007

UCCA

もう1ヶ月も前の話でごめんなさい。

11月の初めに、798芸術区にUCCA [Ullens Center for Contemporary Art]がオープンした。ガイ・ユーレンス卿(男爵)は中国の現代美術の有力なコレクター。2000点に及ぶという彼のコレクションを展示する大規模な美術館である。入場料30元。月曜休。

798の画廊たちが如何に大きいとは言え、700〜800平米前後のものが殆どだ。その中心に突如出現した8000㎡の美術館。北京のアートシーンの盛り上がりは頂点に達したと言えるだろう。この美術館の設立の話は、2年前からずっと噂になっていた。やっと、という感じ。

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2年前の日記に、改装前の同じ場所を撮った写真があるので、見比べてみてほしい(5〜8枚目)。古い(ある意味味があった)工場のインテリアは全て白く塗りつぶされ、完全な西欧型の美術館へと改装された。「西欧の美術のあり方をそのまま中国に押し付けるコロニアリズムだ」との批判もあるし、「こういった西欧型美術館も一つは必要だ」との同調意見もあるそうだ。

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一応、という感じで残された既存の機械。

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現在やっている展覧会は中国の現代アートを俯瞰するもの。1985年から中国の現代美術は始まった、という態度は、館長の费大为[Fei Dawei]氏の持論だそうだが、この点についてはいろいろと議論があるらしい。

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先日の日記でも触れた徐冰[Xu Bing]の作品がメインスペースに展示されている。

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中国の実験芸術の第一人者、呂勝中[Liu ShengZhong]の作品「招魂堂」。もともと中央美術学院の民間芸術の教授だった美術家で、中国の伝統的な切紙、特に「小紅人」と呼ばれるヒト形を表現に使う。この作品は元々、1990年に中央美術学院内の彼のスタジオで行われたインスタレーションだが、部屋丸ごとが忠実に再現されている。

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オープニングの規模も北京では類を見ない規模だった。プレスオープニング、招待客800人の晩餐会、本オープニング、招待客1500人のパーティ…と二日間に渡って行われた。最後のパーティはモエ・エ・シャンドンがスポンサーで、シャンパン飲み放題だった。100人くらいのウェイターたちが注ぎまくる。

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中央がボディガードに守られたユーレンス夫妻。

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パーティのドレスコードは「グラマラス」だそうで、その解釈に悩んだ。英語ネイティブの友人によると「グラマラス?聞いた事ないわねぇ。私はタキシードだと思う」との事。また、日本人の友人たちからは「吉本の芸人みたいに大きな蝶ネクタイしてくんじゃない?」とか「それに金ラメのジャケットを合わせれば完璧!」「それは確かにグラマラスだ!!」など、非常に親身になったアドバイスを頂いた。まあ僕もダテに3年以上も中国に居る訳じゃない。どんなドレスコードを課そうとも、多くの中国人客はジーンズ姿で現れるであろう事は容易に想像できた。でも、僕までジーンズ姿で行ってしまうと完全に中国人にとけ込んでしまう。外国人としてのプライド(?)を死守すべく、シャツとネクタイだけはして行った。

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会場で行われたパフォーマンス。

投稿者 tofuku : 08:36 PM

December 04, 2007

ネツケ

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ご無沙汰してしまいました。仕事が区切りを迎えており、忙しい毎日です。

秀水市場という北京のオミヤゲマーケットで見つけた小さな木彫りの彫刻。獅子(もしくは犬)の顔やシッポが長さ5センチくらいの楕円形のボディに刻み込まれている。足はない。どことなく可愛らしくもあり、フリークス的なオドロオドロしさもある。そんなデザインのものを選んだ。

完成度は遠く及ばないものの、日本の根付(ネツケ)と呼ばれる伝統工芸品に似ている。根付とは、キセルや印籠を帯に留めるための留め具のようなもの。粋でユーモラスな意匠が施されたものが多く、蒐集家も多いそうだ。江戸時代の携帯ストラップ的存在とも言える(漫画「ギャラリーフェイク」のウケウリで恐縮です)。

この中国版根付も、胸の部分に穴が明いていて、紐を通す事ができる。これが果たして中国の伝統的な小物か、オミヤゲ用に作ったものなのかは不明。店頭でのバリエーションの多さ(一つとして同じものがない)や、彫刻の線のクセ、木目への気の使い方などから、装飾家具の指物師が、余った材料を使って手すさびに作ったものなのではないかと推測する。ついでに売ってお小遣いを稼いでいるのではないか。

まあ、紐を買って来て、携帯ストラップとして使ってみよう。

売り子が提示した値段は95元(約1500円)、それを30元(約500円)まで値切った。これはかなり頑張ったぞ!と思い、中国人に「これいくらだと思う?」と自信たっぷりに聞いてみたところ、「うーん、15元くらい?」とか「俺は10元以上は出さないな」なんて答えが返って来た。完全な外国人価格で買ってしまった。いや、外国人だから仕方ないんだけれども、中国人との交渉はかなりできるようになって来たなと自信を深めていたところだったのでちょっと悔しい。まだまだ修行が必要だな。

買った秀水市場は、観光スポットとして有名で、いつも外国人であふれ返っている。売り子には、英語、韓国語、日本語、ロシア語を流暢に話す子が少なくない。ブランド品のニセモノが横行しており、当局が何度も引き締めを図っているが、そこはシタタカな中国人、ハイそうですかとなる訳はなく、店はあの手この手を駆使してニセモノを販売している。ブランドに詳しい女性に聞くと、ココで売っているコピー品は所詮はB級品で、もっと品質の良いものはアンダーグラウンドで流通しているらしい。ここは元々はシルクの市場だったので、シノワズリーなジャケットやシャツ、スカーフなどを買うのが良いと思う。可愛い柄のものが沢山ある。

ギャラリーフェイク (5)

投稿者 tofuku : 02:26 AM

October 27, 2007

難しい漢字#2

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ビァン!

以前紹介した、中国最難漢字と思われる「ビァンビァン麺」の「ビァン」の字。

中国人のスタッフに、難漢字に関する面白いページ(正確にはブログのエントリー)を教えてもらった。インターネット投票による難読漢字ランキングである。画像を転載するのもなんなので、どうぞリンク先をご覧ください。

1位はやたらと頭でっかちな恐ろしげな字。「悪魔払い」というような意味があるそうだ。

2位は「ビァン」がランクイン。

3位はクネクネと這いずりまわる一筆書きの字。なんでも、「一」を崩した字だという。一番簡単なはずの漢字がとっても難しくなっているんですけど…

以下21位まで、ドクドクしいながらも遊び心溢れる字が続いてゆく。

既存の字を組み合わせる事で新しい字、そしてコンセプトを生み出してゆく。漢字文化圏とはそういう「合体モノ」の文化圏なのかもしれない。中国皇帝の象徴である龍は、「角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼あるいは兎、体は大蛇、腹は蜃もしくは蛟、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似る」という。ある中国人は、これこそが多民族を呑み込み、同化させてきた中国の象徴だと言っていた。西洋人が物事を構造的に見直すことで新しいアイディアを得ようとするのとは対照的に、漢字文化圏の人たちは、既存のアイディアを組み合わせて新しいアイディアを得るのが得意なのかもしれない。そこらに居る動物達を組み合わせることで想像上の動物のイメージを生んだように。

コンセプチュアル・アートとか、ニューラル・ネットワークみたいな言葉を一つの漢字にしたらどんな風になるんだろう、なんて空想する。

80年代~90年代にかけ、中国から日本経由で世界へ出て行ったアーティストとしては蔡国強氏が有名だが、それと並ぶ美術家に徐冰[Xu Bing]という人が居る。漢字を通して、表音文字文化圏と表意文字文化圏、あるいは、西洋と東洋の断絶を浮き彫りにする、そんな作家だ。

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798で買った"Square Word"という本の表紙。よく見ると"Square""Word"がそれぞれ一字に纏められている。この本はその"Square Word"で英文を書くための手引書の体裁をとっており、これに従えば、どんな英単語も漢字風に表記できる(はずだ)。もちろん中の文章も"Square Word"で書かれていて、"international"だとか"calligraphy"なんて字は大変なことになっている。一つ一つの漢字(あるいは英単語)を判読していくのが楽しい。

The Art of Xu Bing
この本の表紙は"Xu Bing"。読めますか?

投稿者 tofuku : 06:27 PM

September 25, 2007

中秋節とゲッペイと

今日は中秋節の前日ということで、例によって月餅があちらこちらから届いている。今年は3箱で計30個くらい。頂けるのは有難いんだけど、こんなにもらっても食べきれないよ…毎年半分以上はダメにしてしまっている。箱を開ける気にすらならない。日本の年末に飛び交うカレンダーと似た感じだが、こちらは食べ物だけに始末が悪い。

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過剰包装の極致。

今日は中秋節を祝って施主、現場、ローカルとの食事会だった。どの道も大渋滞で、タクシーが使い物にならない。仕方なく降りてレストランまで歩く。食事中は乾杯合戦。居る人間のすべての組み合わせで杯を干しあう感じだ。16人いたら、一人一人と15回。そしてゼネコン全員と1回、施工管理全員と1回、施主全員と1回、出席者全員で1回…合計19回のイッキ飲み。「毎年コレで日本人駐在員が2・3人、急性アル中で亡くなってるんだよ」との牽制もむなしく、結局飲まされる。

明日から、国際交流基金主催の展覧会が798で開幕する。ギャラリー3つを使った大規模なもので、参加する作家も有名どころ。作家さんの4分の3ほどは来中して設営を行っているとの事だ。先週行われた北京アートフェアや、他の日中国交正常化30周年記念イベントとの相乗効果で、日本の美術、ファッション、デザイン関係者が北京に勢ぞろいした印象だ。テレビや雑誌で見知った顔が北京の工場の中をゾロゾロ歩いている…ちょっと面白い風景だった。

本日、プレス向けオープニングが開かれ、展覧会を覗かせてもらった。中国で、空間を贅沢に使った展示ばかり見てきた目には、少々詰め込み過ぎに感じられた。まあ、中国に於ける初めての大規模な日本展なのだから、これくらい網羅的な展示をした方が良いという判断なのだろう。展覧会の模様は、様々な媒体で紹介されると思うので、そちらを御参照下さい。

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今、798で一番注目されている展示は、Continuaのアニッシュ・カプーア展。まさしく「空間を贅沢に使った」展示の極致で、大空間全体を使った巨大なインスタレーションがある。おそらく、カプーア作品の中ではテート・モダンのタービン・ホールで行われたインスタレーションに次ぐ規模だと思う。

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会場全体に渦巻上の経路、兼「風道」が作られている。中央上部に換気口があり、そこから静かに空気が吸い出されている。入口から換気口へと流れる空気は、会場全体に見えない空気の渦を作り出す。唯一、そのスパイラル状の流れを可視化しているのは中央から立ち上る霧だ。霧の竜巻に手を触れると、たちまち文字通り「霧散」してしまうが、10秒程で元に戻る。この手で自然を操るような、そんな体験がある。簡単な「機構」で、未知の「気候」を会場内に作り出す手腕は流石の一言だ。必見。

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もう一つ、大がかりなビデオ・インスタレーション作品が草場地のUniversalstudios-Beijingで展示されている。邱黯雄[Qiu Anxiong]の作品。入口は古い列車の中に直結している。すべての車窓には、近代中国の事件をまとめたビデオが繰り返し流されている。列車を降りると、真っ暗な倉庫の中に列車が置かれているのが分かる。つーか、この電車どこから入れたのよ!

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(写真がブレブレですみません)

日本でこんな大規模な展示が行われたらちょっとした事件である。少なくとも雑誌やテレビが放っておかない。こんな展示がサラリと行われているのが今の中国なのだ。

観た人に印象を聞くと、「日本人は、文化の中心は日本だと思っている所があるけれど、それが滑稽な事がよく分かるよね。完全に置いていかれてるもの!そして、追いつくのも不可能。中国の方がスピードが速いもの!」なんて答えが返ってきた。もちろん「そうそう長くは続かないでしょう」という冷静な意見もある。でも、このムーブメントが一過性のもので、やがて消えて無くなる砂上の楼閣だとしても、やった事実は記憶や体験として残る。残ってしまう。以前にも書いたけれど、その本質がどんなものであったにせよ、リニアモーターカーを作り/走らせた事実、有人宇宙飛行を成功させた事実は残り、次世代を準備することだろう…

月餅を頬張りながら、そんな事を考えていた。(結局食べてる)

投稿者 tofuku : 01:25 AM | コメント (2)

March 31, 2007

スローガンシティ #1

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街中であろうと職場であろうと、北京にはそこかしこに赤いバナーがベタベタと貼られている。内容は、スローガンじみたメッセージ、スローガンじみた標語、スローガンじみた注意書き…そしてそのものズバリのスローガン。功利主義者であり、自我の塊である中国人が、スローガンに書かれているからといってハイそうですねと従うとは到底思えないのだが…スローガンを書いている本人すら、その効果に疑問を感じているに違いない。

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投稿者 tofuku : 03:52 AM | コメント (4)

March 28, 2007

中国の赤 #1

今日はヴィヴィッドな写真を。中国の赤。撮り貯めた写真から切り出してみた。

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そういえば、今日の僕はシャツもパンツも赤い。

投稿者 tofuku : 08:18 PM

March 26, 2007

フートンファサード

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垂れ流しシリーズ2。

胡同地区。開発のアオリを受けて取り壊されまくっているとは言え、北京の2環路の内側ではまだかなりの数を見ることができる。観光コースには故宮、鼓楼周辺エリアなどがあるが、場所によって微妙に差があるようだ。これは故宮の東、北京駅近くのもの。それぞれの入口の設えが凝っている。ルネサンス風、中世風、そしてもちろん中華風…。たった10分程度歩くだけでも様々なバリエーションを見ることが出来る。それぞれの住宅の全体的な佇まいは殆ど変わらないし、材料も変わらない。でも、入口だけは頑張って自己主張している。中国人のメンタリティを見るようである。

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幾つか写真に収めながら、これを集めるのも面白いかなぁ、なんて考えていた。ベッヒャーの「インダストリアル・ファサード」という写真集を思い出した。工場を正面から撮り続けたシリーズ。アマゾンに無いかな…?と探していたら、"TYPOLOGIES"という纏まった作品集があり、買ってしまった。

TYPOLOGIES

投稿者 tofuku : 07:44 PM | コメント (2)

March 14, 2007

昨日のエントリー

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昨日のエントリーですが、ネットの不調のせいで、後半を吹っ飛ばしてしまいました。ホント、中国の(というか働いている学校の)ネット事情はヒドいんです。

忘れないうちにと、メモとして書き留めたつもりだったのに…結局思い出しながらもう一度書く羽目に。昼休みが無くなってしまいました。

798とそれを含む北京のアート・エリアについては、美術館設計のために集めた資料があるので、時期を見てまた書こうと思っています。…といいつつ2年近くが経つんですが…

投稿者 tofuku : 02:39 PM

March 13, 2007

ここんとこの798

先週、お客さんを案内するついでに、798を見てきた。丁度展覧会のオープニングシーズンだった。ちょっと書き出してみよう。

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798SPACEでは"The Terracotta Woman"というインスタレーションが。タイトルの通り、兵馬俑を女性へとコンバートしたもの。兵馬俑は全て男の兵士であり、ある意味、中国の伝統的男社会を表現するファルスそのものなのかもしれない。女性の兵馬俑たちは、赤子をあやすものあり、出産するものあり、経血を流すものあり…一つ一つ手間のかかった力作ではある。「中国人の作家も、こんな直球なフェミニズム表現をするのかぁ」などと思っていたところ、ノルウェイの作家の作品だった。中国人にとっては分かりやすい「現代芸術」らしく、幾つかの新聞で取り上げられているらしいが、僕はあまり面白いと思わなかった。

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共和国建国以降の中国では、建前としては男女平等だ。事実、女性の社会進出はめざましく、仕事相手も女性がかなり居る。だがその一方で、人身売買まがいの売春が横行しているような所でもある。ミスコンもしょっちゅう全国放送されているし…中国人にとっては、性の商品化と男女同権は矛盾しないものらしい。そういう捻じ曲がったダブル・スタンダードが中国のジェンダー、ひいては社会全体の特徴であり、西欧世界の問題意識との差異だと思う。中国の女性作家が、そういうところに踏み込もうとしているのを考えると…ちょっとヒネリが少なすぎやしないか。

・イタリアのサン・ジミニャーノに本拠があるCONTINUA。北京の798に支店を出したお陰で、このギャラリーは一躍有名になったという。展覧会は"One Colour"。ギャラリーが白と黒だけで埋め尽くされている。カラフルな中国アートばかりを見てきた目にとっては、眩暈を生むほどの迫力だ。アニッシュ・カプーアに白黒作品があるのは知らなかった。

・イギリス系画廊、Chinese Contemporaryでは中国の若手建築家達によるグループ展。建築の展覧会ではなく、アートワーク。MADの馬岩松[Ma YanSong:ここに何度か登場している早野氏のパートナー]は虹のようなオプティカル・インスタレーション(なぜか休止中)、主題工作室の王永剛[Wang YongGuan]は溶岩を切り出したような彫刻。中でも面白かったのは、朱ロンによる絵[一部]。OMAによるCCTV、アンドルーによる大劇院、PTWのウォーターキューブ、H&Mのオリンピックスタジアムが、中国風の食卓に並んでいる。外国人建築家が主要プロジェクトを手がけている現状に対する皮肉。

Paris-Tokyo Photo GalleryではAniu & Cyrus Cornut "Urban Oceans"とLiu Ren "Someday Somewhere"が。前者は西洋人から見た中国の都市風景スナップ。あまり新鮮さはない。作者は建築畑出身の人だそうで、同業者の視点から取られたものだからだろうか。後者はやなぎみわのエレベーターガールシリーズ風のセルフ・フォト・コラージュ。後者の作品が沢山売れていた。こういった作品は、自己愛や変身願望のストレートな発露が特徴なんだろうが、この作家の場合はちょっと違う。コラージュの背景も、本人の容姿も、異様にリアリティーがある(意味は察して欲しい)のだ。何も特別ではないものが組み合わさって特別になる。狙ってやっているのか。2年前に中央美術学院を修了した作家だそうだから、25歳くらいなんだろう。

東京画廊/BTAPでは「玩画廊」展。中国語では、シニカル・リアリズムは「玩世」と略される。「世間をモテアソぶ」というような意味で、それをモジって画廊版にしたということのようだ。日本の現代美術の浮遊感と共通するものがあり、親和性が高いと思う。Beijing-Tokyo Art Projectを謳う画廊に相応しい展覧会。

・北京で一番古い写真ギャラリーと言われる798 Photo Gallery(でもまだオープンして3年程度だろう)。 一昔までは発表できなかったような政治的な作品を扱う。ショーウィンドーの中の翁乃強[Weng NaiQiang]の文革ドキュメント写真にいつも見入ってしまう。ハッセルブラッドの正方形フレームの中に捕らえられた完璧な構図。凄い。欲しいけど、2メートル角はデカすぎる。

投稿者 tofuku : 10:30 PM | コメント (3)

November 12, 2006

また来た

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再び北京へ。最高気温10度、最低気温0度前後の毎日だそうだ。かなり寒い。

中国では、政府の指導で11月中旬までセントラルヒーティングを稼動できない。外国人にとって、暖房が入るまでのこの時期が一番つらい時期と言える。2年前の今頃には、余りの寒さに近くの料理店に逃げ込んだ。店内にももちろん暖房はなく、隙間風がピュウピュウと吹き込んでくる。辛い麻婆豆腐を頼んでカラダを暖めていた。あの冬に比べれば今年は過ごしやすい。それとも慣れてしまったのかな。

このニッキで何度も触れている798芸術区。この2年の間にもどんどん発展し、今ではリッチなアーティストと画廊がひしめき、巨大資本でもない限りは新規参入は難しくなってしまったようだ。新規の画廊は、その北にある「草場地」、東の「環鉄」、僕が働いている美術学院を隔てた西の「酒廠」、といったエリアに分散しつつある。

その「環鉄」の中のCurrents - Art and Musicという新しいギャラリーの展覧会のオープニングに行って来た。その名の通り、アートと音楽とのハイブリッドをコンセプトにした画廊である。張培力[Zhang Peili]というヴィデオ・インスタレーション作家の展覧会だった。中国におけるヴィデオ・アートのパイオニアである。

文革時代のプロパガンダ映画をデジタル処理し、空間に配置した作品。大きな容積を上手く使い切っているが、先週、森美術館でビル・ヴィオラ展を見たばかりの目には、プレゼンテーションがどうしても雑に映ってしまう。

中国の現代アートに溢れかえる文化大革命のイコン。本来は中国近代史の恥部であるはずなのに、中国の現代アートにおいてはまるで大いなる遺産であるかのようである。西洋人はもちろん、中国人まで熱心に見入っている。それだけ彼等にとって、インパクトのある出来事なのだろうが、僕はもう、少々見飽きてきてしまった。

来週には暖房が入る。

プラネット・マオ―文化大革命のグラフィック・パワー
著者の王明賢は、文革グラフィックの専門家であると同時に、現代アート・建築の評論家でもある。この本はグラフィックだけで構成。

投稿者 tofuku : 11:18 PM | コメント (2) | トラックバック

July 17, 2006

ART iT

前回のエントリーの写真を見て思い出しましたが、雑誌「ART iT」の中国特集は、本当に充実しています。中国アートに興味ある方、近く北京にいらっしゃる予定の方にはマスト!

ART iT (アートイット) 01月号 [雑誌]

ART iT (アートイット) 2006年 04月号 [雑誌]

投稿者 tofuku : 07:57 PM

February 10, 2006

原付さんぽ

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先週は中国の旧正月休みでした。思い切って南国に逃避しようかとも思ったのですが、外せない用事がポツポツと入ってしまい、まとまった時間が取れませんでした。結局、少し時間を見つけては東京の美術館や本屋を訪ねてプラプラする…という休みの過ごし方をしました。

原美術館まで行ってきました。道中は三田、高輪といった比較的起伏の激しい所で、自転車で行くのはチトきつい。買ってこのかたコレといった活躍の場がなかったEC-02がようやく日の目を見ました。

綱町三井倶楽部、高輪消防署(写真)、高輪プリンスホテル、旧竹田宮邸などの名建築が随所にあります。さすが元祖山の手・元祖セレブ地区。目的地の原美術館だって元々実業家の豪邸だもんなぁ。

開館5分前にたどり着いたオラファー・エリアソン展。入口にはもう、10人くらいの方が待っていました。なんでも、土日は作品鑑賞に支障が出る程の人出で、会期が延長されたんだそうです。

暗闇に霧を散布して人工的な虹を作り出したり、光をプリズムを通して分解し、それを用いて美しく空間を再構成したり、一室をカメラ・オブスキュラにしたり。ダ・ヴィンチやレオナルドの時代の、「プリミティヴな科学」の現代的な再解釈とでも呼べばいいんでしょうか。子供の頃、はじめて「学研のかがく」に触れた時のような新鮮な感覚がありました。

一方で、そんな「科学」のルーツは、人々を驚かせるための「魔術」や「奇跡」であった訳です。そんな、おどろおどろしい魔術的な雰囲気も同時に感じました。古の為政者が日食や月食を予言することによって人心を掌握した事と、エリアソンがテート・モダンのホールに巨大な人工の太陽を浮かべた作品:「ウェザー・プロジェクト」によってその名声を不動のものにしたという事実は、本質的には同じ事なんじゃないだろうか。そんな事を考えました。

小ぶりですが、いい展覧会だと思います。是非。

投稿者 tofuku : 05:26 PM | コメント (2)

January 31, 2006

人民大会堂

ココロに堅く誓っているわけではありませんが。

今年は、北京十大建築をできるだけ見よう、と何となく決めています。十大建築とは、1960年前後に、人民共和国建国十周年を記念して建てられた建物たちです。国の威信を負うに相応しく、とにかくデカいのが特徴。様式的には、新古典主義、スターリン様式、社会主義リアリズム、といったキーワードで説明できます。驚きなのは、これらの巨大な建物たちが、一年足らずの突貫工事で建てられている事。国を代表する建物だったらもっとじっくり建てようよ、と思うのは日本人的な感覚なんでしょうかね?

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ともかく、昨年の末に行った軍事博物館に続いて、今度は人民大会堂に行ってまいりました。中国の最高意思決定機関とされている全国人民代表大会(全人代)の会場であり、国会議事堂のような存在です。

目的は、「一把酸棗」という中国現代舞踊の鑑賞。国会議事堂でお芝居、なんてちょっと粋ですね。80年代くらいまでは一般人が立ち入り出来るような施設ではなかったのですが、近年ではこういった用途にも使われるようになってきたそうです。

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ドでかいシャンデリアがバカスカ下がるホワイエ。

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大堂内部のインテリアはアールデコ的で、軍事博物館にも共通する優美さがあります。天井の中央にはお約束の紅星。星に向かって天井がせりあがって行っているように見えますが、実際は中央部は周囲よりも低くなっています。照明を巧みに使っています。

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議事堂ですから、座席には机がついています。しかしまあ、一列あたりの座席の多いこと!自分の座席はど真ん中だったので、10人近くの人にゴメンナサイしながら通って行かなければなりませんでした…ここらへんの大雑把さは、中国的。

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肝心の舞台は、高すぎる身体能力と美貌を兼ね備えた男女―ほぼサイボーグ―が繰り広げるスペクタクルロマン舞踊でした。アクロバティックな動きをふんだんに取り入れた舞踊自体のレベルの高さは勿論ですが、舞台美術や、衣装デザインの素晴しさに驚かされました。これってライオン・キングのパクリだよね?というシーンもありましたが、おおむねどの場面もアイディアに富んでいて、完成度も高い。ヘタなミュージカルよりもカネがかかっていそうです。

ググってみると、総監督の張継鋼氏はこの分野の第一人者であると同時に、「解放軍総政治部歌舞団団長」という肩書きもあるようです。つまり、軍専属の劇団の団長なんですね。「抗日戦争勝利60周年記念文芸の夕べ」というイヴェントの監督もやっていたりするようですが…

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終了後、記念撮影していたサイボーグたちをパチリ。中央の男性が張継鋼氏。その両隣が主役の2人。

舞台は素晴しかったですが、観客のマナーが、ちょっとね…

投稿者 tofuku : 07:30 PM | コメント (0) | トラックバック

November 26, 2005

買い物@東京

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戻ってきましたよ。

麻布十番に戻ると、「ほぼ日手帳」と、アマゾンで買っていた本が届いていました。ショッピングカートの中に入れたまま一年間購入を悩んだアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集など。荷物を増やしたくないので、在京中に出来るだけ読んで、残ったものを北京に持って行きます。

木田さんと話したのをきっかけに買った"A Propos De Paris"やはり買って良かったです。ヤラセじゃないかと勘繰りたくなるくらい、完成度高いスナップ達。ま、僕は正直、ヤラセだろうと思いますがね(問題発言)。こんなの撮れるわけ無いもん!

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実は、今回、こんな買い物も受け取る予定です。詳しくは、また後日。


ちなみに、そんな高い本ではありません。

投稿者 tofuku : 10:40 PM

November 15, 2005

建築写真

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先週、建築写真家の木田さんが学校にいらっしゃいました。以前、自分が設計した住宅を撮影してもらって以来、4年ぶりの再会です。丁度、ブックフェアーが終わっていてホッとしましたよ。もし、露店に木田さんの写真が掲載された海賊本があったら、しかも、イノセントな笑顔を浮かべた露天商がそれを木田さんに売りつけたりしたら…ドキドキもんです。

私を含めて3人の設計者が集まった食事では、建築写真に限らず、杉本博司氏や、やなぎみわ氏など、昨今の写真を使ったアート作品などにも話が及び、有意義な場になりました。

世界を飛び回りながら撮影を行っている木田さんは、そこらの設計者よりよっぽど沢山の建物を見ているわけですが、本人もおっしゃっているように「建築の専門家ではない」。被写体も、殆んどの場合は、自分で選ぶ訳ではなく、撮影依頼されたもの。カットに対して、かなり細かい注文が付けられる事もある。でも、写された写真は、明らかに「作品」なのです。建築に対して、非常に興味深い立ち位置にある職業だと思います。

建築写真家は、ある意味、「建物を最初に見る」一般人とも言えるでしょう。ファインダーを通した視線は、世間一般の評価へと繋がって行きます。

投稿者 tofuku : 12:20 AM

November 02, 2005

椅子展

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今、学校で、学生による椅子の展覧会をやっています。今ある小さな学内ギャラリーでの展示なのですが、一部の作品は芝生にもはみ出しています。「パラディーソ・コーヒー」のすぐ近くなので、買うついでにちょっとだけ覗いてみました。

美術大学内のギャラリー、コーヒー店、そして近くの芝生。文章で書くととっても素敵な環境ですけど、実際には大したところではありません。だってここは北京だもの。

学生らしい、「やっちゃった感」あふれる作品が展示されています。アイデアが光る作品が多いですが、その後のブラシアップする力量が追いついていない。仕方ないんですけどね。だって「学生」なんだもの。

写真は、その中でも洗練されていると感じた作品。ハイヒールのような形をしています。どうやって座るのかはナゾですが、彫刻としてみれば、かなりの造形力です。

投稿者 tofuku : 10:13 PM

October 29, 2005

白の色えんぴつ

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「中華牌」

中国で、おそらく一番ポピュラーだと思われる鉛筆ブランドです。トンボ鉛筆みたいなもんでしょうか。

生活する上で、必要なモノ。最近は、何がどこで売っているかが大体分かってきたお陰で、不自由する事は少なくなりました。日本語の本や多少マニアックなCDを除けば、大抵のモノはこちらでも手に入ります。

音楽についてはiTunesミュージックストアはまあまあ使えまるようになってきてますし、文章もWebでそこそこ読めます。それ以上のモノは帰国時に買い溜めして運んでいます。

他に、ちょっと困るのが、文房具類。ペンや消しゴム、ノートなどは、出来れば日本で使い慣れたモノを使いたいので、たまに中国へ運んできます。そんな中でも色エンピツだけは、こちらで買ったものを使っています。

とりわけ発色が良いからとか、使いやすいからとか、そういう訳ではなく、圧倒的に安いから。18本セットで100円程度です。輸入画材として売っているファーバーカステルの色鉛筆に比べれば10分の1。絵描きの方ならともかく、僕の場合は図面にマーキングする程度なのでこれで十分。上海の高層ビルをあしらった箱も気に入っていて、カッターで切って、ケースとしてそのまま使っています。

ところで、以前から疑問なのですが、色鉛筆の白色ってどうやって使うのでしょうか。おそらく黒い紙に描く時や、絵にハイライト入れたりするのに使うのでしょうけど…18色セットに入れる事ないんじゃない?といつも思っています。持ち主が使い方を知らないがために、いつも一本だけ取り残されてしまう白エンピツ。なんだか可哀そうです。

投稿者 tofuku : 08:49 PM

October 18, 2005

肝心の展覧会

受付のお姉さんとのやり取りに終始してしまい、肝心の展覧会の内容について書いていませんでした。

■美術家/写真家(もしくは写真を主に使うアーティスト)、杉本博司による「時間の終わり」展。暗箱の中のフィルムに一定「時間」像を照射して世界の複製を作る機材。そんなカメラの原点を思い出させる「時間が封じ込められた」写真作品達。非常に知的で洗練されています。

会場構成にも力が入っています。森美術館では、毎回、展示用テーブルの一つに至るまでしっかりと図面を起こしてから会場設営を行うそうで、展覧会の会場構成自体が建築的な作業を通じて行われています(キュレーターの方によると、その費用がとても多いんですよ、との事)。実際に能が上演されるという能舞台、ミニマルにデザインされた展示壁、建築関係者もかなり楽しめるのでは。そのまま「建築」と名づけられた作品シリーズもありますしね。

もし行かれるのなら、作家本人が解説しているビデオを見、会場内のテキストを読まれる事をお勧めします。個々の作品だけでももちろん良いのですが、淡々と語られる解説がさらなる知的興奮を呼ぶことでしょう。そういった作品以外のモノも含めた全体が、ミクストメディアの作品と化した良い展覧会だと思います。


■現在ビル・ゲイツが所有しているダ・ヴィンチの「レスター手稿」展。平日だというのに沢山の人が訪れていました。生でダ・ヴィンチの肉筆が見れるというのは滅多にない機会なので、その意味では興奮モノですが、もうちょっと見せ方を工夫したほうが良いのに、と思いました。レスター手稿自体は基本的に文字が多いので、イタリア語の読めない日本人は解説パートをもっと充実させないと楽しめません。展覧会カタログやDVDを買うしかないです。

とはいえやはり生は凄い。小さい時でビッシリと書かれており、あふれ出るアイディアをガンガンと書き留めているレオナルドの姿が思い浮かびます。(当時、いかに紙が高価なものだったかも想像できます)

大学時代の教授が、ダ・ヴィンチの手稿のファクシミリ版(コピー版)を遂に買ったぞ!と興奮していた事を思い出しました。

ちなみに森美術館とは違う運営なので、メンバーの人も500円の入場料が必要です。

■あと、メンバーは展望台にも入れます。この日は天気が良く、素晴しい夜景をカップルに混じって独りで堪能しました。

投稿者 tofuku : 06:39 PM

October 17, 2005

受付嬢vs.自称アーティスト

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ニューヨークでは、いわゆる「自称」も含めると、10人に1人は「アーティスト」なんだそうで、それだけ「アート産業」というものが確立されているのだ、という話を聞きました。わが国では約10人に1人が建設業に携わっているそうですから、アート都市ニューヨークでは、我々が建設関係者と接触するのと同じくらいアーティストに接触する機会があるということです。まあ、上記の建設業人口の他にも、「自称建設業」の人が居る可能性もあるので、あんまり良い比喩では無いかもしれませんが…今のところ建設業を「自称」している人には会ったことが無いけどね。建設業を自称しても、メリットあんまり無いしね…

逆に言うと、「ニューヨークではアーティストを自称すると良い事がある」とも言えます。日本では、自称した程度で良いことがあるかというと、無さそうです。せいぜい、「あらまあどうかしちゃったのねぇ」と憐れみの視線を浴びせられるのがオチ。現在、自他共に認めるエスタブリッシュされたアーティストにしたって、多少は無名時代はあったはずで、当然その時期は「自称」していたわけで、「○○さんとこの△△ちゃんって、今アーティストをやっているらしいわよ」「あらまあ」と、御近所さんの侮蔑を帯びた視線に耐えていた時期もあったはず。我々アーティストにとって、ホントに住みにくいトコだよ、ニッポンは(ちょっと大きく出てみた)。

そんな『自称』アーティスト不遇の地、ニッポンにおいて、森美術館のメンバーシップ優遇は稀有な存在と言えましょう(日本の私設現代美術館の草分け的存在、原美術館のメンバーシップにもアーティスト割引はありません)。これはトライしてみる価値がある、という訳で、自分の経歴書をプリントアウトして、いそいそと出かけて行きました。

自分の経歴書、それは建築設計者のソレを客観的に見ると、建築自体は総合芸術の親玉のような存在だった時代もあったわけだし、僕自身にしたって美術展に作品を出品したことも無いわけではないし、現在の仕事は美術館だし…想像力を逞しくすればあながち全くアーティストと呼べないわけでもない、という程度だと思います。

歌手だってアーティストと呼ばれちゃったりする時代だものね。マーシャル・アーツ(格闘技)をやってる人だってアーティストと呼べちゃうんじゃない?「アーティスト審査」とかやるのかな?でも3,000円の為にそんな審査するほど美術館もヒマじゃないよねー。などなど、道中いろいろ考えました。

アーティスト=芸術家/美術家。画家/彫刻家といったファインアート作家なら少しはハッキリ定義できるかもしれません。しかし表現が多様化した現代では写真家や建築家といった他の「家系職業」をも包括する概念になりつつある。建築家一つにしたって、その定義は曖昧で、突っ込んで行けば本が一冊書けるくらいの深遠な問題なわけです。この状況下で、どんな風にアーティストを認定するのかに興味がありました。

六本木ヒルズの3階、展望台・美術館のチケット売り場の一角に、メンバーシップの受付があります。そこの受付嬢のお姉さん(可愛!)にメンバーシップに入りたい旨を告げます。

「どちらのメンバーですか?」と訊ねられ、間髪入れずに「アーティストで!」と答えます。内心はかなりのドキドキもんなんですが、それを精一杯隠します。瞬間、お姉さんの笑顔に、「あなた本当にアーティストなの?」とも言いたげな疑いがよぎったのを僕は見逃しませんでした。動揺します。すかさずお姉さん、「お客様自身の展覧会のパンフレットはお持ちですか?」と追い討ちです。

さすがにこれは動揺を隠し切れず「はあ?」と聞いてしまいました。アーティストの間では常識なのかどうかは知りませんが、展覧会パンフレットが「アーティスト証明」として機能するとはつゆ知らず。もちろんそんなものは無いので、「経歴書ならもってきました」とオズオズと自分の経歴書を出したら、「ああ、それなら結構です」と受け付けて貰えました。その後の手続きはつつがなく終了。めでたくお姉さんにアーティスト認定してもらえましたよ!

今回の経験で、アーティストの条件がハッキリしました(あくまで森美術館での話)。
・自身の展覧会等のパンフレット等を持っている、もしくは5年以内に「アート活動」と解釈できなくもない活動歴があり、それを経歴書に書く度胸がある。
・美人の受付のお姉さんに「アーティスト」と言い切る度胸がある。
・結局は度胸がある。

「確定申告の書類に『写真家』と書いたら写真家である」という笑い話を聞いたことがあります。結局、「家系職業」は、自分で自信を持ってそう名乗れるかどうかが必要条件なんですね。自信を持って建築家を名乗れるように、もっともっと研鑽しなくてはと思った次第です。

投稿者 tofuku : 04:36 AM

October 13, 2005

アーティストの証明

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ご無沙汰してしまいました。

東京で進んでいる仕事に参加するために戻ってきている、という事はすなわち東京が人手が足りないからなのであり、当然仕事は忙しい。そこへもってきて、日本旅行へやってきたスペインの友人の東京案内や、友人の結婚式への出席、友人や職場が企画してくれた飲み会などなど。そんなスケジュールのお陰で忙しくも充実した毎日を送っています。(次は、17日に北京に行きます。北京の皆様、どうぞ宜しくお願いいたします。)

最近、仕事の絡みもあって、美術はもとより、美術館とそれを取り巻く環境について少しづつ調べるうち、美術館の「メンバーシップ制度」に興味を持ちました。

良い展覧会をしようにも、カネが無ければ始まらない。世界中の美術館は「どうやってカネを集めるか」に腐心しています。資金集めやその運用は美術館の館長の最も重要な仕事になりつつあり、館長は美術への深い造詣を持つだけでなく、経営も分からなきゃならんしスポンサーとなる財界への太いパイプも無きゃならない。当然そんな人材はそうそう居るはずも無く、現在、欧米の美術館の館長には兼任や空席が目立ちつつある、という話もあります。

昔からお馴染みなのは展覧会単位の協賛企業ですが、最近は美術館自体に対する法人メンバー制度を持つ美術館も増えているようです。企画自体の人気/不人気で不安定になりがちな美術館経営を安定させる苦肉の策だとも言えます。現在、殆どの私立美術館が個人メンバーシップ制度を持っているのもおそらく同じ理由からでしょう。

他の業界にも「メンバーシップ」制度を持っているところがありますね。小売業ではヨドバシカメラやTSUTAYAのポイント・カード。これは、無闇な値下げ競争を避けつつ、顧客を囲い込む事ができるという素晴らしいアイデアです。基本的な発想は航空会社のマイレージ・システムと同じですね。「マツザカヤ友の会」などの百貨店メンバーシップも会費+αが商品券で返ってくる所を見ると、同じ効果を狙っています。このような「囲い込み効果」は美術館にはあまり意味がありません。集団からの安定した「カネ集め」を期待している点で、むしろアイドルのファンクラブに似ています。いい歳こいてアイドルのファンクラブに入るのは抵抗ありますが、美術館のファンクラブだったらいいでしょう。

というわけで、御近所(と勝手に呼んでいる)の森美術館のメンバーシップに加入しようと思いました。金額に応じて、4つのランクがありますが、一番下の学生/アーティストのためのランクに。

ここで一つ問題があります。果たして自分を「アーティスト」と認めてくれるか?、という問題です。自分では、建築家であり、デザイナーであり、DJであり、ベーシストであり、フォトグラファーであり、音楽評論家であり、ホリエモンの御近所さんであり、ニッキライターであり、中古レコード買取業者であると自負していますが、その活動がアーティストの範疇に入るかと言うとはなはだ疑わしい。そして、たとえ自分でそう呼んだとしても、社会的に認知されるかどうかはもっと疑わしい(社会的認知の点では「建築家」すら疑わしいと思っているのに)。「活動経歴書を提出」とありますが、自分の経歴書を出した挙句、受付で「あなたはアーティストではありません!このニセモノ!誰か警察を!」と叫ばれたら、建築家であり、デザイナーであり、(中略)であると思っている自分のアイデンティティー全てが粉砕されてしまいそうです。3000円安くするためにしては、大きすぎるリスク。美術館側としては、気軽に用意した制度なんでしょうが、僕にとっては一つの「踏み絵」です。

この話、続けます。

投稿者 tofuku : 02:45 AM

September 24, 2005

王慶松[Wang Qingsong]、艾未未[Ai Weiwei]

同僚の中国人たちに現代美術のスペースの使い方を知って貰おうと、798ビエンナーレに再び行きました。先日廻ったところを案内し、僕自身はその他のギャラリーを2・3、廻ってきました。主だったところは大体見たつもりですが…まだ他にも、面白い展示はあるかもしれません。

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各々、ギャラリーを見てもらった後に再び集まってat cafeでお茶(のつもりがビール)し、その後、美術書店のTimezone8へ。Timezone8は中国の美術関係の書籍を数多く出版している香港の出版社ですが、北京のココにだけ、書店を経営しています。東京の美術書店には到底かなわないもののなかなかの品揃えで、798に行った時には立ち寄ることにしています。

特に北京ベースの現代アーティストには強いようで、以前の日記でもちょっとだけ紹介した艾未未[Ai Weiwei、アイ・ウェイウェイ]、先日のマヤさんからのコメントにもあった王慶松[Wang Qingsong、ワン・チンスン]等の作品集も出しています。

Wang Qingsong: Romantique / Timezone8
この前の森美術館での展覧会"Follow me"のポスター(同タイトル)が印象に残っている人も多いのでは。大掛かりなセットを作って撮影する写真作品が中心。西欧/中国の歴史的絵画のパロディ(パスティーシュと呼ぶべきかも)が散りばめられいて、深読みしても面白い。今、中国で最も注目されている一人と言えるでしょう。興味ある方は、ウェブサイトもあります。


Ai Weiwei: Works : Beijing, 1993-2003 / Timezone 8
ニューヨークからの帰国組で、中国の現代アートを一気に世界レベルに押し上げた一人。もともとは映画を専攻した人で、写真、彫刻、インスターレーション、建築など、やたらフィールドが広いのが特徴。北京オリンピックのメインスタジアムにも関わっています。表現は非常に洗練されていて、中国的な「やりすぎ感」はありません。ちょっと寂しい気もするけど、だからこその世界レベルとも言えます。

投稿者 tofuku : 06:36 PM | コメント (2)

September 22, 2005

798ビエンナーレ

が開幕しました。中国美術館の方の、アカデミック&エスタブリッシュドな「北京ビエンナーレ」と時を同じくして(というか意図的に開催時期をぶつけて)の始まりです。

僕はまだ、本家「北京ビエンナーレ」には行っていないのですが、専門家の話によると評判はあまり芳しくありません。798でやっている展覧会の方が、クオリティーのバラつきはあれど、よほど面白いとの事。運良く世界各地からいらした美術キュレーターの方達に同行させていただけたことで、プレオープンのものを見れたり、ギャラリーオーナーに直接話を伺うことができたりしました。

以下、簡単にレポートします。駆け足で廻ったため、作家名のチェックが甘くて済みません。写真を見て楽しいものが中心。なお、中国以外の作家の作品も含まれています。

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卵でできた都市。ちょっとヒネリが足りないような…?ただエネルギーには敬服します。

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寝ている毛沢東の像へ向かう恐竜の列のインスタレーション。エネルギーは同じく凄い。ただ、毛沢東というイコン自体が、もうそろそろ飽きられて来ています。これももう一ひねり欲しいところ。

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趣味の工作セット的な恐竜。人が近づくと動き始めます。上と同じ作家でしょうか。

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ウレタンのキューブが山盛り。展示室に行くには、ココを通らなければなりません。汗びっしょりです。これはインスタレーション?空間構成?よく分かりませんが、ひねりなしで思いつきをそのままやってしまった感があります。アートとしての評価はともかく、美術関係者の皆さんも大はしゃぎでした。

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アメリカとベルギーの某美術財団同士が激しい争奪戦を繰り広げたと言う一番広いスペース。結局ベルギーの財団が勝ち取ったそうです。

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同上。近いうちに床などの改修が行われるとの事。床面積はトータル5000㎡との事。

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4台分繋がったビリヤード台。遊べます。

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床が土だからこそできる(?)インスタレーション。夜だったので皆寝ています。背中には、ヴィトンのマークやディズニーの絵が描かれています。こういった、グローバリズムやコマーシャリズムを批判するアートが、中国でも非常に多くなっています。まあ、これは中国の作家の作品ではないですが。

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行った中でのピカ一は、やはりBTAP(東京画廊)の趙湘源+宋冬[ソンドン、Song Dong]による"Waste Not"展でした。趙湘源さんとは宋冬の母親で、母親とのコラボレーション名義の展覧会になっています。生家に貯め込まれた家財道具一式をギャラリーに運び込むという力技のインスタレーション。生活の記憶をモノの膨大な集積として見せていて、圧巻です。ガラスのトップライトには、「元気にやっていますよ(意訳)」と、亡くなった父へのメッセージがネオンで書かれています。つまり、家財道具は美術品になっていると同時に、天国に居る父親との交信手段となっているということ。

(僕の稚拙な)言葉にしてしまうとバカっぽいですが、その中に知性が程よく散りばめられています。政治を表現する毛沢東や共産党のイコン、流入するコマーシャリズムを表現するマクドナルドやコカコーラの商標、そういったモノで「現代中国」を表現している作品が大半である中で、「粗末にしない」という中国の倫理観をメインコンセプトしているこの作品は異色です。

また、全体的に(政治的/制度的な意味での)表現の限界に挑戦している作品が多いのですが、そういった作品はエロ・グロ・ナンセンス系に行ってしまいがちです。全体的に殺伐とした中で、このハートウォーミングな作品は異彩を放っています。実際、似たような作品は過去にもありますが、その既視感はたちまち自分の生活の記憶に取り込まれてしまいます。

「ホッ」としたい方におすすめ。

生活の道具を全て奪われたお母さんは、なんと会期中ずっとココで過ごすとの事。まさか!と思いましたがホントでした…

投稿者 tofuku : 07:16 PM

September 04, 2005

隋建国 [Sui JianGuo]

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798芸術区を歩くと、アートがそこここに転がっているのに遭遇します。パブリックアートではありません。保管場所に困って外に出していたら、パブリック化してしまったということなんでしょう。製作場所が集中する798ならではの風景です。

巨大化した毛沢東のジャケット。隋建国(スイ・ジェングォ、Sui JianGuo、中央美術学院の教授でもあります)という彫刻家の代表作です。90年代、中国の現代アートが世界的に注目された時期がありました。彼もその時期に世界へ飛び出た一人。

「戦後」「高度経済成長期」「バブル」「ポスト・バブル」etc.…日本の戦後史は経済の状況から語られる事が多いですが、それぞれの境界はどちらかというと曖昧なために、アーティストを世代分けすることは便宜的な作業にならざるを得ません。それに対して中国では、「建国(49)」「大躍進運動(58-59)」「文化大革命(66-77)」「天安門事件(89)」「改革開放」etc.…、ほぼ10年ごとに政治的なエポックがあり、それらがありとあらゆる分野に強い影響を与えているため、アートに限らず、社会を明確に世代分けすることが出来ます。

中でも文化大革命は非常に大きなエポックです。10年以上に渡り、知識階級が地方へ放逐され、大学がまともに機能しなかった時代なんですから。例えば、中国では、現場で活躍している45歳以上のビジネスマンに会うことは非常に少ないです。というのも、まともな大学受験が行われるようになったのはこれより後の世代だから。中国の「若い世代がバリバリ活躍し、ムチャクチャなビジネスをやっている」というイメージも、「オジサン不在/経験者不在」である故の活気と無鉄砲さであり、またそれらは政治史とは無関係ではないのです。

90年代の中国の現代アートシーンを牽引してきたのもそういった「ポスト文革世代」のアーティスト達。正確には、文革後期に大学でアカデミズムの薫陶を受け、終結と同時期に活動を開始した世代です。(前述したようにこの時代にはまともな大学試験が行われていません。ですから、文革終了後に学位を取り直している人も居ます。)この世代に見られる特徴としては、共産主義国的なアカデミズム教育による確かなスキルを背景にしているのは勿論ですが、それと同時に政治的な立ち回りにも長けている、ということでしょう。

ご存知のように、中国社会では表現の自由は保障されていないため、アーティストとして活動するためには、自身の社会的なポジションはもとより、その表現方法にも、ある種の政治的な「老獪さ」が必要になってきます。隋建国氏のこの作品は、その傾向を顕著に示していると言えます。つまり、毛沢東の衣服だけを取り出すことで、フェティッシュに礼賛しているように読める一方で、形骸化した共産主義への鋭い批判であると読むこともできる。前者は国内、後者は海外マーケット向きの二つの貌を持っているのです。実際、この彫刻は中国では地方自治体によって購入され、プロパガンダ彫刻よろしく公園に設置されている一方で、「中国アートの新潮流」として海外に発表されています。

中国を代表する作家/評論家、林語堂が「中国=文化と思想」の中で書いているのですが、この「老獪さ」は中国人の重要な資質の一つに数えられています。中国の現代アートは、共産主義的なモチーフが散りばめられ、そのクールネスに目が奪われがちですが、その根底には「あざとさ」「老獪さ」が横たわっています。ここに注意しながら中国アートを楽しむのも一つの方法なのでは、と思います。

中国=文化と思想

林語堂が、中国について海外向けに英語で解説した古典的名著。中華民国時代の人なので少々古い本ですが、中国人のメンタリティを理解する上で重要なヒントになります。

Beijing 798: Reflections On Art, Architecture And Society In China

798芸術区の成り立ちおよび活動記録。出版元のTimeZone8は中国の現代アートを海外へ積極的に紹介しています。798内に美術関係の書店も持っています。

Sui Jianguo

隋建国のモノグラフ

投稿者 tofuku : 07:56 PM | コメント (2)

September 03, 2005

798芸術区/大山子芸術区

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北京の中心から東北方向へ12キロ程行った所に「798芸術区(チージウバー)」という場所があります。古い工場を利用したアートギャラリーが集中している場所で、アートに興味がある人ならご存知の方も多いのでは。写真は、その中核施設である798Spaceという場所。

元々は、1950年代に、東ドイツからの技術者達による指導を元に建てられた工場です。工作機械類も東ドイツから輸入され、工場労働者への技術指導も含め、ノウハウの提供が行われました。時は、毛沢東による大躍進運動の時代。もちろん、当時中国最先端の工場地帯であったこの場所にも人民公社が設立され、鄧小平を始めとする要人が度々視察に訪れています。おそらく、大躍進運動の広告塔的な存在だったのでしょう。

50年代終わりに大躍進政策は2000~3000万人ともいわれる大量の餓死者を出して失敗、毛沢東は失脚します。また、中国政府による「修正主義」批判を発端に、中ソ関係は冷え込み、60年にはドイツ人技術者も全て帰国してしまいます。その後は目だった記録は無いようですが、この工業地域は文化大革命を乗り越えて存続してきました。

建物自体も東ドイツの建築家(ここで働くキュレーターの話によるとバウハウス出身者との話:未確認)による設計です。荒々しい鉄筋コンクリートで出来た鋸状の屋根により、アートの製作に適した均質な光が降り注ぎます。当初は賃料が格段に安かったこともあって、2001年頃に北京の中心部から引っ越してきた中央美術学院(私の職場があるところでもあります)の教師や学生達がアトリエとして利用し始めました。それと同時期に、B.T.A.P.(Beijing Tokyo Art Project、東京画廊の北京ブランチ)が開設し、アートギャラリーが集まり始めました。

現在、ここには大小30余りのアートギャラリー、芸術家のアトリエ、カフェ/レストラン、個人製作のファッション・ブティック、クラブ、アート系ブックショップ…などなどがあります。一つ一つ丁寧にまわっていると、半日はかかるくらいの広大なエリアです。

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実は、この場所は僕の家/職場から近いので、度々訪れています。いずれここに書こう、と思っていたのですが、タイミングに恵まれずに今まで引っ張ってしまいました。この時期、9月20日から始まる北京ビエンナーレに向けて北京のアートシーンは盛り上がって行っているようですので、この機会に中国のアートについても少々書いてみようと思っています。

投稿者 tofuku : 04:42 PM