- June 18, 2010 8:00 PM
- architecture/design | art | book | china
最近、出張で天津に行く事が多くなっている。いつもは街に出る事はなく、直ぐに北京に戻っているのだが、先日は時間が空いたので、散歩がてら商業地区の視察をしようということになり、施主と租界地区を歩き回った。僕が天津を初めて訪れたのは5年前。この5年間で天津の街並は大きく変わり、以前は閑散としていた租界地区もすっかり商業地区となっていた。
2008年にイタリア租界を訪れたとき、その一隅に建つ建物に興味を持った。無骨な構成、装飾類から、イタリア1930年代の近代建築、しかもファシズム下の公共建築の様式を持っている事は遠くから見ても明らかだった。その時は零下10度くらいの寒さで、「おそらく銀行か何かだろう」という事にしてタクシーの中に逃げ込んでしまったが、今回は近づいて銘板などを観察する事ができた。「国威発揚のためのファシズム建築がなぜ天津にあるのか?」という疑問はこれで氷解するはずだったが、ネットで調べるうち、却って謎は深まってしまった。その建物の名は「原回力球場」という。
「回力球」とは中国語でハイアライという球技の事なので、日本語にすると「旧ハイアライ場」といったところか。元々はスペイン・バスク地方のスポーツで、ビヨンと長い藤製の投げ具を使って、壁に向かってボールを高速で投げ合うという、スカッシュ的な競技なんだそうだ。この道具を持っている人の姿は、関連の文献でチラリと見た事があり、ファシズム期に奨励された競技なのかもしれない。少なくとも、当時は今よりポピュラーなスポーツだったのだろう。

上部に八角形の塔があるが、そのまわりに何かを束ねたような形の彫刻が置かれている。このオブジェは古代ローマの執政官の護衛達が持っていたファスケスという道具を抽象化したもので、ファシスト党の語源(束=ファッショ)であると同時に、党の象徴である。スポーツを題材にしたレリーフもファシズムの建築に頻出する要素だ。
以前のエントリーでも紹介しているが、天津の日本租界には「帝冠様式」という様式の武徳殿がある。帝冠様式とは、西洋的な建物の上に日本の屋根瓦を載せるという、全体主義時代の日本で奨励された様式だ。武徳殿が、武道を通して精神修養をしつつ、未来を背負う日本人を育てる事を目的とした施設であったことは容易に想像がつくが、この建物が、ハイアライを通して未来のファシストを養成する施設であったかというと、そうでもなさそうなのだ。
中国語でネット検索をしてみると、当時の駐中イタリア大使が天津を訪れた際、天津領事と会談して建設を決定したという。目的はイタリア租界からの収入(税収?)向上で、同様の施設の経営者を上海から招聘し、建設にあたらせたらしい。設計はイタリア人のボナッティとスイス人のカエサル(共に中国語読み、原語は不明)で、1934年竣工とある。
いわば官民共同で作られた体育施設なので、ファシズムの様式を纏っていても不思議ではない。でも、武徳殿とだいぶ違うのはスポーツは主に賭博の対象だった点にある(ハイアライは"賭けれる"スポーツなんだそうだ)。投票券を買うための窓口があり、2層吹き抜けの室内球場の他に、レストランや休憩室などを併設した、天津随一の娯楽の殿堂であり、社交場だった。「世界最速の球技!」との看板を掲げて人々を呼び込んでいた。いかにも華やかで、ファシズムの国民総動員!的な雰囲気からはだいぶ距離を感じる。
戦後は人民解放軍によって接収され、共和国成立後は「第一工人文化宮」と改称され、第一回天津市人民代表大会の会場にもなった。58年代には劇場に改装され、京劇の出し物には梅蘭芳なども出演したという。
この建物は、2007年に再び改装された。今はオネーチャン達がサービスする高級カラオケ店になっている。劇場部分は細かく区切られ、75の個室になってしまった。もちろん、改装にあたっては反対が相当あったようだが、そうでもしなければ建物が維持できない、との現実的な理由で押し切られてしまった。竣工当時のような「華やかな社交場」に戻ったと言えなくもない。店の名前は「マルコ・ポーロ倶楽部」という。
歴史に翻弄され、数奇な運命を辿ったこの建物。いわゆる「良い建物」かどうかは別として、さまざまな歴史に、背景として立ち会って来た建物であることは間違いない。これを題材に、「ヒトラーの防具」的な小説が書けるかもしれない。

ちなみに、どの中国語サイトにも、ファシズム様式に対する言及はなかった。バレたら瞬殺で取り壊されそうなので、黙っておいた方がいいかも。
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- 天津のファシズム、1933 from Daruma Tompuku
ヒトラーの防具〈上〉 (新潮文庫)