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July 2009 Archive

麻布十番まつり

  • July 30, 2009 5:23 PM
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2007年の様子。

今年の麻布十番納涼祭りは、8月21日〜23日の三日間に亘って行われます。22日(土)の午後に、恒例の事務所開放を予定しています。

なお、例年通り、お知り合いの皆様に招待メールをお送りする事は(ほとんど)しません。詳しくは後日ココでお伝えしますので、そちらを御参照の上、いらして下さいませ。

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会田誠 / I'm working on huge paintings in Beijing. / 我在北京画大画


(クリックで拡大)

また日本へ戻っています。来週の月曜日には北京へ再び向かいます。

名古屋にて、ある経営者の方と話をしていた時に、建築設計業やデザイン業のつらさ、みたいな話になった。技術の進歩が著しい分野、たとえば生産システムの開発等では、頻繁にシステムをアップデートする必要がある。また、システムに不具合が出た場合は、生産ラインが止まってしまうので、納品後もメンテナンス契約を結ぶことになる。利益としては薄いかもしれないが、そういった仕事のお陰で、経営が安定するんだよな、それにひきかえデザインは仕事を取り続けなきゃならんもんなぁ、つらいよなぁ、そんな話だった。

もちろん、建物の設計にしたってアフターサービスはある。自分の設計した建物の近くに行く機会があれば、立ち寄る機会を作るし、施主から緊急連絡があれば飛んで行く。幸い、僕が設計した建物で深刻なクレームが出た事は無いが、クレームとは行かないまでもココはもうちょっと使いやすくしたい、そんな要望を受ける事は多い。まあ大抵の場合、無償での対応になるので、お金が入ってくる事はない。でも、そういう時は、完全に施主のモノになってしまった場所に入る、貴重な機会にもなる。

去年竣工したMizuma & One Galleryさんには、展覧会のたび、オープニングに呼んで頂いている。作家の方に直接お話を伺うのは非常に楽しい経験だし、なにより、自分が関わった空間が展覧会で活用されているのをみるのは嬉しい。

木村了子さんの 「Born to be Wild / 覚醒吧!野性」展は、通関でトラブっていた作品がようやく届き、完全な状態での展示になった。木村さん御自身は、模型まで作成して会場構成を考えたと仰っていたが、そのかいあって、ムリ/ムダ/ムラのない美しい会場構成になっている。会期は今週末までとの事なので、ぜひ足をお運び下さい。

その次の展覧会は、8月29日から。ミヅマアートギャラリーさんのスター作家の一人、会田誠さんの公開製作が予定されている。3m×7mの巨大な----日本のサラリーマンの死体とOA機器が累々と重なり合って灰色の山を成し、遠目には日本の伝統画の構成になっているーーそんな絵なんだそうだ(上の画像はその部分エスキース)。2年前の個展で発表されたスクール水着姿の少女達の「滝の絵」も、ここで同時に完成させるとの事。日本で同じ事をやったら大騒ぎになって製作どころじゃなくなりそうだ。会田さん御自身は「出来上がるまで帰れない。朝から晩まで淡々と描き続け、盛り上がりなどない。『写経』に近い、根気勝負の世界。」と言っているそうで、完成予定(目標?)は11月末頃との事。レセプションパーティーは完成時に行われる。

草場地のユルく流れる時間の中、どうやってこの絵が完成してゆくのか、時間を見つけて通おうと思っている。

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移転

beijing_roten2.jpg
北京の露天。徹夜明けの朝食。

事務所を移転した。引っ越し作業は、日本に戻っている間に終えてもらった。新しい事務所は、北京の第2環状の西北あたり。周囲はバリバリの下町で、夕方になると露天が立ち並ぶ。と書くと、いかにも風情がありそうだが、日本での生活に慣れた人は顔をしかめるような衛生環境だ。タクシーの運ちゃんや、上半身裸のおっちゃんたち、いかにもお金のなさそうな若者達に交じって、こういった露天で食事を済ませることもある。気の良さそうなオバちゃんの店は、杭州小籠包(台湾の小籠包と違って、肉まんのようなもの)10個、刀削麺1杯、キュウリの和え物、しめて250円くらい。安全かどうかは別として、味もなかなかだ。まあ、若い中国人スタッフでさえ「不潔だ」といって行きたがらないような所なんで、安くてあたりまえだけど。でも、見栄えの良いレストランだって、厨房で何が行われてるか分かったもんじゃないし、丸見えなぶんだけ安心じゃないか、なんて思っている。

7月から、Pan-Chinaという現地設計院と業務提携する事になり、その方法を模索している。とりあえず事務所を共有しながら、マンパワーの足りない時や、現地ライセンスが必要な際には協力を仰ぐ事にしている。

提携先の社長、王さんとは「VIP碁会所」を始めとして、今まで幾つかの仕事をしているが、非常に信頼できる人物だ。中国の社長にありがちな、弁舌が立ち、大風呂敷を広げるタイプではなく、虚飾のない正直な発言をする。施主やスタッフの信頼も厚く、なあんだ、中国人だって結局こういう人を信頼するんじゃないか、と、感じ入る所があった。

使用する予定の部屋は、手続きでゴチャゴチャしていて、まだ内装工事も行っていない状態だ。今は設計院のスタッフと机を並べて作業しており、「共有」というよりは「間借り」している、という方が正しい。作業環境が完全に整うのは早くても3ヶ月後くらいだろう。その頃に遊びに来て下さい。

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渡邊洋治#4 第5スカイビル

watanabe_sky_thumb1.jpg

カルト的な人気を誇る「昭和新宿系」建築家、渡邊洋治。このニッキでも何度か紹介させて頂いている。決して美しいわけでもなく、時代を感じさせる明確なコンセプトがあるわけでもなく、テクニックがあるわけでもない。ただただドロドロとした情念とエネルギーが渦巻いている作品群。鬼才、という呼び名がこれほど似合う人も居ないのではないだろうか。

渡邊氏のドローイングを管理されている佐藤さんから、「第5スカイビルの解体前の写真が見つかった」と、スキャンしたデータを送って頂いた。第5スカイビルは、「軍艦マンション」こと第3スカイビルほど有名な作品ではないが、渡邊氏らしい特異な外観をもつ。傾斜し、頂部に動物の頭のような櫓が飛び出る前面、ウロコのようにバルコニーが連続する背面、建物から跳ね出すボイラーの煙突...。生物的、しかし柔らかさはない。アルマジロのように甲冑をまとった生物を連想する。

写真は24枚ある。入口のシャッターは下り、人気はない。解体前の記録として、フィルムの1ロールを使い切ったものだろう。画角からは、撮ったのは設計者であることが窺える。ひょっとしたら渡邊氏御自身かもしれない。(追記:第五スカイビルの解体時期は今のところ不詳。ビル自体は1971年竣工で渡邊氏は1983年に没しているが、写真を見る限り、建物は20年は経過しているように見受けられる。そのため、残念ながら撮影者が渡邊氏である可能性はとても低い。)

所有者の許可が頂けたので、24枚全てを掲載します。写真の経年変化も「味」だと思って御覧下さい。昭和だねぇ...

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木村了子 / Born to be Wild / 覚醒吧!野性

kimura_ryoko_mizuma.jpg

北京は草場地のMizuma & One Galleryにて、木村了子さんの個展「Born to be Wild / 覚醒吧!野性」が本日より「仮」オープンしています。

通関トラブルで海外からの搬送が間に合わず、北京に保管してあった2点のみでのオープニングとなってしまったそうだ。木村さん御自身は、お話しした限りでは飄々としてらしたが、今回は北京での個展のために特別に製作した作品もあるとの事で、心中はさぞ残念な思いをされているだろう。

とはいえ、今ある作品もかなりの大作で、ギャラリー内は寂しい感じはない。中国の展覧会はスカスカのものが多いので、「こういう展覧会か」と納得して帰って行ったお客さんも多かったそうだ。

作品が届き次第、仕切り直してもう一度オープニングを行うとの事。中国ではこのようなトラブルが頻発する。長く中国でやっていると悟りの境地に達し、「今日来た人達も、もう一度来てくれる!一粒で二度美味しい!」とポジティブシンキングできるようになる。良いのか悪いのか。

木村さんの作品は、いわゆる「イケメン」達のセクシーな姿を、日本の伝統的な技法で描き出したもの。女性から見た「男の性」を垣間みる事ができて、男の目から見ても面白い。

8月の終わりからは、会田誠さんがギャラリーで公開製作を行う予定だ。原案を見せて頂いたけれども、迫力ある作品で、製作中から大きな反響を呼ぶ事だろう。自分が設計した空間で、こういった活動が行われているのを見るのは、本当にうれしい。

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北京も暑い

shanghai_air_terminal2.jpg

昨日の上海での乗り継ぎは、結局2時間以上遅れた…。北京の部屋に着いたのは、結局夜中の2時過ぎ。待ち時間、前の同僚にスカイプで報告したところ、「そんなの何でもない!おれはモスクワ空港で24時間待たされた事があるぞ!」とのこと。共産圏にはタフネスが必要だ。

上海の第2ターミナルを初めて利用した。4年ほど前、現場を見学した事がある。現場担当者は、カラーコンクリートを用いた打放しの苦労を語っていたけれど…なんだか、全部塗装されちゃっているように見えるんだけれど…。

このターミナルも北京に負けじとでかいな。でも、同じ空間がダラダラと続き、退屈過ぎる。

北京もなかなか暑いです。いつもの事ですが、汗だくです。

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浜松、名古屋、上海、やっちゃったー!

hamamatsu.jpg

7月1日は、ある会社の会議に出席するために浜松へ。顔を出して、建築設計の専門家として、ちょっと意見を言うくらいの、もっと言えば会議後の残った時間は浜松の観光をするくらいのつもりで行ったが、プロジェクトにガッツリと組み入れられる事に。話を聞いているうちに、ついついその気になってしまうのは自分の長所なのか、短所なのか。昼食にうなぎ、夕食に中華料理。

道中、雑誌WEDGEの、「ビザ解禁で続々来日 中国人セレブからしっかり稼ぐ8ヵ条」を読む。1日から、中国富裕層の個人旅行のビザが解禁になった。そのチャンスを生かすためのコツ、といった記事だ。中国の富裕層は、同じ製品でも「日本で買う」事に意義を感じている。同じ製品が中国にあっても、日本で買いたいらしく、僕も中国市場でも手に入るデジカメを買ってくるように頼まれた事が幾度かある。それくらい、富裕層の「日本のサービス」に対する信頼は厚い。

自分は、零細企業だけれども、中国、日本、両方で仕事を進めようとしている。今年は日本の比重の方が大きいくらいだ。移動は辛いけれども、自分の読み、今までの仕事の方針は間違っていなかったな、などと、ムリヤリ自分に好意的に解釈しながら読む。気休めか。

2日の朝、名古屋へ移動し、建設業者と打ち合わせ。その業者の役員の彼も、昔のクラスメイトである。打ち合わせ後、地元の新聞で、彼がとある団体の会長に就任した事を知る。お祝いの言葉を忘れてしまった。実家に戻って少し休んで、名古屋の中心部へ向かい、中国進出を考えている、という経営者を紹介される。そもそも僕自身が中国での起業は専門外であるし、具体的なスキームはまだ検討中との事だったので、あまり有効な助言はできなかった。「交渉相手に、足下をみられないように時間に余裕をもって」とか、なんだか説教臭い事くらいしか言えない自分が恥ずかしかった。その後、栄のラシックで友人達と食事。お酒も入ってご機嫌になり、ベラベラと喋りまくる。これも、今思い返すと恥ずかしい。

3日は中部空港へ…と思ったら、やってしまった。中国の携帯を東京に忘れて来てしまった。中国/東京間を移動する時には、パスポート、チケット、日本円と中国元のサイフ2つ、両方の部屋の鍵は、しっかりとチェックするが、携帯電話が甘かった。東京に、北京のHさんがたまたま滞在中で、週末に北京に持ち帰って来てくれるとの事で事なきを得そうだ。銀行振込の作業等を済ませて上海へ。そして、今、北京への乗り換えをするところ。

移動しまくりの生活ってカッコいい!なんて思っていたけれど、移動中の作業が出来ないぶん、能率が落ちて大変だ。さて、明日からはルーティンに戻ります。日記調のニッキはここまで。かも。

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名古屋、東京

nagoya_imaike.jpg

28日は朝から住宅の打ち合わせのために名古屋へ。施主は高校時代の同級生だ。僕としては施主と設計者という立場の違いに筋を通したいという思いもあり、できるだけ敬語で喋っているが、たまに碎けた話し方になる。この珍妙な会話は竣工まで続く事になるだろう。今回の打ち合わせで、基本的なプランはほぼ固まった。僕は、設計に関して判断が早い方だと思っていたけれど、今回は、どんだけスケッチしても、模型を作っても、確信が持てず、悩みに悩んだ。一つには、今まで以上に施主が「男前」だった事があるだろう。いや、これは、ルックスの事ではなくて、徹底して「東福がそれが良いと思うならそれで進めてくれ」という接し方で通してくれているのだ。

そもそも、建築やインテリア設計は「プロでなくてもなんとかできそうな」所がある。実際、家具や材料等に興味がある人であれば、ちょっとした建物やインテリア程度ならなんとかなってしまうし、現にかなりの量がそうして出来上がっている。我々が関わった場合の結果とは格段の差が出るはず!と声高に主張しても、一品生産品のため比較する機会もない。結果、僕たちに対するプロとしての評価は、非常に心許ないものになる。ましてや、住宅は人生最大の買い物であるので、色々と口を出したくなるのが人情と言うものだ。

そんな胆力のある施主に任されたら、ふと、手が止まってしまった。今まで、自分が如何に、施主要望とかコストとか、いろいろ理由をつけて受動的に設計していたかを思い知らされた。今回悩んだ事は、次に生かせる。最近は特に、我々はそういう施主に恵まれてきており、育ててもらっていると感じている。設計は経験に応じて早くなるどころか、どんどん時間ががかるようになって行っているのが問題だが。

打ち合わせ後、古い友人と会い、彼の結婚相手を紹介され、一緒に食事。名古屋泊。29日は昼過ぎに名古屋で広告業をしている先輩と会い帰郷。東京にて2件短い打ち合わせ。東京に来ている北京の友人と合流、夜は事務所に集まってスキヤキ。久しぶりに音楽関係の友人と会う。30日は昼頃から六本木界隈を案内。少し仮眠を取って、メールのリスポンス、事務所HPの更新、その他作業。

明日は浜松、明後日は再び名古屋の予定。

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