Home > Archives > December 2008 Archive
December 2008 Archive
押し迫った話。

22日の「M-1を見ながらスキヤキを食べる会」も、昨日の「KEMUKUJARA」も、暮れの忙しい時期にたくさんの方々に集まって頂けました。有り難うございました。「M-1…」の方は、案の定、漫才そっちのけでしたね。昨日は昨日で、僕は久しぶりのDJに冷や汗ダラダラでした。オーガナイズしたガンガンデリカテッセンの羽深さんと岡田さん、お疲れさまでした。
中国の正月は春節という長期の休みを直後に控えているため、非常に短い。僕が仮に年末気分でいたとしても、お客さんにはそんなものはさらさらない。今度の年末年始だって、30日までビッチリと打ち合わせを入れられ、正月明けすぐにプレゼンが入っていたりする。来年は大恐慌かと言われている中で忙しいのは有り難い限りだけれど、一年間を振り返る時間が全然ないのは何とも味気ない。年賀状を準備したり、手帳を整理したりしてムリヤリ年末気分を盛り上げる。この2つのパーティは、良い区切りになった気がする。
正月(中国では元旦、というと分かってもらえる)と春節の違いは、日本と中国を行き来する者にとって、面倒でもあるし、便利でもある。仕事が沢山ある人は、正月は北京で/春節は東京で、仕事に没頭する事も可能だし、ズボラな人は、両方で正月気分を味わう事もできる。僕はむろん後者をやりたいタイプで、いろいろ試みてきたものの今まで成功した事はない。なんだ、結局ずっと仕事になっちゃってるじゃないか。
たまには休みを取って旅行でもしてみたいなぁ、と思っていたところ、とある設計院の慰安旅行に誘われた。中国唯一の亜熱帯の島、海南島という場所へ。正直、そんなリゾート地に慰安旅行に行けるほど儲かってはいないのだけど、「年末年始を南の島で過ごすなんてセレブ!」と、光文社系の雑誌を愛読するスイーツ女子のように心を揺さぶられてしまい、スタッフとその旦那を連れて便乗することにした。中国で一番有名なハネムーンの地でもあるので、「年末年始は海南島に行く」なんて話すと、「オンナだな!オンナなんだな!?」なんて詮索されてしまう。でも、残念ながらそんな心配はない。その設計院の社長と同室なんだな、これが。きっと、泳いだり、本を読んだりしながら過ごす事になると思う。南の島まで行って仕事してない事を願う。
正月と春節の話に戻すと。確か、日本では明治維新の時に、旧正月、すなわち太陰暦の正月から、現在の太陽暦の正月にバシッと変えた、とどこかで読んだ。中国では、共産中国(もしくは中華民国?)の建国時に同じ事を試みたらしいが、民衆は従わず、なし崩し的に旧正月のままとなってしまったそうだ。日中のお上に対する意識の違いだ、とその文は結んでいた。
支配者にとって、暦を変える事は、いちばん支配しにくいもの、すなわち時間を支配することに他ならない。宇宙の中心である皇帝は、即位する毎に年号を変えたし、今使われているグレゴリオ暦の元となったユリウス暦では、歴代のローマ皇帝達は競って自分の名前の月を入れようとした。本来、septiは7、octaは8を表すが、それが9月と10月にずれ込んでいるのはジュリアス・シーザー(July)とアウグストゥス(August)のせいだ。
もし、中国の王朝時代に正月の変更が行われていたら、案外サクッと変わっていたんじゃないか。皇帝の権力に比べれば、近代国家や、共産国家の権力なんてチッポケなものなのかもしれない。共産主義の人達は明晰な太陽暦を好みそうなものなのに、なぜ、共産主義革命の時には正月の暦が変更できなかったのか?文化大革命の時に、「太陰暦なんて非効率なものは捨ててしまおう」なんて動きにならなかったんだろうか?漢字を変えちゃったくらいなのに。…なかなか面白い。
一方、日本に目を向けると、正月はサクッと変えたのにも関わらず、戦後も役所の書類には年号が使われ続けているのも不思議だ。この問題は比較的簡単に説明がつきそうだけれでも、近代化の過程でいくつかの葛藤があったのではないか。仮名漢字を廃止してアルファベットにしよう!なんて運動があったくらいだもの。
今年の更新はこれで最後になりそうです。みなさんよいお年を。来年もどうぞよろしくお願い致します。
年末の近況
- December 26, 2008 12:40 AM
- architecture/design | art | book | china

渋谷の太郎。もう、東京の人にはすっかり珍しくないんだろうが、たまに帰る僕には新鮮なんですよ。それでも、ケータイで写真を撮っているオジサマ、オバサマが沢山居た。
東京では、不況話を色々聞いた。建築設計の世界は特に深刻なようだ。若い世代の建築家に中規模のマンションやオフィスを発注していた気鋭のディベロッパーがバタバタと倒産している。大概は黒字倒産で、銀行による融資が滞って倒産してしまった例が多いという。
世界中の状況を相対的にみると、日本の状況はかなりマシだ。バブル崩壊後の慎重な経営のお陰で、企業の財務体質は比較的健全だ。今、世界経済が実体経済に向かってシュリンクしてゆく過程にあるとするなら、アメリカと違って国内に産業が残っている日本は強い。それが今の円高に現れている。と、これは、最近話を聞いた経済アナリストの方の受け売りなんだけれど。
ただし、日本人は慎重で悲観的だ。過敏に反応して極端にマインドが冷え込んでしまうところがある。マスコミはそれを煽っているし…必要以上に暗いムードになっているんじゃないか。
とはいえ、最近はこの不況も先が見えてきたようだ。日本の報道やブログに、つい最近まで鳴りを潜めていた中国批判の記事が復活してきている。どうやら国外の事に目を向ける余裕が出てきたらしい。
日本に比べればかなーり不健全な体質の中国は、もちろん大変な事になっている。不動産投資というものは、住宅価格が下がり始めたら一気に破綻してしまう。北京の郊外や、地方都市ではディベロッパーが夜逃げしているらしい。設計事務所はディベロッパー関係の仕事をどんどん失っている。「東福もさ、ががーんと20人くらい雇ってさ、ガンガン仕事を取ってカネを儲けろよ。好きな建築は儲かってからやればいいんだよ」なんて調子のいい事を言っていた中国人経営者達は、今となっては僕の小さな事務所を羨ましがっている。社会の激変を幾度も味わってきた人達なだけあって、表情はまだ明るいけれど、暗いムードが漂いつつある。
僕だって、ドドーンと大きく始めたかった。でも、オリンピックの時期は仕事が無く、投資のタイミングを失っていただけだ。今では自分の機動力の無さに感謝している。幸い、現在は小さな事務所を食わせるだけの仕事はある。いや、むしろパンク寸前だ…新たに人を雇いたいけれど、日本人の冷え込みやすいマインドがそれを邪魔している。春節までは今の体制のまま乗り切るつもりだ。
美術館の仕事は、日本の雑誌向けの原稿を脱稿して、本当の本当に終了した。1月には、日本の書店にも雑誌がならぶ事になる。音楽関係の出版物は色々書いてきたけれども、実は、建築専門誌に書く機会はあまり無かった。単なる一担当者としてのテキストなんだけれど、ちょっと楽しみだ。
施主が、美術館建設までのドキュメンタリーを出版した。東福大輔は業者からのリベートを受け取らなかった!と、信頼のおける担当者として描かれている。受け取らなくて良かった(笑)。褒められていてコソバユイくらいだ。まあでも、自転車を盗まれたりとかドジな一面もしっかり書かれているんだけどね。

今夜のイベント、来れる方は是非いらしてください。盛り上がりましょう。
KEMUKUJARA [081226、北京]
というイベントに出してもらいます。北京のEnteroというバーで、12月26日。実に4年ぶりの人前でのディージェーです。
麻布十番のディージェーセットなんて、N氏専用ブースになってるもんな。しかも年に1−2度しか使わないという。まるでウィンブルドン。
「とってもユルい感じですから」と言われ、だったら緊張しなくていいし!と引き受けたのですが、フライヤーが上がってきたのを見たら、メチャクチャちゃんとしてるじゃない!
オーガナイズしている方は、中国でパン屋を展開しつつある若いアントレプレナーのお二人。実は、人づてに知っている人達だったんですが…。最近、初めて会って意気投合!少なくとも僕の方はね。お二人とも毛深いのでケムクジャラなんだそうです。モミアゲが立派でうらやましいです。本当に。
実は、今日から1週間ほど東京へ戻ります。東京の皆さん、どうぞよろしく。12月21日に、麻布十番の事務所でも小さな小さなイベント「スキヤキを食べながらM-1を見る会」を企画しています。当日お時間がある方は連絡下さい。もうすぐ飛行機の搭乗が始まります。乱文失礼!ではでは!
