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November 2006 Archive
オシャレ音楽指南

重ね重ねオシャレ、返す返すオシャレ、オシャレの上塗りで泣きっ面にオシャレ、オシャレに腕押しでオシャレの川流れ。自身のオシャレには全く無頓着だがドロップする音楽は飛びっきりオシャレなカリスマ音楽バイヤー、N氏から、「ここで聴けるミックスはなかなか良いですよ」とLounge Candelasのサイトを教えてもらった。サンディエゴの旧チャイナタウンに居を構えるオシャレラウンジだそうだ。同じく西海岸発のウェブラジオ:NETMUSICといい、どうしてオシャレ・ディガーは西海岸に多いんだろう。西海岸はゲイに対して特に寛容である事が大きいのかもしれない。東海岸の方は、音楽においてもセグレゲーションがカッチリ分かれている気がする。中性的なオシャレサウンドは西海岸から出てくる。
昔は、コンピレーション盤やミックスを聴く事は殆んど無かった。「自分で選ぶわ!ボケ!自分で繋ぐわ!タコ!」と、未熟ゆえの頑固さがあったのが大きい。とはいえ中国に来てからはそうもいってられなくなり、iTunesでコンピレーションをダウンロードしたり、ウェブラジオでミックスを聴くことが多くなった。中国に来て大人になったなぁ。
そういえば、アメリカ関連では
Gilles Peterson Digs America
を最近購入した。「ジャイルズ、アメリカを掘る!」という、どういう企画か一発で分かる名タイトル。内容も「ジャイルズ的」でありながらもやっぱりアメリカンな名曲揃い。なんかこの人、僕の子供の頃から大スターDJな気がするんですけど。いいかげんジャイルスから卒業したい、でもいつも期待を裏切らない。Brownswood U.S.A.。これまた西海岸はサンフランシスコのUbiquity/LUV N' HAIGHT関連。
オシャレ音楽といえば、このミックスも買った。
Hotel Costes, Vol. 9
日本では面出し激プッシュ状態。ファッション写真的なジャケットとあいまって、ニッポンのオシャレ・ピープル達の琴線を大いにかき鳴らしていると思われる。セレクタ(ラウンジの場合はこういう呼び方が一般的になってきているらしい)のStephane Pompougnacは、つい先日麻布十番のwarehouseに来たらしい。行かれた方のミクシィ日記によると、「セレブ芋洗い」状態だったとの事。セレブって、本当に面白い「日本語」だな…叶姉妹は、日本人が「セレブ」の意味を理解する前に「セレブ」として登場し、日本語における「セレブ」の意味を定義した。そしていつしか本当のセレブになってしまった。
最近、N氏ヅテに、とあるCDのライナーを書くことになった。N氏は「こんなに調べたんなら自分で書けよ!」ってくらいの資料をくれたが、それをもってしても僕の知識量では太刀打ちできないような強敵だ。敵前逃亡しちゃうかもしれないよ、コレは…
1973年のタテとヨコ

歴史小説や歴史書でなくても、世の大方の文章は歴史に触れている。というより、触れざるを得ない気がする。
この日記以外にも、時折、文章を頼まれて書くことがある。まあ大抵は音楽に関するものだ。問題なのは、僕に文章が依頼されるような音楽は、メイン・ストリームから数光年は離れた音楽だということだ。マイナーであるということは情報が少ないということと同義である。調べた事を並べていただけでは要求されている文字数を埋める事はできない。よって、歴史的な事柄…そのころの社会的・文化的背景を絡めながら、文章全体を膨らませてゆく作業が必要になる。縁日の綿菓子みたいだ。僕の書く文章は、綿菓子のようにシュワシュワと無くなっていく内容の薄っぺらなものかもしれないが、せめて甘くはしてやりたいと思っている。
というわけで、本棚には歴史関係の本が多くなった。それらの本はテーマ別に時系列に沿って書かれている場合が殆んどだ。
「言葉」は一次元的な情報伝達手段としばしば言われる。一般的には、一時に一つの内容しか伝えることしかできない。そんな時間軸に則って情報を伝える手段を使っている以上、こういった本が主流になるのはやむを得ないことなんだろう。
だから歴史のタテ軸を知るのは比較的容易だ。けれどもヤッカイなことに、文章を膨らますのに重要なのはヨコ軸なのだ。そしてもっとヤッカイなのは、自分が作業にかかるのは締め切りの寸前で、とてもじゃないけど色々な本を引っ張り出して眺めている時間なんてないという事だ。
前置きが長くなって恐縮だけれど、そんな時に役立つのが「情報の歴史」という本。一冊丸ごと年表、という思い切りの良い本で、技術、政治、芸術、文学、社会、といった事がカッコ良いレイアウトで並列されている。
僕が生まれた1973年を開いてみる。
・第4次中東戦争
・第1次オイルショック
・ベトナム戦争終結
・ユージン・スミス「水俣」
・シューマッハー「スモール・イズ・ビューティフル」
・ベトナム戦争終結
・鄧小平復活
・ピンク・フロイド「狂気」
・「エクソシスト」公開
・世界的な省エネ運動
・ブルース・リー「燃えよドラゴン」
なんてキーワードが並んでいる。これを見ながらユルユルと妄想するのは楽しい。前後数年を含めて見ていると、どんなコジツケも可能な気がしてくる。そもそも歴史なんてそんなものかもしれない。
例えば、
・ベトナム戦争という大きな批判の対象が終結に向かった事で、現代的浪費社会へと批判の矛先が向けられつつある年。元従軍カメラマンのユージン・スミスは、戦場から公害病の被害者へと被写体を変えた。「スモール・イズ・ビューティフル」は、物質主義の台頭に警鐘を鳴らし、オイルショックを予言し的中させる。そして省エネ・ブーム。
・西洋的オカルティズムへ。ヒッピー・ムーブメントの中ではインド哲学や禅など、東洋の神秘が有難がれたが、西洋世界では西洋自身の神秘、すなわちオカルティズムに目が向けられつつあったようだ。コリン・ウィルソン「オカルト」の発表は71年。この年には、オカルト映画の重要作品「エクソシスト」が公開して大ヒット。サントラになったのは僅か19歳のマイク・オールドフィールドによる「チューブラー・ベルズ」である。20もの楽器を一人で操り、多重録音して完成させたが、長期間スタジオに籠り過ぎて自閉症になったというイワク付の作品。関連して「狂気」はピンク・フロイドの記念碑的コンセプトアルバムで、この頃からコンセプト・アルバムが隆盛。ちなみに五島勉「ノストラダムスの大予言」もこの年。
・戦後体制が新体制へと転換していく年。ニクソンは前年に巻き起こったウォーターゲート事件でコテンパンにやられ、苦し紛れに訪中するも、翌年には辞任。一方、訪問された毛沢東は文化大革命で建国の英雄達を追放しすぎ、鄧小平を再び表舞台に引っ張り出さざるを得なくなる。毛沢東の死去と文革の終結まであとちょっと。その後、鄧小平が自由経済を導入し、中国が快進撃していくのはご存知の通り。近代中国が国際社会に存在感を示し始めるこの年に香港的ハリウッド映画「燃えよドラゴン」が公開されているのは面白い。
…ちょっと強引だが、もう少し練れば、読む人に「ああ、1973年ってそんなに重要な年だったのね!」と思わせる事ができそうだ。
今日は長くなりすぎました…
情報の歴史―象形文字から人工知能まで
監修陣も一流。絶版にしておくのは本当にもったいない。プレミア付ですが買えます。
1973年のピンボール
未読ですが一応。
メールください
- November 23, 2006 12:49 AM
- none
ゴソゴソとパソコンをイジッていたら、過去のメールをゴッソリと消去してしまいました。恥ずかしくてココで書けないくらいのオッチョコチョイミスをやらかしました。
ホント、気持ちE!ってくらいにキレイに消してしまいましたよ。
もちろん、と自信満々で書くことでもないのですが、お知り合いの皆様のメールアドレスもゴッソリと無くなってしまいました。
仕事関係の皆様は名刺を頂戴しているので、大方は大丈夫そうなのですが、遊び場でイキナリ親しくなったばっかりにメールアドレスしか分からない、というような方の連絡先が分からなくなってしまいました…
とほほ…
…「災い転じて福となす」とはよく言ったものです。「ココはチラチラと覗いているけれど、最近は連絡はしていない」というマイ・ソウルメイトの皆様。コレを機会に旧交を温め合おうではありませんか!凄い!昔の人万歳!
というわけでメール下さい。アナタも、そこのアナタもです。本来は僕の方から「旧交を温めあいましょう」とメールを差し上げるべきところですが、それができないからこうして書いているのです。
空メールでも結構です。「メールゴッソリ消去から始まる新たなコミュニケーション」を楽しもうではありませんか!
とほほ…
あ~あ…
tofuku[at]03-x.com
訃報
- November 21, 2006 12:50 AM
- none
仕事を手伝って頂いていたコンサルタントの方が、今朝、上海で突然亡くなったとの知らせを受けた。おそらく、その分野では中国で唯一の日本人コンサルタントだった。
中国メーカーのレベルの低さに唖然とし、途方にくれていたところを助けて頂いた。先週、電話で書類作成をお願いした時には「今凄く忙しいんですが、なんとか週末までには間に合わせますよ」と元気におっしゃっていた。今日になっても書類が来ず、いつも期限は守る人なのにおかしいなぁと思っていた所だった。仕事上とはいえ、結果的に僕自身も彼の多忙に拍車をかけていたという事であり、非常に心苦しい思いだ。
北京に来る際には、必ず読み終わったバイク雑誌を持ってきてくれた。近く休みをとって、一緒に東北をツーリングしましょうとの計画(というより夢に近い)もあった。そしてなにより、建物の完成の喜びを分かち合えなくなってしまったのが残念でならない。
ご冥福をお祈りいたします。
キミ、いいねぇ~!
- November 15, 2006 12:29 AM
- china

今、東京から助けに来てくれている同僚が居る。彼が今日、とっても良い仕事をしたので、
良いねぇ、
良い仕事だねぇ、
キミ、凄く良いねぇ、
キミ、いいねぇ~~!!
…としつこく激賛していた。というより、無理やり流行らそうとしていた。
ちなみに彼がどんな「良い仕事」をしたかは、もう思い出せない。
あまりにも繰り返し言うので、横で聞いていたローカルが、何を言っているか気になったようだ。「それ、なんて意味?」と聞いてきた。
もちろん、快く教えてあげた。
你好!ってね。
…あんまりしたくないけど解説。
中国語で、キミは「你」、いいねぇは「好」となる。あわせて「你好」となり、「こんにちは」の意味になる。
こうも考えられる。我々は「你好」を「こんにちは」と、深く考えずに自動的に訳してしまっているのではないか。日本語の「こんにちは」という言葉自体には既に意味はなく、共同体内のコミュニケーションを円滑にするための符丁でしかない。中国人は、そういった潤滑剤としての挨拶を行っているのではなく、本当は本気で「キミ、いいねぇ~!!」とお互いに褒め合っているのではないか。我ながら大胆な仮説だ。
路上で、職場で、人々が「キミ、いいねぇ~!!」と声を掛け合っている社会。「いいねぇいいねぇ~!もう一枚いってみようかぁ~!」と、13億人総エロカメラマン状態の国。それが中国なのではないか。
たぶん絶対に違う。
ともかく、こんな訳しかできない程に、僕の中国語は拙いということだ。北京で生活をするようになってもう2年経つが、満足に話せるのは、タクシーの案内、お店のやりとり、レストランの注文くらい。仕事上の会議では、何について話しているか?それは、自分にとって有利か?不利か?そのくらいは判断できるが、議論に参加するなんてとてもできない。
NHKのラジオ中国語講座を2カ月分しかやっていないにしては、喋れる方だと自負していた。現場のオッサン達も「東福は本当に中国語が上手くなった」と口を揃えて褒めてくれるし、正直、ちょっと調子に乗っていた。
だが最近、同じくらい北京に居る日本人達の中国語は、既に「ペラペラ」レベルに達してしまっている事に気づいてしまった。日中関係について議論しちゃったりできるんだそうだ。いくら、まとまった勉強をしていないとはいえ、自分の中国語能力はあまりにもお粗末である。
やんなきゃなぁとは思っているんだけどさ…もう遅いかなぁ?
また来た
- November 12, 2006 11:18 PM
- architecture/design | art | book | china

再び北京へ。最高気温10度、最低気温0度前後の毎日だそうだ。かなり寒い。
中国では、政府の指導で11月中旬までセントラルヒーティングを稼動できない。外国人にとって、暖房が入るまでのこの時期が一番つらい時期と言える。2年前の今頃には、余りの寒さに近くの料理店に逃げ込んだ。店内にももちろん暖房はなく、隙間風がピュウピュウと吹き込んでくる。辛い麻婆豆腐を頼んでカラダを暖めていた。あの冬に比べれば今年は過ごしやすい。それとも慣れてしまったのかな。
このニッキで何度も触れている798芸術区。この2年の間にもどんどん発展し、今ではリッチなアーティストと画廊がひしめき、巨大資本でもない限りは新規参入は難しくなってしまったようだ。新規の画廊は、その北にある「草場地」、東の「環鉄」、僕が働いている美術学院を隔てた西の「酒廠」、といったエリアに分散しつつある。
その「環鉄」の中のCurrents - Art and Musicという新しいギャラリーの展覧会のオープニングに行って来た。その名の通り、アートと音楽とのハイブリッドをコンセプトにした画廊である。張培力[Zhang Peili]というヴィデオ・インスタレーション作家の展覧会だった。中国におけるヴィデオ・アートのパイオニアである。
文革時代のプロパガンダ映画をデジタル処理し、空間に配置した作品。大きな容積を上手く使い切っているが、先週、森美術館でビル・ヴィオラ展を見たばかりの目には、プレゼンテーションがどうしても雑に映ってしまう。
中国の現代アートに溢れかえる文化大革命のイコン。本来は中国近代史の恥部であるはずなのに、中国の現代アートにおいてはまるで大いなる遺産であるかのようである。西洋人はもちろん、中国人まで熱心に見入っている。それだけ彼等にとって、インパクトのある出来事なのだろうが、僕はもう、少々見飽きてきてしまった。
来週には暖房が入る。
プラネット・マオ―文化大革命のグラフィック・パワー
著者の王明賢は、文革グラフィックの専門家であると同時に、現代アート・建築の評論家でもある。この本はグラフィックだけで構成。
2016
- November 7, 2006 6:54 PM
- architecture/design

東京タワーに「2016」の文字。青、黄、緑、赤、そしてバックの黒でオリンピック・カラーということのようだ。開催都市の決定は2009年、その審査にしたって2008年のことだ。この時期にこのイルミネーションはいくらなんでも気が早いと思うが、春に都知事選が控えている石原さんとしては何が何でも盛り上げていかねばならない。政治とスポーツの祭典。今に始まった事ではないけれど。
セレ引け(せれびけ)
- November 6, 2006 10:13 PM
- N氏 | architecture/design | china | music

以前、Podcastのラジオ番組で、辛酸なめ子さんがセレブについて語っていた。セレブはパーティに行ってもフードには絶対に手をつけないそうだ。つまり、モノを食べている姿を人前に晒さない。そして、シャンパンで乾杯し、15分くらいで帰らなければならない。二次会までグダグダ居るなんてもってのほか。…これを「セレ引け」と言うとか。
確かに。卑近な例で恐縮だけれども(といっても遠い昔の話だけれども)合コンでも、カワイイ子ほど終電が早い。あれもセレ引けの一種か。
先週末は、表参道で東京デザイナーズウィーク関連のオープニングパーティに顔を出した。幸いセレブではないのでガツガツ食べようと思っていたが、時間が遅くフードは終わっていた。ビールだけで久しぶりに会った友人と談笑。雑誌編集の友人は、今日3つめのパーティであともう1つ行くと言っていたので、最後の1つに同行させてもらう。
途中、抜け出して、もうすぐ正式オープンするクラブ/ラウンジのオープニングにも行く。オネエちゃんがいる方のクラブではなくって、オネエちゃんは居ても、どっちかっていうと踊りがちな方のクラブである。クラブ↓と発音する方ではなくってクラブ↑の方。第4声でなくって第2声で発音する方。
完全会員制なんだそうだ。パリにある本店はとっても由緒ある店なんだそうだ。近々にグッチの主催するパーティが予定されているんだそうだ。この店では「DJ」ではなく「セレクター」と呼ぶんだそうだ。その「セレクター」はパリから呼んで来ているだそうだ。お誘いのメールには「関係者限定の為、入口でこの番号をお伝え下さい」と暗証番号のようなものが添えられていた。
「セレクター」ってフランス語じゃないじゃん!とか、「関係者」って東福はそもそも関係者なの?といったツッコミはナシで。
これだけの事前情報が与えられた上で、期待するなと言うほうがムリというものだ。おそらく会員にならないであろう/なりたくっても会員になれないであろう僕にとっては、中を見る最初で最後のチャンス。めくるめくスノッブな世界が展開されているのでは!と期待が膨らむ。
感想は…うーむ。パリの下町のいかがわしい感じを出そうとしているが、日本人受けはしなさそうである。「これからは『ちょいダサ感』が大事なのかもしれない!」と自分を納得させた。確かに、白色系でツルツル/ピカピカに仕上げるだけで、それなりのクールネスは出せる。あえて違うテイストに挑戦したデザイナーの心意気を褒めるべきかもしれない。
ドアボーイはシルクハットにマント姿。店員の接客はすばらしかった。
余談だが、今まで行った中でスノッブだったのはサンフランシスコのクラブ。カリフォルニアは喫煙に関して特に厳しく、建物の中は基本的に全面禁煙である。裏を返すと、客がタバコを吸わないので、内装はヤニ汚れを気にする必要がないという事だ。倉庫を改装したその店は、昼はギャラリーで、夜は絵がかかったままでクラブ営業をしていた。大きな空間に、DJブースとバーカウンターだけがポツンとあって、あとは現代アートだけ。まだあるかどうか知らないけれど、来ている客も含めてカッコイイ場所だった。あの女のヒト、ジャッキー・ブラウンみたい!なんて喜んでいた。
僕が一番カッコ悪かったのは言うまでもない。
写真は北京で行われたアートフェアのオープニング。セレブはVIPラウンジに居るんだろうね。
ショッパーズ大国
- November 1, 2006 2:27 AM
- mono

11月1日~10日の間、東京へ戻ります。文化の秋だけあって、イベントが目白押し!できるだけ色々な所を覗きたいと思っています。皆様、どうぞ宜しくお願いいたします。
帰国時の最大の楽しみは買物。東京がなんといっても凄いのはそこにあるその商品量、特にそれらへのアクセスとブラウジングのしやすさだ。東京は世界最大のショッピング都市だと思う。世界最安でないのが惜しいところだ。
中国の中産階級は、かなりの購買力をつけてきている。将来、商品の種類や量が東京のそれを凌ぐ日が来るかもしれない。でも、新宿や渋谷のように、徒歩圏内に世の中の全てのモノが納まっているような状況が生まれる事は想像しにくい。
電化製品。最近は、施主や現場担当者などから、買物を頼まれる事が多い。デジカメやらメモリースティックやら…これも立派な仕事だよな…と思いながらチョコチョコと自分の買物もしている。ヨドバシカメラの「何でもある感」は凄い。
本やCD。夜中に青山ブックセンターやツタヤを徘徊して雑誌や新刊書をチェックする。欲しい本はアマゾンで予め注文しておいて受け取る。CDについては頑張ってタワレコに行く時間を作る。
オモチャ類。何か一つは買ってしまう。前回の帰国時は、「ほら、模型に使えるかもしれないじゃん!」と自分に言い訳しながら、「デザイナーズチェア・ミニチュア・コレクション」というのを全種類ピン子買いしてしまった。一部のインテリアショップやミュージアムショップではより精巧なミニチュアを買えるが、これはチャチにできている分安い(それでも1個500円は高い)。
余分に一セット買って北京に運び、施主やローカルに配ったら、案外喜んで貰えた。
まあ、中国製なんだけどね…
中国製のモノが日本に溢れかえっているのに、中国では買えないという不思議な現象がある。「これって単なる運動エネルギーのムダだよなぁ」などと、運びながらいろいろ考えてしまった。日本という国が、モノに対してとてつもなく強い吸引力を持っているお陰で、中国にモノの真空状態が生じている。その真空状態にガバッとモノが流れ込もうとしている、今はまさにその瞬間であると言えるだろう。
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チューブラー・ベルズ
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