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October 2006 Archive

インターネット時代の半裸

  • October 29, 2006 5:10 PM
  • music

cafa_main_entrance.jpg

ここ数週間は、「風邪」と「ボスの訪中」のダブルパンチだった。正確には、そのダブルパンチに「数人のお客さんの北京アテンド」という小刻みなジャブが加わっていた。頭がぼうっとしてしまって仕事が手につかず、一時はどうなることかと思ったが、漢方薬ジャンキーになりながら何とか乗り切った。

Last.fmというサービスを教えて貰ったので入ってみた。さしずめ「音楽版ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)」といったところだ。Mixiのような「素のSNS」は、大きくなりすぎると普通のウェブと変わらなくなってしまう。これからはFlickr!やコレのような「専門的SNS」が普及していくのだろう。最近はSexiiとかいう「アダルト系SNS」というのもあるらしい。会員は男だらけらしいけど…

Last.fm。iTunesでかけた楽曲リストが次々とアップロードされ蓄積され、プレイリストやチャートが勝手にできていく、という仕組みである。ある程度データが蓄積されると、似たような音楽的嗜好をもつ「ご近所さん」を紹介してくれたりもするらしい。試しに週間チャートをメインページの右側にくっつけてみた。

僕の聴いている音楽に興味ある人なんて居ないと重々承知しているけれど、自分が今聴いている音楽が見られているかもしれない、という緊張感は奇妙なものだ。自然と「カッコイイのばかり聴いている自分」を演出したくなり、それっぽい選曲をしたくなる。おがたさんも、頂いたメールの中で「面白いシステムだけれど、尾崎紀世彦を聴いているのがバレてしまうのは微妙」と言っておられた(と、ここでバラしてしまってすみません)。運営側は分かってやっているのかどうかは不明だが「自分を律する音楽の聴き方」というのは、窮屈な反面、新しいコンセプトだと思う。

大半の人にとって、音楽を聴いている時間はプライベートな時間の最たるものだろう。だが同時に、銀行の口座情報に比べれば、聴いている音楽のプライバシーなんて高が知れている。たとえ僕が日中、松浦亜弥やアニメソングをガンガンに聴いているのが分かったとしても「ああやっぱりね」と思われる程度なのがオチだし、日本に様々なオシャレ音楽を紹介している世界的音楽バイヤー:N氏が、いつもは木村カエラやビヨンセしか聴いていない事がバレたとしても、彼の音楽センスを全否定するには至らない。「プライベートな活動であるにも関わらず、それほど重要でないプライバシー」を、互いに披露しあう事でコミュニケーションを活性化させていくわけだ。

何もLast.fmに限ったことではない。ブログにしても、Mixiの日記にしても、Flickr!にしても、発信する方は自己顕示欲を満足させるために重要度の低いプライバシーを少しづつ「見せびらか」し、読むほうはそれを「覗き見」する事でコミュニケーションが成立している。

シニカルな見方をすれば、ネットで情報を発信している人たちはカメラマンの前で少しづつ服を脱いでいくモデルのようなものだ。どこまで脱いでも大丈夫か、自分で判断しつづけなければならない。そして、ひょんな事から丸裸になってしまう危険性もある事も知っておかなければならない。

なんだか暗い話に流れてしまったけれど、Last.fm、暫く試してみるつもりだ。なにせ、僕は元々丸裸だしね!

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MUNDO NOVO

  • October 29, 2006 1:57 PM
  • music

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カゼッピキにより紹介が遅れてしまいましたが、10月25日、おがたたけろう氏ことMundo Novoの"Mundo Novo"が発売になりました。試聴トラックを含む紹介ページはこちら。プレイヤーとして/リスナーとして敬愛するおがた氏の音楽ですから、素晴しい内容に決まってます。お子様の情操教育に/冷え切ったご夫婦関係のカンフル剤として/ご家庭の精神の常備薬として、少なくとも一家に一枚お買い上げになるのがよろしいかと存じます。もう11月ですし、どうせだったら、たくさん買って愛する人々へクリスマスプレゼントとして贈りまくるのはどうでしょうか。もっとどうせだったら、今年お世話になった皆様にお歳暮として贈りまくるのも良いかもしれません…

なんだか「ホメ殺し」みたいになって来たので、内容についてマジメに書く。

インストゥルメンタル音楽には大体2種類ある。ステレオの前で正座して襟を正して聴くタイプのものと、ベッドやソファーに寝転がって雑誌を読みながらBGMとして聴き流すタイプのもので、まあ殆んどの音楽はこのどちらかに入ってしまう。ところが、おがた氏の音楽は、一聴したところはイージーリスニング的だが、聴きこめば聴きこむ程、酢コンブの様に味わいが出てくるという両方の魅力を合わせ持っている。おがた氏の人柄とインテリジェンスが滲み出す、そんな曲たち。

それはどういうことか。それは、マニアな貴方も大満足な上に、ギャル受けもバッチリ!という事ですぜ!

"Mundo Novo"の収録曲をヒトククリで言ってしまうと、ブラジリアン・インストゥルメンタルとでもなってしまうだろう。でも、時に60年代のヨーロッパ映画のサウンド・トラック的でもあり、70年代の西海岸フュージョン的でもあるそのサウンドは、緻密なサウンド・プロダクションに裏打ちされることで、現在のトーキョーの音になっている。そういう意味では真のクロスオーバー、真のワールド・ミュージックと言えるかもしれない。

タワーレコードのビニール袋をパーカッションとして使っている箇所があるらしいのだけれど…どこだか未だに分かりません…

Mundo Novo.jpg

もう一枚。
長い付き合いになるnovo tempoが、iTunes MusicStore経由で"circles"をリリースしたので、中国から購入させてもらった。ダウンビートなスピリチュアル・ジャズ・ミックス。この曲のカッコ良さが分かる貴方はもう童貞ではない。

circles - Single.jpg

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寒くなる。

  • October 18, 2006 7:38 PM
  • china

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北京の気温はどんどん下がっていっている。もう、3枚くらいは着ないと朝昼の温度差に耐えられない。ああ、あの寒い冬になってしまうんだ、と憂鬱だ。

その爽やかなルックスとは裏腹に、僕はあまり夏が好きではない(←笑)。なぜなら、体形からは想像もつかないかもしれないが、僕はかなりの汗っかきだからだ(←笑)。まあ大体、寒いときは着込めば済むけれど、暑い時は脱いでも限界があるし、僕のガリガリに痩せた貧相なカラダをあまり人目に晒したくはない(←笑)。そんなわけで夏よりも冬が好きだし、冬よりも秋が好き。「学問の秋」が好きなんて、インテリな僕にはピッタリだな(←笑)。

そんな僕にとっても、北京の冬はいくらなんでも寒すぎる。ここに来るまでは、「バナナで釘が打てます、新鮮なバラもこの通り」っていうのは、CMの実験の中だけの世界だと思っていた。ホント、街中が文字通り「ガチで」凍結しちゃうんだから。

以前、「どうしてこんな寒い所に首都を作ったんだ!」と憤っていたところ、「ココに首都を置かないとモンゴル人に攻めてこられるので仕方なかったんですよ」とモンゴル人にタシナメられた事を思い出す。


…と同時に、「トフクさん、デブを笑いのネタにしはじめたら終わりですよ」と僕以上に太った人物にタシナメられた事も思い出した。

でも、これだけは言っておきたい。姉よ、僕の風貌を「ドラえもんみたいな人を探せばすぐわかります」と他人に説明するのはやめてくれ。

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ミニ

  • October 16, 2006 12:09 AM
  • mono

この前、15年間付き合ったあいつと別れた。

ぷぷっ。ちょっとカッコつけて書き出そうとすると、30代オジサンの加齢臭がにじみ出てしまう。端的に言うとイヤラシイ。まあともかく、このニッキでも度々触れたミニクーパーを処分することにした。

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納車されたのは、15年前のある残暑の日。

この車のアクセルやクラッチはクセが強い。ディーラーで引き取って帰ってくる途中、慣れない運転に悪戦苦闘していた。その道中、父が助手席でガックンガックンと揺さぶられながら「このまま、ズッと長く乗り続けて、クラシックカーにしような」と言っていたのを思い出す。購入代金は、大半を父から借りた。就職したら返すという口約束だったが、返す前に父は突然他界してしまった。

以前勤めていた大企業を退職した時や、父の死後に僕自身がトラブルに巻き込まれた時など、様々な方から「車は処分して身軽になったほうがいい」とアドバイスを頂いた。それでも今まで頑固に所有していたのは、この車が半ば父の形見になってしまったように感じられていたからだ。

でも、この2年間、全く乗らない日々が続き、遂にギブアップしてしまった。殆んど乗らない車に対して、車検代や税金を払い続けるほどの余裕はないし、もしあったとしてもお金はもっと違う所に使いたいと思うようになった。きっと、父も許してくれるだろう。

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車を保管していた名古屋から、引き取ってくれる東京の工場まで、最後のドライブ。途中で写真を沢山撮った。

人をたくさん乗せて遊びに行った。この狭い車の中で何泊したか数知れない。毎週末のように、楽器やDJセット、レコード類を満載してイベントに向かった事も思い出される。この車を引き取る人にとってはいい迷惑だろうが、沢山の思い出がつまっている。

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自動車工場にて。左はオースチン・ヒーレー・スプライト・マーク1、右はジネッタ。こういう車、絶対中国のお金持ちは欲しがると思うんだけど…今、中国への輸入について、いろいろ調べている。


…とまあ、いつになくおセンチなニッキになってしまったけれど、実は最近、バイクの免許を獲った。買うのは当分先の話になるだろうが、色々なメーカーのサイトを見てはワクワクしている。

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中国楽観論

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サメには浮き袋がない。

映画のお陰で獰猛なイメージが定着しているが、沈まないためには寝ている間にも泳ぎ続けなければならないという悲しい生き物でもある。しばしば日本人に例えられる。

このニッキにも度々登場するN氏が所属するP-○ァイン・レコーズ。世界中から最新の音楽を発掘して日本に流通させている、一部の音楽好き達から非常にリスペクトされているレコード会社だ。彼等が発掘したレーベルやミュージシャンは、売れるようになるとメジャーレコード会社と契約してしまう。結果的に、彼らは絶えず最先端の音を開拓し続けなければならない。サメの悲しさを背負っている会社ではあるが、当の本人はとても楽しそうだ。

何が言いたいかというと、どうせサメなんだから楽しくサメをやりましょうよ、という事だ。北欧のようなゼロ成長社会になんて、日本人が馴染めるわけない。楽しく泳ぎ続けようじゃないかという開き直りをしたいものだ。

ただ、サメに国境がないのとは裏腹に、日本人は国内に居ることに非常に拘りがちである。外国に行く人々に対して「ドロップアウト」の烙印を押してしまうところがある。僕も例外ではなく、「夢を実現するために中国に来ました!」と胸を張る女性に対して「この人、彼氏と何かあったのかな?」と下世話な想像をしたりする。その度に、長髪をバッサリと切った女性に「なんかあったのぉ?」とネチネチ訊ねるセクハラ課長となんら変わらないよなぁ、と反省している。

意識的/無意識的に日本人の心に横たわっているそんな国境の感覚、これこそ島国根性と呼ばれるモノだろう。非常に普通の意見で申し訳ないが、やはり、日本人はもうちょっとだけ、国外に目を向けてみるべきだ。日本国内に視野を限定するからこそ、暗いデータばかり目に付き、悲観的な予測しかできなくなるのだ。

アジア諸国との関係において頻出する「交流」や「友好」という言葉。もちろん素晴しい事だとは思うけれど、素晴しすぎて安易に使われすぎる傾向がある。「友好」といった途端、全ての問題が帳消しになってしまうところに、欺瞞の臭いが漂う。ただ、結果として生じる「交流」は大いに歓迎すべきだと思う。

思想信条的に、日本国内にのさばりつつあるアジア人達を苦々しく思っている人は多いだろう。でも、そういう日本人たちの中に「仕返しに、アジア諸国でのさばり返してやろう」という考えがどうして出て来ないのか。のさばり返す事で、その国や民族の違った面が見えてくる事だろう。そういう形で生まれる「交流」もあっていいではないか。

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Itibere Orquestra Familia

  • October 9, 2006 8:52 PM
  • music

「打楽器界のハカセ」こと、おがたさんが、YouTube上のItibere Orquestra FamiliaのTVライブ映像をブログで紹介してらした。試しに貼り付けてみる。

(見にくい方は直接YouTubeでご覧下さい)

音楽的に正しい解説はおがたさんのページを参照頂くとして。

サウダーヂ・ブラジリダージ。たかだか2分の中にこれだけドラマが詰め込む事ができるなんて、と感動する素晴しいアレンジ。騙されたと思って最後まで聴いてほしい。

まず、なにが凄いってボーカルやバイオリンの女の子が若い。おそらく10代でしょう。うら若きブラジル人女性が、こんな一般受けしなさそうな音楽に青春を燃やしているのが信じられない。ブラジルのティーンエイジャーは皆、ビーチでトップレス姿でサンバを踊っているもんだと思っていた。

もう一点の見所は
全員普段着、というか部屋着
なところ。"Familia"の名に恥じないアットホームな雰囲気だ。

作曲は鬼才エルメート・パスコアル。ジャズ、ロック、クラシック…ジャンルを超えてファンが多いミュージシャンである。

僕も、レコードを幾つか持っているものの、失礼ながらあまりマジメに聴いて来なかった。ユニゾンを緻密に絡み合わせながら進行させていく複雑な曲は、同時に聴衆をも突き放していくような感じがして、どうも馴染めなかった。ブラジル音楽自体を聴き始めたのが遅かったのもある。学生時代に出会っていたなら、スピーカーの前で襟を正して聴いていたかもしれない。

どうやら食わず嫌いだったようだ。今度、エルメートのレコードを引っ張り出して聴いてみよう。

Calendario Do Som

今月、おがたさんの"MUNDO NOVO"名義のニューアルバムが発売になります。サンプルを聴かせて頂きましたが、これまでのアルバムに勝るとも劣らない傑作です。発売の頃にあらためて紹介します。

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日本悲観論

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日本人は悲観論が好き、と何処かで読んだことがある。

だいたい、国土が沈没したり、首都が消失する映画を観て喜んでいる国民なんて、日本くらいじゃなかろうか。定期的に雑誌を賑わす富士山大噴火とか、大地震の話題もそうじゃないかな。もちろん、大災害に備えておくのは良い事だけれども、ちょっと悲観的に過ぎやしないか。

子供の頃、姉の部屋に忍び込み、本棚に入っていた当時のベストセラー、「ノストラダムスの大予言」を読んでいた。1999年に地球が滅亡するという話だ。1999年と言えば自分は26歳。ケッコンして、子供も居て、自宅の芝生の上で「高い高い」をしている、そんな幸せな生活に突如襲い掛かる大災害を想像して、暗澹たる気持ちになったものだ。その後、もちろん大災害は起こらず生きながらえているわけだが、30代も半ばに差し掛かっても、結婚もせず、当然子供もおらず、マイホームも有るわけが無く、よって当然、芝生の上で「高い高い」もしていない。今度は、子供時代から殆んど変わっていない自分に対して不安になってくる。

変わった所と言えば、読んでいる雑誌がコロコロコミックからサイゾーに変わったくらいだ。集めているものがキン肉マン消しゴムからレコードに変わったくらいだ。宇宙飛行士になりたかったのが「ちょい悪オヤジ」になりたくなったくらいである。最後に関してはむしろ退化している。こんなんでいいのか。

書きながらどんどん暗澹たる気分になってきた。どうしても悲観したいらしい。つくづく、自分は日本人なんだなぁ、と思う。

そんな僕だが、日本と中国の未来については、中国脅威論が渦巻く日本メディアとは多少異なって、かなり楽観的な意見――というよりある種の開き直りを――を持っている。まあ、トラブルだらけの中国で仕事をしている以上、悲観的にやってたら身が持たないという事情もあるが。

ちょっと前までは、「中国と日本では労働者の質が違う、中国では簡単な生産をさせ、日本では難易度の高い生産をすればいい。日本は高付加価値の生産国として生きていくのだ」というような話があった。ほほう、なるほどなぁと読んでいた気がするが、最近は、それについても悲観的な意見が出てきつつある。というのも、この数年で技術移転が急速に進んだため、中国の生産施設はハード/ソフトともに最先端レベルに達してしまったからだ。

おっと、話がまた悲観的な方向に行っちゃった。自分がどう楽観的なのか、どう開き直っているかは、次回に。


この前の移動中に読んだ本。今回はビジネスマンっぽいセレクトをしてみた。いずれも数時間で読める。

中国ニセモノ商品

中国のニセモノ商品についてまとめられたおそらく始めての本。各社の取り組みが紹介されている。新書なので、もちろんボリュームとしては物足りない。おそらく、本気で書いたら辞書のような厚さになるだろうが、そんな大仕事をやっている間に中国のニセモノは消えうせてしまう。ジェトロ北京にニセモノ展示館があるのを知った。行ってみたい。

起業するなら中国へ行こう! 北京発・最新ビジネス事情

中国での起業のノウハウ本のようだが、大半は日中の文化の違いについて書かれている。中国ビジネスについては色々な本が出ているけれど、一番実情に近いと思うし、共感できる部分も多い。平易な文章だが、よく考えられている。そして、とっても前向き。さすが松下幸之助の落し胤、PHP新書である。

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0.03%と0.56%

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今日はちょっとマジメな話題。と書くと読むのをやめてしまう人が多そうだけど…

以前勤めていた会社の上役からメールを頂いた。

最近は、某大手電器メーカーのドでかい研究所の設計をやっているという。大手の設計組織は、オフィス部門、商業部門、住宅部門…というように、ビルディング・タイプ別に専門分化している。私がいた頃は、比較的花形的存在だったのがオフィスで、優秀な人が沢山いた。そういう人材が次々と研究施設担当に異動しているらしい。

日本のオフィスは、供給過多が叫ばれるようになって久しい。今のところ、景気の上昇でなんとか食いつないではいるが、この先タマ数が減っていくのは目に見えている。一方、日本のメーカーは、生産は他のアジア諸国にシフトし、日本をR&Dの拠点としつつある。そういうわけで各社、国内に大規模な研究施設を急ピッチで整備しているのである。

「ものづくり」の国から「ものつくらせ」の国へ。これからの日本は、知的財産で食っていくしかない。知的財産の無い生産者は、アジアの安い労働力との競争に晒され、それは結局、人件費のカットに繋がる。格差社会は、アジアの産業構造の変化もその原因にある。

人民日報が伝えた所によると、科学技術部副部長がフォーラムの席上、「一定規模以上の企業で科学技術開発を行っているのは全体の25%、売上に対する研究開発費は0.56%、独自の知的財産権を有するのは0.03%にとどまっており、創造性の弱さは中国産業の国際競争力向上のネックとなっている」と危機感を滲ませる発言をしたという。つまり、豊富な労働力を背景に、リーガル/イリーガル含めた外国製品をコピーし続けているだけなのが中国産業の現状である、という事だ。

「ものづくり」の国から「ものつくらせ」の国への脱皮を図っている日本と、「ものつくらされ」の国から「ものづくり」の国へと変わる糸口を探し始めた中国。そういう構図が見えてくる。

写真は、CCTV/TVCCの近くに建ちつつあるコピー・ビルの広告。

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ブログインタビュー

「吉川すみのお勧めブログインタビュー」にこのニッキを紹介していただきました。吉川さん、有難うございました。

最後だったとは…よっぽどネタに困ってたんですね…恐縮しています。

「プロ級とも噂されるカレーの腕前」…ますます恐縮です。

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