« 大作主義#2 | メイン | 中国のネット検閲 »

May 15, 2005

ダルマトンプク史#3

10代の人から見れば十分オッサンですが、自分史を記すにはまだまだ若造な自分。「私の履歴書」に登場する偉人達のように、別段貧しい家に生まれたわけでも、戦争の経験をしたわけでもないので、自分史なんて簡単に終わってしまうだろうと思っていたのですけど、思い出していくといろいろあるものです。

今では、「東福ってカルチャーな奴だよなー」と(半分イヤミ交じりに)言われるようになった僕ですが、子供の頃はキンニクマン消しゴム、ガンダムのプラモデル…etcをちょっとかじりはするけれども特に熱を上げることも無い、至って普通、いやむしろ趣味人予備軍とは程遠い子供でした。何に夢中になっていたかと言われても、イマイチ思い出せませんが、あえて言うなら工作かな。といってもラジコンのように高度なものではなく、電池やモーターを使うようなプリミティブな工作を作ったり、改造したりして遊んでいました。ドライバーを使って家の電化製品を分解したりもしてましたね。

以前も書きましたが、我が家ではビデオでも、パソコンでも、購入するのは遅いほうでした。僕自身も流行りものは買ってもらえなかった記憶があります。自分がそれほど欲しがって居なかったからか、それとも親の躾なのか。

そして、今でこそ音楽本に原稿を書かせてもらったりもする自分ですが、両親が音楽好きなわけでもなく、熱心に聴くほうではありませんでした。歳の離れた姉が聴くクイーンやユーミンの曲を姉の部屋に遊びに行って聴く程度。そんな中、やっと、自分のCDプレイヤーを手にしたのが高校二年生の時。それを使って最初に聴いたのはCDではなく、姉からもらったシャカタクのカセットテープで、もちろん「ナイトバーズ」入り。彼らのAOR系フュージョンサウンドは「憧れの大人の世界」そのもので、何も知らない高校生をノックアウトするには十分でした。これがキッカケとなって、CDやモノを買いまくる物欲野郎に変身してしまったようです。

時は80年代末期のバブル崩壊前夜。88年に東京にJ-WAVEが開局し、アーバン系オシャレミュージックが大量に日本に入ってきていました。中でもデイブ・グルーシンが率いるGRPレーベルは、レコード店(CD屋と呼ぶことが多くなっていた)の一角を占める程に勢力を拡大していました。注目の新譜の殆どはGRPという状態。CDを買うお金は無く、家の近くのCDレンタル店で片っ端からCDを借りてテープに落とし、作られた「都会生活」への想いを募らせていました。

自分の音楽の出発点が「シャカタク」だなんて、自分でも忘れていました。ちょっとしたカミングアウトをした気分です。でも、小難しくジャズ評論をしている方も、ジャズを聴き始めたきっかけは、ジャズのもつ「粋」や「オトナ感」への背伸びなんじゃないでしょうか。ジャズの持つクールな世界へ入り込んでみたいというある種の「変身願望」で聴き始めた人が大半なんではないかと思っています。テクニックやアレンジ等、音楽の内容について突っ込んだ議論をするのも大切なことですけれども、表層的なクールネスは、僕にとって、音楽の魅力の第一であり続けています。

投稿者 tofuku : May 15, 2005 06:25 PM

コメント

>表層的なクールネスは、

トフクさんの人柄を表す良い言葉と思います。
お久しぶりです
以前、西麻布や鵠沼海岸のイベントで御会いして以来になります
([2001 春・初夏]といった謎MDを手渡しました!)

それでは、公私とも末永い御活躍を

投稿者 automount : March 4, 2007 02:59 PM

> automount さん
ご無沙汰しています。(しているみたいです)
…MDを頂いたのは覚えているんですが、誰から貰ったのかが忘却の彼方へと…申し訳ないです。

最近はドップリと中国に浸かってしまい、表層的にすらクールになれていない自分を恥じるばかりです。

投稿者 tofuku : March 6, 2007 06:12 PM