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手描きとCAD

フリーハンドの図面は、詳しいところを書かなくてもなんとなくデザインの意図を伝える事ができるので、ある程度慣れれば、かなりのスピードで設計することが出来ます。立面図と詳細、それとアクソメ図(立体的に起こしたもの)をチャチャッと書き上げて、クライアントに手渡しました。上に間接照明が載っているだけの衣装ダンスなのですが、ディテールまで描いてあるところがえらく気に入ったらしく、あの部分と、この部分も設計してくれないだろうか?と頼まれました。えーっ、それって殆ど全部じゃん!と思いながらも、イヤと言えない性格が災いして引き受けてしまいました。

というより、食事をおごってもらったから。我ながら、なんて安いデザイナーなんだろうと思います。

最初の一枚を手描きで描いてしまったため、気分的に残りも手で描く事になってしまいました。最近はCADを使って作図することが多いため、これだけのスケッチを手で起こすのは久しぶりで、手を鉛筆の粉で真っ黒にしながら、シコシコと描いておりました。なんだか懐かしい気分。

ちょうど、僕が大学生の頃に、CAD、CGといったコンピューターを使ったツールが設計の現場に導入され始めました。僕は大学の卒業制作をパソコンを使ってやったのですが、事例としてはまあまあ早い方だった記憶があります。そして社会人になるころには、CADやCGはこの仕事の必需品のようになっていました。導入されたばかりなので、先輩達はコンピュータは使えず、使えるのは研修を受けた若手だけです。そうすると、スケッチや打ち合わせ等の仕事は年長者の仕事、スケッチのトレースやプレゼン資料の作成は若手の仕事、という住み分けができてしまいます。ある意味、僕らの世代は不幸だったと言えるかもしれません。僕自身も、実務を扱えるようになるまでにかなりの時間がかかりました。

一方で、設計の世界というのは、これまた体育会のノリが強いところでして、「建築は手で描かなければダメ!CADの線には魂が籠っていない!」というようなカルチャーがあります。CADを毛嫌いする気持ちは分からないでもないですが、ある種、「コンピューターに仕事をとられてしまう」というような錯覚があるのでは?と思います。ローランドの元祖ドラムマシン、TR-808がリリースされた時、「ドラムが必要なくなる!」とドラマー達が不買運動を起こしたことが思い起こされます。でも、それ以降、ドラマーが居なくなったでしょうか?世界には依然として沢山のドラマーが居ますし、むしろ「敵」だったシーケンサーやサンプラーを駆使して音作りをしています。逆にそういったことをしなかった人たちが淘汰されていったのではないでしょうか。

もし、モーツアルトやマイルスがコンピューターに出会っていたなら、噛り付いて独自の表現を引き出していたでしょう。僕は、口ではどんな偉そうな事を言っていても、コンピュータを使えない設計者(もしくはクリエイター)は失格だと思います。もちろん、手描きも大切ですが、新しいツールに挑戦することも、大切なプロフェッショナリズム。僕自身も、意欲的に挑戦して行きたいものです。

パーカッショニスト、おがたたけろうさんのニューアルバムがリリースされました。ネイティブ楽器の極致ともいえるパーカッション。そのプレイヤーが綿密なスタジオワークを通じて作った音世界。私も帰国後、聞くのを楽しみにしています。

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